オレンジの花と水

ブログ初心者の日記風よみもの

美白

 

私は「美白」をうたった化粧品をあまり買わない。(というか、学生の頃から化粧自体が面倒くさい。ただのものぐさか?)。

色白は七難隠すとか言うし、色白の人を見るとうらやましい。しかし今や多様性の時代だ。個性は人それぞれだ。日本人は美白好きだが、現代の世界の傾向としては、そこまで美白にこだわる人が少なくなってきたんじゃないか?と勝手に思っている。

 

アンチエイジング化粧品もしかり。アンチエイジングにさほど興味がない理由もシンプル。ここまでいろいろ頑張ってくれた自分の体がいとおしい。しわも傷跡も自分が今まで戦ってきた証拠のように思えて、それを隠す気にはならないのだ。こんな感覚、アホ?

もちろん自分の外見に全く自信はないけれど、あれもこれも隠すのは、なんとなく自然に反する気がする。(それに、年を取っているとアジアやアフリカの国ではリスペクトされる、というメリットもある。)

 

美白にこだわるのは日本だけと思っていた。アメリカでは、美白美白と執拗に宣伝するコマーシャルを見かけなかった。差別につながるからですかね?白人、黒人、アジア人と様々な人種がいるせいか、日本では見かけない、やや暗めの色のファンデーションがあったのには感心した。やはり多人種国家なので、化粧品も多様なニーズに合わせなくてはいけないんでしょうね。

 

スウェーデン人の友人に言わせると、スウェーデンでは黒髪の女の子が人気があるという。肌の色が白いのはダサいらしい。だからみんな夏になると日焼けをしまくるんだという。多分スウェーデンでは国民の多くが白人で金髪だから、黒髪に憧れるのかもですね。どの国の人も、自分が持っている美しさには気づかず、持っていないものを欲しがるんでしょうね。

 

北アフリカをのぞくと、サブサハラアフリカの国民はほとんどが黒人だ。

コートジボアールに住み始めたばかりの時は見分けがつかなかったが、見慣れると黒い肌にも様々な色や明るさがあることが分かるようになる。明るい茶色とか、濃い茶色、闇のような黒、乾いた黒、青光りする黒、などなど。「肌の黒さ」は多種多様だ。肌の色を見て、「この人は〇〇族かしら?」と推測することもある。仕事で知り合ったおっさんの肌が滑らかな美しい黒だと、「きれいだなあ」とおっさんの肌をしげしげ眺めてしまったりする。(変態?)

 

コートジボアールは国民のほとんどが黒人のためか、女性は美白に余念がない。残念ながらそれは「黒人よりも白人の方が上だ」という白人信奉に根付いている部分もある。

例を挙げると。

 

現地人の友人談。

彼女の同僚男性(コートジボアール人)は白人の女性と結婚しているという。なぜそれが話題になるのかと言うと、黒人男性が白人の女性と結婚するということは、ある種のステイタスだからだ。

黒人男性が黒人女性と結婚するのは珍しくないが、黒人男性が白人女性をゲットできたというのは成功譚になる。白人女性を惹きつける魅力がその男性にある、ということで、その男性の株が上がる。

黒人女性が白人男性と結婚することもしかり。結婚については、ほかの国でも話題に上がるトピックなので、また別の機会に記事を書きたい。

 

で、その友人が話題にした男性同僚の奥様だが、「白人」だということで評判になっているという。

「白人って、何人?フランス人?」

と聞くと、「カリビアンだ」という。

職場のパーティーで撮影したという、男性同僚と奥様の写真を見せてもらった。カリビアンはもともと、アフリカからカリブ海へ奴隷として連れてこられた人たちの末裔なので黒人である。外見はアフリカの人と変わらない。なぜ「白人」と呼ばれているんだろうか?

そういうと、友人は「カリビアンはアフリカ大陸出身じゃないから、白人なんだ」と訳の分からないことを言う。ここまで来ると、本当の肌の色よりも出身地で判断されている気もしてくる。

 

「肌の色が白ければ、より良い人生が待っている」と思っている人が多い。コートジボアール社会では、首尾よく?白人と結婚できた人の社会的地位は(多少なりと)上がる。色白の女性は、色黒の女性より人気がある。そりゃ、「自分も白くなりたい」と思ってしまうのも無理はない。

 

大統領など権力者と結婚した女性は、おしなべて「色白に」なっていく。お金持ちの夫と結婚すれば、海外で販売されている高額な美白化粧品が手に入れられるからだ。

現地人と話をすると、「〇〇(女性の名前)は、××(夫、有名人)と結婚したら色が白くなった。独身の時はもう少し黒かったのに」というゴシップをよく聞かされる。色白になれたのもうらやましいし、高級美白化粧品を入手できる経済力も羨望の対象なのだろう。気づけば権力者の妻、有名人や富豪の妻は誰しも色白だ。

「色白の方が美しい」という社会のプレッシャーが強いので、自分の美しさに自信が持てないのかも。自分にないものが欲しくなるのが人間の性なんですよね。

 

そういうわけで、彼らの「美白」に対する情熱は半端ではない。

悲劇的なニュースとしてよく聞かれるのは、生まれてきた子どもに「白くなるように」と漂白剤をかけてしまう親がいることだ。もちろん、親としては「色白になればより良い人生が送れるだろう」と思い、子どもの肌の色を少しでも白くしようとするわけだが。

アフリカの子どもは世界で一番かわいいと私は思っているので、そんな悲劇を聞くと美白の風潮が腹立たしく思える。

 

――

コートジボアールの集合住宅には門番がいるケースがよくある。一日中そこにいて町のウォッチングをしているせいか、だれが来たとか、近所でこんなことがあったとか、今日の色々な出来事を教えてくれる。

ある日、家に帰ったら門番が満面の笑顔で走り寄ってきた。

「今日、お前のところにお客が来たぞ!」

という。

来訪者なんてよくあることなのに、どうしてそんなにニコニコしてるんだ?と不思議に思っていると、門番は嬉しそうに顔を輝かせた。

「お前を訪ねてきたムッシュー、俺よりも色が黒かったぞ!!」

ん?どういうこと?

よく話を聞いてみると、友人のA氏が私の不在中に尋ねてきたという。門番が、「彼女は不在だ」と伝えたところ、帰ったということなのだが、門番を喜ばせたのはA氏の肌の黒さ。

 

門番に言われるまで、A氏の肌の黒さをいちいち気にしたことがなかったのだが、言われてみると確かにかなりの色黒。(色黒、という言葉が適切なのか分からないが…)。他の人の肌の色が茶色系だとすると、A氏は漆黒といった感じ。

でも彼は男性だ。男性の肌の黒さは誰も気にしないんじゃないの?と私は思う。女性は外見のみで判断されるようだが、男性は外見じゃなく、経済力とかユーモアのセンスとか包容力とか、ほかにも評価ポイントはあるでしょ。

しかし、門番の兄ちゃんにとってはそうでもないらしい。

「今まで俺は自分より黒い人を見たことがなかった。なのにあのムッシューといったら!すごい黒かったぞ!今日は本当にうれしい日だ!!俺の方が白い!」

門番は小躍りせんばかりに喜んで跳ね回っている。彼の今までの人生では、誰もかれも自分より肌の色が明るかったのだろう。

 

門番の兄ちゃんが喜ぶのを見ると笑ってしまいそうになるし、同時になんだか複雑な気持ちになる。そこまで喜ばなくてもねえ。

彼は人生で初めて自分より黒い人に出会い、かなり元気づけられたんだろう。

「自分より肌が黒い人がいる!俺はさほど黒くないんだ!」と喜ぶ気持ちは分からんでもないが、男性でも白い肌に憧れる気持ちがそれほど強いのかと、ちょっとびっくりした。

 

ま、これも、自分が黒人じゃないから俺たちの気持ちなんて分からないんだよ、と言われてしまえばそれまでなんだが。難しいテーマです。

その後A氏に会ったとき、まじまじと彼の顔を見てしまった(彼はとっても性格の良いヤツです)。あまり肌の色についてよく考えたことはなかったが、そういう見方をする人もいるんですね。

 

「人間、外見じゃないよ」というのは年を取ればとるほど、色々な人に接して人生経験を積んでいけばいくほど、そう思うようになる。でも、若いうちはやっぱり外見重視なんだろうなあ。

かくいう私も、アフリカに住んでいると、彼らの筋肉美や人間としての均整の取れた体つきを見て、モデルさんみたいだなあ、と感心する。スポーツジムに通っているわけでもない、単なる道路工事の土方の兄ちゃんなのに、理科の教科書に出てきそうな美しい筋肉の持ち主だったりする。町を歩いているその辺の姉ちゃんが、モデルさんみたいな長い脚の持ち主だったりする。日本人には、アフリカ人ほど整った体の持ち主はそうそういない。

 

だからどの国もどの人種も、みんなそれぞれいいところがあるんですよ。「色白=美」という一つの考えを強制するのは、もう終わりにしたい。もっと自分の美しさに自信を持てるような社会になるといいな。(そして化粧を強制するのも出来ればやめてほしいんだが…会社に行くときくらいで十分ですよ 笑)。