オレンジの花と水

ブログ初心者の日記風よみもの

メキシコ夜行バスの旅

コロナが収束したら海外旅行へ行きたい、と計画している人もいるだろう。今日は、メキシコでひどい目に遭った体験を書きたい。メキシコは良い国なので誤解しないでいただきたいが、自分がぼんやりしていたがゆえのトラブルだった。誰かの役に立つことを祈って、恥ずかしい体験を書きます。

 

アメリカの大学で、日系メキシコ人学生と知り合った。「メキシコは良い国だから、遊びに来て!」と彼女から誘われ、その気になった。たまたま、先輩の日本人学生がバハカリフォルニア方面へ遊びに行き、「メキシコでは英語が通じた」と言っていたので、夏休みを利用してメキシコに行くことにしたのだ。

 

サンディエゴから南下すると、ティファナという町がある。ここからさらに東へ行くとカレキシコ(Calexico)と言う国境の町があるのだが、ここからメキシコ側のメヒカリ(Mexicali)へ入ることになった。

友人と二人でタクシーに乗り、メヒカリに行きたい、というと、運ちゃんが「ビザは持ってるか?」と聞く。観光なのに必要なのか?と聞くと、必要だとの回答。(当時はビザが必要でした。今はどうなっているか分かりません)。

そんな基本的なことも調べずに入国しようとするくらいアホだったのですが、「すぐに取れるよ」と運ちゃんが言うので、査証発行所みたいなところへ行ってもらった。メーターが壊れている、というので何となく不安だったが、タクシーを降りようとすると、やっぱり料金でもめた。これが最初のトラブル。

 

5ドル寄越せ、と運ちゃんが言うので、この距離で?(とても近かったのだ)お前ふざけんなよ、と言い争いになった。腹立たしいので1ドル札を渡して降りようと思ったが、こういうときに限って細かいお札が無い!そういやあ、昨夜、同行の友人と夕飯食べて割り勘にし、5ドル払った記憶がある。と思い出し、「〇〇ちゃん、5ドルあるよね?」と聞いたら、パニック状態になっている友人は「無い!無い!」の一点張り。財布の中、確認してみてよ~と言ったら、彼女は財布から10ドル札を取り出し、「これしかない。」

んなわけないじゃん、と思うが、メキシコ人の運ちゃんが怖く、しかも同行者(私だ)も相当コワイ顔をしていたみたいで、友人は恐怖のため落ち着いて物を考えることが出来なくなっている様子。(私はその時は自分が怖い形相をしているとは思わなかったが)。

結局、友人が「怖いから10ドル払っちゃおうよ」というので、ものすごく腹立たしかったが10ドルを払った。(5ドル払え、と言われて10ドル払う…むなしい)。運ちゃん、大喜び。おつりはないよ、と言い、「俺、君たちの査証取得を手伝ったからな!」と大満足で去っていく。

 

査証取得後、復路のタクシーに乗った。メーターが正常に作動していて、料金は2ドルだった。もう、何も言うまい。

 

戻ると、すぐに夜行バスが出るところだった。午後4時出発。切符を買い乗車すると、ほとんど待たずにバスが出発。最後に滑り込んだので前の方の座席が埋まっており、一番後ろの席しか残っていなかった。ガラス窓の閉まらない窓側か、ボイラーのすぐ隣か。友人がボイラーの隣に座ったので、私は砂ぼこりがガンガン入ってくる窓側席へ。

 

夕刻に出発したので、風景は刻々と黄昏に染まっていく。荒野の砂漠のようなところへ差し掛かるころには、太陽が沈み始めた。乾燥した空気のせいなのか、空と大地が黄色く色を変えていき、ついには風景が見渡す限りレモンイエローになった。岩山が黒いシルエットとなっている以外は、世界全体が真っ黄色だ。赤とかオレンジの夕景はよく見るが、天地が新品の絵の具のように真っ黄色、という夕焼けは生まれて初めて見た。隣の友人はすでに爆睡中。

 

気づくと辺りはとっぷりと暮れ、真っ暗に。夜の闇の中を夜行バスはひた走る。エルモシーヨ(Hermosillo)という町だったように記憶しているが、そこでバスを乗り換えることになっていた。すでに私も気づいていたが、英語なんて全く通じない。先輩が行ったバハカリフォルニアは、アメリカ人観光客が大挙して押しかける観光地。そりゃ英語が通じるわけだ。

 

深夜の真っ暗な中、メキシコ人乗客と一緒にぞろぞろとバスを降りた。すると、暗闇から男性が現れ、友人と私の荷物に手をかける。泥棒か?と慌てて「それは私たちの荷物だから、さわらないで!」と声をかけると、「いや、重いから持ってあげる。」という。なんて親切なおじさんなんだ、と思っていると、あれれ?男性はどんどん歩いて行く。友人と私は、このおっちゃんどこへ行くんだ?と慌てて追いかける羽目に。

 

次のバスを待つ乗客が行列に並んでいるところから離れ、おじさんがずんずん暗がりの方へ行くので、さすがに私たちも気づいた。おじさんは暗がりの木の下に私たちの荷物を下ろす。私は内心「こいつめ!」と腹立たしく思うが、いかんせんスペイン語で罵ることが出来ない。英語は万能ではなく、ほかの言語も出来ないとダメだな、と心底悔しく思った。(これが、のちにスペイン語を学習しようとする原動力になったのです)。

 

案の定、おじさんは「荷物を運んでやったんだから、お金を寄越せ」と言い始めた。(当時の私にはスペイン語は全く理解できなかったが、お金を要求していることはすぐに分かった)。もっと恥ずかしいことに、乗客の列からさほど離れていないため、メキシコ人乗客は私たちアホ観光客がお金を巻き上げられる様子をガン見していた…。

で、私は戦う気満々だったが、気の弱い友人が「お金払って追っ払おうよ」と日本語で言い始めた。むちゃくちゃ腹立たしいが、深夜だし、スペイン語が分からないし、仕方ないので小銭で追っ払おうと思った。私が25セント玉を出すと、おじさんは鼻で笑った。「こんな小銭」みたいなことを言われた。友人が1ドル札を出すと、おじさんはそれをひったくって闇に消えた。

すっかり意気消沈して荷物を持ち、次のバスを待つ乗客の最後尾に並んだ。すると、一部始終を見ていた乗客の若いメキシコ人女性が、英語で話しかけてきた。

「あなたたち、いくら払ったの?」

見られていた(恥ずかしい)。友人が1ドル払った、というと、彼女は「メキシコは悪い人がたくさんいるから、気をつけなさい」と忠告してくれた。ありがとう。アメリカを出発する前に聞いとけばよかったよ。

 

どういう流れでそうなったのか記憶にないが、メキシコ人乗客たちが私たちのことを気にかけてくれ、次のバスでは最前部の座席に座らせてくれた。夜が明けて次々に乗客が降りて行き、私たちもようやく目的地に到着した。

その町で降車したものの、日系メキシコ人の友人宅が分からず、親切な町の人に案内してもらった。日系メキシコ人の友人、ロシータ宅にたどり着くと、ようやく人心地がついた。やれやれ。ロシータは英語が話せるし、彼女の家にはカナダ人留学生が間借りしていた。ロシータの友人たちはドイツ系、スウェーデン系、日系等、移民の子孫が多く、英語も堪能だった。

 

日系2世のロシータのお父さんは、日本語も英語も話せなかった。しかし、遠方から来た娘の友人二人を大歓迎してくれた。ある朝、起きるとお父さんが「こっちに来なさい」と手招きをするのでついていくと、お父さんは2階の部屋から屋根に出た。私もお父さんに倣って屋根に出てみた。良く晴れた空の下、庭のオレンジがたわわに実をつけていて、屋根から手を伸ばすとオレンジが取れた。お父さんと一緒に何個か収穫し、絞ってジュースにして飲んだ。

 

ロシータの家の前の道に、トルティージャの屋台が出ていた。スペイン語は話せないが、一度あれを食べてみたい。と思っていたら、ロシータが連れて行ってくれた。道端にテーブルとイスが並べてあり、そこに座って見ていると、屋台のおばちゃんが牛肉を鉄板で焼く。それを手早く千切りにして、トルティージャに挟む。アボカドで作った新鮮なグアカモレと、トマト、玉ねぎを乗せると、美味しいスナックになった。いくらでも食べられる気がする。

 

2回もお金を巻き上げられたときは、「メキシコなんて二度と来るもんか!」と思ったが、よく考えるとおバカな観光客はいいカモだ。メキシコのことを事前によく調べずに来る方が悪い。あらかじめ調べて計画を立てていれば、防げるトラブルもたくさんある。この旅行は、英語以外の外国語を勉強しよう!と考えるきっかけにもなった。

余談になるが、不潔だから不用意に物を食べないように…と同行の友人が何度も言っていたので、私も皮をむいた果物は買わないようにしていた。しかし、メキシコでは果物、肉、チョコレート、野菜、なんでも美味しかった。

面白かったのは、「メキシコなんて貧しくて嫌だ」と旅の間ずっと文句を言っていた同行の友人が、「またメキシコを旅行してみたい」とスペイン語の勉強を始めたことだ。彼女にとっても、私にとっても、得るところの多い旅行だったんじゃないかな。