オレンジの花と水

ブログ初心者の日記風よみもの

国連で働く 4

国連に関する記事が4つ目となった。自分でも驚きだ。

コロナが収束したら海外旅行や留学を計画している人も多いと思う。下手な記事を読んでくださり、大変うれしく思うと同時に、こんなポンコツの私でも海外で働けたので、迷っている人は勇気をもってぜひ、海外へ飛び出すことにチャレンジしていただきたい。(くれぐれも安全と健康には気を付けてくださいね)。

 

今日は語学に関することを少し書いてみる。

 

【英語】

国連公用語には英語、フランス語、スペイン語、ロシア語、アラビア語、中国語が選定されている。しかし国連の主要な業務言語は英語とフランス語だ。といっても、普段の業務でフランス語を使う機会はない。英語が分かれば十分だ。

 

英語も昔と異なり、最近の主流は「誰もが分かる英語」だ。TOEICの試験などを見てもお分かりの通り、世界には英語話者が増え、英語のグローバル化が進み、英米の英語=正しい英語、ではなくなった。そういう背景から、難しい言い回しや難解な単語・表現を避け、簡単な単語を使って相手に分かりやすく話すことが主流になったんだろう。

 

脱線したので、話に戻る。

国連で、ある会議に出たとき、ジェフリー・サックス教授(どこの大学の先生でしたっけ? 忘れた…)が話すのを聞いたことがある。様々な国籍の方と長らくお仕事をされているだけあって、英語の得意じゃない人も理解できるように、とても分かりやすく話をする方だ。

彼の話し方は、「声は大きめに」「一文を短く」「発音は明瞭に」「簡単な単語を使う」「話の組み立て方をシンプルに」と言う感じだ。おかげで私でも話の内容がよ~く理解できた。もちろん、そうやって非ネイティブにも伝わるように工夫する、サックス教授の努力も素晴らしいです。こうやって英語話者が、非ネイティブに寄せてくれるとありがたいですね。

 

ある部署で働いていた友人の話だ。

彼女はある案件に関して、アラブ某国の国連代表へ連絡を取った。なぜかファックスで返事が来たが、すべてアラビア語で書いてあった。彼女(ドイツ人)は先方へ電話して、「私はアラビア語が分からないので、お手数ですが英語で書いてください」と依頼。先方は快諾してくれたが、再度、アラビア語のファックスを送ってきたらしい。

なんでだよ…と思いながら、改めて「すみませんが、英語で」と頼んだ。先方はOKしてくれたが、またまたアラビア語で返事が届いた。ということが3回くらいあったそうだ。彼女も仕事が進まず、「頼むから英語で!!」と再々お願いしたところ、ようやく英語で回答が届いたという。お疲れ様です…。

 

アラビア語は確かに国連公用語だけどねえ」と、彼女は疲れ切った顔で私に愚痴った。「公用語であるプライドもあって、アラビア語を使いたかったのかもしれないよね。」うーん、そうかも。しかし、残念ながら誰もがアラビア語が分かるわけじゃない。文化はリスペクトするが、頼むから英語で書いてくれ。

 

【お国柄】

私は上司に同行して大中小様々な会議に出席し、議事録を取るという業務を仰せつかった。

 

アフリカ分科会に出席したときは、たくさんのアフリカ代表たちを見て大変うれしくなったのだが、彼らはやはりアフリカン。

「うちの国はこんな問題がある」

「うちもだ」

「アフリカ大陸全体で一丸となって解決しよう」

皆さんよくしゃべるしゃべる。しかも声がでかい。エネルギッシュと言えば聞こえはいいが、皆さんなぜ最初からハイテンション?どの国も主張するし、話は脱線するし、討議がエキサイト気味。収拾がつかないというか、アフリカパワーに圧倒されるし、ツッコミどころ満載。私はアフリカが好きだが、アフリカ代表が集合すると、すごすぎます…。

 

東南アジア分科会に出席したときは、様相は全く異なった。ベトナムカンボジア、タイなど皆さん物腰が柔らかく、両手を胸の前で合わせ挨拶をし、ほほえみを絶やさず、穏やかに話す。ああ、水辺に咲く蓮の花のようだ…。あまりアジアと接点がなかった自分だが、すっかりアジアに魅了されてしまった。ええなあ~。心が落ち着きますね。

と、上司に言ったら、彼は「うん、だってアジアは懸案事項があんまりないからね」と言う。そういう問題じゃないんだが。

―――

ある大きな会議に出席したときのこと。

全世界とまでは行かないが、かなり多くの国が出席するような大会議だった。私の部署からは、ザンビア人の同僚と私が議事録を取るために出席した。我々はただの事務員なので、すみっこに座る。

 

大きな会場を使う会議の場合は、同時通訳者が通訳ブースに入っている。通訳を使うかどうかは国によって異なるようだ。英語圏の国(アメリカとかカナダとか)の代表は、英語で話す。中国語は「国連公用語の一つ」なので、中国代表はそのまま中国語で発言し、それをプロ通訳者が英語に通訳する。発言者は英語が話せるのに、「正確を期すため」わざわざ英語通訳者を使う国もある。

大きな会議だと、当然ながら発言者(国)がたくさんいる。ほかの発言者のことを考え、あまり長くならないよう、自分の発言を簡潔にまとめてくれる気の利いた国もある。日本などは良い例だ。「さすが気遣いの国だなあ」と感心する。

 

その会議では多くの国が発言した。ザンビア人の同僚と私は必死になって耳を澄ませ、彼らの発言をメモした。

発言者の中に、イタリア代表がいた。イタリア代表は年配のおじちゃん(おじいさん?)だったが、この発言が長かった。

 

「そういうわけでですね、えーと、だから…で、つまりイタリアとしては〇〇と思うわけですが、その、やはり、端的に申し上げますと」

 

というような発言がずっと続いた。文章が長いだけでなく、スピーチ自体もかなり長い。あまりに長くてハラハラする。このままでは他の国代表が発言する時間があるんだろうか?

 

イタリアの発言を聞いている私は、だんだん頭が混乱してきた。かなりイタリアなまりの英語で単語が聞き取りにくいだけでなく、そもそもの論旨が分からん。で?結論は何ですか?とツッコミたくなるような長い文章が延々と続き、一文がなかなか終わらない。結局、最後まで何を言いたいのか私にはよく理解できなかった。

 

部署に帰って私は議事録をまとめた。ザンビア人同僚と一緒に、作成した議事録をモンゴル人上司に提出した。上司は私たちの作成した資料を読んでいたが、顔を上げた。

「で、イタリア代表の発言は?」

私は正直に、「彼の発言はよく理解できなかった」と言った。ザンビア人同僚も、イタリア代表の発言は全く分からなかった、と言う。すると、上司は「地下に、会議の音声を記録したテープ保管室があるので、そこへ行ってもう一度聞いてみなさい」と言う。ザンビア人同僚と私は地下へ向かった。

 

そのテープ保管室にこもり、二人で会議の音声テープを何度巻き戻して聞いても、やはりイタリア代表の言いたいことが分からなかった。

 

「でですね、…というわけで、こう思うわけなんですが、と同時に、…とも考えられるわけでして、しかしながら、違う見方をしますと、…というご意見もあるかもしれないと推察いたしますが、やはりですね」

 

というような、長い長い文章がずっと続く…。どこで文章が切れるんだい!ああ脳みそが~~~!!

 

同僚と二人で「イタリア代表はこんなことを言ったんじゃないか?」「いや、でもそのあとに、『そういう考えもあろうかと思いますが』と言ってるから、否定してるんじゃない?」などと、しばらく討論しながら発言を聞いたが、何度聞いても私たちには理解不能だった。(我々の頭の問題?)

 

力尽きたので職場に戻り、イタリア代表の発言を(聞き取れた限り)追記して、再度報告書を提出した。それを読んだモンゴル人上司は「これ以上は分からなかったのか?」と聞くので、これ以上は理解不能でした、と私たちは答えた。いくら聞いてもこれ以上は無理。我々の理解力の問題か、イタリア代表スピーチの複雑さのせいか(←人のせい)。

 

上司はあきらめたのか(?)、それ以上追及しなかった。どうやら彼は他部署に連絡して、イタリア代表の発言主旨を入手したらしかった。ザンビア人同僚がのちほど、「誰かから内容を聞いたみたいだよ」と教えてくれた。(なんだ、そんな手があったか)。

多分、イタリア代表のおじさんは英語に自信があったのだと思う。が、たとえ英語に自信があっても、長くて複雑なことをあの場で伝えたいなら、プロ通訳を使ってくれると私は助かったんですけどね。あるいは「一文を短く」してくれると、もう少し分かりやすかったんだろうな。

とはいうものの、イタリア代表の「自分の言いたいことを言う」というスタンスは、私は結構好きだ。今まで自分が住んだ国では、好き勝手にしゃべる人が多かったせいかな?いろいろな意見があってこその討議なので、自分の意見は主張したほうがいい。もちろん司会者の議事進行技量がないと、まとまりがなくなってしまうのですが。(アフリカ分科会の司会者、大変だろうな…)。

 

日本人は他者に対する配慮があって素晴らしいと思うが、多くの国が好き放題?しゃべるような環境では、日本人は上品すぎるし優しすぎる、と感じることもある。

でも日本の端正さ、穏やかさも、他国のファンが大勢いるようです。結局はみんな違ってみんないい、ってことでしょうか。