オレンジの花と水

ブログ初心者の日記風よみもの

ウリの漬物

 

以前、何かで読んだことがある。

ある男性が書いていた記事だ。

料理がおいしかったとき、感謝の気持ちをレストランの方に伝えたい。

しかし、恥ずかしくて厨房の方に「おいしかったです」となかなか言えない、というもの。

 

その人は常日頃から、食事が終わった後に店の方に感謝を伝えたいと思っていたのだとか。

しかし、「ごちそうさまでした」が言えたらまだいい。

支払いを済ませた後、口の中でもごもご言いながら店をそそくさと出るのだという。

勇気を出して「おいしかったです」と言うのは、やっぱり気恥ずかしいのだとか。

 

その記事によれば、その男性はこんな体験をした。

 

ある日、ふらりと立ち寄った店でお昼を食べた。

厨房で料理を作っているのは、白髪のご老人。

定食を運んできたのは、店主の奥様とおぼしき高齢女性。

老夫婦二人で店を営んでいるらしい。

 

定食はボリュームがあっておいしかった。

会計を済ませ、店を出るときに思い切って言ってみた。

「おいしかったです。ごちそうさまでした。」

 

店の引き戸を閉めて外に出る。

すると、店内で奥様が厨房の夫へ言っているのが聞こえた。

「おいしかったんだって!良かったね。」

 

自分もそれを聞いてうれしくなった。

「おいしかったです」の一言であの老夫婦が喜んでくれたのなら、良かった。

 

というもの。

 

私はレストランで食事をすると、だいたい「ごちそうさまでした」とか「おいしかったです」と言って店を出る。

自分も料理好きだが、やっぱり他人が作ってくれる料理はおいしく感じる。

それに、キリスト教徒の食前のお祈りではないが、今日食事にありつけるだけでもありがたい、と思ってしまうからだ。

 

しかし、その記事を読んで思った。

なるほど。

「おいしかったです」の一言で誰かが喜んでくれるなら、私もじゃんじゃん使ってみよう。

 

ある日、車の運転免許の書き換えに行った。

免許センターから帰る途中に、町中華の店があった。

なかなか行かない町なので、その店にちょっと入ってみようと思った。

 

そのとき何を頼んだか忘れたが、定食はおいしかった。

厨房を見ると、料理を作っているのは白髪の高齢男性。

料理を運んでくるのは妻らしき高齢女性だった。

どうやら老夫婦二人でやっている店らしかった。

私は免許を書き換えて気がゆるんだのか、ついでにビールも頼んだ。

 

すると、ビールのつまみとして漬物が出てきた。

奈良漬風なのだが、味付けは違う。

ウリを漬けたものだが、スーパーなどで販売している工場製品と違い、複雑な味わいだった。

つまり、おいしかったのだ。

 

会計を済ませて店を出るとき、私は言ってみた。

「おいしかったです。ごちそうさまでした。ウリの漬物、とてもおいしかったです。」

そして店の外に出て、引き戸を閉めた。

 

店主は高齢男性。レジは高齢女性。

まるっきり、あの記事と同じ状況だ。

唯一違うのは、あの記事の男性は和食、私は中華だが。

 

すると、後ろ手に閉めたドアの向こうから、高齢女性の声が聞こえた。

「ウリの漬物がおいしかったんだって!」

おっ!

私は耳を澄ませた。

 

どうやらレジの女性は、厨房で料理を作っている夫に話しかけたらしい。

よしよし。

今日の私の一言で、この老夫婦は一日幸せな?気分になるかもしれないのだ。

うっしっし。

 

私がワクワクしていると、ドア越しに高齢男性の声が聞こえた。

「ウリの漬物がおいしかっただって?

そりゃそうだよ!だって俺が漬けたんだもん!!」

へっ?

 

なんか話が違うぞ。

私は閉めたドアの前で固まった。

 

高齢男性の声が続いた。

あの漬物はああしてこうして。

こうやって苦労して手間暇かけて。

ぬか床の手入れだって毎日大変な思いをして。

 

なんだなんだ?

どうやら料理人の夫の苦労話(漬物のうんちく?)が始まったらしかった。

 

話が違うじゃないか。

(いや、私があの記事と同じハートウォーミングなハッピーエンドを期待しすぎなんだが…)

 

私は早々にその中華料理店の前から退散した。

どうも、夫としては妻に「俺は漬物だって頑張って漬けているんだぞ」とアピールしたかったようだ。

私の余計な一言が呼び水となってしまったのかもしれん。

反省。

 

やっぱり現実は、必ずしもハッピーエンドではないわけですね。

でも、本当においしかったんですよ、漬物。

まあ、愚痴を言える相手がいる(糟糠の妻がいる)ってことは、それだけで幸せなことなのかもしれない。

 

 

 

宮崎県

 

年が明けると、異動のシーズンだ。

お世話になっている方が今年の3月いっぱいで、宮崎県へ異動することになった。

4月から会わなくなるとは妙な感じだが、所属先があれば異動はつきもの。

そういう季節になったんですね。

 

ところで宮崎県だ。

私は一度も行ったことが無い。(行ってみたいが)

マンゴーや日南海岸、チキン南蛮など観光地や名物は思い出す。

しかしながら、行ったことが無いので思い入れもない。

 

タンザニア人の友人で、宮崎県に勤務していた人がいた。

その人は宮崎県の大ファンだった。

 

話は長くなるので割愛するが、とにかく彼ら一家は宮崎県で楽しい生活を送ることが出来たのだという。

最初は「アフリカの人が住んでいる」と遠巻きに見ていた住民たちも、彼ら一家が日本語が話せると分かると、自宅へ遊びに来てくれるようになったのだそうだ。

(もちろん、『日本語を話せるようになろう』という彼らの努力の成果でもあるが)

 

「野菜を分けてくれる人もいたし、一升瓶を下げて持ってきてくれる人もいました。

自宅で日本人たちと宴会をしたりして、とても楽しかったです。

日本人が自宅に来てくれるのはとても嬉しかったですよ。」

 

と、流ちょうな日本語で彼は語った。

子どもたちも英語やスワヒリ語より日本語が得意になったようだ。

 

そのあと彼らは神奈川県某市へ異動することになった。

宮崎県で非常に良い印象を持ったので、日本人は皆フレンドリーなのかと思っていた。

 

しかし、神奈川県はそうではなかったのだという。

にこやかに日本語で挨拶をしても、挨拶を返してくれる人はおらず。

大都会の冷たさを?身をもって知ったようだった。

だから、ますます宮崎県民の人懐こさがなつかしく、ますます好印象として残ったわけだ。

 

インドネシアでも同じような人に会った。

その方は、ご夫婦で宮崎大学へ留学されていた。

ご夫婦とも、口をそろえて言った。

 

「宮崎県の人は、とても優しくてフレンドリーなんですよ!

だからうわさを聞いて、インドネシア人が九州にたくさん留学してるんですよ!」

 

異国で不安だった彼ら夫婦も、宮崎県民に助けられて日本での留学生活を首尾よく終えることが出来たのだそう。

あまりに宮崎生活が良かったので、いまだにいろいろ良い思い出があるようである。

 

というわけで、ご夫婦とも宮崎県の話になると熱弁をふるう。

前述の通り、私は宮崎県へ行ったことが無いので、彼らの熱い思いに圧倒されるだけだった。

地方の人は(といったら失礼ですが)やっぱり外国人に対しても優しいんですかね。

 

彼ら二人は日本式の教育に感動したのだという。

そして、インドネシアに帰国したら日本式教育が受けられる学校を建設しよう!と思ったのだとか。

彼らは自分たちが夫婦で創立した学校に「宮崎」という名前を付けたのである。

そこまで愛される宮崎県は、県冥利につきる?だろう。

宮崎県民が聞いたら、泣いて喜ぶ?に違いない。

 

『県民がフレンドリーなので宮崎県は住みやすい』という噂はあっという間に広がる。

そういうわけで、宮崎県(及び九州)を留学先へ選ぶインドネシア人が増えたのだそう。

南スラウェシ州では、日本留学経験者の圧倒的多数が九州へ留学している。

まあ、同郷の人が九州に留学しているなら安心だというのもあるんだろう。

 

宮崎県が特別良いのかというと、行ったことのない私には分かりません。

東北だって山陰だって、田舎であれば人は優しいんじゃないかと思っている。

(田舎の方が閉鎖的で、外国人を受け入れてくれない、というイメージもありますけど…)

 

ジャカルタで「東京の大学へ留学した」という人に会ったことがある。

その人はさほど日本が好きではないらしかった。

 

まあ、なんとなく分かりますよね。

東京は、日本人にとっても冷たい印象のある街ですもんね。

東京もパリもロンドンもジャカルタも、似たようなものなんでしょうね。

 

でも、東京に留学して頑張って日本語を習得し、日本人に話しかけて楽しく日本生活を過ごす人もいる。

なので、海外生活が楽しめるかどうかは自分次第なんだと思う。

 

長らく「九州へ行ってみたいなあ」と思っていたが、仕事で何度か鹿児島県へ行く機会があった。

「出張ではなく、プライベートで行ってみよう」と思い、長崎県、福岡県、佐賀県は制覇した。

 

しかし、宮崎県である。

高千穂とか行きたいのだが、なんせ旅行代金が高い。

出張する予定もない。

 

外食でチキン南蛮を食べると、いつも思い出す。

「あ、そうだ、まだ宮崎県へ行ってないや。」

そんな遠くへ旅行できるのは、いつになるんだろう。

しかし、タンザニア人とインドネシア人がおススメの県なのである。

悪くはないんだろう。と想像している。

 

 

デモ

 

テレビの報道などで、海外でデモをやっている様子がたまに放映される。

フランスなんぞ、年がら年中やっているような気がする(気のせいだろうか)。

意見を表明する機会があるのは良いことだ。

 

コートジボアールでは、私がいたときはよくデモをやっていた。

デモの中心は学生だった。

 

これは、昔も今も変わらないんじゃないだろうか。

日本だって、昔の安保闘争とかは若者中心でしたよね。

最近の香港だって、民主化運動は大学生中心だったし。

(香港は特別だった。中国に飲み込まれてしまうことに危機感を持つ学生がデモをしている中、『どうして大人は声を上げないのか?』と思ったものです)

政治の腐敗や経済の不平等に対して憤りを感じるのは、若いうちなんだろうな。

 

しかし、大人になってしまうと「体制側」についてしまう。

『反対意見を表明すると会社に居づらくなる』とか、『どうせデモをしたって大勢は変わらないから』といった、あきらめに似た状況になってしまうんですよね。

 

私も人を批判できる立場ではないが、会社員をやっているとだんだん「わきまえる」ことを覚えるようになる。

それを60年代のアメリカ人学生たちは「30歳以上を信頼するな」(Don't trust anyone over 30)というスローガンで表したのだが、実に納得だ。

 

コートジは、逮捕された学生に対する扱いがかなりひどかった。

弁解する間もなく刑務所へしょっぴかれ、汚い牢屋にぎゅうぎゅうに押し込められるのが常だった。

友人の何人かが大学生だったので、そんな話を山ほど聞いた。

警察も民主的ではないので、無罪の学生を殴打したりなんてことは、日常茶飯事だった。

 

インドネシアでも、大統領選の前後にちょいちょいデモがあった。

ここでも、デモの中心は若い社会人や大学生だった。

 

ある時、大統領令で法案を勝手に?変更できるようにするとか、大統領特権を認める云々があった。

私もそれを聞いて「すごいな!それはちょっとまずいんじゃないかい」と思ったが、インドネシアの若者たちの反発は半端なかった。

私のアシスタントB子も、「大統領の暴挙を許しちゃいかん」と、大学生の妹にはっぱをかけていた。

 

こういう反政府デモは大都市圏で発生することが多い。

インドネシアも、ジャカルタでよく学生デモをやっていた。

「国立インドネシア大学」(UI、ウイと読む。日本の東大みたいなところ)とかの学生がデモに参加していた。

 

不思議だが、レベルの高い大学ほどこういうデモに参加する人が多かったなあ。

そういえば、どの国も首都で大規模な学生デモをやるような学生って、たいていインテリだ。

日本だって、定員割れするような三流大学でデモが盛ん、てのは聞いたことが無いですよね。

 

なぜなんだろう?

優秀な人は真面目なのか?

それとも頭が良すぎて、社会の不平等にすぐに気づくのか?

 

ところで、私も東京で戦争反対のデモに参加したことがある。

自分から自主的に参加を決めたわけではない(そんなに頭は良くない)。

友人に誘われたのだ。

デモに参加しようと誘われたとき、ちょっと躊躇した。

 

コートジボアールの激しい学生デモを見てきた身としては、「あそこまでやらないといかんのか!」と、妙に気合が入った。

あそこまでやったら、まあ当然警察に逮捕されるよね。

だって、デモと関係ないこともついでにやってましたから。

政府に無関係の通行人を襲撃したりしてたからなあ。(それは反政府側に扇動されてやらされたんですが…)

 

まあ、そこまでやらなければいいのかな。(←そりゃそこまでやったらさすがにマズイでしょ)

そんなことも考えた。

 

色々迷った末、やはり参加することにした。

自分の信念もあるしね。

 

で、友人とデモに参加して拍子抜け。

のんびりと都内を歩いて、旗を振って「戦争はんた~い」と言うだけ。

これってデモ?!

マジですかい?

 

あれだけ気合を入れて参加したのに(←自分だけ気合入れすぎ)、こんな超平和的なのか…。

むしろ衝撃。

 

戦争反対を叫んで逮捕される…のかと思っていた。(日本はそんな国ではない)

もしや今夜は警察署にお世話になるのか…と思っていた。(この程度では警察も相手にしない)

今晩は刑事さんからカツ丼をごちそうになるのか…と想像していた。(テレビの見過ぎ)。

 

まあ、そりゃあねえ。

日本はコートジやインドネシアとは違うからねえ。

香港とかタイとかのデモとは激しさが全然違うし。

 

デモ隊と歩きながら、友人がささやいた。

「日本のデモって、すごく平和なんだねえ。」

「警察と衝突するとか、そんなことはないんだね。」(あったら困るけどね)

 

ま、私にとっても良い経験になりました。

60年代の東大紛争みたいなのを想像していたら、全然違った。

これが「大人がやるデモ」なんですかね。

 

でも、フランスなんかは大人でもいまだに?伝統的なデモをやってるみたいですけどね。

フランス農家のデモなんて、牛やトラクターを連れて上京しシャンゼリゼ通りを練り歩くとか(見てみたい)。

 

バンコクでは、麺やご飯物の屋台がデモ会場に現れるという。

「今日は〇〇地区でデモがある」と携帯で連絡を取り合った店主が屋台を引っ張っていき、デモ隊の周辺に屋台が出没するのだそう。

デモ隊も、温かいラーメンなんか食べながらデモが出来るし、うらやましい。

権威に抵抗する庶民パワーという感じで、応援したいぞ。

 

去年、環境破壊に反対する若者たちが英国に集結しデモをやっているのを見たけど、あれはあれでよかった。

やっぱり、デモには若者が似合う…気がする。

もちろん、大人も必要なときは声を上げなければだめだと思うけど。

 

 

健康チェック

 

健康チェックというものをやってみた。

Aは5点、Bは3点、Cは0点で、8項目の合計が32点以上なら健康、というもの。

 

しかしねえ。

「一日の歩数」が、選択肢Aが「1万3,000歩以上」歩いている、ってねえ。

そんなに歩いている人、いますかね?

 

興味のある方に向けて、その8項目を書いてみる。

 

1.一日の歩数

A:1万3,000歩以上歩く B:8,000歩~1万3,000歩  C:8,000歩以下

 

2.ストレス

A:全く感じない B:少し感じる C:激しく感じる

 

3.便通

A:一日3回以上 B:一日2回 C:一日1回またはそれ以下

 

4.頭痛・冷え性・肩こり・腰痛などの症状

A:ない B:少しある  C:慢性的にある

 

5.睡眠

A:夜9時~11時に就寝する B:夜11時 C:夜11時以降

 

6.水分摂取量

A:一日2リットル以上 B:1リットル程度 C:1リットル以下

 

7.食事量

A:腹八分目 B:腹八分目より多い C:お腹いっぱい食べる

 

8.毒素量(ノイロメーターという医療機器で測る)

A:なし B:少し C:強い

 

これで、32点未満の人は生活習慣に問題あり、なのだそうだ。

 

で、私はどうかというと。

8の「毒素量」は医療機器が無いので測れない。

よって私は、8を除く7項目のみをチェック対象とした。

つまり、35点満点で28点なら健康、という形に変えてみた。

 

28点なら合格点だが、私はなんと11点だった。

半分にすら到達しない…不健康そのものだ。

何となく予想はしていたが、改めて「不健康」と烙印を押されると腹立たしい(笑)。

 

何が問題なのかというと、例えば「歩数」だ。

一日1万3,000歩なんて、結構大変じゃないですか?

電車通勤している人ならクリアできる数字だが、最近私は毎日電車に乗っていない。

 

「便通」だってそうだ。

『食事回数と同じ回数の便通があると健康だ』なんて解説に書いてある。

一日3回も便通がある人なんているんでしょうか?

 

私は朝にバタバタ忙しかったり旅行したりすると、すぐに便秘になってしまうタイプ。

なので、「一日3回以上」便通があるなんて、夢のまた夢だ。

出せるものなら出した方がいいのは分かるんですが。

 

最近では、「水分を一日2リットルも飲む必要はない」と書いてある健康本もある。

女子は「美容のため」とか言って2リットル頑張って飲んでいる人が多い。

私はそんなに飲めたためしがない。

いや、2リットル飲まないから一日3回以上の便通がないのだろうか?

 

「食事量」も問題だ。

理由が不明なのだが、最近の私は食欲旺盛だ。(最近だけ、だろうか?)

クマと同様、冬ごもりのために栄養をたくわえているんだろうか?

いや、たくわえるなら普通は秋だよな…。(クマなら今の時期は冬眠しているはず)

ただ肥満街道をまっしぐらに驀進しているような気もする。

 

「ストレス」に至っては「全くない」なんて人、いるんですかね??

 

唯一自慢できるのは「睡眠」だ。

私は日本帰国後、「毎晩夜10時には就寝する」ように心掛けている。

なぜかというと、健康を最優先するためだ。

 

面白い本を読んでいて、「今いいところなのに!」と思っても読書をやめる。

面白い映画を見ていても途中でスイッチオフし、電気を消して寝るのだ。

もちろん、夜間にパソコンをいじるのもやめた。

そのうえ、「布団に入ってから仕事のことを考える」のもやめた。

「布団に入ってから悩む」のも、もちろんやめるようにしている。

しかし、人に自慢できるのはこれだけだな。

 

8項目のカテゴリーもどうかと思うし、ABCの単純な選択肢(及び選択肢の内容)もいかがかと思う。

しかし、35点中11点か…。

なかなか低い数字でショックである。

 

この7項目をしげしげ眺めてみた。

どうやったら「健康な生活習慣」になるんだろう?

満点は無理でも、せめてもう少し数字を上げたいぞ。

しかし、どうすればいいんだ。

 

全く健康チェックに関係ない話題に変わる。

昨年後半にいろいろな資格試験を受けまくったことは、去年の記事に書いた。

で、合格すると「合格証明書」なるものが次々に届くのだが、これを格納しておくファイルが無い。

とりあえず、100均で購入したA4サイズのクリアファイルに入れてしまっておいた。

 

「合格証明書」のいくつかは、A4サイズより少々大きかった。

A4ファイルに入れると、証明書の上部がわずかにはみ出てしまう。

そのまましまっておいたら、それら証明書の上部が折れてしまった。

これはいかん…と思い、もう少し大きいファイルを買いに100均へ行った。

 

でも、100均は最大でA4サイズのファイルしかないみたいですね。

ダイソーとセリアに行ってみたが、A4以上の大きさのファイルが売り場に無かった。

仕方なく、普通の文具店に行ってみた。

キングジムのB4サイズファイルがあったが、なんと1,700円!!

 

うーむ。

A4サイズのファイルだと100円で買えるのに、B4だと突然1,000円を突破するわけか…。

 

以前の私なら、その場で1,700円のファイルを買ったかもしれない。(気が短いですから)

でも、今日は売り場をよくよくチェックして回った。

B4サイズのファイルが800円台後半で販売されていることが分かった(しかし品切れ)。

 

よし。今日は買わずに帰り、数週間後に再び文具店へ行こう。

もしかして、800円台のファイルがそのうち入荷するかもしれないし。

こういう気長さ(セコさ?)を身に着けたのも、年の功ですかね。

 

というわけで、「ストレス」は気の持ち方のような気もする。

今のファイル購入を例にとると。

 

①「1,700円?んなもん買えるかい!」と腹立たしく感じる。(←欲しい物を買えずストレス大)

②「1,700円?高いけど、また来るのが面倒から買うか…」(←欲しい物を入手するが、高額で腹立たしい)

③「1,700円?じゃあ買わない。」(←買えないストレスはあるが、待てば800円で済むかもしれない希望もあり)

 

今回の私は③だ。

今日は買わずに帰宅したので、今後数週間は合格証書類を放置しておくしかない。

まあ、腐るものでもないし我慢するしかない。

ある種のストレスだが、安価で購入できる可能性と引き換えに我慢した、と思えば納得も出来る。

 

しかし、自宅に帰って気づいた。

大昔に買ったコクヨのB4サイズのファイルが、自宅に1冊ある。

ここには私の好きな上村松篁の絵(もちろん複製画だが)がファイリングしてある。

このファイルの価格を見たら、1,000円だった。

 

こんな大きなファイル、当然1,000円くらいするよね…。(100円で済ませようという魂胆がずうずうしい?)

それに気づいたら、1,700円を惜しんだ自分もどうかな、という気もしてきた。(←腹立たしさ急減)

 

つまり、ストレスも「見方」や「時間軸(数週間後に買おう!とかね)」を変えれば、多少は軽減されるものなのかもしれない。

でもそれが難しいのよ。

ストレスを全く感じない、って回答できる人は一体何人いるんだろう?

 

健康チェックに関して言えば、肉体的なことや物理的な習慣を変えることから着手するのが一番始めやすい。

「ストレス」とか「便通」は、自分の意思の及ばない部分もあるし。

 

まずは「食事量」を腹八分目にするとか、一日の歩数を増やすとか、水分をもう少し取るとか、そこから始めてみようかな。

あ~早く(安い)B4ファイルが欲しいよ…。

 

 

 

 

先日、東京(と関東)は雪が降った。

「大雪」とニュースで言っていたが、雪国からすると大したことはない(と思う)。

大した積雪量ではなかったが、雪かきが大変だった。

 

雪が降った様子を写真に撮り、さっそくインドネシアのルルちゃんに送った。

「東京の雪が懐かしい」と常日頃言っている彼女は、狂喜乱舞。(ジャカルタで、だが…)。

「雪だ雪だ!いいなあ~いいなあ~うらやましい!」を連発。

 

いや、「いいなあ」なんてことはないぞ。

君も雪かきをやったら、二度とそんな口がきけないはずだ。

私はたった半日の雪かきで筋肉痛になり、音を上げたのだった。

 

そう言えば、以前の仕事でモルディブ人研修員たちを鹿児島県で研修させたことがある。

彼らモルディブ人たちが来日したときは、たまたま冬だった。

関東の冬ですら、彼らにとっては鬼のように寒いらしかった。

 

私はモルディブへ行ったことが無いが、写真で見る限りトロピカルな島国なんですよね。

よりによって来日のタイミングが冬になるとは、気の毒だなあ。

気慣れないジャケット(借り物)を着こんで、クマのようにふくれあがったモルディブのおじさんたち。

かわいそうだが、仕方ない。

 

しかし。

彼らがこれから行く九州は、意外にも関東より寒い。

東京の冬の寒さに耐え忍ぶ?彼らに、通訳者さんたちはニヤニヤしながら言った。

 

「もしかして、鹿児島へ行ったら雪が降るかもねえ~この寒さじゃ」

雪?

雪?!雪が降るのか!

 

嫌がるかと思いきや、モルディブ人たちは大喜び。

人生で一度も雪を見たことが無いので、鹿児島へ行くことががぜん楽しみになったらしい。

まあ、「行きたくない」って言われるよりはいいですよね。

 

で、彼らを鹿児島へ送り出して数日後。

鹿児島県の方から電話があった。

 

モルディブ人研修員たちは元気ですか?」

私は尋ねた。

先方は上機嫌だった。

 

「元気ですよ。それに、先日は鹿児島でも雪が降ったんですよ!少しですけどね。」

おお。

なら、モルディブ人たちは初めて見る雪に喜んでいたんでは?

 

「喜ぶというか…。

『雪だよ』と言ったら慌てて外に出てきたんですが、初めて見る雪に固まっていましたよ。」

 

モルディブ人たちは生まれて初めて見る雪に、ほうけたように見とれていたのだという。

中には、ホテルの外に突っ立ったまま、ずっと天を見上げている人もいたとか。

雪の中でずっと立ち尽くしているモルディブ人たちを見て、周りの日本人はさぞ戸惑ったことだろう。

 

なるほど。

確かに、雨とは違うし、服についても手で払うことも出来る。

不思議なものに見えるでしょうね。

モルディブでは、雪が降ることを見る機会は無いでしょうし。

 

日本や欧米は四季があるのであまり感動が無いが、日本の冬は寒いとか、秋は紅葉がきれいだ、とか、アジアやアフリカの人々は日本の四季の変化を結構喜んでくれるようだ。

タイ人は日本の紅葉シーズンに大挙して来日したがる、とかいうのはその一つなんだろう。

 

ジャカルタに勤務していた時。

インドネシア人スタッフの一人、A子さんが日本へ出張することになった。

A子さんはアシスタントだったので、本来は彼女のインドネシア人上司が日本へ行かなければならなかったのだが、上司は着任したばかりだった。

なので、業務を長らく担当しているアシスタントのA子さんが上司の代わりに出張したのだった。

 

私のアシスタントをやっているインドネシア人スタッフB子が、うらやましそうに私に言ってきた。

「A子さん、東京へ出張するんですって!いいなあ…」

 

いいなあ、って言われてもねえ。

私は暑いインドネシアの方がうれしいが。

 

それに今、東京に出張するなら冬だから寒いでしょ。

そういうとB子は畳みかけるように私に言った。

 

「そうなんですよ!だから、先週私はA子さんと買い物に行ったんですよ!

だって東京は寒いから、コートとか買わなきゃいけないでしょ?」

 

そっか、確かにインドネシアでは使わないようなコートが必要だよね。

コートだけじゃなくて、靴下とかセーターとか…。

常夏の国から冬の日本へ行くなんて、そりゃ面倒だね。

 

「面倒?そんなことないですよ!いいなあ、東京へ行けるなんて!」

 

私が面倒だねえ、と言ったら、B子は首を振って否定する。

冬のコートを買うなんてワクワクするじゃないですか!というのだ。

そんなもんかねえ。

 

B子も他のインドネシア人スタッフも「冬の東京なんていいなあ!」と口々に言う。

なるほど…一年中、夏の国に住んでいると、冬の気分を味わってみたいのかも?

B子は「うらやましい、うらやましい」を連発している。

 

そしてしばらく経ち、A子さんが東京出張から帰ってきた。

『東京は寒くてとんでもなかった!』んだろうなあ…と思いながら、B子と私は出張から帰ったA子さんに尋ねた。

 

インドネシアへお帰り!で、東京、どうだった?」

 

A子さんはニコニコしながら、スマホの写真を見せる。

「ほら、こんな感じ!寒かったですよ~!」

 

見ると、キラキラ輝くイルミネーションの前に、キャメルのコートを着たA子さんが微笑んでいる。

こうすると、まるっきり都会のお姉さんだ。

インドネシア人の若い子は、本当にかわいい子が多いからなあ。

 

ん?このイルミネーションは?見覚えがあるなあ。

私が尋ねると、A子さんは笑った。

 

「そうなんです、表参道なんですよ!」

やっぱり…。

みんな行くわけだ、冬の東京と言えばこういう華やかなところへ。

 

B子は食い入るように、その写真を眺めている。(ごめんよ、東京へ行く出張が無くて)

A子さんはイスラム教徒じゃないのか、ベールをかぶっていない。

そのためか、日本人の若い女性に見えなくもない。

寒いのって、そんなに憧れなのかなあ。

 

なんか、こういう「寒い冬」とか「四季の変化」みたいなものへの憧れがある人が、インドネシアには多かったなあ。

日本人も「紅葉狩り」とか「お花見」とか自然を楽しむ旅行が好きだが、アジア人をターゲットにしても、こういう旅行は人気があるんでしょうね。

 

東北とか新潟とか豪雪地帯は、冬の間は移動が大変とか聞く。

しかし、雪を体験してみたい外国人観光客はいそうだ。

先日はパキスタン北部に雪が降り、それを見に来た国内観光客の車が雪で立ち往生したらしい。

雪で車のマフラーが詰まり、一酸化炭素中毒になった観光客が亡くなったということだった。

パキスタン国内ですら、雪を見に行く観光客がいるのか。

 

雪を見たがるルルちゃんは、「インドネシアの方が暑くて体が楽だよ」という私にいつも言う。

『人間は皆、ないものねだりだ』。

そうそう。そういうものですよ。

 

私はといえば、やっぱりバリの田舎で涼しい風に吹かれながら、まったり朝食を食べたりするのがいいですな。

冬の表参道なんて寒いし人込みはうっとうしいし、絶対に行きたくない。

 

私は、冬はさほど好きではない。

初夏が一番好きなのだ。(だからインドネシアはいいんですが)

 

一年中、初夏のさわやかな季節だという国があったら移住するだろうなあ。

そんな国は、私の調べた限り地球上にはないんですよね…。

 

やはり、人間はないものねだりなんだなあ。

まあ、寒く厳しい冬があるからこそ、春の美しさが際立つんですけどね。

 

 

 

間違い

 

近所の方が昨年末に入院予定だった、と以前の記事に書いた。

 

ところが入院予定日を過ぎても、その方と道で出会う。

「こんにちは~」

と笑顔で言われて、こちらも「こんにちは~」と返す。

 

しかし、すれ違った後でよく考えると、なんか引っかかる。

あの方の入院日っていつだったっけ?

確か、がんと診断されて入院予定で、開腹手術をするのだとご本人から伺ったのだが。

 

入院が延期になったのかしら?

もしやコロナで空いている病床が無い、とか?

手術が必要なくらい体調が悪いはずなのに、手術を延期して大丈夫なんだろうか?(←延期と勝手に決めつける)

 

たまたま、その方の息子さんと会う機会があったので聞いてみた。

すると、お母さんは入院する必要がなくなったのだという。

 

「そんなことがあるんですね!」

聞いて私もびっくりした。

 

具合が悪いから入院するんじゃないの?

具合が悪いから手術することになっていたんじゃないの?

もしや奇跡が起きて突然治ったとか?(そんなこともたまにある)

 

息子さんは笑いながら言った。

 

「誤診だってことになって、急遽病院から連絡があったんですよ。

それで、入院も手術も取りやめになって。」

 

へっ?

私はさらに驚いた。

入院直前に、「入院しなくていい、誤診だから」って病院から連絡があるって、なんじゃいそれ?

そんなこともあるのか…。

 

しかしねえ。

個人病院で医者が一人しかおらず、その医者が誤診したならともかく。

彼女は大病院で受診している。

そこなら数人の医者とかスタッフが確認しているだろうに。

CTを取った人、病理医、臨床医、該当する部の部長などなど…。

 

決して一人の医者が個人的に判断をしていないはずだ。

病名や進行具合、手術の是非等、何人かで話し合って決めていると思うのだが。

 

何人で確認したのか分からないが、それでも「誤診」が出るわけか…。

私は複雑な気持ちで、息子さんの顔を眺めた。

息子さんはお母さんが手術をしなくて良かったことに安心しているようだった。

 

しかし、病院もよく気づきましたね、「誤診」だってことに。

 

私は以前、友人をがんでなくしているのだが、その友人は自覚症状があった。

かかりつけ医に「がんじゃないでしょうか?」と不安を訴えたのだが、医者からは笑って否定された。

「がんの症状じゃないのか?」と受診のたびに尋ねたそうだが、そのたびに「がんではない」と却下された。

 

そして、とうとう勇気を出してセカンドオピニオンをもらいに、別の医者へ行った。

すると、そこでがんだということが分かった。

「自覚症状があるのに、どうしてもっと早く受診しなかったのだ」と言われたのだという。

 

もちろん、医者も人間なので間違いはある。

だからミスを防ぐために、数人の医者が検査結果を検討し、病名や手術の可否を決定しているのだろう。

しかし複数で検討しても、それでも誤診はあるわけだ。

ふーん…。

 

というわけで、近所の方は検査を再度受けることとなった。

つまり、何が原因で具合が悪いのか、いまだに分かっていないのだ。

それも不安ですよね。

早く原因を突き止めて、治療なり手術なりをしたいですよね。

 

以前の話だが、英語圏アフリカの医療関係者が日本で研修をすることになった。

私はその研修に同行することになった。

 

研修員の中に、エチオピアから来日した医者がいた。

エチオピア人だけあって背が高く、やせているのによくしゃべる男性だった。

 

この医者、A氏が研修中に体調不良を訴えた。

英語の通訳さんが「Aさんはお腹が痛いらしいので、病院へ連れて行きます」という。

 

海外で体調不良になるなんて、そりゃ不安だろう。

しかし、医者でも具合が悪くなるのか…と私は不思議に思った(まあ、医者の不養生とか言いますけどね)。

 

A氏を医者に連れて行く前に、私は彼に尋ねた。

「あなたは、どういう症状があるんですか?どこが痛いの?自分では何の病気だと思う?」

 

A氏だって医者(確か内科医だった記憶がある)なので、○○の病気かもしれない、くらいの見当はつくはずだ。

それが分かれば、胃腸科なのか、消化器科なのか、どこの病院へ連れて行ったらいいのか我々にも分かる。

 

すると、私の質問攻めにA氏はしれっと答えた。

「僕に胃カメラを飲ませてくれ。」

 

胃カメラ

どうしてそれが必要だと分かるの?

 

私が問い詰めると、A氏はまたしれっと答えた。

胃カメラ胃カメラを飲ませてくれ。頼む。」

 

だから、どうしてあなたに胃カメラが必要なの?

必要かどうかは医者が決めることだよ。

 

A氏は真面目な顔で私に言った。

エチオピアには胃カメラが無いんだよ。だから、一度でいいから胃カメラを体験してみたいんだ。」

 

え?何言っとるんじゃ。

お腹が痛いんじゃないの?

 

「ううん、全然痛くない。健康だよ。

でもねえ、胃カメラエチオピアに無いから、ぜひとも日本で体験しなきゃいけないと思うんだ。

先進国で体験しなければ、僕は医者として一生胃カメラを見るチャンスはないからさ。」

 

お前なあ…。

健康なのかい。

 

確かにヤツの顔色は健康そうで、どこも悪いところはなさそうだった。

人の好い通訳さんがうっかりA氏の言うことをうのみにし、病院へ連れて行くところだったわけだ。

 

胃カメラ胃カメラと騒ぐA氏に、「ふざけるな。お前を病院へは連れて行かん」と私は言い渡した。

A氏の魂胆が分かった英語の通訳者さんも戸惑っていた。

 

研修中は、私は厳しい目でA氏の行動を監視した。

病院や看護学校など医療施設を訪問したり、救急車の内部を見学したりしたが、A氏は何に対しても興味津々だった。

エチオピアにはこんなすごいものはない!」

と大興奮だった。

 

あれだけ英語が堪能で、エチオピアのような国で医者になれるくらいの教育を受けているということは、やはり良い家柄の出身とか、頭脳が優秀とかなのだろう。

 

エチオピアには胃カメラが無いので、実物を見てみたい、という気持ちは分からんでもない。

でも自分が実験台になって、胃カメラを飲んでみるわけか…。

医療設備や薬が十分にない国で、医師として働くのは大変なものがあるんでしょうね。

そりゃあ、日本でいろいろな新しい設備を見たら、大興奮するのも無理はないよね。

 

その点、日本の医者は高度な機械や設備、医薬品がいくらでもあって、恵まれていますよね。

しかし、それでも誤診はある。

 

人間だれしも間違いはある。

しかし、ご近所の方の主治医は、「誤診」に気づいてすぐに手術取りやめの連絡をくれた。

ある意味良かったのではないか。

 

開腹手術をして「あれ?どこが悪いのかしら?」みたいなことにならなくて良かった。

間違いに気づいたら、すぐに撤回しないとね。

ご近所さんも早く体調不良の原因を突き止めてもらい、元気になってほしいものです。

 

 

柴犬

 

最近、柴犬が中国で人気なのだそうです。

そういえば、秋田犬も海外で人気がありますよね。

NYでも和犬を連れている人を見かけたりした。

 

ある犬種の人気が出ると、必ずブリーダーさんがその犬を繁殖して販売する。

中国でも日本同様、やはり柴犬の繁殖ビジネスがあるのだそうだ。

 

しかし、今日は同時に「犬猫殺処分が今年は2万頭」というニュースも見た。

命の売買、やめようぜ…といつも思う。

 

結構前の話。

我が家の近所のお宅に、柴犬がいた。

 

そのお宅は家の周囲にフェンスが無かった。

道路とお宅の敷地の境目がなく、どこからどこまでが庭なのか分かりにくい。

お宅の横に、ちょこんと犬小屋が置いてあった。

小さな柴犬が、いつもその犬小屋の前に座っていた。

 

ある日をさかいに、その柴犬を見かけなくなった。

私が通りかかるときにいつも散歩しているのだろうか?

と思って、あまり気にしなかった。

そして日が経ち、犬小屋が撤去されたのに気づいた。

 

後ほど聞くところによると、そのお宅の柴犬は、なんと盗まれたのだという。

 

「夜のうちに誰かが来て、柴犬がつながれていた鎖を外し、勝手に犬を持って行ったみたい。

朝起きたら、犬だけがいなくなってたんだって。」

 

口コミで噂を聞いてきた家人が、そんなことを言っていた。

犬を盗む人もいるのか。

その時は、そんな人がいるのかと思ったが、どうもよくある話らしい。

転売?するために犬を盗む、ってことなんだろうか?

 

柴犬とか秋田犬って、私が子どもの頃は特別なブランド犬ではなかったなあ。

犬を盗む人もいなかったし。

やはり、「流行の犬」とか「高額で売れる」となると、こういう不届きな輩も出てくるんでしょうね。

 

最近も、どこかの県で同じようなニュースがあった。

庭の犬がわんわん吠えるので庭を見たら、見知らぬ男が飼い犬の首輪を外すところだったとか。

 

「かわいかったので自分の犬にしたかった」

みたいなことを言っていたらしいが、犬だって迷惑だ。

他人の家の庭に勝手に入って、犬を持っていく人もいるんですね。

 

他人の庭に入る、で思い出した。

友人の話で恐縮ですが、私の友人A子は、庭に勝手に隣人が入って来て迷惑をこうむったことがあるとか。

彼女の自宅も、隣家との境目にフェンスが無かった。

 

隣人はA子宅の庭へ勝手に侵入し、A子宅の庭の水道に設置したホースを引っ張っていき、自宅(つまり隣人宅)で洗車していたのだという。

長い間、隣人が勝手にそんなことをやっていたとは、A子一家は知らなかったらしい。

もちろん、隣家とA子一家は親戚でも何でもない。

ただの他人だ。

 

こんな話を友人A子から聞いた。

勝手に他人の家の水道を使う人もいるんですね。

そりゃ犬を盗む人もいるわけだ。

 

隣家のおじさん対策?なのか分からないが、A子は犬を飼うようになった。

番犬なのかと思いきや、そうではなかった。

 

彼女が飼う犬は、シベリアンハスキーとかアラスカンマラミュートとか、でかい犬ばかり。

ついには自宅を改装して犬小屋ならぬ「犬部屋」まで作った。

さすがに、アラスカンマラミュートを盗む人はいないようだ。(顔もこわいしね)

 

隣家のおじさんも、勝手にA子宅の庭へ侵入することはなくなった、という。

こわい顔の犬のおかげ?

犬もいい仕事をしているのかも?

 

私は犬を飼ったことが無いのだが(飼いたい!と言ったら家族に反対された…)、犬とかヤギとか、飼ってみたいものです。

しかし柴犬とか秋田犬とか、流行の犬は盗まれるのがこわい。

 

人気のない犬?を飼うのがいいんですかね…。

犬好きの人は、「今はやりだから」という理由で犬を飼うことはないんじゃないかと思っている。

 

甲斐犬とか利口そうな顔をしているし、なついてくれそうだ。

年を取って一人暮らしでもするようになったら、飼ってみたいなあ。

そのころにはこの「柴犬ブーム」も収まっていて、ブームを当て込んだ繁殖とかではなく、犬が幸せな生活を送れるようになっているといいのですが。