食べ物の話題ばかりで申し訳ない。
この最近、春になったせいか食欲が止まらない。いきおい、思い出すのは海外で食べた物のことばかり…(恥)。
今日は、ボツワナへ出張した時のことを書く。
南アフリカ共和国・ヨハネスブルク空港を出発し、ハボロネに向かった。小さなプロペラ機は客席からパイロットが見えるくらいに狭く、「本当にボツワナへ行くんだろうか?」という不安がよぎる。
南アを飛び立ってしばらくすると、機体は降下を始めた。キリンやら鹿やら、動物たちが朝日のまばゆい草原を眼下に走っていくのが見える。
前方にどうやら空港らしき建物が見える。駐機場で黒人のおばさんが手旗を振っている。手旗の指示に従って飛行機が着陸すると、おばさんは空港建物に入る。我々乗客が飛行機を降り、空港建物に入ると、先ほどのおばさんが何食わぬ顔で税関デスクに座っていた。見渡すと、この空港にはこのおばさんと、もう一人の男性職員の2名しかいなかった。なるほど。一人何役か業務をこなすくらい小さい空港なんだな。
空港を出ると、手配していたボツワナ人の運転手が待っていた。長いドレッドヘアを束ねた年齢不詳のおっちゃんだ。止めてあった車に私のスーツケースを積み、出発すると、エディ(仮)は自分のことをブッシュマンだと紹介した。
ん?
「ブッシュマンって、サン族のこと?」
聞き返す私に、エディは驚く。
「なんで知ってるの?」
いや、私の方が驚いた。
サン族とは、南部アフリカに住む先住民のことだ。ブッシュマンという呼称は正式ではなく、欧米人が付けた蔑称だ。
南部アフリカの歴史を簡単に説明すれば、南部アフリカ地域でサン族が狩猟採集生活をしていたところへ黒人が移住し、次に白人が入植した。サン族の人たちは小柄な人が多く、白人たちはスポーツハンティングの対象としてサン族たちを殺したのだ。
そういう歴史的背景から、南アではブッシュマンという蔑称は使用されないようになっている。私もさすがにそれは知っていた。だから、エディ自身が自己紹介にあたり、わざわざ蔑称を使用したことに驚いたのだ。
「だって外国人は、ブッシュマンって言わないと分からないと思ったからさ。」
エディはそう説明した。
ま、そうだよね。知らない外国人には、そう説明するしかないのかもな。とちょっと私は寂しく感じた。
その後、仕事先へ行ってボツワナ人担当者を拾って移動したり、あちこちの訪問先へ行ったりして忙しく過ごした。出張中は、仕事先の職員が1名(マイケル君という)、私のアシスタント役を務めてくれた。スーツとおしゃれなネクタイを着こなし、若くて優秀で面白い現代っ子だった。すぐにエディや私と打ち解けて、よくしゃべった。
ハボロネ市内を移動していると、突然ヤギの群れが道路を横断し始め、渋滞が発生することもあった。マイケル君が私に聞く。
「東京でヤギの群れが道路を横断することはあるの?」
ないだろうね。
ちなみに南アでも、ヤギで渋滞が発生することはあまりないな。
マイケル君がよく笑うので、エディもだんだん打ち解けて笑顔を見せるようになった。おやつ代わりに、路肩で販売しているサトウキビをエディがご馳走してくれたこともあった。
「こうやって葉っぱを取るんだよ」とエディは犬歯でサトウキビの葉を取ってみせるが、歯に自信のない私にそんなことが出来るわけがない。アフリカの人たちは歯でビール瓶のふたを開けたりするが、日本人には無理だ。どんだけワイルドなんだ。
結局、お父さんに手伝ってもらう幼稚園児のごとく、サトウキビの葉っぱを全部エディに取ってもらった(恥)。ヘタレでスマン…。
今日は南アへ帰るという出張最終日。
午前で仕事を終え、マイケル君と別れた。後は、飛行機の時間に合わせて空港へ行くだけだ。
すると、妙な場所でエディが車を止め、後部座席の私を振り返った。
「ここで昼食を食べていけば?」
ここってどこ?
車外を見渡しても、ただの町中だ。どこにレストランがあるんだ?と聞く私に、エディは道路の向かい側を指さす。ケンタッキー・フライド・チキンの店舗があった。
KFC?
私はキョトンとした。頭の中でKFCが昼食につながらない。エディが続ける。
「君がKFCでランチを食べ終わったころに、また車を回してくるよ。どう?1時間後ってことにしようか。」
ちょっと待て。飛行機の時間に遅れたくない。突然渋滞が発生し、エディが遅れる可能性もなくはない。私はエディに聞いた。
「私をKFCに置いて、自分はどこへ行くの?」
エディは道路わきを指さした。
「その奥に、ボツワナ料理の店があるんだ。俺はそこでランチする。」
ボツワナ料理?
聞き捨てならない。ボツワナ料理って、どんな料理?勢い込む私に、エディが弱気な声で答えた。
「外国人の口に合わないよ。貧乏人の料理だから。」
そんなの、食べてみなければ分からないじゃないか!
「でもさ、不潔な店だし。高級レストランのKFCみたいに素敵なテーブルと椅子がセッティングされているわけじゃないし。ボツワナ人が食べるようなストリートフードなんだよ。君はびっくりするよ。」
押し問答しているうちに時間がどんどん経つ。私はそのボツワナ料理とやらを食べるべく、エディを促して車を降りた。一緒にご飯を食べれば、エディが来るのをKFCで待つ必要もない。
エディは不安そうな顔をしていたが、あきらめた様子だった。道路わきから木々を抜け、道なき道を歩き始めた。私もついていく。少し歩くと、大きな木の下でボツワナ人のおっちゃんが湯気の立つ鍋で何かを煮込んでいるのが見えた。安いビニールクロスのかかったプラスチックのテーブルが道端に出ている。ぶっかけ飯のようなものをかっ込んでいる先客のお兄さんがいた。テーブルの上にも、いくつかのおかずが並んでいた。どうやら、好きなおかずを選んで食べる方式らしい。私は並べられたおかずをチェックした。
「これは何?」
「これは臓物の煮込みで…」
「これは?」
「これは、ほうれん草と肉を煮込んだ料理なんだ…」
エディは恐る恐る私に説明する。本当に日本人はこんなものを食べるのか?と、目が半信半疑になっている。確かにハエが飛んでいて不潔だが、これよりもっと不潔なところはいくらでもある。
私は臓物の煮込み料理と、野菜の煮込み料理を選んだ。椅子がないので立ち食いだ。明るい木々の中で食べる料理は美味しかった。私が食べ始めたので、エディはようやく胸をなでおろしたような顔になった。
西アフリカは辛い味付けが多いが、ボツワナ料理はそんなに辛くない。日本でもこてっちゃんとか臓物を食べる文化はあるし、人類が食べているものであれば大体は食べられるだろう。現地の人が食べているものが、たいてい一番おいしいものだ。
昼食後、我らがハボロネ空港へ向かった。スーツケースを降ろし、出張中のお礼をエディに伝えた。エディは満面の笑みをたたえて言った。
「日本人は全然しゃべらない無口の人が多いけど、君とマイケルの会話を聞いてると、とても楽しかったよ。君と一緒に仕事が出来て本当に良かった。」
いや、お礼を言うのはこっちの方だ。サトウキビも美味しかったし、煮込み料理も堪能しましたよ。
そういうと、エディはニヤッと笑った。
私も思わず笑顔になった。最初にエディに会った時、彼は固い表情をしていたことを思い出した。
エディと別れた後、飛行機を待ちながら考えた。
嫌がる?エディを押し切ってボツワナ料理を食べた自分を反省し、ちょっと恥ずかしくなった。食い意地が張っている日本人と思われただろうか。でも、やっぱり食欲には勝てないんですよ。