オレンジの花と水

ブログ初心者の日記風よみもの

54歳、娘3人。俺はご隠居

またまたインドネシアのタクシーの話。

 

タクシーの運転手は本当にいろいろな人がいる。

たいていの運ちゃんはインドネシア語しか話さないが、たまに英語が堪能な人もいる。

 

ある週末、私は買い物へ行こうとブルーバードタクシーを呼んだ。

現れたのは、やたらと声がでかい運転手のおじさん。

しかも、どこで習ったのかものすごく流ちょうな英語をしゃべる。

 

「ハロー!グッドモーニーング!!ハウアーユー?」

な、なんだ、この声のでかさは?

私がタクシーに乗るやいなや、運転手のおじさんは快活にしゃべり始めた。

「君は日本人かい?」

定番の質問だ。

日本人はインドネシア語を話さないと分かっているので、最初から英語なんだろうな。

 

おじさんは、私が聞いてもいないのに勝手にしゃべり始める。

「俺は54歳。孫もいる。」

そうですか。

 

「本当は、もう定年退職していい年齢なんだけどね。家にいてもほら、暇だろ?」

ま、そうですね。

インドネシアでは、55歳で定年退職する人が結構いる。

日本と違って平均寿命も長くないし(日本では90歳、100歳も珍しくないが)、若者にさっさと仕事を譲るんだろう。

 

それにしても、この声の大きさ。

明らかにジャカルタの人じゃないだろ。

(このしゃべり方、何となく聞いたことのある感じがする)。

 

と思って尋ねると、マカッサル出身だという。

南スラウェシ州州都のマカッサルは、港町だ。

ここ出身の人は声が大きい(荒っぽい)ので有名。

 

日本でも、広島とか漁師町出身者は声が大きい、と言うが、インドネシアでも同じだ。

私はよく出張でマカッサルへ行っていたので、おじさんがマカッサル出身と聞いて合点がいく。

 

するとおじさんはすぐに日本の話題に切り込んできた。

「俺は日本へ出稼ぎ(dekasegi)に行っていたことがあるんだ!茨城県って知ってる?」

知ってますよ。

 

おじさんは大きな声で茨城県の思い出を語り始めた。

日本にいたといっても、数か月だったらしい。

インドネシア人は一般的に明るくておしゃべりだが、このおじさんはおしゃべりにプラスして、海外に住んでいた人特有のオープンさがある。

まあ、でかい声でしゃべるしゃべる。

 

茨城県には長くいなかったということだが、それにしてもこのネイティブ並みの英語力。

まさか日本に数か月いただけで、こんなに英語が上手になるわけないよね?

しかも、このおじさんがしゃべる英語、私には聞きやすい。

とても聞きなれた感じの英語なんだが…。

 

「おじさんの英語、とっても上手ですね!」

と褒めると、おじさんはすぐに白状した。

「そうかい?茨城県の後、ニューヨークに出稼ぎに行ったからね!」

やっぱり。このデジャブな感じ、アメリカ英語だからか。

 

「ブルックリンで十数年…約20年かな、働いたよ!いや~ホント長かったな。」

20年もニューヨークに住んでいれば、そりゃ英語が上手になるでしょうよ。

むしろインドネシア語よりも英語の方が上手なんじゃない?と思うくらいだ。

 

これで私の疑問はすべて氷解した。

声の大きいのはマカッサル人だから。

英語がものすごく上手なのは、NYに20年近く住んでいたから。

 

しかし、おじさんのおしゃべりは止まらなかった。

「俺には娘が3人いるんだが、俺が出稼ぎに行っている間、妻が一人で頑張って育ててくれてねえ。

ホント、妻には感謝しているよ。おかげで3人ともいい子に育った。」

そうですか。そりゃよかったね。

おじさんも、海外で長いこと出稼ぎをして家族を養った甲斐がありましたね。

 

話を聞くと、おじさんの3人の娘は長女が裁判官、次女が医者、三女が教師になったという。

「3人ともちゃんと手に職をつけて、良かったですね。」

というと、おじさんもうなずいた。

「俺としては、女性はキャリアを積むべきだと思ってるんだ。なのに長女ったら、うう…」

何やら雲行きが怪しくなってきた。

 

「ど、どうしたんですか?娘さんがどうかしたの?」

と心配して尋ねると、おじさんは悔しそうに言った。

「長女は裁判所で働き始めて、先輩裁判官の指導を受けながら仕事をしてたんだ。そしたら、そいつ(先輩裁判官)が娘と結婚したいと言い出しやがって。くそお。」

 

おじさんは、郷里のマカッサルで長女のために婿候補を見つけ、お見合いをさせようと楽しみにしていたのだという。

手塩にかけて育てた娘なのに、どこの馬の骨かもわからん男?が途中から現れ、娘をかっさらっていったのが気に入らないらしい。

すでに長女はその先輩裁判官と結婚し、孫も出来たという。

 

「よかったじゃないですか、お孫さんも生まれて。安心ですね。」

と当たりさわりなく私が言うと、おじさんは納得いかないというように首を振った。

「娘にはもっと仕事を長くやってから、結婚を選んでほしかったんだが。あの野郎のせいで娘のキャリアが遅れることになったんだよ」

 

なるほど。

お父さんとしては、娘さんにはもう少しキャリアを積んでから結婚してほしかったわけだ。

残念ながらいまだに貧困層が多いインドネシアでは、

「早く娘を(お金持ちと)結婚させたい」

と願う親が多いように見受けられる。

10代の少女が無理やり70代くらいの老人と結婚させられるケースも少なくない。

そういう親が多い中で、このタクシー運転手のおじさん、娘の社会人人生を重視するって珍しい。

いいお父さんだ。

 

でも、結婚するかどうかは本人の意思もあるしねえ。

娘さんが選んだことだから、反対するわけにもいかんだろうし。

それに、「あの野郎のせい」と言われるお婿さんもかわいそうだな。

 

「娘さんが幸せならいいんじゃないですか?」

と、(無責任だが)とりあえず言ってみた。

しかし、おじさんはぶつぶつ納得がいかない様子。

 

嫁姑問題はインドネシアにもある。

アメリカだと婿と姑がうまく行かないのが一般的だ。

このおじさんのケースは婿と舅がうまく行っていないようで、ちょっと珍しいかもしれない。

 

インドネシアは家政婦が安価に雇用できるので、女性は家事労働を家政婦に任せて仕事をすることが出来る。

日本の働く女性よりは、インドネシアの働く女性の方がはるかに仕事に集中できると思う。

それでも、ジェンダーバイアスインドネシアでも根強い。

 

今の20代くらいの若者ならさほど伝統的価値観に毒されていないようだが、「女性は料理が上手でなくちゃ」「育児はお母さんがやらないと」みたいな性差別はいまだに社会全体に残っている。

夫がそう思っていなくても、夫の両親が「嫁が家事や育児をするのが当たり前」と圧力をかけるケースもある。

そうなると、やはり女性に育児や家事の負担がのしかかる。

どこの国でも女性が大変なのは同じだ。

 

おじさんの娘さんの場合。

裁判官ともなると残業なども多いのかもしれない。

あまりキャリアを積んでいないうちに子どもが出来てしまったので、長女は同期より少し出世や昇進が遅れたのだろう。

 

長年海外で出稼ぎして娘の成長を楽しみにしてきたおじさんとしては、自慢の優秀な娘が「結婚のせいで」キャリアに支障をきたしたのは、悔しい気持ちがあるのかも。

でもね、これからは女性も社会で活躍できる時代になっていくと思いますよ。

娘さんとお孫さんを温かく見守ってあげて下さいよ。おじいちゃんなんだから。

 

目的地に着いたので、私は料金を払ってタクシーを降りた。

「お孫さんもいるんだから、娘さん夫婦と仲良くしてあげてくださいね。」

と別れ際に言うと、おじさんは大きな声で言って笑った。

「本当は俺はご隠居の年齢なんだけどね!孫の子守りもいいけど、俺はまだ働くよ!働けるうちは働くのさ!」

 

54歳なんて、日本だったらまだ働き盛りだ。

おじさんも「俺はご隠居」なんて言っているが、本当は働くのが好きなんだろう。

 

しかし、長女が結婚しただけであんな感じだったら、次女や三女の婿さんになる人は大変だろうなあ。

長女のお婿さんも、義理のお父さんが声のでかいマカッサル人で英語もペラペラと来れば、やりにくいだろうなあ。

と思うと、他人の家庭ながらクスッと笑える気がする。

おじさん、体に気を付けてこれからも頑張ってね。