オレンジの花と水

ブログ初心者の日記風よみもの

マドリッドとバルセロナ

マドリッドバルセロナはスペインの2大都市だ。雰囲気が異なるので、どちらが好きか、と言うのは好みが分かれるところだ。

 

マドリッドはMadridと書かれるが、スペイン人の発音は様々だ。

①「マドリー」:最後のdを発音しない

②「マドリース」:最後のdを小さいスとして発音する

③「マドリッ(ド)」:最後のdはかなり軽く小さく発音。

等をよく聞く。

マドリッド、と最後のdまではっきり発音するのは、英語読みなんじゃないかな。

 

スウェーデン人の同級生カリンがマドリッド大好きで、彼女とマドリッド観光へ行くことになった。彼女はスペインへ留学する前からちょいちょいスペインへ観光へ来ていたらしく、「マドリッドはスペインで一番いい町だ」と私に吹き込む。留学が終わった後はスウェーデンに帰り、スペイン人男性と結婚した。うらやましい…。

 

カリンと私はガイドブックで美味しいバルを見つけ、そこへ行こうとマドリッド市内を歩いていた。行く途中に横断歩道があり、赤信号だったので二人でしゃべりながら信号待ちをした。青に変わったので歩き始めると、横断歩道の真ん中で突然カリンが後ろを振り返り、何やらスウェーデン語で罵り始めた(ちょっとコワイ…)。何が起きたんだ?と私も立ち止まった。私たちの後ろで信号待ちをしていた人たちがわらわらと歩き出し、立ち止まる私たちを追い越していく。

とりあえず向こう側に渡ってから、カリンに聞いた。

「どうしたの?何かあったの?」

すると彼女は怒りを抑えながら、肩にかけていたハンドバッグを見せた。

「青信号で歩き始めたら、バッグが後ろに引っ張られた。あれ?と思ったら、後ろにいた男がバッグの中に手を突っ込んで、中をかき回していた。」

その男を捕まえようとしたが、青信号で歩き始めた人波に紛れて分からなくなった、という。なるほど。そういう手口で来たか。

バッグの中身を確認すると財布やパスポートはちゃんと入っていて、盗まれたものは何もなかった。すぐに気づいて良かった。横断歩道は要注意だな。

 

気を取り直してバルへ向かうが、どうやら迷子になったようだ。仕方なく、通りがかった若いお兄さんに道を聞く。丁寧に教えてもらい、再度そちら方面へ向かう。スペイン人は宵っ張りなので、夜になるとわらわらと人出が増える。ウインドーショッピングをしたり、バルでお茶(またはお酒)を飲んだり、友達とだべったり。老若男女問わずだ。

しばらく行くと、また道が分からなくなった(方向音痴なのか、マドリッドが都会だからなのか)。シャッターの閉まった店の前に移動し、街灯の光でまたガイドブックを広げていると、暗がりから若い男性が現れた。

「君たち、また迷子になったのか!」

見ると、さっき道を教えてくれたお兄さんだった。こんなところで再会するとは。仕方ないから店まで同行してやるよ、と言われ、恥ずかしながら連れて行ってもらうことになった。泥棒もいるが、親切な人もいるものです。

 

スペイン的雰囲気のあるマドリッドと異なり、バルセロナはヨーロッパ的だ。この町での私のお目当ては、ダリとミロだ。サグラダ・ファミリアグエル公園カサ・ミラカサ・バトリョなど、ダリの作品が市内に点在している。本当はダリの「卵の家」を見るためにカダケスまで行きたかったのだが、時間と予算の制約で行けず。

 

バルセロナではピカソ美術館、ミロ美術館も外せない。ピカソは晩年の変態的な作品のイメージが強いが、子供の頃の作品はさすがの神童。しかし、北斎もそうだが、90過ぎまであんなにたくさんの作品を残すというのは、芸術に取り憑かれた画狂のなせるわざ。打ち込める何かを持っているのは強い。素直に感動します。

 

ぶらぶらとバルセロナの道を歩いていると、幼稚園の前を通りがかった。ふーん幼稚園か~と思ってみていると、私を見つけた園児たちが「きゃ~」と喜びの声を上げながら走ってきた。

なぜ私を見て喜ぶんだ?と思っていると、可愛らしい園児たちは幼稚園の柵のところまで走ってきた。

「ハロー!ハロー!ハウアーユー?」

おおっ!英語じゃん!

どうやら園児たちは外国人(である私)を見つけ、英語を話そうと思って走ってきたらしい。すごいな。若いからなのか、バルセロナだからなのか。

 

ホテルに戻る前に夕飯を食べようと思い、その辺のバルに入ってみた。おいしそうなピンチョスがカウンターに並ぶ。スペインのバルはレストランと居酒屋がごっちゃになったような営業形態だ。朝はパンと牛乳、昼間はランチも食べられる。夜になるとお酒も飲める。こういう店が日本にもあると便利なんだが。

 

一人旅なので、バルのカウンターに座る。ピンチョスを食べながらお酒を飲むか、普通に夕飯を食べるか悩む。しかし食欲には勝てず、夕飯を選ぶ。カウンターの中のおじさんが、笑顔をこちらに向ける。

「トマトソースパスタにしようかな…」

というと、おじさんは「おや?」という顔になった。

スペイン語、分かるの?」

あれ?そういう質問をされるとは。そうか、バルセロナはそれくらい観光地なんだ。私は見た目が外国人なので、おじさんはスペイン語が話せると思っていなかったらしい。すごい観光地なんだな、バルセロナ(←完全に田舎者)。

まだ夕食の時間に早く、お客さんが誰もいなかったので暇だったのか、おじさんは料理をしながらいろいろ聞いてきた。私も、自分がスペイン語を勉強しに来ていることや、バルセロナに観光に来たことを話す。

 

しばらくすると、おじさんはカウンターの中にいる別のコックさんへ、何やら指示を出した。私の分からない言葉だ。そこで気づいた。

 

スペインには公用語が4つある。カスティーリャ語カタルーニャ語ガリシア語、そしてバスク語だ。(もっというと、パエリアで有名なコメどころバレンシアバレンシア語(訛り)があるなど、地方で話される言葉もある。)外国人が「スペイン語」と呼ぶ言語は、スペイン中央部で話されるカスティーリャ語のことだ。

バルセロナは、「スペイン語」とフランス語の中間のようなカタルーニャ語を話す。おじさんは、そのカタルーニャ語を同僚コックさんと話していたのだ。

 

なるほど…。

スペイン語カスティーリャ語)を勉強しているだけでは分からないが、バルセロナの人は地元のカタルーニャ語と、いわゆる「スペイン語」、つまりカスティーリャ語バイリンガルなわけだ。

苦労して?スペイン語を身に着けたような錯覚に陥っていたが、スペインでは単なる一つの公用語なんだな。ちょっと寂しい。

同僚とのカタルーニャ語会話が終わると、私に向かってカスティーリャ語を話すおじさんを見て、スペインは奥が深いなあと思ってしまった。マドリッドでは公用語カスティーリャ語なので、こういう疎外感を味わうことはない。

 ーーー

比較するのはおかしいかもしれないが、鹿児島へ出張で行ったとき、バスの乗り場が分からず、お饅頭屋さんで道を尋ねたことがある。

 

「〇〇へ行きたいんですが、どうやって行けばいいんでしょうか?」と尋ねると、対応した女性店員の方は、「ちょっと待ってくださいね」と断りを入れ、店内に戻った。奥で作業をしている、別の店員さんに聞くらしい。

私が聞き耳を立てていると、「〇▽◆…」と話している。なんですと?と耳を疑ったが、彼女たちは鹿児島弁を話していることが分かった。いや、まったく理解不能

「あのですね、〇〇に行くにはそこの×番バスに乗って、▽で降りてですね」

戻ってきた女性店員は、私に向かってにこやかに説明し始めた。私と話すときは、もちろん東京方言(つまり共通語)だ。

親切なのは嬉しかったが、自分がよそ者であることを強く認識した。

言語って、仲間意識を醸成・共有するツールでもあるし、自分のアイデンティティのよりどころでもあるわけですね。この点、関東人は方言らしい方言が無くて寂しい。

 

英語を話す人が増えているのはありがたいが、世界の言語はどんどん消滅しつつある。人類の作り上げた文化なので、出来るだけ多くの言語が残ってほしい、と思う。他の地域とコミュニケーションするための方便語(東京方言とか英語とか)と、地元の言語が共存するといいんですけどね。