オレンジの花と水

ブログ初心者の日記風よみもの

一人で戦う人

 

ウガンダの首都カンパラへ出張した時のこと。

ウガンダは東アフリカの内陸国で、周囲をルワンダタンザニアケニアコンゴ民主共和国南スーダンに囲まれている。ナイル川の源泉がある国だ。

 

大学院で仲良くしていた友人の一人に、ウガンダの留学生がいた。彼女はウガンダでは学校の先生をやっていて、世界銀行か何かの奨学金アメリカへ留学していた。子供もいる既婚者で、結構な年齢のおばちゃんだったが、国に家族を置いてアメリカに修士号を取りに来ていたのだ。私は勉強熱心な彼女にいつも感心していた。

 

彼女はウガンダ北部のリラという町出身だった。私は当時、ウガンダへ行ったことがなかったので、彼女からウガンダの話をいろいろ聞いた。彼女がアメリカへ留学する数年前に、彼女の姪っこがゲリラに誘拐され消息を絶ったという。町がゲリラに襲撃され、何人かの子供が誘拐されたうちの一人だった。誘拐されたとき、姪は小学5年生だったらしい。

「女の子なのでゲリラの食事の支度をさせられたり、夜の相手をさせられたりしているんだと思う。消息をたどる手掛かりはないが、早く見つけて助けてあげたい」

と常に言っていた。

この地域の歴史についてはここでは割愛するが、ウガンダを取り囲むこの地域は、そういう軍事的、政治的に不安定な場所だということが、私にもわかった。

 

ウガンダの首都カンパラに到着したとき、エンテベ空港の近くには色鮮やかな花が咲き乱れ、そんな治安の悪い地域には見えなかった。ウガンダは英連邦の一つ(つまりイギリス植民地の一つだった)で、「アフリカの真珠」とも呼ばれた美しい国だ。

仕事関係で、某国連機関のウガンダ事務所代表の方と連絡を取った。ウガンダに来る前からその方と連絡を取っていて、こちらからお願いしたいことがあった。

ウガンダ事務所代表の方はイギリス人で、メガネをかけた大柄な女性だった。その方、アニーさん(仮名)は、仕事が忙しいのでウガンダを離れられないという。私は依頼を引き受けてもらえず、少々残念に思った。他国へ出張中、ほかのスタッフに仕事を任せられないのかなと思った。

 

アニーさんの仕事は難民の保護だ。難民が発生しそうだ、と分かれば事前にあらかじめ受け入れ準備をしておくらしいが、突発的に争いが発生し、難民が大挙してやってくることもあるという。国内避難民もいれば、ウガンダ国外から逃げてくる難民もいる。私はウガンダでそれほど多くの難民が発生することを初めて知った。

 

ある朝、「大量の難民が流入してきた」と現地スタッフに呼ばれ、慌てて現場に行ってみると、歩いて避難してきた多くの難民たちが続々とやってきたという。急遽、テントや食料など、難民を保護する準備をしたそうだ。食料や水は後でもなんとかなるが、すぐに彼らが必要なのは安心して休める場所だという。安全な自宅がいかに重要か、アニーさんの話を聞いて私にも理解できた。

「でも、あなたのほかにも国連職員がいるでしょう?」

と私が聞くと、アニーさんは、事務所には今のところ、ウガンダ人スタッフしかいないのだと笑った。職員は自分だけなので、なんでも自分一人でやらなければならないのだという。

おおらかな肝っ玉母さんという感じのアニーさんが、一人で難民保護に東奔西走している姿が浮かんだ。難民たちが必ず平日に逃げてくるとは限らない。土日関係なく仕事をせざるを得ないのだろう。

 

アニーさんの話を聞いた私の同僚(国際機関に就業経験あり)が言っていたが、途上国で働いている国際機関職員は、ジュネーブやニューヨークなどの先進国で開催される会議に出席できる機会が来ると、みんな喜んで先進国へ出張するという。ま、国連職員も人間ですよね。こんなアフリカの片田舎?で汗水たらして働いて、たまには先進国で羽を伸ばしたい?と思いますよね。

アニーさんはそういうタイプではないらしく、先進国で開催される会議への出席はたいてい断っているという。

「自分を頼ってくる人がいるなら、自分は一人になってもウガンダに残る。必死に逃げてくる人を捨てておけないから。会議は私じゃなくても代わりの人がいるでしょ」

と言う。信念の人だなあ~と思った。私の依頼は断られたのだが、すがすがしい印象を受けた。

 

ウガンダを去る前に、ナイル川の源泉を見る機会があった。出張中、訪問した村の近くに源泉があると聞き、草をかき分けて見に行った。本当に小さな湧き水だった。エジプトへ行ったことがないので、ナイル川下流がどんなに大きいのか知らないが、ナイル文明を生んだくらい、豊かな恵みをもたらす大河になっているんだろうなあと想像する。

――

コートジボアールで、ある無医村を訪問したことがある。その村には診療所が一つあった。行ってみると、男性の看護師さんが一人で働いていた。他のスタッフはゼロ。文字通り孤軍奮闘だ。

コートジボアールでは、採用試験に受かった医療従事者は、一年間の地方勤務を義務付けられる。教員も同様。そうしないと、地方と大都市の医療格差、教育格差は埋められないのだ。

 

しかし、電気も水道もない村なんて誰だって働きたくない。たとえ一年限定であっても、だ。なので、地方へ飛ばされた新人医者、新人看護師、新米教師の多くがすぐに村を逃げ出し、都会へ舞い戻る。生活が楽な方がいいもんね。

どの村へ行っても、「うちの村に来た医者は2か月で逃げ出した」「うちの村なんて3日も持たなかった」なんて話を聞いた。アフリカと言えど、都会の若者は日本人の若者と同じで、生まれたときから衣食住が足る恵まれた生活環境で過ごしている。突然そんな田舎に飛ばされても生活できないのだ。そこは同情の余地がある。

 

その男性看護師によれば、彼と同時に女性看護師1名、男性医師1名もその村へ着任したという。その診療所には水道もなく、十分な医療機器もない。女性看護師と男性医師は速攻、尻尾を巻いて逃げだした。よくある話で、無理もない。

その男性看護師は、自分一人でその村に残ったという。その無医村で勤務して8年目。

 

私が「一人で大変でしたね」というと、男性看護師は笑った。

「俺がいなくなると、この村と近隣の村、合わせて350人くらいの村人が基本的な医療を受けられなくなる。自分は医者ではないが、簡単な対応は出来る。彼らを見捨てて自分だけ都会の楽な生活をすることはできないよ」

という。

丘の上に立つ彼の小さな診療所から、村々を見下ろすことが出来る。ここにも信念をもって一人で戦っている人がいるんだなあ。アフリカの人はだらしないとか怠けものだとか、アフリカを知らない人はそう言う。しかしこの男性看護師さんみたいな人もいるのだ。

 

帰り際に、その男性看護師さんは私にくぎを刺すことも忘れなかった。

「外国の国がアフリカに援助をしてくれるのは助かるが、現地人がメンテナンスできないくらい複雑で高額な機械を与えるのはやめてくれ。壊れたらただのガラクタになってしまう。本当にアフリカを愛しているなら、アフリカのレベルまで降りてきて、俺たちでも理解できる、俺たちでも対応できる範囲の支援をしてくれ。そうしてくれたら本当に助かる。」

はいはい、分かりましたよ。結構辛口の兄ちゃんだな。

と思ったが、こうやってちゃんと自分の意見を持っていることはいいことだ。こういう考えの人もいるんだと思うと励まされる。

 

アニーさんもこの男性看護師も、使命感を持って仕事をしているのだろうなあ。こうやって奮闘している人がいることを思うと、自分のヘタレ加減が情けなく感じると同時に、人間が仕事をする原動力とは、他の人の役に立ちたいという気持ちなのかな、とも思ったりする。一人で戦う人がいるからこそ、世界は良くなっているんだろうなあ。