オレンジの花と水

ブログ初心者の日記風よみもの

ゴレ島

 

セネガルの首都ダカールは、フランスの香り高い?おしゃれな街だ。

私が乗った飛行機は、夜の闇が降りるころダカール上空に差し掛かった。

眼下には町の光がきらめいているのが見えた。

さすが大都会。

 

さて、ダカールは何が有名なのか。

観光地としては、ダカール沖に浮かぶゴレ島という小さな島が有名だ。

ここには、西アフリカから集められた奴隷が欧米へ出荷されるまで閉じ込められていた牢獄がある。

悲劇的な歴史のある場所だ。

 

ダカールで待っていた友人たちと再会。

彼らが翌朝、ゴレ島を案内してくれるという。楽しみだ。

 

ダカールの港からゴレ島へ行くフェリーに乗る。片道約30分。

海は青く澄み切っていて、さわやかな風が吹いてくる。

久しぶりに会った友人たちと、わいわいがやがや船上で楽しくおしゃべりをする。開放感いっぱいだ。

 

ゴレ島は、ブーゲンビリアの花が咲き乱れる美しい島だ。

島を歩いて回る。

昔の砲台があって歴史を感じさせる。バオバブの大きな木(セネガルらしいですね)があって、石造りの家々も静かなたたずまいを見せている。

友人たちとワイワイ騒ぎながら写真を撮っていると、ヤギの群れが道を横切ったり。

本当にこの島に悲劇的な歴史があったのだろうか、と思うくらい、のんびりして落ち着いた島だ。

 

島をめぐっていくと、ようやくコロニアル風の建物に到着した。

そこが、奴隷を閉じ込めていた獄舎のある建物だ。2階建てで、壁はピンク色。

2階に貿易商人が住み、1階に奴隷が入れられていたという。

 

16世紀にヨーロッパ人が大挙してアフリカにやってきた。

彼らの目的は、アフリカから産出する商品を欧米に輸出し、利益を上げることだった。

西アフリカのギニア湾沿いの国々は、その国の特産品によって「〇〇海岸」という名前を付けられていた。

たとえばガーナ。

黄金を産出した(ガーナには黄金で満たされた大帝国があったのです)ので、ガーナの旧名は「黄金海岸」。

コートジボアールはいまだにその旧称を使用しているが、「象牙海岸」。象牙を産出していたからだ。

(しかし、欧州人の乱獲により、コートジボアールのゾウは激減した)。コートジボアール人の中には、「象牙海岸」は外国人に押し付けられた名前なので、国名を変更したいと言っている人もいる。

「胡椒(穀物)海岸」はリベリア

奴隷海岸」という悲しい名前を付けられた国もある。今のトーゴベナンといったあたりだ。

 

そしてセネガル

世界地図をご覧いただくとお分かりになるかと思うが、セネガルはアフリカ大陸の西のはずれ。

欧州と貿易をするのに都合の良い位置にある。

植民地時代、西アフリカ全土から集められ、セネガルから出荷された商品は奴隷だった。

その奴隷貿易の拠点がゴレ島だったのだ。

 

建物の中に入ると博物館のようになっていて、奴隷をつないでいた鎖や足かせ、手かせが展示してある。

すでに何度か訪問している友人たちが、色々な説明をしてくれる。

 

順路を進んでいくと、奴隷を押し込めていた部屋(獄舎)がいくつもある。

その一つに入ると中は暗く、じめっとしている。

壁にわずか数センチだが隙間を開けてあった。それが採光兼換気用の窓なのだろう。

 

「こっちは女性用の部屋だったみたい。横になるスペースもなかったらしいよ。みんな立ったまま、ぎゅうぎゅうに押し込められていたんだって」

と一人の友人が言えば、もう一人の友人も、

「あまりにもぎゅうぎゅう詰めで、トイレにも行けるような状態じゃなかったんだって。商品だから、人間扱いされなかったんだよ。食事や水もまともに与えられなかったらしいし。」

「家族から引き離されて、別々の部屋に閉じ込められたんだよ。」

「船の上でもぎゅうぎゅう詰めで、アメリカ大陸に到着する前にたくさんの奴隷が船上で亡くなったんですって」

 

友人たちは口々に、奴隷貿易がどれほど非人間的だったのかを語り始めた。

ある程度想像はついていたが、私は少々面食らった。

しばらく会わないうちに、友人たちはすっかりアフリカ人の味方になっていた。

(私なぞ、アフリカで生活していると「こんにゃろう」と現地人に腹が立つことも多く、「味方」というまでには至っていないが…)。

まあ、誰でもこれを見たら、ヨーロッパ人はひどいことをやったな、と思うでしょうけどね。

 

で、すっかり「アフリカの味方」と化した友人たちと、どんどん奥へ進んでいく。

こんな重苦しい石造りの建物に閉じ込められたら、そりゃ絶望的な気持ちになるよ…。

暗く狭い奥へ進んでいくにつれ、さすがに私も悲しい気分になってきた。

セネガル全土だけでなく、近隣国からも強制的に集められた人たち。

ヨーロッパの圧倒的な武力の前では、逃げ出そうとしても逃げられなかっただろう。

 

一番奥の獄舎に入った。

「ここは、最後の部屋なんだよ。」

一人の友人が、その部屋に入ってから説明してくれた。

 

その部屋は、出荷される奴隷たちが最後の日を過ごす場所だった。

部屋の奥には出口がある。出口の扉は開いていた。(この扉は「帰らざる扉」と呼ばれている)。

やれやれ。圧迫感からようやく解放されるわ。

 

私が出口から外を見ると、そこには何もなかった。

外には、ただ海が岸壁に打ち寄せていた。

つまり、その部屋の唯一の出口は海に面しているのだ。

 

どういうことかというと、この部屋の外には当時、じかに貿易船が横付けされていたのだ。

この部屋を出るということは、アメリカ(または欧州)行きの船に乗るということ。

船に乗って何十日間もかけて海を渡り、欧州かアメリカへ強制的に連れて行かれることになる。

この部屋を出たが最後、二度と家族や友人と会えなくなるのだ。

 

私は「帰らざる扉」の外に広がる大海原を見た。

海の向こうには何もない。青い空と海が広がっているばかりだ。

現代のように、飛行機があっていつでも自分の国へ帰ってこられる時代と違い、当時、アメリカへ連れて行かれた奴隷たちは、二度とアフリカの大地を踏むことはできなかった。

アメリカへ連れて行かれても雇用主が良い人とは限らなかったし、奴隷の身分から一生抜け出すことはできなかった。

 

海を見ながら感慨にふけった後、部屋の中に目を移す。

友人たちは皆、当時の奴隷の悲惨な境遇に思いをはせているのか、悲しそうな顔になっていた。

(いや、私も奴隷の人たちがかわいそうだとは思うが…君たちまでそんな顔をしていたら、私はどうすればいいんじゃい。)

なんだか妙な雰囲気になった。

心を深く動かされてエモーショナルになっているらしく、誰も口を利かない。

私もこの獄舎の外に広がる青い海に再び目を移して、深く絶望的な気持ちを味わった。

ここからアメリカへ連れて行かれた黒人たち。本当にかわいそうだったと思う。

これは人類に対する許されない犯罪だ。

 

ゴレ島は世界遺産になっている。

ネガティブな意味でここは保存しておくべき場所だと思った。

建物を見学し終わり、友人たちと暗い建物から外へぞろぞろと出た。

昼間の明るい日光が目を射抜く。

こんなにこの島は明るくて美しいのに、暗く重い罪をこの島に負わせているんだな…。

 

すると、私たちの近くに、ギターを持ったセネガル人の兄ちゃんが寄ってきた。

観光客を物色しているらしい。

「ボンジュール!君たち日本人?」

兄ちゃんが私たちに馴れ馴れしく話しかけてくる。

私は先ほど見た景色が忘れられず、兄ちゃんと口を利く気にもならない。

優しい友人の一人が、そうだよ、日本人だよ、という。

すると、ドレッドヘアの兄ちゃんはギターをじゃんじゃかかき鳴らしながら、下手な歌を歌い始めた。

「む~よおおお~んんん~♪」

私たちが歩きながら移動していくと、兄ちゃんもついてくる。

 

どうやら観光客に歌を歌って小銭を稼いでいるようだった。

しかし、金もうけだと分かっているので、友人たちも私も兄ちゃんに「〇〇を歌ってよ」とは頼まない。

私たちは島を出るフェリー乗り場へ向かった。

そこならベンチもあるし、ダカールへ帰る船を待ちながらゆっくり休めるからだ。

 

フェリー乗り場にベンチを見つけて、私たちはそこに座った。

観光客が私たち以外にいないせいか、セネガル人のギター弾きも一緒についてきてその辺に座る。

ちょっとうっとうしい。

一曲頼むよ!なんてことはないから、どっかへ消えてほしいんだが…。

 

帰りの船が来るまで少し時間があった。

友人たちと私は、先ほど見た獄舎について話し始めた。

兄ちゃんは誰も歌を頼まないので、私たちの横で自作の歌を歌い始めた。

「アリガト~おアリガト♪アリガトおおお♪♪」

私たちが日本人なので、自分が唯一知っているらしい日本語「アリガト」を使って作曲を始め、適当に歌っている。

この即興の曲?が気に入ったのか、同じフレーズを何十回も繰り返す。

頼むから静かにしてくれえ…せっかくの感動の余韻が、アリガトの歌で上書きされそうだ!

 

その後、ダカールへ行くフェリーが無事到着し、私たちはそれに乗り込んだ。

後ろに遠ざかっていくゴレ島は、真っ青な波間に長い間、白く美しく見えていた。

 

ダカール」というと、この美しいゴレ島の悲しい歴史を思い出す。

と同時に、この執拗な「アリガト~おアリガト♪アリガトおおお♪♪」のフレーズが記憶に残り、頭から離れない。強い感情を覚えたときに聞いた(聞かされた?)音楽が、記憶と結びついているらしい。

 

エピソード記憶」とは、音楽を聴いて記憶が呼び起こされることを指すのだと思うが、これはその逆。

ダカールというとゴレ島。

ゴレ島と言えば「帰らざる扉」ではなく、悔しいことに「アリガト~おアリガト♪アリガトおおお♪♪」が毎回、蘇ってくる!!

 

まったく、何てことしてくれたんだ兄ちゃん。