オレンジの花と水

ブログ初心者の日記風よみもの

子どもの居場所

 

どうでもいい話で恐縮です。

 

最近、我が家の近くにスケートボードをしに来る子がいる。

中学生くらいの子たちなのだが、猛暑日でも滑っている。

 

我が家の裏は宅地だ。

かなり広い面積を宅地開発し、小さい区画に小分けにして販売した。

区画の間の道は広く取ってあり、舗装された道が袋小路のようになっている。

つまり宅地の向こうへ抜けることが出来ないため、住民以外の車が通ることはほとんどない。

 

しかも、区画はほぼ売れ残っている。

ようやく3,4軒ほど家が建ったが、それっきりだ。

どの売れ残り区画も草ぼうぼうになっている。

 

車どおりもないが、人通りもないわけだ。

なので、格好のスケボー練習場所になったらしい。

 

都内某区なんぞはスケボーが出来るように、階段やら手すりやらスロープやらがある。

そこまで恵まれた練習場所は、我が家の近所にはなかなかない。

 

我が家の裏でスケボーをしている子どもたちも、そんなすごい技を練習しているわけではない。

ビギナーなら、平坦な道でも十分楽しく滑れるようだ。

 

それに、子どもたちが集まると言っても最大で数人ってとこだ。

自転車で集まり、一緒にスケボーをし、疲れたら草むらに座って休んでいる。

もちろん、一人で練習している子も毎日見かける。

 

私はおととし日本に帰ってきて驚いた。

どこもかしこも高齢者が多いからである。

 

「日本ってえらく高齢化社会になったもんだな…」

と思っていた。

まあ、私の住居周辺だけなのかもしれないが。

 

なので、我が家の裏の広大な空き地が開発され、案の定?売れ残り、夏になって草ぼうぼうになったのを見た時、まずは治安の悪化を懸念した。

 

だから中学生くらいの子どもが集まっているのを見て、

「やれやれ、まだ子どもがいて安心した」

なんてホッとしている。

 

しかしだ。

この中学生たちが、である。

朝から夕方まで(ずっとじゃないけどね)、スケボーをしに来るのである。

 

我が家の裏なので、スケボーで滑っている音がよく聞こえる。

うちは暑いので窓を開けているしね。

 

夏休みだし、朝から暇なんだろう。

そんな感じに私は思っていた。

 

我が家には高齢の親がいる。

どうやら高齢者は、我々とはまた違う考え方だということを最近知った。

 

「若い人がたむろっているのを見ると感じが悪い」

というのである。

つまり、若い子がたむろっていると犯罪に結びつくかも…と、高齢者はそんな想像をするらしい。

 

ってねえ。

若い人って言っても中学生か、せいぜい小学校高学年だよ。

私に言わせたら、我が家の近隣におばあさん数名が集まり、嫁の悪口を大声で言っている方がよほど怖いよ…。

 

近所に大きな公園があるが、さすがにそこは保育園児や幼稚園児の来る場所のようだ。

ってことは、小学校高学年から中学生くらいの子どもたちはどこで遊んでいるんだろう?

 

自分の子ども時代を振り返ると、校庭や近所の川なんかで遊んだりすることが多かった。

今の子どもはそんな感じの遊びはしないようですね。

やることなすこと全て「危険だ」と大人に禁じられているしね。

 

で、スケボーである。

前述の通り、私なんぞ「日本はどこ見ても年寄りがあふれている」と危機感を持っているので、若者を見るとホッとする。

しかし、肝心のお年寄り世代はそうでもないらしい。

 

そんな折、家人が妙なことを言い出した。

 

「あのスケボーやってる子たちって、もしかして家に居場所が無いとかそういう子じゃないよね?」

 

むむむ。

そういうパターンもあったか。

 

昨今、日本は本当に欧米化したと思うのが子どもの虐待である。

自分がアメリカに留学して何に一番驚いたかというとこれだ。

アメリカの親は本当に自己中なんだな…。

この点、まだ日本の子どもは親に目をかけられているからまだマシだ。

 

と思っていたら、すぐに日本もアメリカのようになった。

毎日のように虐待やネグレクトの記事が新聞に掲載される。

児童相談所もパンクしているらしく、子どもの悲劇が終わることはないように見える。

 

そんなことを常々思っている矢先、気になることを家人が言い出すので私も気になった。

だって、猛暑なのに炎天下でスケボーですよ?

やっぱり家に居場所がないから、朝っぱらからスケボーをしに来るのかな。

 

いや、「外は暑いから何もしたくない」と思う私がすでに年寄りなのかも?

若者は夏休みだから、暑くたって関係ない。

スケボーの練習をしたいんだよね?

 

家族の間でそんなことが話題になっている折、近所のWさんの奥様が言っていた。

Wさんはすでに幼稚園児の孫がいる高齢のご夫婦である。

 

ある日、Wさん(夫の方)は道で可愛らしい小学生の一群に出会った。

(うちの孫もそのうちこんな感じに成長するのかも)とか何とか、微笑ましく思ったのだそうだ。

 

そして、よせばいいのにその小学生たちに話しかけた。

すると、警察に通報されたのだという。

Wさんいわく。

 

「別におかしな言動をしていないんだけどね。

『君たち、気を付けて帰りなさいね』みたいな感じで話しかけたんだけどねえ。」

 

いやいや、今の時代は昔と違うんですよ。

知らない人から話しかけられたら警戒されるんですから。

 

私だって、知らないおっさんが話しかけてきたら怖い。

最近は妙な人が多いから、おばさんだって気を付けているのだ。

 

Wさんは何もしていないことが分かり、何事もなく釈放された。

笑い話で済んだからいいのだが、そんなこともある。

 

私も、春に桜が美しかったときに写真を撮影していたら、見知らぬおじいさんにしつこく話しかけられたことがある。

桜を写真に収めようとカメラのファインダーをのぞいていると、不意に斜め後ろで声がした。

 

「私はソメイヨシノは撮影しませんけどねえ。」

 

はい?

驚いて振り返ると、知らないおじいさんだった。

しかも、かなりの至近距離にいたのだ、そのじいさんが。

私が写真を撮影しようとカメラを構えているときに、後ろに忍び寄っていたらしい。(怖いですね)

 

私が狼狽していると、そのおじいさんは何事もないように続けた。

 

「昔はソメイヨシノの写真も撮影していましたけどねえ。」

 

…って、どちら様?

(心臓バクバク)

 

夢中になって写真を撮影している時にふと振り返ったら、どえらい至近距離に知らないじいさんがいた。

誰だって驚くでしょう。

 

まあ、おじいさんの言いたいことは分かる。

私だって派手なソメイヨシノだけでなく、山桜の控えめな美しさが理解できる年齢だ!

 

でも、他人がファインダーをのぞいている時、後ろに忍び寄るなんて気持ち悪い。

アンタは私の友達でも家族でもないだろうが。

話しかけるなら、まずは遠くから「こんにちは」とか「桜、きれいですねえ」だろ?

こっちにも心の準備ってものがあるんだよ。

 

…と、色々言いたいことがあったが、知らない人を怒鳴りつけるわけにも行かない。

そんなことをしたら私の方が警察を呼ばれてしまう。

とにかく、怖すぎるので足早にそこを立ち去るしかなかった。

 

今年の春に、そんなことがあった。

なので、Wさんが警察に連行された件は笑えなかった。

話しかける方は悪気が無いのだろうが、話しかけ方に問題があるんだよ。

 

そこで、今回のスケボーの若者。

高齢者は「若者がたむろっていて怖い」という。

家人は「虐待されていて家に居場所が無い子どもだったらどうする?」という。

 

みんな妄想し過ぎじゃないの?

って思わなくもないが、ある程度の想像力は社会に必要だ。

例えば子どもが泣き叫んでいる声を聞いた時、「もしや、親に叩かれている?」という想像力は大事なんじゃないかと思う。

 

でも、難しいですよね。

朝からスケボーをしに来る中学生が、必ずしも家に居場所が無い、ってわけでもないだろうし。

 

うーむ。

今日は迷った末、散歩に行くふりをしてジャージを履き、そ知らぬ顔をしてスケボー中学生を観察することにした。

 

今日は、中学生は2人いた。

私は道を歩きながら彼らを観察した。

自転車で来ているらしい。

 

通り過ぎる風を装いながら、スケボーをしている中学生を観察した。

じろじろと見たせいか(すみません、目が悪いもんで)、彼らもスケボーをやめた。

 

この暑いのに、元気だなあ…。

まあ、2人いるから大丈夫かな。

1人だったら、もしかして本当に親に虐待されて家にいたくない子どもかもしれないし…。

 

やっぱり話しかけた方がいいだろうか?

いや、親に愛されている子どもなら別にほっておいても大丈夫だろう。

 

煩悶しながらその場を通り過ぎ、ぐるりと遠回りをしてまた元の道に戻ってきた。

すると、2人の中学生の姿はもう無かった。

なーんだ、今日はもう帰っちゃったのか。

 

もしかして、一番考えすぎなのは私なのかもしれない。

と思うと、ちょっと笑えてくる。

 

いやしかし、子どもが安全なのか気にする大人がいるってのは、いいことなのかもしれない。

と思うことで自分を慰めることにした。

中学生たちに警察に通報されないよう、遠くから温かい目で?見守ることにする。

 

 

風を探して

 

日本に住んだことのある友人、ルルちゃんが言っていた。

都内の自宅からどこかへ行こうと家を出ると、道でばったり日本人の知り合いに出くわすことがある。

そういう時、決まって聞かれるのだという。

 

「あら!どこへお出かけ?」

 

努力家の彼女は頑張って日本語を勉強し、相当上手に日本語を話す。

しかし、「どこって聞かれても返答に困る。」のだという。

外出の目的は買い物とか、散歩とか。

無目的に?東京をぶらぶらするために外出することだってある。

 

「だから、『どこまで行くの?』って聞かれても、どうやって日本語で答えればいいのか分からなかった」

という。

 

それは多分どの国でも同じですよね。

外出時に近所の方とその辺で出会い、「お出かけ?」と聞かれることはどの国でも一般的だ。

そういう場合は「ええ、ちょっと」とか適当に答えておけばいいんだが。

 

アメリカにいた時、同じようなことがたびたびあった。

英語でも「ええ、ちょっとそこまで」と言えばいいんだと思う。(違っていたらスミマセン)

 

相手だって、私の行き先をスパイよろしく細かく把握しようと思って質問しているわけじゃない。

しかし、渡米当初は私もどう返答すればいいのか分からなかった。

 

根が真面目?な私。

『どこへ行くの』と聞かれ、自分の今日の計画を頭の中で整理した。

 

「今から○○へ行って、そのあとに××へ行って▽▽を買って、それから…」

 

と、たどたどしい英語で必死に説明すると、相手のアメリカ人はたいてい面食らった顔をしていた。

そりゃそうですよね、そこまで聞いてないのに。

 

日本で外国人に日本語を教えたときも、多くの学生から似たような質問を受けた。

 

「外出時に会った近所のおばさんが『あら、今日はどちらまで?』って聞くんだけど、答え方が分からない」

 

うん、わかるわかる。

語学の問題もあるが、むしろ文化的な問題。

みんな、日本人から聞かれたら返答に窮しているんだろうなあ。

 

「どちらまで?」

って質問は、単なる挨拶に過ぎない。

どこへ行くのと聞かれたら「ちょっとそこまで」とか適当に答えればいいんだよ。

と説明した。

 

しかし、日本語初心者の学生がたどたどしく「ええ。ちょっと。そこまで。」と呪文のように唱えるのを聞くと、何だか違和感もなくもない。

やはり自然な会話には「呼吸」ってものも必要なんだな。

 

インドネシアには「ええ、ちょっとそこまで」にあたる言葉がある。

チャリ・アンギン(Cari angin)というのだそうだ。

 

チャリは「探す」、アンギンは「風」。

つまり直訳すると「風を探す」という意味なのだ。

「どこへ行くの?」の回答が、なぜ「風を探しに」なんでしょうかね?

 

私のインドネシア語力はかなり低い。

アンギン(angin)に似た言葉でアンジン(anjin)という言葉がある。

アンジンは「犬」という意味だ。

 

インドネシア滞在中、私はアンギンとアンジンを常に混同する癖があった。

紛らわしくてどうにもこうにも覚えられないのだ。

 

外出しようとしたら、アパートを清掃している掃除夫の男性に「マダム、どこまで?」と聞かれたことがある。

単なる社交辞令なのだが、私は頑張ってインドネシア語で返事をしようとした。

かっこよく「風を探しに」と言った(つもりだった)。

 

しかし、どうやら「犬を探しに」と言ってしまったらしく、「どんな犬だ」と根掘り葉掘り聞かれたことがある。

相手が「俺も探してやる」と言うに至り、ようやく自分の間違いに気づいた。

行方不明になった犬を探しに外出。

まあ、ありえないことではないが。(犬は飼ってません)

 

こんなこともあった。

ジョグジャカルタへ出張に行った時のこと。

私はひどい風邪を引いてしまった。

仕事先のインドネシア人の方々に迎えに来てもらったのだが、鼻水も咳も止まらない。

 

「うわ、ひどい咳だね。風邪(angin)引いたんだね」

インドネシア人に言われた。

 

なるほど、風邪(=cold)はanginと言うのか。

日本語だと風邪と風が同音異義語だが、そんな感じ。

 

移動中、コンビニで「風邪の時になめるアメ」を買うことになった(インドネシア人のおススメ)。

インドネシアで働くようになった当初、そんなものがあるとは知らなかった。

「トラック・アンギン」(tolak angin)というのが商品名だが、アメやシロップ等様々な商品がある。

 

鼻水をすすりながら、コンビニ店員に尋ねた。

「すいません、風邪引いたんですが、トラックなんとかってありますか?」

 

隣で聞いていた仕事先のインドネシア人(心配してコンビニまで付いてきてくれた)が、私の脇をつついた。

コンビニ店員は笑っている。

 

「犬をひいたんじゃなくて、風邪を引いたんでしょ?」

 

(…またやっちゃったよ。)

こんな感じで、どうにもこうにも「風邪」「風」と「犬」の区別が最後まで付かなかった。

 

結局風邪が悪化し、ジャカルタに戻って病院へ行った。

その際も「風邪なんですけど」と看護師さんに説明した(少なくても、説明を試みた)。

 

絶対に犬と間違えないぞ!犬じゃない方だ!

と毎度毎度思うのだが、看護師さんは苦笑している。

その笑顔を見ると、(あーあ、また犬と間違えたよ)と分かる。

間違えるたびにインドネシア人から、「犬」と「風」(または「風邪」)の違いをご教授いただく。

 

「犬と間違えないように」と思い過ぎて、毎回間違える。

どうしようもない。

 

話が脱線した。

というわけで、私のインドネシア語は相当ひどいものだ。

 

最近は覚えるより忘れるスピードの方が速い。

インドネシア人は優しいので、「外国人だから仕方ないな」と温かい目で見てくれる。

間違えながら覚える、とか言うが、私は間違えてもまた次回同じ間違いをしてしまう。(←終わっている)

 

外国語を勉強すると、「なぜこういう言い方をするんだろう?」と思う言葉がたくさんある。

多分、何らかの文化的背景があるんだと思うんだが、それを知らない外国人としてはそのまま覚えるしかない。

「風を探して」もその一つだ。

 

タンココ保護区の浜辺を、無目的にぶらぶら歩いていた時に思った。

この「無目的に歩く感」が風を探す感じなんだろうか?

まあ、犬を探すよりは涼しくていいや。

 

 

 

妖怪

 

先日、NHKのBS番組で「実際に妖怪を見たことのある人」の特集をしていた。

番組タイトルは、忘れてしまった(すみません)。

視聴された方はいらっしゃるでしょうか。

 

この番組のポイントは、「日本全国に妖怪がいる」ということではない。

「現実に妖怪を見た人から話を聞いた」体験談という点だ。

つまり、妖怪を目撃した方々はご存命なのである。

 

んなバカな。

と思うが、実際に妖怪を目撃したり体験したりした老若男女が日本全国にいらっしゃるのだ。

 

私もマンガやアニメに登場する妖怪は好きだ。

しかし、現実に彼らが存在するかというと疑問だ。

想像の産物だろうと思っている。

 

でも、「見た」人がいるなら仕方ない。

(このあたりの感覚、スペイン人がよく言う「俺は信じないけど、実際にいるんだよね」ってヤツだ)。

 

チャンネルを変えて別の番組を見よう、と思ったのだが、なぜか番組を最後まで見てしまった。

やはりNHKだけあって、「妖怪は怖くて恐ろしい」という見世物的な内容ではなかった。

民俗学的な切り口だが、学術的にはそこなんだろうと思う。

 

(ここからは、番組を見ていない方のため内容を説明したい。細かいところで記憶違いがあったらご容赦くださいませ)

 

岩手県岩泉町はカッパ伝説で有名なんだそう。

そこに住む80歳の女性は、小学4年生の時にカッパと遊んだことがあったという。

 

80歳の女性が小学生の時…って、数十年前のことですよね。

ってことは、何百年前の昔話ではない。

うーむ、妖怪って現代でも出没するってこと?(←ここが番組のキモ)

 

彼女が小学生だったある夏、友達と川で遊んでいた。

するとカッパが出現して、一緒に水遊びを始めた。

カッパは、人間のやることを真似するのだという。

 

右手でカッパに水をかければ、カッパも右手で自分たちに水をかける。

両手でかければ、カッパも両手で彼女たちに水をかけた。

三人(彼女と友達とカッパですね)で、楽しく水遊びし続けたそうです。

 

気が弱く、男の子にいじめられていた彼女。

翌日、学校で「昨日、カッパと遊んだ」と話した。

すると、いじめっ子どもが「自分もカッパに会いたい」と彼女と共に川についてきたのだそうです。

 

それ以来、その女性は折々にその川へカッパを探しに来た。

再び会えるのではないかという期待を抱いて。

しかし、カッパはそれきり現れることはなかった。

彼女がいじめっ子にいじめられることも止んだという。

 

「自分も80歳になってしまった。カッパさんも年を取ったのかも。」

 

川岸を歩きながらその女性はインタビューに答え、寂しそうに笑った。

 

あの日以来、カッパには再会できていない。

『カッパなんているわけない、あきらめよう』と思うそうだ。

それでもいまだに楽しかったあの夏を思い出し、思い出の川にカッパを探しに来てしまうのだとか。

 

ここで、現実的な(カッパを信じていない私の)勝手な分析。

もしかすると彼女がカッパと思ったのは、その川へ遊びに来ていた隣村の子どもだったのかもしれん。

(あるいは東京から夏休みに親せき宅へ遊びに来ていた子とか…)

 

でも、いい思い出だ。

カッパがいようといなかろうと。

カッパのおかげで?いじめられなくなったのは、彼女の人生で大きな心の支えになっただろう。

妖怪だが、友達だ。

 

面白かったのは、北海道のアイヌの方?のお話。

 

そのお兄さんは木彫りのおみやげ品を制作し、販売している。

お父さんが猫を飼っていたのだが、猫は父親にものすごくなついていたという。

お父さんが行くところどこへでもついて回り、片時も離れなかったらしい。

 

ある日。

お兄さんが部屋にいると、猫がやってきた。

 

「お父さん、どこへ行った?」

と猫が聞いてきた。

 

「知らない。その辺にいるでしょ。」

とお兄さんは答えた。

 

すると猫は、

「いいや、いないよ。」

という。

 

「自分で探したら?」

と猫に言ったところ、猫は返事した。

 

「おう(分かった)。」

そして猫は消えた。

 

ん?

一人になったお兄さんは、しばらくして我に返る。

「今、自分は猫と日本語で話してなかったっけ?」

 

気のせいか?

いや、確かにさっき、オヤジの猫は日本語をしゃべったぞ…。

(そして自分も疑問も持たず、猫に返事していた)

 

という体験談。

お兄さんも、いまだに腑に落ちていない様子。

猫が日本語をしゃべるわけがない(いや、日本語だけじゃなく英語でもヒンドゥ語でも)

でも、確かに猫は日本語をしゃべったんだよ。

 

ふーむ。

お兄さんの錯覚(幻聴)かもしれないのだが、これぞ妖怪?と思わなくもない。

 

実は似たような体験が私にもある。

以前飼っていた猫のぽん太がそんな感じだった。

 

もちろん、私はこのお兄さんのようにはっきりぽん太と「日本語でしゃべった」記憶はない。

しかし、日々の生活で「お腹空いた」とかその程度なら会話が通じていたと思う(複雑なことはもちろん伝えられなかった)。

 

飼っている動物と近しい関係にあると、種を超えて?お互いに何を言っているのか分かるのかもしれない。

犬や猫を飼っている人は、このお兄さんの体験談が理解できるだろう。

 

この話を番組で聞いた時、ちょっと納得した。

言語に頼らないコミュニケーションが異種間で出来た時とか、自分がメッセージを受け取ることが出来た時とかに、「妖怪が出現した」ってことになるんじゃないですかね。

 

印象的だった話もあった。

場所は、愛知県だかどこの県だったか忘れた。

人魚淵という、かつては深い水をたたえた場所があった。

そこには人魚が住んでいるという伝説があった。

 

その昔、雨が降らない年があった。

どの村でも水不足に苦しんだが、人魚淵のある村だけが水に困らなかった。

人間を助けるために、人魚たちがひそかに村へ水を運んだのだという。

 

番組でその話をした高齢男性。

子どもの頃、誤って人魚淵へ転落したことがあった。

水の底は深く、渦を巻いていて(たぶん湧き水?)、奥へ吸い込まれそうになったのだそう。

 

時が経ち、高度経済成長の時代。(高度経済成長期とは、1955年~1972年ごろだそうです)

雨が降らない年があり、村は再び水不足になった。

困ったその村の人々は、人魚淵から水を抜いた。

人魚が住めなくなると分かっていたが、自分たちが生きるためにはそうするしかなかった。

 

そして現在。

人魚が住んでいた人魚淵の水は濁った。

以前のような豊かな水はどこかへ行ってしまった。

そして、人魚たちも二度と人間を助けることは無くなった。

 

取り返しのつかないことをした。

それが、その番組で、人魚淵の伝説を語った高齢男性の後悔だった。

 

不思議な話ですよね。

1970年代ってそんな遠い昔じゃない。

 

村を助けてくれた人魚に、恩をあだで返す形になった人間たち。

「自分たちが助かるために、人魚を犠牲にするしかなかった」って…。

ここでいう「人魚」は、「自然」「環境」と言ってもいいのかもしれん。

 

本当に人魚が存在していたかどうかは、誰も目撃していないから分からない。

自然に対する尊敬や畏怖の対象として、「人魚」とその住処「人魚淵」が存在していたのかもしれない。

 

話は変わるが、我が家では母が墓参の計画を立てている。

母の出身地は岩手県だ。

 

残念ながら、私は岩手弁が全く理解できない。

岩手ネイティブのはずの母も関東生活が長くなり、現地の人の話を全然理解できなくなっている。

 

言葉が分からないって、旅先で相当苦戦を強いられるのだ。

岩手でタクシーに乗ったりバスを待ったりする。

タクシー運転手の方やバス運転手の方、地元の方々が話しかけてくるのだが、これがさっぱり分からない。

 

何度も聞き返すのも失礼ですよね。

3回くらい聞き返しても理解できないときは、分からないけれど分かったふりをしている。

 

岩手で、駅へ行くバスの到着時間になってもバスが来ない、なんてことがあった。

バス停で待っている他の乗客が「◎◎で××だ」と教えてくれるのだが、ほとんど理解できない。

(多分、遅延の理由を説明してくださっているのだろうと推測)。

 

バスが来るのか来ないのか不安を抱えたまま、運を天に任せるしかない。

こういう「自力でどうにもならない」感じ、普段の生活ではなかなか無い。

 

今はどこの国も英語が通じる場面が多いので、海外ならたいていどうにかなる。

むしろ海外旅行の方が、岩手旅行よりよほどハードルが低い。

 

岩手の片田舎でバスが来ず、「マジで帰宅できるんだろうか」と不安になるとき。

私なぞ必死でバス停の周りを見回し(何もないが)、言語に頼らず非言語の情報から相手の意図をくみ取ろうとする(地元の方の表情とか口調とか)。

こうやって普段の生活で使っていない第六感をフル活用し、無事に関東へ帰ろうとする。

無事に新幹線に乗り、周囲の人の話す内容が分かると、どっと安心感が出てくるのである。

 

でも、「言葉がまったく理解できない環境」も、たまには悪くない。

人間は、「自分の力で何でもコントロールできる」状況に慣れ過ぎているのかも。

自分の力を超えた環境に置かれると不安になるが、そうなったら謙虚に状況を受け止めるしかない。

非言語コミュニケーションの重要性を認識する良い機会なんだと思う、夏って。

 

 

北枕

 

迷信。

以前は信じられていたが、今はほぼ誰も信じていない「昔の遺物」。

迷信は根拠もなく、科学的に証明されていないもの、というイメージがある。

 

しかし、「信じる必要が無い」と一刀両断に出来ないものもあるんじゃないの?

つまり、何らかの科学的根拠や文化的背景があって成立した迷信だってあるはず。

 

私はそう思っているので、古代人類の知恵から生み出された言い伝えは尊重している。

昔の人の失敗体験を反映した迷信は、「誰かが同じ轍を踏まないよう」注意喚起で作られたと思うからだ。

 

なので、「迷信」「言い伝え」を聞くたび、その迷信の背後にある現象を考えるようにしている。

そして「それは真なり」と納得できるものは信じている。

 

例えば、「夜に爪を切るとヘビが来る」。

 

(この記事に登場する「迷信」は、地方によっても内容や言い方が違うと思います。

ですので、「そんなの知らないよ」という方もいらっしゃるはずです。

そういう場合は、適当に読み流してください)。

 

これは、私が幼稚園に通っていたころに親から聞いた「迷信」。

私は、夜にお風呂に入って寝る段になると、足の爪が伸びているのが気になるのだ。

 

「爪、伸びてるな~明日になったら忘れそうだから、今切っちゃお」

 

と、寝る前に爪切りで爪を切る。

すると両親はいつもこの迷信を持ち出し、「ヘビが来るよ」「明日朝、明るくなってから切りなさい」と言っていた。

 

なんだよ、その迷信。

怖くないよ。

と思いつつ、ヘビは嫌だなあ、と思った記憶がある。

 

大人になったらわかる。

「夜は暗くてよく見えない。無用なけがを防ぐためには、夜に刃物を使わない方がいい」

という戒めであったことを。

誰だってヘビが来たら嫌ですよね。

 

その「迷信」の意図が分かった今。

私は反省もなく、いまだに思いついた時に爪を切っている。(夜もね)

しかし、この「迷信」の意図するところは理解できるので、夜に刃物を使う際は気を付けている。

 

こんなのもあった。

「鏡を表にして置くと、魔物が出てくる」。

 

(どういう言い方だったかは忘れたが、鏡を出しっぱなしにするな、という意味だった気がする)。

 

この「言い伝え」?も、母に言われた時に意味が分からんかった。

鏡から出てくる魔物ってなんだ?

 

だが、鏡を見ていて、

「うーん、確かにあっちの世界?から妙なものが出てきたら嫌だな」

と思ったことはある。

なので、鏡は使用したら必ずちゃんと片づけていた。

 

ある時。

化粧をした後に鏡をしまうのを忘れ、鏡を床にうっかり置きっぱなしにしたことがあった。

その日は慌てていた。

 

「うわ~時間が無いよ!」

と待ち合わせの時間に遅れそうになり、室内をドタドタ走っていた。

そして、床に置きっぱなしになっていた鏡を踏み抜いてしまった。(やると思ったよ…)。

 

「うわ~!!!」

 

鏡が飛び散り(そりゃ重い体重が乗ったからねえ)、大惨事になった。

 

なぜ踏んでしまったのかというと、表になっていた鏡に天井や物が写っていた。

なので、「そこに(鏡という)異物がある」と認識していなかったのだ。

風景を反射しない物体なら(本とか服とかね)、「あ、あそこに物がある」と意識して避けていたと思う。

 

これ以降、鏡を床に置く場合は(そもそも置いちゃだめですが)、「錯覚しないよう裏返しておく」ようにしている。

こんな感じで、読者の皆さんも気になる「迷信」とか守っている「言い伝え」があるんじゃないかと思います。

 

もう一つ例を挙げる。

「靴下をはいて寝ると親の死に目に会えない」という迷信。

 

私はこれを必死に守ってきた。

だって、「親の死に目に会えない」って結構強い呪いじゃないですか?

 

しかし、冬の寒い晩は、本当に耐えられなくなることがある。

靴下をはけば温かく眠れるのだが、「親の~」という迷信がどうも頭にチラつく。

そして、毎年湯たんぽやら何やらを駆使し、眠れない冬の夜を乗り切ってきた。

 

だが、最近「温活」に凝り始めた。

雑誌を読むと、「冬は靴下をはいて寝るが良い」みたいな記事が書いてある。

 

いいのか?

寒いので靴下をはきたいが、親孝行できなくなると困る…。

靴下がどうやって親の臨終につながるのかが不明なんだけどさ。

 

ある冬。

私が冬の晩に寒い寒いとふるえていると、うちの母が言った。

 

「冬は靴下をはいて寝るといいよ!足が冷えないから、すぐ眠れるよ!」

 

…あんたが娘に勧めるんですかい?

いいのか…。(複雑)

 

「親の~」という迷信を持ち出すと、母は首を振った。

 

「私もそう思ったけどさ、寒くて眠れないんだもん!」

 

なるほど…実利を取ったわけだね。(ホッ)

それ以来、冬は靴下を着用して温かく眠りについている。

未だに心理的抵抗はかすかにあるが、安眠には勝てない。

母に勧められて、(いいのか分からんが)呪いから「解放」された感じだ。

 

「北枕が良くない」なんてのもありましたね。

これは、お釈迦様が亡くなった時に北枕だったから、というのが理由らしい。

なーんだ、じゃあケガを防ぐためや道徳縛りの迷信じゃないじゃん。

 

この迷信も、私は長い間かたくなに?守ってきた。

日本国内で転居しても、海外に住んでも。

寝る際は「南枕」または北以外、にこだわってきた。

 

しかし、今の家に転居してきて、はたと困った。

 

部屋のドアの位置の都合上、どうにも南枕にすることが難しい。

南に枕を置いた場合、「誰かがドアを開けたらすぐ私の顔がある」状態になってしまうのだ。(それも怖い)

 

部屋の中で、あれこれベッドの向きを変えてみて思った。

「ベストは、北枕だ!」

 

しかし…。(←心理的抵抗)

北枕は縁起悪いしなあ…。

 

仕方なく、南枕にして寝ていた。

寝ると、顔の前にドアがある。

落ち着かないのなんのって。

 

で、また部屋の模様替えをした。

やっぱ、北枕にするのがレイアウト的にベストだ。

 

でもなあ…北枕…縁起悪いんだよね?

何度もそう思ったが、もうこれは靴下と同じ。

実利を取るしかない。

 

思い切って「北枕」にしてみた。

北枕にした最初の頃は「お釈迦様もこんな感じだった」と色々妄想して、死体になった気分だった。

枕辺にゾウやキリン、猫や犬、クジャク等動物たちが来てくれるんなら、死体になってもいいけどさ…。(涅槃?)

 

すると、あ~ら不思議。

南枕にしていた時よりも、はるかにぐっすり眠れるようになったのである。

 

な~んだ。

もっと早く北枕にしておけばよかった。

(結果オーライ)

 

その後、快眠の本(←好きねえ)を読み漁ってみた。

それらによれば、北枕は縁起が悪いかもしれんが、健康には良いらしいのである。(理由は覚えてません)

 

うん、これはホント。

だって北枕にしたとたん、ものすごくよく眠れるようになったもん。

 

このブログの読者の皆さんの中には、私同様、睡眠が大事!という方もいらっしゃるんじゃないだろうか。

南枕だとイマイチよく眠れないんだよね、という方は、だまされたと思って「北枕」をやってみてほしい。

(北枕でも眠れない場合、すみません、南枕に戻してください 笑)

 

なぜ、こんな「迷信」を思い出したのかというと、最近「キタマクラ」という名前の魚がいることを発見したからである。

キタマクラは毒を持っている魚だ。

人間が食べるとあの世へ行ってしまい、「北枕」で寝る羽目になるから、ということらしい。

 

しかし、かわいそうなネーミングの魚だ。

同様に毒をもつ「ふぐ」なんて、別名「フク」(=福)とか呼ばれる。

フグだって、下手したら北枕にお世話になるはずなんだが…。

 

ところで、「キタマクラ」の写真を見たときにドキッとした。

インドネシアのマカッサルへ行った時にハコフグ料理を食べたのだが、これが「キタマクラ」によく似ていたのだ。

 

「あれ?私、キタマクラを食べたことあるかも」

と思ったが、そうしたら今頃生きているわけがない。

 

調べたら「キタマクラ」はカワハギの仲間らしいのだが、なんとフグ目なのだという。

なーんだ。

毒をもつ魚同士、同じ種類なんですね。

 

魔物だのキタマクラだのヘビだの、迷信とは人をおどかして行動を縛るものなんだろう。

今では私は冬に靴下を履き、北枕で大変ぐっすり寝かせていただいている。

自分を利する迷信や自分を幸せにする言い伝えだけ、都合よく信じておけばいいんではないの?と思っている。

 

 

紙の動物園

 

先日、図書館で本を数冊借りた。

自宅でそれらの本を楽しく読んだ。

全部読み終わっていなかったのだが、どういうわけか「全冊、読み終わった」気になっていた。

 

ある日、「そろそろ返却日が迫っているはずだ」と思い、返却日を確認。

すると、返却日が明日ということを発見した。(よかった確認しておいて)。

 

そこで、「全部読んだ」はずの本をカバンに入れようとした。

そして発見した。

 

「う!この本だけ、読んでなかった!!」

 

それが、「紙の動物園」(ケン・リュウ著、早川文庫)だった。

ヤバい。

 

読まずに返却しちゃおうかな。

明日、この本を図書館へ持参して、返却日を延長することも可能だ。

しらばっくれて?返却日を忘れたことにして、もう2,3日借りようかな。

いや、今すぐ読もう。

 

というわけで、超特急で読み始めた「紙の動物園」。

つまり、「慌てて読んだので、さほど期待していなかった」のである。

そもそも、どうしてこの本を借りたのかも記憶が定かではない。

 

しかし、読み始めてすぐに気づいた。

著者名がリュウ(多分劉)というところから推察するに、中国系か中国人作家。

「紙の動物園」は、折り紙で折った動物が登場するのである。

 

とここまで来ると、小説の内容が推測できる。

(↓ここからは私の推測)

 

アメリカへ移住した中国人一家の、折り紙で折った動物の思い出。

アメリカでも中国文化を忘れず、折り紙は代々受け継がれていく…なんて心温まるストーリーだろう。

 

読んでみて分かった。

中らずと雖も遠からず、ってところだ(が、ちょっと違った)。

 

主人公は中国系アメリカ人の「ぼく」。

米国コネチカット州に両親と住んでいる。

 

大陸出身中国人である母親は、物をもらうと常に包装紙を取っておく。

そして、その包装紙で様々な動物を折り紙で折ってくれるのだ。

母親が折ってくれた動物は生き生きとして動き、自分の子ども時代を彩る。

 

しかし。

「ぼく」はアメリカ人の子どもと遊び、アメリカの生活になじむようになっていく。(ま、アメリカ人だしね)

母親の作ってくれた折り紙の動物たちは、中国臭くてダサい。

アメリカ人の子どもが持っているおもちゃの方がカッコいいのだ。

母親が作ってくれた動物たちは、屋根裏の箱に突っ込まれた。

 

母親は英語が話せない。

思春期になった「ぼく」は母親が中国語を話すと拒絶し、母親に「英語で話して」と命令するようになる。

「ぼく」は中華の炒め物の夕食を拒否し、テレビゲームで遊び、フランス語を習った。

 

母、そして母の背負ってきた中国が恥ずかしく、「ぼく」はアメリカ人として生活する。

母とも口を利かなくなる。(そういう年頃だし)

そして、母親はがんになる。

 

とくれば、結末は大体推測できますよね。

 

この小説を、「ささっと読み飛ばす」つもりだった。

でも何だか身につまされて(私にも、主人公の「ぼく」と似たような経験がある)、ぐいぐい読んでしまった。

 

「ぼく」は、大学を出て就職活動をする。

「企業に採用してもらうために、どうやって効果的な嘘をつくか練っている」時に、母親が死去。

 

↑こんなところが上手ですよね。

自分の「アメリカ人」である、というアイデンティティが「半分ウソ」で固めたようなもんだという比喩ですかね。

 

ガールフレンドのスーザンと「ぼく」の実家へ行く。

スーザンは屋根裏で折り紙の動物が入った箱を見つけ、あまりの出来栄えに感心する。

そして、折り紙のトラを「ぼく」と暮らすアパートへ持って帰る。

 

ある日、家にあった折り紙のトラがたまたま風で飛んだかして、「ぼく」の目に留まる。

折り紙がほどけ、包装紙の中に書いてあった中国語の手紙を見つける「ぼく」。

 

中国語が読めないのでダウンタウンへ行き、中国人観光客を探して手紙を読んでもらう。

それは母から「ぼく」に宛てた手紙で、母の生い立ちが書いてあった。

 

というわけで、母親の素性が明かされる。

母親は文化大革命で両親を亡くし、10歳で孤児になる。

列車に乗り、香港を目指すが人身売買につかまり、裕福な家庭にメイドとして売られる。

その生活から脱出するために、嫁探しカタログに写真を掲載。

彼女を気に入ったアメリカ人と16歳で結婚し、渡米するのだ。

(なので、この小説のタイトルは「カタログの花嫁」でも良さそうな気がします)

 

コネチカットで英語も分からず、ずっと一人ぼっちだった母。

「ぼく」が生まれて、「ぼく」が河北省の両親と同じ発音で中国語を話せると分かった時の喜び。

 

あ~これ以上は書けません。(って、結構ネタばれ書いたがな)。

この小説を読み終わったら、涙がつーっと両目からしたたり落ちた。

 

「ぼく」は寅年。

母親の手紙を翻訳してくれた中国人観光客が読み終えても、顔を上げることが出来ない。

そして、折り紙のトラと共に2人でアパートへ帰るのです。

 

あれこれ上手ですよ、この作家さん。

この物語は、移民の多いアメリカ人の心に響くだろうと思います。

 

ところで、この文庫本に収録されている、もう2つの小説も好きです。

一つは「月へ」。

これはアメリカへ亡命申請する中国人親子の話。

 

もう一つは「結縄」という話。

これも異文化間の摩擦をテーマにしてます。

 

主人公はミャンマーの片田舎に住むソエ・ボ。

彼は、縄に結び目を作って歴史や情報を記録する村の記録係。

昔、ナン族は文字を持たなかったので、縄に結び目を作って記録していたのだそうです。

 

そこへ、アメリカからトムという製薬会社の社員がやってくる。

札束をちらつかせながら、ミャンマーの伝統的薬草や虫について調べている。

彼はミャンマー伝統の結縄記録を目の当たりにして、これが自分の会社に役立てられないものかと考える。

 

ミャンマーも気候変動の影響を受け、コメが取れなくなった。

ソエ・ボは、『結縄の知識を教えてくれるなら新しいコメの種もみをあげる』という交換条件でトムと共に米国へ。

(もう、ヤバい予感しかしませんよね)。

 

私もアフリカで、欧州の医療関係者や企業がアフリカの伝統的薬草や風土病について調査しているのを見た。

なので、ソエ・ボの不幸な結末しか思いつかん。

 

小説の結末。

ソエ・ボはミャンマーへ、トムからもらったコメの種もみと共に戻る。

そのコメは不思議なことに、早く実ることは実るが、おいしくない。

そして、再びトムが村に来る。

 

トムは、「コメの新しい種もみを買ってもらうために来た」という。

なぜ?と尋ねるソエ・ボ。

トム曰く、「あげたコメは、種もみを取っておいても来年は発芽しない。」

驚くミャンマー人。(そりゃそうだ。)

 

トムがくれた種もみはDNA操作されたコメ(GMOライス)で、一回しか実らないという。

なので、今年はまたお金を出して新しいコメの種もみを購入しないといけない。

GMOコメは開発者がいるので、そいつに代金を毎年支払う必要がある、というわけです。

 

ソエ・ボは尋ねる。

じゃあ、自分がアンタたちアメリカ人に提供した結縄の知識に対しても、お金を払ってくれるのか?

 

トムはそれを一笑に付す。

俺たちがお金なんて払うわけないでしょ。

アンタたちミャンマー人の伝統的な知恵は、著作権が無い。

つまり保護されてないからね。

 

そこでソエ・ボは悟る。

村を助けるためにアメリカ人に協力したのだが、それは「ひも付き」だった。

『遠くにいる藩王に対する借財を、村人に背負わせただけだった』と。

(ホント、先進国の人間はあくどいねえ)。

 

米国へ帰ったトム。

ソエ・ボのおかげでアルゴリズムの成果が上がり、創薬の速度は加速された。

ミャンマーの貧しい村人から金を巻き上げることにも成功した)。

自分の論文も査読に回り、特許申請に弁護士が動いてくれる。

わが社の利益も増大し、言うことなし。

次はブータンへ行こう。

 

と、ミャンマーブータンを踏み台にして金もうけをし、出世するアメリカ人の姿が描かれる。

貴重な先祖の知識をアメリカに教えた途上国は、その代償に借金を背負わされる。

これは、今現在も世界中のあちこちで発生している悲劇だ。

 

私個人的には、「紙の動物園」の方が文学性が高いので好きだ。

アメリカ現代文化風刺という点では、本作「結縄」が手厳しくてよろしい。

 

いずれの作品にも共通することは、異なる文化間での気持ちのずれや先進国批判がテーマであること。

たぶん、違う国で生活したことのある人は、「ああ、わかるわかる」と思いながら読めるんではないでしょうか。

 

それにしても、中国にも折り紙があるとは知らなかった。

 

「畑からバッタを追い払うための鳥」

「ネズミを追い払うためのトラ」

「新年のお祝いの龍」

そんな折り紙があるなんて、見てみたいですよね。

 

特急でこの本を読み終えて、返却期限の日になんとか図書館へ返却。(一安心)

読める本がたくさんあるとテンションが上がるんですよね~。

 

しかし、一度にたくさん借りるのは危険だ、と改めて思った。

次回は2冊くらいにしておこう…。

 

 

 

 

シュウマイ

 

最近、シュウマイにはまった。

 

我が家ではよく餃子を作る。

しかし、餃子の弟分・シュウマイが食卓に登場することは、今までほぼ皆無だった。

 

「だってシュウマイって蒸し器を使うでしょ?

蒸し器を洗ったり干したり片づけたりするのが面倒くさいからねえ」

 

ずっとそう思っていた。

餃子はフライパンで簡単に作れるが、シュウマイは蒸す必要がある。

 

蒸し料理に使用する蒸し器。

よく中華街なんかで見る、竹製でふたがついたヤツ。

一般家庭では、金属製の蒸し器を使っているかもしれない。

 

シュウマイ作成手順の最初の一歩。

それは、竹製であれ金属製であれ、蒸し器を棚の奥の奥から取り出す作業から始まる。

 

棚の手前にしまってある物たちをどかし、テーブルの上に取り出す。

そして、奥の奥にしまっている蒸し器を取り出す。

鍋に蒸し器をセットし、シュウマイを入れる。

蒸し器上部は、蒸気が逃げないようにぬれ布巾で覆う。

使用後は蒸し器を洗って干し、また棚の奥へしまう。

 

ね、面倒くさいですよね?

 

我が家にも、金属製と竹製の両方の蒸し器がある。

しかしながら、毎日の料理にいちいちそんなたいそうな兵器を奥から取り出すのも面倒。

洗うのも面倒。

しまうのも面倒。

というのが蒸し器だ。

 

「蒸すのが面倒?チンすればいいんだよ。」

 

それも一つの解決法だ。

確かに一番手軽な料理器具である、電子レンジって。

でもねえ、電子レンジ調理ってあまりおいしくないんだよ。

(←そんなこと言い出すときりないんですが…)。

 

というわけで。

私は食品を蒸す必要がある場合は、お湯を張った鍋に取っ手付きのざるを置き、そこで蒸す。

上にぬれ布巾をかければ、蒸し器と同じ原理だ。

 

しかーし!

とにかく「蒸し料理は面倒くさい」というイメージが先行していた。

 

「代表的蒸し料理ナンバー2」であるシュウマイ。(ナンバー1は茶碗蒸しだ)

簡単に蒸す方法が思い当たらず、蒸し器を出すのは面倒くさい。

勢い、食卓から遠ざかっていた。

 

ある日。

テレビを見ていたら、シュウマイをフライパンで調理する主婦(神奈川県在住)が出ていた。

 

へえ、シュウマイってフライパンで調理できるのか~。

興味を持ったので、その人の調理方法を観察。

 

「シュウマイ?簡単ですよ。てか、簡単じゃなきゃ作りません」

 

とベテラン主婦らしき、そのおばさまが言う。

彼女はフライパンにキャベツの千切りを敷き、そこにシュウマイを並べた。

ちょこっと水を入れ、ふたをする。(キャベツから水が出るので、じゃんじゃん水を入れなくてもOK)

適当な時間(15分とか?)、加熱するだけ。

終了。

 

おおっ。

その手があったか!

 

早速、私もシュウマイの皮とキャベツを買ってきて、同じようにやってみた。

確かにおばさまの言う通り、「超絶簡単」であった。

 

<使用する食材>

シュウマイの皮50枚。

ひき肉300グラム。

玉ねぎ。(小なら1個。大なら半分でいいかも)

キャベツ。(切るのが面倒だったら、千切りキャベツを買って来ればOK)

ごま油、砂糖、しょうゆ(各大1)、片栗粉少々

 

1.玉ねぎをみじん切り。キャベツは千切り(ざく切りでも問題なし)。

2.ひき肉をボウルに入れ、みじん切りにした玉ねぎを入れる。ごま油、しょうゆ、砂糖、片栗粉を投入。よくこね混ぜる。

3.キャベツ千切りをフライパンに敷く。

4.シュウマイの皮にスプーンで2を包み、3の上にちょいちょいと置いていく。

5.少しの水を入れ、ふたをして加熱。(フライパンの大きさにもよりますが、12分~15分前後で十分かと思います。) 

出来た!

スバラシイ…。

 

何が簡単かというと、シュウマイは餃子と違ってきっちり包まなくてもいいことだ。

餃子は半月に折って、ふちにしわをつけて閉じますよね。

シュウマイが四角だとすると、上部の一辺は開けておいていい。

なので、シュウマイ作成には餃子を作るほどの手先の器用さは不要。(私は餃子もいい加減に包んでますが…)。

 

餃子はひき肉にニラとかキャベツとか干しエビとか、家庭によっていろいろ具材を入れる。

シュウマイは玉ねぎだけ!

餃子は包むときに水をちょっと付けて皮を閉じますが、シュウマイはその水も不要。

 

なんて楽なんだ~~~!!!!!

シュウマイは蒸すのだけがネックだった。

蒸す問題がクリアされたら、そりゃあ作るしかないでしょ。

 

というわけで。

『キャベツをフライパンに敷きシュウマイを乗せ、ふたをして加熱するだけ』というシュウマイ調理方法が分かった。

それ以来、シュウマイが我が家の食卓に登場する頻度が激増した。

 

我が家には高齢者もいる。

なので、若者と高齢者のどちらも食べられる食事を作る必要がある。

 

以前、我が家で春巻きを作ったら、

「歯が無いので固くて食べられない」

と文句を垂れるヤツもおった。(春巻きごときで…と思うんだが、仕方ない)

 

この「歯が無い」問題もクリアしてくれるのだ、シュウマイが。(だって固くないもんね)

おまけに、この調理方法だと蒸しキャベツもついてくる。

野菜も食べられて言うことなし。

 

シュウマイと蒸しキャベツで一品完成。

後は適当に酢の物とか漬物とか、副菜を付け合わせればいい。

シュウマイが超簡単なので、他のおかずやお味噌汁作成に時間と手間暇が割ける。

Superb!

 

私はもともとシュウマイ好きだった。

横浜へ行くと必ず「崎陽軒シウマイ弁当」を購入して帰る。

自宅には、崎陽軒シウマイ弁当についてくる陶製の醤油さしがたくさんあったものだ。

 

しかし、最近では外出自粛もあって、シウマイ弁当から遠ざかっていた。

シュウマイは食べたし、作るのは面倒くさし。

冷凍シュウマイはあまり好きでないし。

 

あ~シュウマイ食べたいなあ。

自宅周辺の中華料理店では、なぜかシュウマイよりも餃子が主流だ。

マイナーらしい、シュウマイって。(悲しい)

 

と思っていた矢先。

テレビ番組に「シュウマイを自宅で作る神奈川県の主婦」登場。

さすが神奈川県、「シュウマイ王国」である。

 

出演したおばさまも言っていた。

「簡単じゃなきゃやりませんよ」

 

そうですよね…いちいち蒸し器を棚の奥から取り出すなんて、面倒極まりないですよね。

シュウマイを作ること自体は簡単なのであるが、蒸すのが唯一面倒くさいんですよ。

 

ところで、ここからは余談。

 

前出の「神奈川県の主婦」がフライパンでシュウマイを作る番組を見て、早速スーパーへ走った。

シュウマイの皮を買うためだったのだが、ひき肉コーナーを見てもシュウマイの皮は無かった。

 

店内をウロウロした挙句、餃子の皮が置いてある場所を発見。

いや、餃子じゃないんだよ、シュウマイの皮が欲しいんだよ…。

 

仕方なく、近くにいた店員のおばさまに尋ねた。

「すみません、シュウマイの皮ってどこにあるんでしょうか?」

 

おばさまは笑顔で私を先ほどの場所へ案内してくれた。

「ここですよ」

いや、そのコーナーには餃子の皮はあるんだけど、シュウマイの皮はないんですよ…。

 

店員のおばさまは、餃子の皮コーナーをチェックして言った。

「あら、今日はシュウマイの皮は無いみたいですね。」

ですよね…。(肩を落とす私)

 

おばさまは、シュウマイの皮が品切れになっている言い訳なのか、こう言った。

「シュウマイを作る人って、あまりいないですしね。」(←そこだよ)

 

餃子の皮は何種類か取り揃えてある。

春巻きの皮も大小ある。

しかし、シュウマイの皮はどうやら1種類しかないらしい。

その唯一の商品ですら、売り切れた後に補充されていないわけですよ…。

シュウマイの社会的地位の低さが証明されたようなものだ。

 

やはり、餃子の皮の方が売れ筋(作る人が多い)ってことなんだな。

でも、シュウマイの方が具材も少なくて済むし、必殺キャベツ蒸しで簡単に作れるんですよ…。

 

と言いたかったが、まあ、仕方ない。

世間的には餃子の方が「ビールに合う」とか何とかで人気なんだろう。

どうせどうせ、シュウマイは神奈川県民しか食べないですよ…。

 

なので、決めた。

私はシュウマイの伝道師になるのだ。

友人を自宅に呼ぶときは、これからは餃子パーティをやめ、シュウマイだ!

 

そう思っているのだが、お客さんはシュウマイの皮を買い置きしていないときに限って来訪する。

せっかく簡単な調理法を習得したのに、シュウマイを披露する機会がなかなかない。

ちょっと残念だ。

仕方ないので、ただ自己満足のためにシュウマイをせっせと作っている。

 

餃子人気を崩すのは難しそうだが、シュウマイの方が作るの簡単だよ!ということをお伝えしたく、本日はこういう記事を執筆した次第である。

みなさん、たまにはシュウマイをご自宅で作ってみてください。

 

 

 

カツアゲ

 

我が家に出没する猫に関する記事を、今までにいくつか執筆した。

猫好きの方がいらっしゃるかもしれないので、その後の顛末を少し書きたい。

 

今までの記事に登場した野良猫の「チビ」。

我が家近隣へ捨てられてから2年近く経ち、だいぶ大人の猫になった。

(もう成長して「チビ」じゃなくなった)。

 

チビをなんとか手なずけて家猫にすべく、努力を続けている。

しかしヤツは自由人過ぎて、たまにしか我が家に寄り付かない。

 

ある日。

久々にチビが我が家に来たらしい。

「らしい」とは、私自身が見ていないからだ。

私が帰宅した時、家人が報告してくれた。

 

あ、そうなんだ、今日はチビが来たんだ。

私はちょっとがっかりした。

 

「あーあ、チビに会いたかったな。」

私の不在中にチビが我が家に立ち寄るなんて、タイミング悪し。

ああ残念。

 

「チビ、どんな感じだった?」

と尋ねると、家人は言った。

 

「何だかよく分からないけど、長々しゃべっていたよ。」

 

しゃべっていた?

チビが?

というか、猫が?

 

どういうことなのだろう?

 

よく聞くと、こんなことだったらしい。

その日、縁側でにゃあにゃあ鳴く声がするので、家人が見るとチビがいた。

(たぶん、エサを要求していたんでしょうね)

 

「お腹空いてるんだね~」

 

家人はいそいそと立ち上がり、チビを手なずけるため買っておいたキャットフードを取り出した。

そして、100均で購入しておいたエサ皿に、それをざざざと空けた。

 

「ほ~ら、ご飯ですよ~」

 

ウキウキとお皿を縁側へ持っていくと、人間の顔をじっと見てチビは言った。

 

「にゃあにゃあにゃごにゃご?にゃっ!」

「にゃんにゃあにゃああ~にゃ。にゃご?にゃごにゃご。」

 

家人はエサを持ったまま、ぽかんと立ち尽くした。(らしい)。

 

(はっ?なんだって?)

そう思うくらい、チビのセリフが長かったそうである。

 

「いや~何を話しているか全然分からなかったけどね。」(そりゃそうだろ)

 

チビは縁側でキャットフードを食べた。

食べ終わったチビに、家人はまた声をかけた。

 

「チビ、また来なよ。うちの子になるんでしょ?」

 

すると、またチビは返事をしたという。

 

「にゃっ。にゃあにゃあ。にゃあにゃごにゃご?

にゃんにゃんにゃあにゃ。にゃごにゃごにゃあにゃ~にゃん。」

 

(呆然とする家人)。

(立ち去るチビ)。

完。

 

という感じだったらしい。

 

我が家の周辺は飼い猫、野良猫入り混じり、多くの猫が闊歩している。

彼らももちろん、人間に話しかけられれば「にゃ」くらい返答する。

しかし、チビのセリフは通常の猫語を上回る長いセリフだったらしい。

 

ううむ。

私は面食らった。

人間と生活したことのないチビが、それほどまでに長く話せる?ってのに驚いた。

それ以上に、チビのセリフを再現しようとする家人にも戸惑いを隠せなかった。

 

「こんな風にしゃべってたよ。にゃあにゃあにゃんにゃご…」(←迫真の演技)

 

あのなあ。

私が猫語を理解できると思っとんのか。

 

「かなり再現度、高いんだけどな」

ああ、そうですかい。

 

私の観察によれば、猫が人間に対して声を発する時というのはたいてい決まっている。

甘えるときとか飼い主の気を引きたいときとか、そんな時だ。

 

なので、チビが縁側に来た時のセリフは「何か食べる物をくれ」に違いない。

しかし、そのあとのセリフは意味不明だ。

だってもうおなか一杯になっていて、人間は用済みなはずだ。

 

なぜエサをもらった後で、チビはにゃごにゃご言っていたんだろう?

タツでさえ、エサをもらった時は「にゃごっ」(ごちそうさん)くらいだったのだが。

分からん…。

 

その日からしばらく経って。

また、チビが我が家にやってきた。(らしい)。

 

その日も、私が不在の時に来たのだ。

そして縁側でにゃあにゃあ鳴き、慌てて室内から出てきた家人からエサをせしめた。

 

「そのあと、チビはNさんちへ行ったんだよ。」

(Nさんは我が家の隣人)

 

家人の報告は続いた。

食事を終えたチビは、ゆうゆうとNさん宅庭へ移動したという。

家人はつっかけを履いて、縁側からドタバタとチビの後を追いかけていった。(捕まえようとしたらしい)

 

「Nさんちの縁側でさ、チビは何をやったと思う?」

 

うーん、大体想像つくけどね。

 

「その通り!Nさん宅で『にゃあにゃあ…』と大声でエサを要求し始めたんだよ!」

 

縁側で「エサをくれえ」と訴えられたNさん。

たまたま在宅だったらしい。

慌てて室内から出てきて、縁側に座るチビを発見した。

まあ、自分ちの縁側でにゃーにゃー大声を出されたら、近所の目もあるし、そりゃ恥ずかしいわな。

 

「ああそうか、そうか、お腹が空いたんだね」

 

猫好きのNさんは急いでキャットフードを持って縁側へ。

こうして、チビは夕食に二度ありつくことに成功した。

 

「エサ、くれえ~!!」

「エサ~!」

「エサ~!」

 

と大声でわめけば、アホな人間ども(猫好き限定だが)が慌てて食事を献上してくれることに味を占めたらしい。

やるのう。

 

Nさんはすでに3匹の猫を飼っていて、チビにエサを与える義務はない。

第4の猫にキャットフードを巻き上げられたNさん、気の毒というほかない。

 

タツは明らかに、人間にかつて飼われていた捨て猫だった。

それでも、誰かの家に来て「エサよこせ~!!」とばかりに、にゃあにゃあ要求することはなかった。

そこは品のある猫だったのだ。

 

チビは、どうやらそういう芸当が出来るらしい。

一度も人間に飼われたことが無いくせに学習能力が高いというか、大したもんだよ…。

 

図々しいと言えば図々しい。

でも、私は弱々しい生き物より、多少図太い方が好きだ。

そうでなければ野良猫は生きてはいけない。

 

野良猫のチビ。

もし我が家の飼い猫になると自由を奪われることになる。

自由は死守しておいて、エサだけ人間から奪う。

なかなか賢いと言わざるを得ない。

 

いや、チビだって「飼い猫になりたいアピール」をしていたこともあった。

我が家(特に私)は、今でもチビを引き取る気満々である。

ホント、チビを飼えたらいいなあ…。

 

我が家の家人とNさんを振り回すチビ。

チビの賢さを見ていると、猫にしておくのはもったいない気もする。(じゃあ何にするんだ)。

 

まあ、アホな猫より頭のいい猫の方が飼い甲斐があるというものだ。

でもこの分では、人間がチビにエサだけカツアゲされる日々が続くこと必至である。

 

このままでは手なずけるどころではなく、チビに翻弄されているだけだ。

なんとかしてチビの裏をかかないと、エサを取られるだけ。

家猫にする機会は永遠に来ないような気がする。

エサだけ取られる人間も不甲斐ないと言えば不甲斐ないんだが…。

 

よく、地方に住んでいる人が嘆く話を聞く。

野生動物や野鳥に野菜を食べられないよう、網とか柵とかあれこれ対策を打っても次々に裏をかいてくる。

そんな内容だ。

 

やはり野生動物は生存のために頭を使っているわけだ。

野良猫もおなじだ。

人間みたいに、スーパーやコンビニへ行けばとりあえずエサにありつけるのとはわけが違う。

 

というわけで。

弱冠生後2年そこそこで、チビは生存のために人間をアゴでこき使うことを覚えた。

我々猫好き人間たちはいいカモ、というわけだ。

悔しい気もする。

しかし、子猫だったチビを知っているこちらとしては、『よくぞ成長したなあ』という感慨が無くもない。

 

早く我が家の飼い猫にして、チビ語を理解できるようになりたいものだ。

まあ、人間に飼われても『猫が上、人間が下』という上下関係は変わらないのだろうけど。