オレンジの花と水

ブログ初心者の日記風よみもの

長島競艇

 

アメリカの歴史とは移民の歴史、つまり多様性の歴史だ。調べてみると、アメリカは世界で最も多くの移民を受け入れている国で、今までに世界中から5,000万人が海を越えてアメリカに渡ったそうだ。今でも毎年70万人の移民を受け入れるという。ちょっと想像つかないですね。

本当のアメリカ人といえばネイティブアメリカンなので、そういう意味では白人も黒人もアジア人も「アメリカ人」ではなく、移民だ。オバマさんもトランプさんもバイデンさんも、みんな移民の子孫だ。

 

この感覚は日本とだいぶ違う。

日本に住んでいると、自分と異なる外見の人は「あの人外国人かな?」「日本語分からないかも」と思ってしまう。

アメリカは逆だ。

いきなり英語で話しかけてくるので、

「こっちは外国人なんだからちょっとは考慮しろよ、英語分からないんだよ」

と最初は思っていた。しかし、

「私の外見を見ればアメリカ人じゃないと気づくでしょ?」

と思うのはどうやら私だけだ。私のことはアジア系アメリカ人と思っているらしく、誰も私に「外国人配慮」をしない。皆さん遠慮なく英語で私に話しかける。アメリカ人と対等に扱われてうれしいような気もするが、英語が分からず大変ですね、という配慮もしてほしい気がする。

 

ネパールの留学生が言っていたが、大学の学生寮アメリカ人たちと友達になり、お互いにどこから来たのかという話になった。

「お前はどこから来た?」

と聞かれたので、「ネパールだ」と答えると、「へえ、その町はどこの州にあるんだ?」と聞かれて返答に窮したという。外国人扱いしないのはありがたいが、世界地理に疎いのもアメリカ人の特徴かも。

 

だいぶ話が脱線してしまった。ニューヨークについて書きたい。

ニューヨークは町の人口の実に半分近くが外国生まれだという。東京は国際都市と言っても、そこまでは行かないだろう。外国人があまりにも多いので、ニューヨークにいると自分が外国人であることを忘れる。そういう意味では住みやすいかもしれない。移民や外国人が多いため、100以上の言語がニューヨークで話されているという。

彼ら移民が集まって住み、形成したのが〇〇人街だ。ニューヨークには中国人街だけでなく、ギリシャ人街、ポーランド人街、南米人街などいろいろある。こういうエスニックタウンを散策するのは楽しい。

 

<中国&イタリア>

マンハッタン島は西をハドソン川、東をイースト川にはさまれ、イースト川にロングアイランドを望む島だ。

そのマンハッタン南部に大きな中華街がある。通りを隔ててお隣はイタリア人街だ。道の両脇に、文化が異なる二つの国が存在している。こちら側はおしゃれな窓にワインの瓶が並べられ、地中海風のレストランが立ち並ぶのに、道の向こう側の食品店ではバケツ一杯の食用カエルが並ぶ。不思議な空間だ。

 

中華街の中に大きなスーパーがあり、よくそこへ買い物に行っていた。店内には掲示板があり、「あげます」とか「譲ってください」みたいなチラシやイベントの張り紙、セール情報の広告が貼ってあって、私はたまにそれをチェックしていた。

 

ある日、そのスーパーの掲示板を見ていると、「長島競艇」と中国語で書いてあるチラシがあった。そこには、中国語の文章の後に英語の文章が併記してあった。多分、中国系アメリカ人で漢字が苦手な人もいるからだろう。

「ふーん、『競艇』って、日本語と同じでボートレースのことか~」

と思いながら、その張り紙を読んだ。読んだといっても中国語が分からないので、漢字から推測するだけだ。ところで、「長島」ってどういう意味なんだろう?美国、とはアメリカのことらしいが?もしや日本人の長島さんという人が主催する競艇

と中国語を読みながら、英語併記も読むと、なーんだ!「長島」って、「ロングアイランド」のことかい!そのまんまじゃないか!分かると拍子抜け。

 

<インド>

インド人が多く住む「インド人街」を見てみたいと思った。ジャクソンハイツにあるインド人街へ。マンハッタンにもエスニックタウンはあるが、クイーンズやブルックリンへ行くと、さらにたくさんのエスニックタウンがある。

わざわざ地下鉄に乗り、インド人街の最寄り駅で降りた。道を歩くが、どこにも「インド人街」がない。あれ?道を間違えたかな?と思っていると、向こうからサリーを着たインド人のお母さんと娘さんが歩いてきた。彼らとすれ違ってしばらく歩いていると、また向こうからインド人一家が歩いてきた。カレーなのか、香辛料のにおいも漂ってくる。

方向音痴気味なので、どうやって行けばいいのか分からないが、カレー臭がする方向へ歩けばインド人街があるんじゃないか?と思った。

そこでカレーのにおいをたどって歩いていくと、インドっぽい町が出現した。そこがインド人街だった。嗅覚もたまには役に立つ。

怪しい食品店、CDやDVDの店。こう言っちゃ失礼だが、うさん臭さ満点。まさにインドっぽい。ボリウッド人気はここでもか。ナンとカレーのテイクアウトがおいしそうだ。などと、ぶらぶら歩くのが楽しい。

いかんせん少し遠いので、一度しか行けなかった。

 

<アラブ>

ベイリッジのアラブ人街は少し遠かったので、インド人街同様、休日にわざわざ電車に乗って探しに行った。活気のあるほかのエスニックタウンと比べると、なぜかひっそりした印象。水たばこ?の店や喫茶店が目に付く。アラビア語が全然分からないが、アラブに来たという気持ちが自分の中で盛り上がる(アメリカですけど)。

 

アラブ人街にはなぜか布を扱っている店が多く、ムスリム女性が頭にかぶる様々な布を売っていた。(頭にかぶる様々な布、とは妙な言い方だが、どれくらい顔の面積を出すかによってヒジャブとかブルカとか被り物の名称が異なる)。私はそこで、赤と白の市松模様のマフラー?を買うことにした(後で調べたら、アフガンストールと言うらしい)。白と黒のヤツは、昔懐かしいPLO(パレスチナ解放機構)のアラファト議長がよくかぶっていたな。白黒もよかったが、赤白の方が可愛いかな?と思ったのだ。

 

商品には値段がついていない。私の苦手な「値段交渉」ってやつか。いや~な予感。

アラブ人店員に値段を聞くと8ドルと吹っ掛けてくる。8ドルって800円くらい?日本だと800円で買えるスカーフはないから、高くはないのかもしれないけど(と思いながらスカーフを見ると、メイド・イン・チャイナと書いてある)。中国製ならもっと値切れるだろう。

スカーフを広げてみて、縫製がしっかりしている物を選ぶ。アラブ人店員が7ドルでどうか?と執拗についてくる。5ドルって言ったら、値切り過ぎかしら?と悩む。アラブ人店員に、「6ドルだったら買おうかな」と言ってみた。店員は「え?ダメダメ。」と首を振る。

すると、店の奥から店長らしきアラブ人が出てきた。店員はカジュアルな服装だが、店長はアラブ人みたいな白いオバQみたいな服を着て、頭には赤白のスカーフをかぶっている。私たちのやり取りを小耳にはさんだらしい。

「え?いくらだって?」

と店長が聞くので、店員と私が声をそろえて「6ドル」というと、店長はうんうんとうなずいてOKを出した。

「6ドル?いいよいいよ!持ってって!」

ヤツの態度からすると、5ドルでも良かったな…と後悔。店員は赤白の市松模様スカーフを赤白の市松模様のビニール袋に入れて渡してくれた。ああ、残念。やっぱり値切るのは得意じゃない。

 

後にサウジアラビア人の友人が、サウジアラビアからのお土産として濃緑色のアフガンストールをくれた。こっちは銀糸が縫い込んであって渋く、おしゃれだ。ああ、アラブ人街へ行って再度値切りたい。ホント悔しい。