オレンジの花と水

ブログ初心者の日記風よみもの

美白

 

私は「美白」をうたった化粧品をあまり買わない。(というか、学生の頃から化粧自体が面倒くさい。ただのものぐさか?)。

色白は七難隠すとか言うし、色白の人を見るとうらやましい。しかし今や多様性の時代だ。個性は人それぞれだ。日本人は美白好きだが、現代の世界の傾向としては、そこまで美白にこだわる人が少なくなってきたんじゃないか?と勝手に思っている。

 

アンチエイジング化粧品もしかり。アンチエイジングにさほど興味がない理由もシンプル。ここまでいろいろ頑張ってくれた自分の体がいとおしい。しわも傷跡も自分が今まで戦ってきた証拠のように思えて、それを隠す気にはならないのだ。こんな感覚、アホ?

もちろん自分の外見に全く自信はないけれど、あれもこれも隠すのは、なんとなく自然に反する気がする。(それに、年を取っているとアジアやアフリカの国ではリスペクトされる、というメリットもある。)

 

美白にこだわるのは日本だけと思っていた。アメリカでは、美白美白と執拗に宣伝するコマーシャルを見かけなかった。差別につながるからですかね?白人、黒人、アジア人と様々な人種がいるせいか、日本では見かけない、やや暗めの色のファンデーションがあったのには感心した。やはり多人種国家なので、化粧品も多様なニーズに合わせなくてはいけないんでしょうね。

 

スウェーデン人の友人に言わせると、スウェーデンでは黒髪の女の子が人気があるという。肌の色が白いのはダサいらしい。だからみんな夏になると日焼けをしまくるんだという。多分スウェーデンでは国民の多くが白人で金髪だから、黒髪に憧れるのかもですね。どの国の人も、自分が持っている美しさには気づかず、持っていないものを欲しがるんでしょうね。

 

北アフリカをのぞくと、サブサハラアフリカの国民はほとんどが黒人だ。

コートジボアールに住み始めたばかりの時は見分けがつかなかったが、見慣れると黒い肌にも様々な色や明るさがあることが分かるようになる。明るい茶色とか、濃い茶色、闇のような黒、乾いた黒、青光りする黒、などなど。「肌の黒さ」は多種多様だ。肌の色を見て、「この人は〇〇族かしら?」と推測することもある。仕事で知り合ったおっさんの肌が滑らかな美しい黒だと、「きれいだなあ」とおっさんの肌をしげしげ眺めてしまったりする。(変態?)

 

コートジボアールは国民のほとんどが黒人のためか、女性は美白に余念がない。残念ながらそれは「黒人よりも白人の方が上だ」という白人信奉に根付いている部分もある。

例を挙げると。

 

現地人の友人談。

彼女の同僚男性(コートジボアール人)は白人の女性と結婚しているという。なぜそれが話題になるのかと言うと、黒人男性が白人の女性と結婚するということは、ある種のステイタスだからだ。

黒人男性が黒人女性と結婚するのは珍しくないが、黒人男性が白人女性をゲットできたというのは成功譚になる。白人女性を惹きつける魅力がその男性にある、ということで、その男性の株が上がる。

黒人女性が白人男性と結婚することもしかり。結婚については、ほかの国でも話題に上がるトピックなので、また別の機会に記事を書きたい。

 

で、その友人が話題にした男性同僚の奥様だが、「白人」だということで評判になっているという。

「白人って、何人?フランス人?」

と聞くと、「カリビアンだ」という。

職場のパーティーで撮影したという、男性同僚と奥様の写真を見せてもらった。カリビアンはもともと、アフリカからカリブ海へ奴隷として連れてこられた人たちの末裔なので黒人である。外見はアフリカの人と変わらない。なぜ「白人」と呼ばれているんだろうか?

そういうと、友人は「カリビアンはアフリカ大陸出身じゃないから、白人なんだ」と訳の分からないことを言う。ここまで来ると、本当の肌の色よりも出身地で判断されている気もしてくる。

 

「肌の色が白ければ、より良い人生が待っている」と思っている人が多い。コートジボアール社会では、首尾よく?白人と結婚できた人の社会的地位は(多少なりと)上がる。色白の女性は、色黒の女性より人気がある。そりゃ、「自分も白くなりたい」と思ってしまうのも無理はない。

 

大統領など権力者と結婚した女性は、おしなべて「色白に」なっていく。お金持ちの夫と結婚すれば、海外で販売されている高額な美白化粧品が手に入れられるからだ。

現地人と話をすると、「〇〇(女性の名前)は、××(夫、有名人)と結婚したら色が白くなった。独身の時はもう少し黒かったのに」というゴシップをよく聞かされる。色白になれたのもうらやましいし、高級美白化粧品を入手できる経済力も羨望の対象なのだろう。気づけば権力者の妻、有名人や富豪の妻は誰しも色白だ。

「色白の方が美しい」という社会のプレッシャーが強いので、自分の美しさに自信が持てないのかも。自分にないものが欲しくなるのが人間の性なんですよね。

 

そういうわけで、彼らの「美白」に対する情熱は半端ではない。

悲劇的なニュースとしてよく聞かれるのは、生まれてきた子どもに「白くなるように」と漂白剤をかけてしまう親がいることだ。もちろん、親としては「色白になればより良い人生が送れるだろう」と思い、子どもの肌の色を少しでも白くしようとするわけだが。

アフリカの子どもは世界で一番かわいいと私は思っているので、そんな悲劇を聞くと美白の風潮が腹立たしく思える。

 

――

コートジボアールの集合住宅には門番がいるケースがよくある。一日中そこにいて町のウォッチングをしているせいか、だれが来たとか、近所でこんなことがあったとか、今日の色々な出来事を教えてくれる。

ある日、家に帰ったら門番が満面の笑顔で走り寄ってきた。

「今日、お前のところにお客が来たぞ!」

という。

来訪者なんてよくあることなのに、どうしてそんなにニコニコしてるんだ?と不思議に思っていると、門番は嬉しそうに顔を輝かせた。

「お前を訪ねてきたムッシュー、俺よりも色が黒かったぞ!!」

ん?どういうこと?

よく話を聞いてみると、友人のA氏が私の不在中に尋ねてきたという。門番が、「彼女は不在だ」と伝えたところ、帰ったということなのだが、門番を喜ばせたのはA氏の肌の黒さ。

 

門番に言われるまで、A氏の肌の黒さをいちいち気にしたことがなかったのだが、言われてみると確かにかなりの色黒。(色黒、という言葉が適切なのか分からないが…)。他の人の肌の色が茶色系だとすると、A氏は漆黒といった感じ。

でも彼は男性だ。男性の肌の黒さは誰も気にしないんじゃないの?と私は思う。女性は外見のみで判断されるようだが、男性は外見じゃなく、経済力とかユーモアのセンスとか包容力とか、ほかにも評価ポイントはあるでしょ。

しかし、門番の兄ちゃんにとってはそうでもないらしい。

「今まで俺は自分より黒い人を見たことがなかった。なのにあのムッシューといったら!すごい黒かったぞ!今日は本当にうれしい日だ!!俺の方が白い!」

門番は小躍りせんばかりに喜んで跳ね回っている。彼の今までの人生では、誰もかれも自分より肌の色が明るかったのだろう。

 

門番の兄ちゃんが喜ぶのを見ると笑ってしまいそうになるし、同時になんだか複雑な気持ちになる。そこまで喜ばなくてもねえ。

彼は人生で初めて自分より黒い人に出会い、かなり元気づけられたんだろう。

「自分より肌が黒い人がいる!俺はさほど黒くないんだ!」と喜ぶ気持ちは分からんでもないが、男性でも白い肌に憧れる気持ちがそれほど強いのかと、ちょっとびっくりした。

 

ま、これも、自分が黒人じゃないから俺たちの気持ちなんて分からないんだよ、と言われてしまえばそれまでなんだが。難しいテーマです。

その後A氏に会ったとき、まじまじと彼の顔を見てしまった(彼はとっても性格の良いヤツです)。あまり肌の色についてよく考えたことはなかったが、そういう見方をする人もいるんですね。

 

「人間、外見じゃないよ」というのは年を取ればとるほど、色々な人に接して人生経験を積んでいけばいくほど、そう思うようになる。でも、若いうちはやっぱり外見重視なんだろうなあ。

かくいう私も、アフリカに住んでいると、彼らの筋肉美や人間としての均整の取れた体つきを見て、モデルさんみたいだなあ、と感心する。スポーツジムに通っているわけでもない、単なる道路工事の土方の兄ちゃんなのに、理科の教科書に出てきそうな美しい筋肉の持ち主だったりする。町を歩いているその辺の姉ちゃんが、モデルさんみたいな長い脚の持ち主だったりする。日本人には、アフリカ人ほど整った体の持ち主はそうそういない。

 

だからどの国もどの人種も、みんなそれぞれいいところがあるんですよ。「色白=美」という一つの考えを強制するのは、もう終わりにしたい。もっと自分の美しさに自信を持てるような社会になるといいな。(そして化粧を強制するのも出来ればやめてほしいんだが…会社に行くときくらいで十分ですよ 笑)。

 

 

 

 

 

ココ 2

(昨日の続きを書きます)

西アフリカの伝統的な食事は、大皿料理だ。

大皿料理という呼び方は誤解を招くかもしれない。高知県のような、大きなお皿におかずを盛り付けてふるまうイメージだと、少し違う(なぜなら、あれは大皿料理以外のおかずや主食もありますよね)。西アフリカは、主食もおかずも一つの大きなお皿に盛りつけて、家族全員がそのお皿を取り囲み、それを食べるというものだ。セネガルのチェブなどは、大皿がいいかも。

 

ニジェールへ行ったとき、現地の方のお宅を訪問した。夕飯をご馳走になったが、やはり大皿にご飯とシチュー(電気がない家で、うす暗くておかずがよく見えなかった)だった。地面の上に置いた一つの大皿を全員で取り囲み、右手で食べるというスタイル。西アフリカでは大人が先に食べ、残りかすを子どもが食べる、という家庭が多い。子ども用に別の大皿に食事を盛り付けて、子どもと大人が別々に食べる家庭もある。

 

私が気になる習慣があった。

どの国も、食事時間に突然来客があった場合、お客さんにも家族と同様、食事を提供するのが習わしだ。(というより、うまいことを言って食事時間に来た訪問者を追い払う文化がないみたいだ)。

 

例えば、6人家族がいたとする。そこへ突然2人の来客があったとする。その2人も食事に合流するのだが、かといって8人分の料理を準備するわけではない。6人分の食事を8人で分ける形になるのだ。

大皿に盛りつけたごはんとシチューを8人で取り囲み、手で少しずつ取って食べる。当然、一人分の量が少なくなる。

それだけじゃない。子どもが大人の食べ残しを食べるスタイルの家庭では、大人の来客が多いと当然残り物が少なくなる。そういう家庭へ行くと、私はいつも「子どもの食事が十分あるんだろうか?」と心配になる。大人の都合なのだが、子どもは少ない量の食事を子ども同士分け合って食べている(偉いね)。大人になると、どうして自分中心になっちゃうんですかね。

 

ところで今日の本題だが、コートジボアールのある村で、私は美容院にお世話になった。

 

話は脱線するが、まともな仕事もない、こんな田舎の村で、しかも読み書きも出来ないような女性たち(学校へ行かせてもらえるのは男子だけ)が、どうやって生活をするのか、どうやって生存するのか、という点が気になるところだ。

答えはというと、野菜を栽培し収穫できた野菜の行商をして稼ぐ、自宅で揚げ菓子や小袋入りジュースを作成し売り歩く、人通りの多い路上や長距離バス乗り場で、野菜、ゆで卵、揚げ菓子などを販売する、といった小規模ビジネスをしている女性が多い。アフリカの女性は本当に働き者だ。

 

私が行った「美容院」は、美容師さんの自宅の庭が店舗だった。美容師さんと言っても、免許があるわけではない。手先が器用だとかそういう理由で、口コミで客が来るタイプの「美容院」だ。しかし現金収入がない村で、手に職があるのは強い。家事の片手間にやっているとはいえ、そこそこお客が来ている様子だった。

 

美容師さん宅の庭で、私は髪を編み込みにしてもらった。これはかなり時間がかかる。現地の人も数日がかりで髪を編み込みにする。数日の間は仕事をしながら、家事をしながら、ちょいちょい美容院に来て編み込みをやってもらうのだ。なので、村や町では「あ、あの人、美容院で編み込みやってもらっている途中なんだな」という女性を時折見かける。頭の半分しか編み込みになっていないので、それと想像つくわけです。

 

私はあまり時間がないので、髪の編み込みを一日で終わらせてもらった!(わがままですみません)

普通であれば、こんな大変な作業は一日で終わらない。早く終わらせるために、美容師さんはアシスタントとして?村の女性を1人呼び、自分と一緒に作業をさせた。呼ばれたその女性は主婦ではなく、村の売春婦だった。

「そういう職業もあったか」

と、妙なことに私は感心してしまった。仕事の無い村で学歴の無い女性がどうやって生活するか、ということがずっと不思議だったからだ。この女性は当然、独身だった。

このアシスタント姐さんがいい感じの女性で、男性の言うことになんでも従うタイプではなく、自分の意見をはっきり持っている方だった。きびきびとして小気味いい。彼女が日本語をしゃべったら、いなせな芸者さんみたいな感じなのかな。美容院が忙しい時にアシスタントをして、小銭を稼いでいるんだろう。

 

で、美容師さんは主婦なので、家事をしなければならない。昼食時間なので髪の編み込みを中断し、食事の支度を始めた。私も暇なので、お手伝いを申し出る。(客が手伝うのも妙だが…)。私も髪が3分の1くらいしか編み込みになっていない妙な外見なのだが、ここは日本じゃないので別に問題ない。

私たち二人が料理を始め、アシスタント姐さんは自宅へ帰った。すると、しばらくして見知らぬ男性が美容師さん宅へやってきた。何やら美容師さんと話をしている。

美容師さんは男性を食卓に着かせ、黙って一人分の食事を彼の前に出した。男性は礼を言って食べ、そのまま帰った。

「あの人は誰なの?旦那さんの友達?」

男性が食事を済ませて帰った後、私は美容師さんに聞いてみた。すると美容師さんは苦笑いしながら答えた。

「よくうちへ来る人。特に友達と言うわけじゃないけど。」

なのに食事を食べさせるのか。と私は不思議に思った。日本の感覚だと、友人でもない人に食事を与える必要はないような気もする。

美容師さんは続けた。

「あの人は、ココよ。」

ココ?って何?と聞くと、美容師さんは笑った。

「食事時を狙って人の家に上がり込む人のことを言うのよ。あの人は毎日、食事時になると、村を回って誰かの家を訪問するの。」

食事時を狙って他人の家を訪問するヤツがいるのか!

しかも、そんな人に対する名称があるわけだ!

鷹揚に見えるアフリカ人でも、やっぱりそういうヤツは腹立たしいわけですね。

なるほど…。

 

しかし、ここでちょっとコートジ文化を垣間見た気がした。「ぶぶ漬けで申し訳ありませんけど」なんてことは言わず、とりあえず食事を出すわけだ。

食事狙いと分かっていながら、どのお宅もちゃんと食事を提供するなんて…ちょっと日本では考えられないな。だって、食料が十分ある日本とは違って、アフリカは大干ばつや不作もあるわけです。それなのに(腹の中はどう思っているにせよ)食事を提供する習慣なんだな。

 

そのあと、食事を済ませたアシスタントが戻ってきた。美容師さんと二人、夜10時までかかって編み込みを終わらせてくれた!!ありがとうございます…。

これだけ時間のかかった編み込みだが、髪を洗うときに地肌が洗えないのでかゆくて仕方ない。見かけは可愛いが、ファッションは我慢だということがよく分かった。

 

 

 

 

ココ 1

西アフリカは、日本人の口に合う料理が多い(ように感じる。全くの私見ですが)。ほかの国は行ったことがないのだが、コートジボアールセネガルニジェール、(少しガーナ)に行ったときは大体なんでも美味しく食べられたので、勝手にそう思っている。

 

料理と言えば、具の入ったシチューをごはん等の主食にかけて食べるスタイルが多い。日本人がカレーを作るとき同様、一つの鍋に水と具を入れて煮込むだけだ。煮込む肉や魚を具のメインとし、野菜をピューレ上にすりつぶしたものを加え、とろみを出す。スープの素や塩を入れて味付けをし、それをご飯にかけて食べる。

 

家によっては、牛の皮(皮というとカバンやベルトに使うような牛革を思い出すかもしれないが、それではなく、その下の肉の上についている脂肪の部分だと思う)を風味づけに使用するなど、お母さんから伝わった秘伝の隠し味が各家庭に色々あるようだ。こういう風味付けの隠し味は、ちゃんと現地の市場に売っている。

 

また、ピューレにして加える野菜等によって、そのシチュー(コートジボアールではソースと呼んでいた)の名称が異なる。

よく見かけるのは「ほうれん草のソース」。具材を煮込み、ほうれん草をすりつぶしたピューレを加えると、「ほうれん草のソース」になる。深緑色のソースで、健康に良さそう。「ソース・グレン」という、オレンジ色のヤシ油で煮込んだソースも、コートジのどこでも見かけるローカルフード。

 

ピーナツの一大産地・セネガルでよく使用されるのは、ピーナツのすりつぶしたもの(ピーナツバター状と言ったらいいかな)。コートジでもよく使う。具材を煮込んだところにピーナツピューレを入れると、こってりした「ソース・アラシッド(アラシッドとはピーナツのこと)」になる。セネガル料理はこれ以外にも、よくピーナツソースを使う。

 

千葉県はピーナツが名産(セネガルから伝わったと聞きました)のため、千葉県のお土産はピーナツペースト。千葉県名産店で砂糖の入ってないピーナツペーストを買って、西アフリカ料理を楽しんでます。ちなみに、インドネシア料理もピーナツペーストを使うので、アフリカ&インドネシア料理には千葉県のピーナツペーストは重宝してます。

 

少し高級だが、私が一番好きなのは「ソース・ピスタッシュ」。その名の通り、ピスタチオのソースだ。ピスタチオのペーストを入れることからそういう名前がついているんだが、これが一番おいしい!ほうれん草のソースは深い暗緑色だが、ピスタチオの方はもう少し明るめの緑色。適度にこってり感があって、うまし!現地人の友人は私がこれを好きなのを知っていて、よく家に持ってきてくれた。日本でも作りたいけど、ピスタチオのペースト自体がなかなか手に入らないしねえ。というわけで、ピーナツペーストを使って「ソース・アラシッド」の方をよく作ってます。これも十分うまい。うちの家族に好評です。

 

 

で、そのぶっかけ飯の飯の方は、というと。

玉ねぎを細切りにして、油で炒める。そこにコメと水を入れて炊く、という料理法。もちろん主食はコメだけではなく、以前の記事にも書いた「アチャケ」という、キャッサバをつぶ状にして発酵させた主食もある。アチャケはモロッコのクスクスより大粒にした感じだ。ガーナとの国境方面に行くと、それを型に入れて固めた?ヤツもある。

 

しかし、いつもこんなおいしいものを食べているわけではない。お金がない人は、コメを炊くときにトマトケチャップを入れてトマト味にした、というだけのご飯を食べてたりする。トマトケチャップを買うお金がない人は、「リ・グラ」という「コメを油と水で炊いただけ」というやつを食べている(リはコメ、グラは脂肪とか油と言う意味)。これも、路上の店で食べられる。

現地人に「どれくらい昼食にお金をかけているか」「昼食に何を食べているか、予算はいくらか」と聞いたところ、①アチャケ(ご飯)とソース、またはアチャケ(ご飯)と揚げ魚(300円~)、②リ・グラ(50円)、③お昼を買うお金がないので、5円のお菓子を食べる、という3タイプに分かれた。(お昼が5円?!だったら私も食べたいと思ったが、なーんだお菓子か…)。

 

(この記事を書いていたら長くなってしまったので、後半は明日へ続きます)

長島競艇

 

アメリカの歴史とは移民の歴史、つまり多様性の歴史だ。調べてみると、アメリカは世界で最も多くの移民を受け入れている国で、今までに世界中から5,000万人が海を越えてアメリカに渡ったそうだ。今でも毎年70万人の移民を受け入れるという。ちょっと想像つかないですね。

本当のアメリカ人といえばネイティブアメリカンなので、そういう意味では白人も黒人もアジア人も「アメリカ人」ではなく、移民だ。オバマさんもトランプさんもバイデンさんも、みんな移民の子孫だ。

 

この感覚は日本とだいぶ違う。

日本に住んでいると、自分と異なる外見の人は「あの人外国人かな?」「日本語分からないかも」と思ってしまう。

アメリカは逆だ。

いきなり英語で話しかけてくるので、

「こっちは外国人なんだからちょっとは考慮しろよ、英語分からないんだよ」

と最初は思っていた。しかし、

「私の外見を見ればアメリカ人じゃないと気づくでしょ?」

と思うのはどうやら私だけだ。私のことはアジア系アメリカ人と思っているらしく、誰も私に「外国人配慮」をしない。皆さん遠慮なく英語で私に話しかける。アメリカ人と対等に扱われてうれしいような気もするが、英語が分からず大変ですね、という配慮もしてほしい気がする。

 

ネパールの留学生が言っていたが、大学の学生寮アメリカ人たちと友達になり、お互いにどこから来たのかという話になった。

「お前はどこから来た?」

と聞かれたので、「ネパールだ」と答えると、「へえ、その町はどこの州にあるんだ?」と聞かれて返答に窮したという。外国人扱いしないのはありがたいが、世界地理に疎いのもアメリカ人の特徴かも。

 

だいぶ話が脱線してしまった。ニューヨークについて書きたい。

ニューヨークは町の人口の実に半分近くが外国生まれだという。東京は国際都市と言っても、そこまでは行かないだろう。外国人があまりにも多いので、ニューヨークにいると自分が外国人であることを忘れる。そういう意味では住みやすいかもしれない。移民や外国人が多いため、100以上の言語がニューヨークで話されているという。

彼ら移民が集まって住み、形成したのが〇〇人街だ。ニューヨークには中国人街だけでなく、ギリシャ人街、ポーランド人街、南米人街などいろいろある。こういうエスニックタウンを散策するのは楽しい。

 

<中国&イタリア>

マンハッタン島は西をハドソン川、東をイースト川にはさまれ、イースト川にロングアイランドを望む島だ。

そのマンハッタン南部に大きな中華街がある。通りを隔ててお隣はイタリア人街だ。道の両脇に、文化が異なる二つの国が存在している。こちら側はおしゃれな窓にワインの瓶が並べられ、地中海風のレストランが立ち並ぶのに、道の向こう側の食品店ではバケツ一杯の食用カエルが並ぶ。不思議な空間だ。

 

中華街の中に大きなスーパーがあり、よくそこへ買い物に行っていた。店内には掲示板があり、「あげます」とか「譲ってください」みたいなチラシやイベントの張り紙、セール情報の広告が貼ってあって、私はたまにそれをチェックしていた。

 

ある日、そのスーパーの掲示板を見ていると、「長島競艇」と中国語で書いてあるチラシがあった。そこには、中国語の文章の後に英語の文章が併記してあった。多分、中国系アメリカ人で漢字が苦手な人もいるからだろう。

「ふーん、『競艇』って、日本語と同じでボートレースのことか~」

と思いながら、その張り紙を読んだ。読んだといっても中国語が分からないので、漢字から推測するだけだ。ところで、「長島」ってどういう意味なんだろう?美国、とはアメリカのことらしいが?もしや日本人の長島さんという人が主催する競艇

と中国語を読みながら、英語併記も読むと、なーんだ!「長島」って、「ロングアイランド」のことかい!そのまんまじゃないか!分かると拍子抜け。

 

<インド>

インド人が多く住む「インド人街」を見てみたいと思った。ジャクソンハイツにあるインド人街へ。マンハッタンにもエスニックタウンはあるが、クイーンズやブルックリンへ行くと、さらにたくさんのエスニックタウンがある。

わざわざ地下鉄に乗り、インド人街の最寄り駅で降りた。道を歩くが、どこにも「インド人街」がない。あれ?道を間違えたかな?と思っていると、向こうからサリーを着たインド人のお母さんと娘さんが歩いてきた。彼らとすれ違ってしばらく歩いていると、また向こうからインド人一家が歩いてきた。カレーなのか、香辛料のにおいも漂ってくる。

方向音痴気味なので、どうやって行けばいいのか分からないが、カレー臭がする方向へ歩けばインド人街があるんじゃないか?と思った。

そこでカレーのにおいをたどって歩いていくと、インドっぽい町が出現した。そこがインド人街だった。嗅覚もたまには役に立つ。

怪しい食品店、CDやDVDの店。こう言っちゃ失礼だが、うさん臭さ満点。まさにインドっぽい。ボリウッド人気はここでもか。ナンとカレーのテイクアウトがおいしそうだ。などと、ぶらぶら歩くのが楽しい。

いかんせん少し遠いので、一度しか行けなかった。

 

<アラブ>

ベイリッジのアラブ人街は少し遠かったので、インド人街同様、休日にわざわざ電車に乗って探しに行った。活気のあるほかのエスニックタウンと比べると、なぜかひっそりした印象。水たばこ?の店や喫茶店が目に付く。アラビア語が全然分からないが、アラブに来たという気持ちが自分の中で盛り上がる(アメリカですけど)。

 

アラブ人街にはなぜか布を扱っている店が多く、ムスリム女性が頭にかぶる様々な布を売っていた。(頭にかぶる様々な布、とは妙な言い方だが、どれくらい顔の面積を出すかによってヒジャブとかブルカとか被り物の名称が異なる)。私はそこで、赤と白の市松模様のマフラー?を買うことにした(後で調べたら、アフガンストールと言うらしい)。白と黒のヤツは、昔懐かしいPLO(パレスチナ解放機構)のアラファト議長がよくかぶっていたな。白黒もよかったが、赤白の方が可愛いかな?と思ったのだ。

 

商品には値段がついていない。私の苦手な「値段交渉」ってやつか。いや~な予感。

アラブ人店員に値段を聞くと8ドルと吹っ掛けてくる。8ドルって800円くらい?日本だと800円で買えるスカーフはないから、高くはないのかもしれないけど(と思いながらスカーフを見ると、メイド・イン・チャイナと書いてある)。中国製ならもっと値切れるだろう。

スカーフを広げてみて、縫製がしっかりしている物を選ぶ。アラブ人店員が7ドルでどうか?と執拗についてくる。5ドルって言ったら、値切り過ぎかしら?と悩む。アラブ人店員に、「6ドルだったら買おうかな」と言ってみた。店員は「え?ダメダメ。」と首を振る。

すると、店の奥から店長らしきアラブ人が出てきた。店員はカジュアルな服装だが、店長はアラブ人みたいな白いオバQみたいな服を着て、頭には赤白のスカーフをかぶっている。私たちのやり取りを小耳にはさんだらしい。

「え?いくらだって?」

と店長が聞くので、店員と私が声をそろえて「6ドル」というと、店長はうんうんとうなずいてOKを出した。

「6ドル?いいよいいよ!持ってって!」

ヤツの態度からすると、5ドルでも良かったな…と後悔。店員は赤白の市松模様スカーフを赤白の市松模様のビニール袋に入れて渡してくれた。ああ、残念。やっぱり値切るのは得意じゃない。

 

後にサウジアラビア人の友人が、サウジアラビアからのお土産として濃緑色のアフガンストールをくれた。こっちは銀糸が縫い込んであって渋く、おしゃれだ。ああ、アラブ人街へ行って再度値切りたい。ホント悔しい。

 

 

ユダヤ教

 コートジボアールにいたとき、イスラエルの方と知り合った。イスラエル人とはつまりユダヤ人だ。彼と奥様によれば、ユダヤ教は古い宗教なので色々な決まりがあるとかいう話だった(すみません、ちゃんと聞いてなくて…)。

ユダヤ人といっても特別な衣装を着ているわけではなく、ポロシャツにズボンといった私たちと変わりない普通の?服装だった。(さすがに正統派の人が海外で生活するのは難しいだろうなあ)。

 

コートジボアールイスラエル人よりも中東出身住民が多かった。特にレバノン人は一大勢力だった。

なぜレバノン人がコートジボアールに住んでいるかと言うと、レバノンはコートジと同じくフランスの植民地だったため、共通語もフランス語。だから生活しやすいのだという。町を歩いている白人はフランス人やベルギー人である場合もあるが、レバノン人である場合も多かった。

コートジボアールレバノン人たちは、中東情勢が悪化するとコートジボアールに移ってきて、中東情勢が安定するとまたレバノンに戻る。「最近レバノン人が増えたな」と感じるときは、たいてい中東情勢が不安定になっているときだ。自分の国家を長らく持てなかったユダヤ人も可哀そうだが、戦争で自分の国にゆっくり住んでいられないアラブ人も気の毒だ。

 

で、そのユダヤ人について。

アメリカには多くのユダヤ人がいる。特に第二次大戦中は、欧州から逃げる多くのユダヤ人をアメリカは受け入れた。

ニューヨークにも多くのユダヤ人が住む。アメリカがユダヤ人移民を積極的に受け入れた結果なのだが、これほどまでに多いとは思っていなかった。ニューヨークに集中的に住んでいるんじゃないか?と思うくらいだ。さすがジューヨーク(Jewはユダヤ人のこと)と呼ばれるだけのことはある。聞くところによると、NYの人口約900万人のうち、110万人くらいがユダヤ人だという。9人に1人くらいはユダヤ人だ。

 

見かけだけで言うと、ニューヨークのユダヤ人には3タイプいる。黒い衣装に黒い帽子、長いひげを伸ばした正統派の方、小さい帽子(キッパという)を頭頂部に留めた男性、そして私たちと同じような普通の?服装をしている人。正統派ユダヤ人は目立つのですぐに分かるが、私たちと同じような服装をしているユダヤ人は、言われなければ普通のアメリカ人と思ってしまう。

ものの本によればユダヤ人は実際には4タイプいて、①正統派、②保守派、③改革派、そして④世俗派、だそうだ。正統派は全ユダヤ教徒の1割ほどいるらしい。④の世俗派は戒律を気にしない人たち、という。

 

ユダヤ教は日本人にあまりなじみがない。私もアメリカへ行くまではよく知らなかった。彼らはコーシャーという食事制限がある。カトリックが金曜日に魚を食べるとか、イスラム教徒が豚肉を食べないとか、あんな感じの食事制限だ。

ユダヤ人がコーシャーを説明するときに例として挙げるのが「私たちはエビやカニなど、甲殻類を食べないんだよね。」ということなんだが、実際はエビとカニ以外にも禁忌の食品はある。

 

「ウロコとヒレを持つ魚は食べられるが、持っていない魚はダメ」もその一つ。ウロコとヒレの無い魚?と一瞬考えてしまうが、例えばウナギ、タコ、イカ、クジラ(哺乳類だが)、貝類なんかがそうだ。(タコやイカが魚の範疇に入るのかはよく分かりません)。ウロコとヒレのあるマグロ、鮭、イワシ、タイなどはOKなわけで。日本のお寿司屋さんメニューは、ユダヤ人が食べられるものと食べられないものが混在している感じですかね。

 

肉についてもルールはある。「ひづめが2つに割れていて、反芻する生き物」は食べてもいい、んだそうで。ひづめが2つに割れている動物?って、例えば何だろう…と一瞬考えてしまう。牛や羊、ヤギは該当するらしいが、豚やウサギは違うらしい…。

さらに、肉と乳製品を同時に摂取することもアウト。チーズバーガーなんかはユダヤ人が食べられない食品代表だそうで。

 

ここまで複雑だと大変そうだが、慣れてしまえば大したことないんだろうなあ。

 

ユダヤ人が多いニューヨークには、ユダヤのパン「ベーグル」を扱っている店がたくさんある。あのもっちりとした食感は、パンだねをゆでてから焼くことから生み出されるらしい。日本のふわふわパンに慣れてしまった身には、ニューヨークのベーグルは最初は固く感じた。慣れると美味しくて、よく買うようになった。スモークサーモンとクリームチーズをはさんだベーグルが私は一番好きなのだが、もしかするとその組み合わせって邪道?

 

ユダヤ教といえば、休むはずの安息日に「やってはいけないこと」が決まっている。

安息日(shabat)と呼ばれる週末(金曜日夕方~土曜日夕方)は、ユダヤ教徒は労働してはいけないことになっている。一週間のうち6日は労働、7日目は休みなさいと神様が決めたらしい。

 

そんなの他の宗教の人と同じじゃん、私たちも週末は休んでるよ、と思いたいところだが、この日は本当に「労働」をしてはいけない日なのだ。土曜日にやってはいけない「労働」。ここに含まれるのは会社へ行って働くことはもちろん、車の運転、金銭を扱う、旅行(これは仕事なんだろうか?)、ペンを持つ、壊す、種をまく、畑を耕す、料理(火を扱うこと)などなど。

「火にふれてはいけない」とは?

料理が禁じられているだけなのかというと、それだけじゃない。「火」は電気も含まれる(らしい)。

なので、エレベーターのボタンを押すのもダメ、電子レンジで食べ物を温めるのもダメ。冷蔵庫も電気を使っているので、安息日には冷蔵庫の中の明かりがつかないようになっているとか。徹底してるなあ。

 

ユダヤ教安息日はパソコンやスマホも使ってはダメ、という事実を知った出来事があった。

大学院の授業の一環で、学生同士で数人のグループを作り、テーマに沿ってそれぞれのグループが発表をすることになった。発表準備にあたり、グループメンバー各自に作業を割り当てた。週末に自宅で作業をし、進捗をメールで連絡、共有し合うという段取りにした。

 

グループの全員でカフェに集まった。お互いにメールアドレスを交換し合って、

「じゃあ、あなたの作業はいつ頃終わる?私はそれまでにここをやればいいの?」

といった作業の段取りを確認していたところ、一人の女性が手を挙げた。

彼女はユダヤ教徒だった。自分は、安息日の間は作業が出来ないという。

ユダヤ教の教えで、その日は火を使ってはいけないことになっているのよ」

とその女性は言う。

「じゃあ金曜日の夜から料理をしてはいけないんだね。食べ物は買ってこないといけないわけだ?大変だね」

とほかの学生が言った。(私も含め、ユダヤ教安息日についてよく知らない学生が大半だったので、こんなトンチンカンな話になったんだろうな)。

「それだけじゃなくて、メールも見られないしパソコンも開けられないの。」

彼女がそう言うと、そこにいた学生たちは「えっ?どうして?」という表情になった。

彼女曰く、『火を使ってはいけない』という決まりは料理に限ったことではないという。「火」は電気も含むので、メールも見てはいけない、パソコンも開けられないらしい。

「メールも見てはいけないの?」

と、思わず何人かの学生が聞いた。

「ごめんね、安息日が終わったらメール確認するから。」

彼女は謝るが、宗教行事?だから仕方ない。ユダヤ教の決まりだからね。

しかし…どうやって週末に作業をするんだ私たち?

 

結局、ユダヤ教徒の彼女は自分が作業できる時間に作業をして、それを最後にプレゼンにはめ込んだ。なんとかなるもんです。

しかし、学校の発表程度ならいい。土曜日に仕事をやってはいけないとなると、イスラエルの経済や社会は回るんだろうか。もちろん、戒律を守らず?土曜日も働く世俗派の人がいるだろうから、結局社会は回るんだろうなあ。ほかの人がやらないことをやる人がいるから、社会や経済は支えられているわけだ。

最近ネット社会に疲れて、ネット断食とかスマホ断ちをする人がいるが、ユダヤ教徒は毎週やっているわけで。休みの日に仕事メールで煩わされることもない。宗教で決まっているなら、会社の上司もNOとは言えまい。案外いいシステムかもしれない。

 

のちにインドネシアで似たような宗教的行事を知った。それは毎年3月~4月に行われるバリ島のヒンドゥー教徒のお祭りで、ニュピと言う。ニュピはバリのお正月だ。その間は労働禁止であるだけでなく、外出禁止、火気禁止、電気禁止、殺生禁止。

外出禁止なので、町が死んだように静まり返る。火を使うのも許可されない。電気を使わないので星空もきれい。ニュピを知った時、あれ~ユダヤ教みたいだなと思って不思議だった。

ユダヤ教ヒンドゥー教が成立したのは何千年も前の話だが、人間はいつもあわただしく過ごしているので、メールやネットを見ない日があってもいいのかも。

 

 

 

 

インドネシアの野菜と果物

アジアの国が好きな人は結構いる。どの国が好きかと聞くと、タイやベトナムを挙げる人が多いように思う(気のせい?)。インドネシアが好きという人は、残念ながらまだまだ少ない。

 

インドネシアに行くまでは、私もあまり興味がなかった。でも行って生活してみると面白かった。

というわけで、インドネシアのことをもっと知ってもらいたい、という使命感が私にはある。(とはいえ、何十年も生活していたわけではないんですが…)。この記事ではインドネシアの野菜や果物について少し紹介します。

 

コメどころだが、野菜と果物も豊富なインドネシア

インドネシアは熱帯というイメージを持たれがちですが、山や高原もあります。熱帯から涼しい高地まで色々な地形があるので、お米からコーヒーから野菜、果物、なんでも取れます。この食材の豊富さが、地方へ行くときの楽しみでもあります。

 

たとえばバリ島。

インドネシアに行くまでは、私もバリ島は熱帯リゾートと思っていました。しかし私たちが思い描くようなリゾートビーチは、島の南部。バリ島は真ん中にも東部にも山がある。畑も田んぼもたくさん。バリ島の大半は昔ながらののんびりした風景が広がる田舎、と言っても過言ではありません。

 

バリ南部にある州都デンパサールから、北へ向かう。車で山を上がっていくと気温が下がり、涼しくなります。

この写真は峠にあった八百屋さんで撮影したもの。山の上は涼しいのでイチゴが栽培されてます。

写真右下のビニール袋に入った野菜は、〇〇セットみたいですね。この1セットの野菜を買って、煮込めば××スープが出来る、とかいうあれです。日本でもなべ焼きセットとかすき焼きセットみたいな野菜の詰め合わせ、ありますね。一つ一つ野菜を買わずに済むので便利。スープ大国インドネシアでは、こういう野菜セットがよく売られています。

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バリ島、山頂の八百屋さん

こちらも同じく八百屋さん。白菜があるんですね。むしろこっちをカット野菜にして鍋セットにしてほしいものです。

私はナス好きなんですが、海外のナスはアクが強くて、皮も厚くて固い!!ナスは、日本のナスの方が改良されていておいしいです。インドネシアには私の知らない野菜がたくさんあるのですが、料理法がよく分からず、店に行くたびに、これはどうやって料理するの??となっていた…。インドネシア料理の授業でも取っておけばよかった!

 

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バリ島にも白菜がある

山を越えて最も北部の町へ。この町のスーパーの品ぞろえは、まあまあと言ったところ。

写真は、そこのスーパーの野菜売り場。イチゴが13,000ルピアと書いてあります。

ルピア表示はゼロがたくさんあるので、ややこしい。私も最初のうちは「これって日本円でいくらだろう?」といつも分からなくなっていました。簡単な換算方法は、ゼロを二つ取ること。

例えば13,000ルピアならゼロを二つ取って130円。実際はそれの8掛けくらいです。この場合は104円くらい?

ちなみに、イチゴはインドネシア語でもストロベリ。ブロッコリーはブロッコリ。インドネシア語は人造語なので、英語から取ったのかな?

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バリの地方のスーパー野菜売り場

果物も安いです。スーパーだとキロ単位で量り売りですが、路上のお店だと一個だけ買えます。(もっと言うと、田舎へ行けば自然に生えています)。

日本では高くて買わなかったドラゴンフルーツは、インドネシアだと安いのでよく食べます。トロピカルフルーツ以外もありますよ。前出のイチゴしかり、リンゴしかり。東ジャワには、リンゴが有名なマランという町があります。インドネシアでリンゴが取れるなんて知らなかった!果物じゃないけど、ココナツもお店でよく売られています。

毎日暑いので、私は「グリーンココナツウォーター」を買って飲んでいました。ココナツの中に入ってる水?をボトルに詰めて売ってるのです。炭酸飲料だと砂糖の取り過ぎで体に悪そうですが、自然由来のものなら後を引かないので飲みやすいです。ただし、生もの?なので、要冷蔵かつ消費はお早めに。

 

下はバナナ専門店。

バナナは日本だとそのまま食べるフルーツですが、アジアやアフリカでは主食にしたり、揚げ物にしたり、色々な食べ方をします。

インドネシアには300種類以上のバナナがあるとかで、揚げ物にできるような甘くないバナナもたくさんあります。このお店で売られているのは青いバナナですが、熟していないわけではありません。多分、加熱用?のバナナなんだと思います。

揚げバナナ専門店なんてのもあります。確か大統領の息子が、揚げバナナチェーン店を経営しています。

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jualは売る、pisangはバナナと言う意味

こちらは、ジャカルタの高級スーパーで見つけた、日本の白桃。アメリカでもヨーロッパでもアフリカでも、桃と言えば黄桃。固くて小さい桃が多い。日本の柔らかくてみずみずしい白桃が食べたい…と思っていたら、インドネシアへ輸入されていた!しかしアホのように高いです。あまりに高価すぎて誰も買わず、しかもインドネシア人店員が管理方法を知らないので、せっかくの高級な白桃、カビカビになってました…悲しい。

でも、カビカビの白桃の中で、一番きれいな白桃を見つけて買いました。高かったけど、美味しかった!日本へ帰った気分になりました。ジャカルタは富裕層が多いので、日本のメロンとか高級フルーツは売れるんじゃないでしょうか。

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輸入されている日本の桃

果物とは関係ないですが、こんな小さなモールに行くのも楽しいです。

たまにコーヒーを飲みに、こういう小さい庶民的なモールへ。土曜日の午後などに行ってまったりするのがいいんです。鳥かごが吊るしてあるところが、インドネシアらしい。

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ジャカルタ市内の小さいモール

コーヒー店の内装はシンプル。多分、空き店舗を自分で改装したんだろうな。アイスが英語で書いてある(Ice)と同時に、インドネシア語でも書いてある(Es)のがご愛敬。英語は通じません。でも大丈夫。メニューを見てその通り言えばいいだけです。「カラメルラテ」とか。出来上がったら、通路に置いてある椅子に腰かけて、下を通る人を眺めながらゆっくりコーヒーを楽しみます。

 

こちらは、「休憩中」の張り紙。

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「お祈り休憩中」の張り紙

Sedang は英語で言うところの「~ing」と言う意味で、sholatはお祈り。

日本だと「休憩中」とか「昼食中」というところですが、インドネシアムスリムが多い国。一日5回お祈りをするので、お祈り休憩もあるわけです。

ムショラとなると、お祈りをする場所のこと。ショッピングモールの中にムショラを設けているところもあります。

お祈りなら待っていよう、と店の前で待っていると、なかなかお店の人が帰ってこないことも。お祈りの後、ムショラでくつろいだりしてのんびりしているみたいで。

ショッピングモールのムショラをのぞくと、男性用ムショラでも女性用ムショラでも、インドネシア人たちはのんびり座ってくつろいでいます。神様と一緒にいるので、慌てない、急がない。彼らが「時間を支配している」と言われるゆえんでしょうか。お祈りなら急かしても無駄だろうな、と思うので私もあきらめることになる…。

 

せかせかしている日本人が不幸なのは、神様を身近に感じられないからなんですかね。残業や仕事に追われず、一日5回も神様と話をしていれば、そりゃ幸福なんじゃないかな。

先進国である日本や欧米の方がメンタル不調が多いことを考えると、メキシコの有名なso far from God…をもじって、 So far from God, So close to workなんてどうでしょう。幸せになるには、仕事よりも神様優先です。美味しい果物や飲み物(nectar)があればさらに天国です。

インドネシア、食べる楽しみ

インドネシアに行くまで、あまりアジアの国に興味がなかった。行ってみると人は優しいし、食べ物は美味しい。屋台が多いところを見るとアジアだな~と感じる。

 

見ていると、インドネシアの人たちは一日中何かを食べている。

例えば、インドネシア人とタクシーに同乗しているとする。赤信号で車が止まった近くに屋台があると、彼らはタクシーの窓を開けて屋台から食べ物を買っている。買ったものを分けてくれるのは嬉しいが、君たちは一日中食べてるな、おい。

 

ある日、ジャカルタでタクシーに乗った。タクシーの運ちゃんが「〇〇通りを通ってもいいか?」というので、不思議に思いながらも承諾した。すると、その通りにあった屋台の前でタクシーを止め、揚げ物を素早く買ってまたタクシーを発進させた。(タクシー料金はメーター制なので、あまり長々と買い物をすると乗客が怒るからだろう)。

「この揚げ物は、バンドン名物なんだ。俺はバンドン出身なんだが、ジャカルタでこのバンドン名物の揚げ物を売っている屋台は2つしかないんだ!だからこの通りを通らせてもらったのさ!お前も食べるか?」

と運ちゃんは自分の故郷の味をゲットできたので上機嫌でしゃべりながら、揚げ物の入った紙袋を私に突き出す。なるほど。この屋台に寄りたいがために、わざわざこの通りを通ったわけかい。私は揚げ物を一つもらいながら嬉しそうな運ちゃんを眺める。

揚げ物はコロッケだった。一口食べる。

「うわっ、辛い!」

運ちゃんは大笑いしながら、自分のペットボトルを見せる。

「辛いか~外国人には辛いよな。水、飲むか?もう一本持っていたらあげるんだけど」

ありがとう。そのペットボトルはおじさんが口を付けたから、遠慮しとくわ。

こんな風に、インドネシア人はどうやら一日中、仕事しながら食べている。

 

これはマカッサルで撮影した、焼きバナナの店。

最近、マカッサルの港周辺はきれいに整備され、美術オブジェのある公園になった。仕事の後、夕暮れ時に屋台で食べ物を買って、散策しながら食べる人が多い。このバナナは日本で販売されている甘いバナナと種類が違い、甘さがだいぶ控えめで、少し固め。

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焼きバナナの店

バリ北部の焼き鳥屋台。おばちゃんが焼き鳥?を作成中。

厳密にいうと「焼き鳥」ではなく、臓物の中に味付けした詰め物をして、それを串刺しにしている。(普通のサテは鶏肉を串に刺したもの。)この焼き物、他の地域では見たことがないが美味しかった。

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焼き鳥の店

串焼き作成中。

ところで、串に肉が少ししか刺さってない…ので、注文するとやたらと串が多い気がする。

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炭火焼なのでおいしいです!

テイクアウトするとこんな感じ。バナナの葉っぱが包み紙だ。捨てても土に帰るのがいいですね。添えてあるサンバルはさすがにビニール袋に入ってるので、分別して捨てましょう。

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バナナの葉っぱで焼き鳥を包む

これはマカッサルの海鮮焼きの店。店頭で好きな魚やエビを選び、焼くとか揚げる、炒める、煮る等の調理法を指示して、後は店内で待っていればOK。マカッサルは港町なので、こういうシーフードを焼く店がたくさんある。

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海鮮焼きの店

ところで「〇〇焼き」という日本語名を付けるのが日本風と思っているのか分からないが、こういう名前の店がインドネシアにはある。

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コイ焼きとしゃぶ焼きの店

たい焼きならぬ、コイ焼き。ソフトクリームの店らしい。しかし絵はタイに見えるなあ。

「しゃぶ焼き」とは、「しゃぶしゃぶ+焼き」なのかなあ?チャレンジしてみればよかった…。

 

焼き物とは関係ないが、ジャカルタシャトレーゼが出来た。ケーキらしいケーキが食べられるようになるとあって、在留日本人は開店を楽しみにしていた。私もその一人。

インドネシアには韓国のベーカリー&ケーキ店が複数進出していて、生クリームやバタークリームのケーキはそこで買うことが出来る。でも果物がたくさん載った華やかなケーキといえば、やはり日本に軍配が挙がる。

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ジャカルタシャトレーゼ

「日本直輸入」と書いてあるが、完成されたケーキを日本から持ってくるということではなく、果物などは別途輸入して、店で飾り付けをしているらしい。(聞いた話ですが、間違っていたらすみません)。

シャトレーゼジャカルタ市内に何店舗か開店した。私は店内でケーキとお茶を楽しめる店へよくお世話になっていました。海外生活といえど、インドネシアは日本料理店も多いし現地料理も美味しい。日本人はそれほど困ることはないんじゃないかなあ。

 

話は脱線するが、メイソウという100円ショップもどきがインドネシア各地にある。最初に見たときは「え?こんな店、日本にあったっけ?」と思った。店内には「日本人デザイナーによる製品」だの、「良品生活」だの、日本ぽいことが書いてある。最初は無印の姉妹店か?と錯覚した(あれは「良品計画」でしたっけ)。ロゴもユニクロみたいだし。のちに分かったが、どうやら中国のお店らしい。

 

日本人の私も混乱したくらいなので、インドネシア人も当然、日本の店と間違えている。インドネシア人数人とご飯を食べていた時に、メイソウの話になった。あれは日本の店だよね?と日本人の私に集中砲火で聞くインドネシア人たち。

「違うよ、あれは中国のお店だよ」

というと、いや、ロゴがユニクロみたいだとか、無印良品と似てるよねとか、デザインがシンプルなので絶対日本の店だとか、誰しも日本の店と思っていた様子。

ところで、無印良品インドネシアに店舗がある。その時一緒に食事をしていた何人かのインドネシア人たちも、無印良品の店舗にはよく行くんだ、でも高いから買えないんだけどね、という。一人のインドネシア人女子は、無印良品の店内を歩くだけで幸せな気分になるという。

どうして?と聞くと、

「あの店は『禅』よ、『禅』。ミニマリズムってそういうことでしょ?」

ふーん、禅ねえ。確かにシンプルなデザインの商品が多いけど。それにしても、高くて買えないが店内を歩くだけで幸せになるとは、無印の力はすごい。