オレンジの花と水

ブログ初心者の日記風よみもの

8年彼女

 

またインドネシアのタクシー運転手の話で恐縮です。

日本のように便利な電車や路線バス網がないので、結局手軽なタクシーに乗ってしまうのです。

 

ある日、家に帰るためブルーバードタクシーに乗った。

運転手は20代後半か30代前半くらいの、おとなしそうなお兄さん。

 

タクシーにまつわる記事を書くと、

「もしやタクシーに乗るたびに会話が弾んでいるのでは」と誤解されるかもしれません。

でも、そうでもないです。

タクシー運転手の人柄や機嫌によって、会話が弾むときとそうでないときがあるのです。

 

たいていの運ちゃんは「お前は日本人か?」と馴れ馴れしく?聞いてきて、そこからたわいもない会話が始まるというパターン。

でも、この時乗ったタクシー運転手のお兄さんは、インドネシア人には珍しく?物静かなタイプ。

自分からぺちゃくちゃしゃべるタイプではなかった。

なので私もあえて積極的に会話を展開しないことにする。

運ちゃんが話しかけてくれば話に乗るけど、そうでなければ放っておきます。

インドネシア人とおしゃべりをすると、きりがなくなっちゃうからね。

 

黙って後部座席に座り、窓の外を眺めたりしていると、唐突に運転手のお兄さんが話しかけてきた。

「お姉さん、ジャカルタは長いの?」

ちょっとびっくりする私。

タクシーに乗ってしばらく無言だったので、このまま必要最低限の会話だけで終わるんだと思っていた。

 

「いや、そんな長くもないよ」

と私は答えた。

 

すると、お兄さんはぽつりとつぶやいた。

「僕、引っ越しを考えてるんだよね。もうそろそろ、今住んでいるところの契約が切れるから」

私は、ふーんと適当に相槌を打った。

お兄さんは何の意図でこんな話をするのかな。

 

お兄さんは私に話しかけているようだが、半分独り言のように言う。

「アパートの契約が切れるから、次のアパートを探さないと…」

「いやそれとも今のところを契約更新しようかなあ…」

 

私は少し身構えてしまった。

たまにタクシーの運転手から小銭をせびられることがある。

「妻が病気なんだ。少し助けてもらえないかな?」

といった感じだ。

日本人はお金を持っていると思われているので、気軽に無心するんだろう。

 

この時、運転手のお兄さんが急に住居の話を始めたので、私はまたお金をせびられるのかと思った。

「寝るところがないから、お金貸して」みたいな話になったら、速攻断るぞ!と警戒し、心のバリアを張った。

 

しかし、お兄さんの様子が変だ。

「違う部屋を探した方がいいかなあ、どうしようかな」と言うものの、うわの空に見える。

ぐずぐずと悩み、心ここにあらず、といった風情だ。

 

引っ越すべきか否か、私に相談しているように見えるが、自分の考えに決着がついていないようだ。

彼が私に話しかけている以上、何か答えた方がよかろう。

転居するかどうか、他人に相談すべきことでもないと思うが…。

 

私は考えるのが面倒くさくなってきたので、適当に答えた。

「今のところがいいなら、そのまま契約更新して住み続ければいいじゃない?」

するとお兄さんは一呼吸おいて言った。

「うん。それが…その、うん…考え中なんだけど」

考え中なんだけど?何ですかね?

 

私が辛抱強く待っていると、お兄さんは、

「実は長年付き合っている彼女がいて、彼女と結婚したいんだよね。だからどうしようかと思って」

と言い始めた。

おおっと。

急に、ヘビーな相談をぶつけてきたものだ。

結婚したら別のアパートへ引っ越すし、結婚しなかったら今のアパートを契約更新ってわけね。

 

「何年付き合ってるの?」

と私が尋ねると、「8年」という。

そりゃお兄さん、また長い間、彼女を待たせたね。

 

「彼女は何をやってるの?」

と聞くと、会社員だという。

「彼女と結婚したいんだけど、僕はしがないタクシー運転手じゃん?だから、結婚してくれるか自信がない」

と言う。

 

彼の暗い雰囲気(勝手に暗いと決めつける)はその悩みのせいなのかな。

しかし、「しがない」ってねえ。

自分で自分を卑下しちゃいかんよ。タクシー運転手は立派な仕事だよ。

それになんで今更、そんな一大事を通りすがりの日本人客に打ち明けるんだよ。

私にどうしろと言うんだ。

 

何と返事をしようか考えていると、お兄さんは言葉を継いだ。

「だって、女性はやっぱりお金のある男性が好きだよね。僕は貧乏だし」

おい。

男性もお金が好きでしょ?私もお金は大好きだ。

お金が嫌いな人がいたら、私の前に連れてこい、だ。

 

しかし、この調子で気の弱いお兄さんは、「お金が貯まったら彼女と結婚しよう」と思い続け、時間が経ってしまったんだろうな。

 

「彼女は結婚について何と言ってるの?」

と聞くと、結婚の話をまだしていないのだという。

結婚する前提で、一緒に暮らしてみれば?と言うと、自信がないらしく、また黙りこんでしまった。

あ~~~どうすんだよ。何も前に進まないじゃん。

面倒くさいなあ。(←もはや失礼)

 

ヘタレめ、と最初は思ったが、いつの間にか、この真面目そうなお兄さんの恋を応援しようとしている自分がいる。

タクシーの中で考えることではないんだが、何とかして何とかしてあげたい。

うーん、どうしよう…。弱くても勝てる方法だよ。何かないかな。

 

お金がないわけだよね?お兄さんも彼女も?

じゃあ、こんな作戦でどう?

 

ノーベル賞を取ったアメリカの経済学の教授が言ってたよ。

単身で生活すると家賃も食費も高くつくけど、二人で一緒に住むと生活費が安く上がるんですって。

だから、『生活費が安くなるから一緒に住もうよ』って彼女に言ってみれば?」

と、適当に言ってみた。

 

『結婚してください』とは、この気の弱そうなお兄さんは言えないと思うが、単なる同居ならどうだい?

ハードル少し低くなるんじゃない?というのが私の提案であり作戦なんだが、どうでしょうか?

 

ま、『同居しましょう』も、彼女に言い出すにはやっぱり緊張するんだろうけど。

しかし、この問題、ずっと避け続けるわけにいかないでしょ。いつかは直面しないとね。

 

お兄さんは「彼女も生活は大変だと思うんだよね。どうしようかな…」

と少し考え始めた様子。

無責任な私の言うことを信じてくれたわけだね。

その調子、頑張れ。

 

だいたいねえ、「お金がない自分のことを好きかどうか」なんて、いまさら何言っとるんじゃ。

嫌いだったらお兄さんと8年も付き合ってないよ。

彼女はとっくの昔にもっといい男を見つけて、お兄さんはふられてるでしょ。

 

でも。

三者から見ると、なぜこんなことで悩むのか?と思うけれど、本人にとっては一大事なんですよね。

 

私が年を取ってみて?分かったことは、人生の短さだ。

自分ももっと若いときは、人生が永遠に続くと思っていた。

でも人生経験を重ねてくると、人生のきらめきは一瞬で、流れ星のようにすぐに消えていくということが分かってきた。

 

自分の人生の先が見えてくると、時間を無駄にしてはいけないことが身に染みてくる。

自分を大事にしてくれる人を大切にしなくちゃいけないことも。

お兄さんには、今、自分と一緒にいてくれる彼女を大事にしなさい、と言いたい。

いつかそのうち、と思っていたら何もできずに人生が終わっちゃうよ。

 

なんて偉そうに言うけど、私もお兄さんに説教できるほど高齢でもないんですけどね。

まだまだ悩んだりつまずいたりしながら、人生をナビゲート中です。

 

料金を支払ってタクシーを降りるとき、心なしかお兄さんの表情がすっきりしているように思えた。

「新しいアパートに引っ越せるといいね。」

というと、お兄さんは初めてにっこりした。そうそう、その笑顔。

お兄さんの名前すら知らない私だけど、彼女とうまく行くことを祈ってるよ。

 

多分、誰に相談していいか分からないまま悶々と悩んでいたんだろうな。

見知らぬ通りすがりの外国人に、悩みを相談してすっきりしたんだろう。

しかし、明るくておしゃべりと思っていたインドネシア人の中にも、ああいう真面目なタイプがいるんだなあ。

 

真剣な悩みにテキトーに答えてしまったことを、後で少し反省。

お兄さん、お幸せに!