オレンジの花と水

ブログ初心者の日記風よみもの

アイスクリーム工場でのバイト

アメリカでアルバイトをする場合。

通常、留学生は学生ビザで渡米しているので、学外で就業することは禁止されている。大学の外で就業すると「就業目的で米国に滞在している」と誤解されてしまい、トラブルの原因だ。

 

とはいえ、アルバイトをしなければならない場合。

学期中はキャンパス内でならアルバイトが出来るが、キャンパス内のバイトって何があるんだろう?と思う人。いろいろあります。例えば図書館のバイト。本の貸し出しとか、返却された本を書架に戻すとか。スイミングプールの監視員なんてのもある。教授のアシスタントをやっている学生もいる。授業の配布物のコピーを取るなど、雑用を担当する。

 

アメリカの大学に入学してすぐ、私はバイトの王道?の、学生食堂で皿洗いをすることにした。語学に自信が無くても出来るし、食事が浮く。なによりも、すぐに現金が欲しかった。

皿洗いをやっているうちに仕事に慣れ、ほかのシフトにも入るようになった。おかずの盛り付け、サラダ作り、飲み物の準備、レジ、デザートづくり等。大量に調理するので繊細さが必要というよりは、スピード感。我々学生が授業に出ている間、コックさんたちがちゃんと下準備してくれているので、それを切ったり盛り付けたりする補助的作業がメインだ。コックさんや他のバイト学生たちと仕事を通じて仲良くなれるのも楽しかった。

 

ある日、大学の留学生課の担当者が、君は夏の間は日本へ帰るのか?と聞いてきた。もちろん、帰国できるようなお金はない。秋学期に備え、アメリカでバイトするしかない。

すると、「夏季休暇のような長期休暇中、法務省へ申請すれば休暇中の3か月間だけは学外で働ける。どうする?」というので、それはありがたいと思い、申請をしてみた。手続きは面倒だったが、働く場所が増えるのは助かる。

申請が受理され、私は休暇中に学外で働けることになった。さっそく仕事探しのために雇用安定所へ行った。目を皿のようにして求人票を探すが、全く仕事がない!!早く探さないと3か月が終わってしまう!

 

その時は大学を早く卒業すべく、サマークラスを履修しようと予定していた。そして夏の間も食費を浮かすため、学食でアルバイトを継続するつもりだった。よって、大学での授業と学食バイトの合間に学外で働くのが理想だ。しかし、そんなに都合よく、自分のスケジュールにすっぽり当てはまるバイトがあるだろうか…?

 

ありました!

アイスクリーム工場でのバイト!

 

その求人票をハローワークで見つけて、むむ…時間と場所はいいが、作業内容がねえ…と思ったが、そんなことを言っている余裕はない。求人票によれば、夏の間は24時間体制で工場が稼働しており、シフトは3つ。朝7時~午後3時、午後3時~夜11時、そして夜11時~翌朝7時。学食で朝に働かなければならないので、朝シフトは難しい。すると午後か夜のシフトしかない。とりあえず行ってみよう。

 

午後シフトにまず入ってみた。同僚たちはほとんどが大学生。夏の間、実家に帰省してバイトをしている、というような子たちだった。同年代の大学生と仲良くなれるのは良かったが、このシフトだと学食での夕食のシフトに入れなくなる。うーん。

深夜シフトは避けたかったが、夜11時になるまで工場近くの友人宅で時間をつぶすことにした。工場へ入ってしまえば、翌朝まで働くだけだ。勤務中お腹がすくので、簡単なサンドイッチも持参した。

 

深夜シフトの同僚たちは、当然ながら?おっちゃんばかり。私が働き始めたときに一人だけおばちゃんがいたが、マネージャーと大喧嘩をして辞めた。深夜のシフトで留学生一人…(汗)。心細かったが、おかしなことがあったら工場から逃げよう!と思った。

 

工場では、アイスクリームとアイスキャンデーを作っていた。私は最初はアイスキャンデーのベルトコンベアに配置され、プラスチックの包装紙がコンベアに巻き付いたヤツなどを取り除いたりしていた。(簡単な仕事だ)。コンベアが老朽化していて、ちょいちょい停止する。すぐにほかのスタッフがコンベアを直してくれるのだが、修理に時間がかかり、所在なく座って待つしかないこともあった。

工場内で空いた場所に座り、いつ終わるともない修理を待つ。コンベアが動き始めたら、また定位置について作業だ。深夜の作業では眠気も襲ってくる。そうして、いつの間にか工場の中に朝日が満ちると、その日のアルバイトは終了だ。朝シフトの主婦たちがバラバラと工場にやってきて、私の作業に入ってくれる。時計を見ると7時になっている。

 

しばらく働くうちに、深夜シフトでバイトしている男性たちは全員が失業者であることが判明した。(ま、想像つきますよね)。同僚たちも私と気軽に話してくれるようになり、だんだん私もみんなと仲良くなった。そのうちの一人はハービー君といって、眼鏡をかけた気の優しい男子だった。「まだ26歳なのに、若気の至りで子どもを3人も作っちゃったから、妻子を養うために朝昼晩と一日働きづめなんだ、ハハハ」といつも乾いた笑いを立てていた。のちに分かったが、彼は私の友人の友人だった。世界は狭い。

 

同僚の中に、他の人と打ち解けるのに時間がかかったロディ(仮名)という30代くらいの男性がいた。他のアメリカ人と話すときには緊張するタイプのようだったが、私が外国人で英語が上手じゃないからなのか、少しずつ私に笑顔を見せるようになった。

 

ロディは、普段は人里離れた山小屋で一人で生活しているという。

「どうして就職しないの?」

と聞くと、どうやら人と接するのが苦手らしい。ちゃんと就職して企業に勤めていたこともあるらしいが、職場でいじめだか何だかに遭い、心が折れたのだそうだ。アメリカ人は、意外にも繊細な人が多い。私も渡米するまでは、アメリカ人は陽気でパッパラパーな人が多いんだと勝手に思い込んでいた。

「夏の間は、こうやって工場とかで単発のバイトがあるからね。ハローワークから『仕事をするように』って連絡があるから働くんだ。冬の間は仕事がないから、失業手当もらって山小屋にこもってるんだ。」

という。「冬、山小屋に一人で生活していて寂しくないのか」と聞いても、

「寂しくはない、一人がいいんだ」と言う。

 

私はロディの、クマのような大柄な体を見ながら、こういう繊細な人もいるんだなと不思議に思った。社会で働くということは、いじめや嫌なこともたくさんある。それを一切拒否して一人で山小屋生活。若くてまだ十分働けるのに、もったいない。こういう人を社会に復帰させるのも大変なんだろう。

 

別の見方をすれば、一人で生活するのは構わない、と積極的に社会のしがらみから離れる若者を、受け入れている家族や社会も懐が広いのだろうか。自分が「当たり前」と思っていた生活スタイルをあえてやっていない人を見て、アメリカの多様性というか、世間にはいろいろな人がいるもんだ…という気持ちを新たにした。

ロディの生活が悪いとは言わない。ハービー君のような人生もありだろう。このアイスクリーム工場でのアルバイトは、同年代の学生以外の失業者のアメリカ人たちと接することのできた、良いアルバイト体験だったと今になって感じる。