オレンジの花と水

ブログ初心者の日記風よみもの

マンハッタンで部屋を探す

ニューヨークに到着してすぐに学生寮に入れたわけではない。

「大学院へ進学しよう」と思ってから、英語の試験を受けたり大学院から資料を取り寄せたり、準備に1年くらい時間がかかった。数か所の大学へ願書を送付し、合格通知が来て、最終的にニューヨークにある大学院に決めた。

当時勤めていた会社の上司に、「〇月〇日に退職します」と伝えたが、仕事が多忙で引き留められる。(よくありがちですね)。

 

忙しいという理由で退職予定日が延長され、また延長された。私も、退職させてもらうのは申し訳ないという罪悪感もあり、退職予定日が過ぎても何か月もズルズルと仕事を続けた。

気づいたら大学院入学まであと一か月しかない!ヤバい!学生ビザ取らにゃあ!と、慌ててアメリカ大使館へ駆け込み、「早く早く!入学に間に合わない!」と急いでビザを作ってもらったら、なんと大使館のミスでビザに間違いが~!!うおおおおおおおお~!!(大パニック)

でも、さすがのアメリカ大使館。速攻、修正した正しいビザを発行して下さいました。大感謝!!

 

こんな感じで、ほとんど準備なしでアメリカへGO。

大学院へ行って「学生寮に住みたいんですが、空き部屋ありますか?」と聞いたら、一笑に付される。なんで笑うの?

学生寮の担当者は、今頃来たのか?みたいな顔をして、説明してくれた。

「ニューヨークは家賃が高額だから、安い学生寮は人気がある。だから、学生は大学院に合格する前に、あらかじめ学生寮の申し込みをして部屋だけ確保するんだ。」

へっ?合格通知をもらう前から、学生寮の部屋を予約するわけ?

担当者はうなずいた。

「そうだよ。大学院が不合格だったら、学生寮はキャンセルすればいいからね。」

なるほど…。そんな手があったのか。

一年前から部屋を予約するのが当たり前なんだそうで。そんなこと、知らなかった。(大体、大学院から送付された入学前の資料にも、そんなことは書いてなかったぞ)。

当然、空き部屋があるわけもなく、私はすごすごとハーレムの中にあるYMCAに帰った。

 

YMCAに滞在するのは到着した日だけだから、我慢しよう!と思っていたが、まさか学生寮に入れないとは。このYMCA、ネズミが走り回っていて、衛生的とはいいがたい。私が寝起きしているのはYMCAの8人部屋。外出時にいちいちスーツケースに私物を入れ、鍵をかけないといけない。二段ベッドの下のベッドに横たわり、大学院の教科書を読んで宿題をやっていると、かなりわびしい気持ちになる。

 

そのあとも学生寮に日参して「空き部屋が出たら教えて」と頼んだ。待ちリストに名前を入れてもらったが、これがまた長いリストだった。YMCAで待っているより、自力で家を探した方がよさそうだ。

ちょうどその時、仲良くなったパキスタン人留学生が、「学生寮を退出した人がいて、自分は寮に入れた!」と大喜びで連絡してきた。うう、うらやましいな。

 

どうやって部屋を探すのかと言うと、大学の学内ネットに「部屋を貸します」というサイトがあるので、まずは毎日それをチェック。車を持っていないので、ニュージャージーとかブルックリンとか遠方は外す。渡米当初はニューヨークの地名が全然分からなかったので、家探しは土地鑑を養ういい勉強になった。

 

ほかにも見つける方法はある。

大学近くのバス停には、常にたくさん張り紙がしてある。バンドのボーカル募集、なんてのもあるし、アルバイト募集もある。そんな中から、「ルームメイト募集」「部屋を貸します」という張り紙を見つけるのだ。

こういう張り紙を見て、「そうか、この辺の家賃の相場は〇〇ドルくらいなのか、高いな」とか、「家賃が××ドルってことは、大学から離れてるのかも」なんてことが分かるようになった。

 

ようやく学生寮から連絡があって、「〇月〇日なら部屋が開くからどう?」と言われた。ありがたい。しかし、結構先だな。その日までにどこに住むのか。ずっとYMCAと言う手もあったが(だって安いから)、しかしさすがに何か月も落ち着かない生活ではなあ。

というわけで、大学院近くで部屋を貸している大家さん宅にお世話になることにした。バスで通学可能!やれやれ、やっと家が見つかったよ…と思いきや。このアパートの大家さん、かなりの曲者だった。ま、条件がいいのに部屋の借り手がつかない、ってことは、何か理由があるわけですよね。

 

学生寮の入居日は前倒しにできない。怪しい大家さんのアパートに住みながら、今度こそ本当に落ち着ける住居を探すことにした。(ちなみに、その大家さんのアパートも部屋自体は悪くなかった。私の部屋の窓には外に出られるベランダがついていて、そこでマンハッタンの青空を見ながらぼーっとする時間が至福でした)。

 

バス停に貼ってあるチラシで見つけた物件を数件、見に行った。行ってみると思ったより広い部屋(そして家賃も高い)だったり、物置と見まごうような、窓もない小さい部屋(多分掃除用具入れ?)だったり。家賃と大学院からの距離がちょうどいい部屋を探すのは至難の業だった。やっぱり、学生寮なら通学が楽ですね…。一年前に予約するべきだった!

 

ある日、いつものようにバス停のチラシをチェックしていたら、お!これはいい物件じゃないの!という部屋を発見。大学院から歩いて10分。家賃も安い!これは速攻、見に行かねば!

その場ですぐに連絡先の電話番号をメモり、電話してみた。今週の水曜日の夕方6時以降なら来てもいいよ、と言われた。場所を詳しく教えてもらったので、地図で確認して行ってみる。

 

行ってみると、確かに大学院から近い。目指すアパートの入り口の呼び鈴を押すと、入り口ドアが開いた。指示された階へ階段を昇っていく。呼び鈴をもう一度押すと、中から若いアジア人の女の子が顔を出した。

エイミー(仮)と名乗る彼女は、中国人留学生という。部屋の中に通してもらうと、彼女は居間の天井のペンキを塗っているところだった。

「ここに入居したときは、室内がとても暗くてね。だから白いペンキで明るくしようとしてるの。」

居間の真ん中に脚立を置き、ペンキを一人で塗っていたらしい。夕闇が迫る中、確かに壁が暗い色なので薄暗く感じられる。居間以外の部屋を見せてもらうと、エイミーの部屋のほか、もう一つ部屋があった。その部屋を貸したいらしい。日本なら2LDKと言うところだ。台所やシャワーなど水回りも見せてもらったが、大変清潔だった。思ったよりいい感じのアパートだ。

 

ところで…エイミーがペンキを塗っているのが楽しそうで、私もやりたくなった。子どものころから、こういう作業が好きなのだ。

「ね、ちょっと私もペンキを塗っていい?」

と聞くと、エイミーは「え?」と不思議そうな顔をした。だって、ニューヨークに来てペンキを塗るチャンスなんてなかなかないでしょ。二人でやったら早く終わるし。やらせてよ。

エイミーは「服が汚れるよ」と止めるが、私だってそんな高級な服を着ているわけではない。ペンキがつかないよう注意して塗るから大丈夫。見回すと、余っている刷毛がもう一つあった。私はその刷毛を手に取って、まだ白く塗られていない壁を塗り始めた。私が作業を始めたので、エイミーも作業に戻った。

 

エイミーは天井を塗りながら、自分は結婚していること、このアパートのもっと上の階に夫と二人で住んでいること、このアパートはピアノの練習のために借りていること等を話した。彼女は、マンハッタン・スクール・オブ・ミュージックの学生だった。(ジュリアード以外の音楽学校があるわけですね)。

「ってことは、ペンキを塗ったらここにピアノを持ってくるわけ?」

と聞くと、そうだという。すごいですな。子供の頃、私の家にもピアノがあったので、家で誰かがピアノを弾くのは嫌いではない。むしろ、エイミーのピアノを聞いてみたい気がする。

 

「あなたの前に、何人か部屋を見に来た人がいるんだよね。だから、こちらから連絡するまで待っててね。」

と別れ際に言われた。そりゃそうだ。場所もよくて家賃も安いなら、当然多くの学生がここに住みたいだろう。ちょっと来るのが遅かったな。ま、また良いアパートが見つかるだろう。そう思って、私はエイミーのアパートを後にした。

 

すると、二日ほどしてエイミーから連絡があった。彼女のアパートに行くと、エイミーが待っていた。居間のペンキ塗りは終了していた。天井も壁も白くなって、とても明るくなった。

「部屋を見に来てくれた人たちには断りの電話を入れたんだよ。あなたと一緒に住みたいと思って」

とエイミーが言う。

へ?

私が戸惑っていると、エイミーは続けた。

「私が苦労してペンキを塗っているのを見て、あなたはすぐに手伝ってくれたよね。」

はい、すみません。楽しそうなので自分も勝手に参加しちゃいました。

エイミー曰く、多くの人が「安い部屋だから」と見に来たが、ペンキ塗りを手伝ってくれたのは、私一人だけだったという。

 

人生とは、自分で予想しない方へ転がっていくものだ。こんな経緯で、思いがけなくこのアパートに住むことになった。上海出身のエイミーは料理が上手で、特に海鮮料理が得意だった。エイミーのアメリカ人夫のカイルは、のび太君みたいな見た目のミュージシャンで、私はすぐ仲良くなった。

 

このアパートにはドミニカ人が多く住んでいた。上層階のドミニカ人住人は、週末はダンス音楽をかけ踊りまくるのでうるさいらしいが、私たちは低層階だったので静かに生活できた。エイミーは上層階が好きじゃなかったようで、カイルの友人が部屋を退去したときに交渉し、この部屋を手に入れたという話だった。

 

このアパートの唯一の難点は、暖房だった。ある冬の日、私は「今日はかなり寒いな」と目覚めた。エイミーに「暖房の温度を上げたいが、どこで調節するの?」と聞いたら、なんと、住人は勝手に暖房スイッチを切ったり入れたりできないのだという。

「どういうこと?」

と尋ねると、エイミーはさらりと言った。

「このアパートの地下におじいさんが住んでいるんだけど、彼が寒いと感じる日に、彼が暖房をつけるのよ。」

なんやて?

エイミー曰く、地下にある暖房スイッチで集合住宅全体を温める方式になっているという。つまり、この部屋は暖房を付けたり、あの部屋は暖房を切ったり、なんて個別の調節が出来ないんだそう。く~やっぱり安い部屋だけあるな。しかも、暖房をつけるかどうかは、地下に住むジイさんの体感温度による判断とは。くっそお~ジジイめ。

 

大丈夫なんだろうかと思ったが、ジイさんの判断は誤っていなかったようで、私はアパートで快適に過ごすことができた。アメリカは、こういう途上国っぽいところがちょいちょいありますね。ま、快適に生活できたから良しとするか。