コートジボアールでいつも感心するのは、現地人の視力の良さだ。
よく漫画やテレビなどで「アフリカの人の視力はいい」と面白おかしく紹介されているが、本当に視力がいいんですよ、あの人たち。
【エピソード1】
日本人の友人の体験談。
ある日、日本から荷物が届いた。
アフリカだと生活に困っているだろうと、家族が服やお菓子などを小包で送ってくれたのだ。
ありがたいですね。
彼女は近くの郵便局へ行き、日本から送付された小包を窓口で受け取った。
すると、たまたまコートジボアール人の友人が、隣の隣の隣の窓口に並んでいた。
彼は目ざとく彼女を見つけ、こちらに笑顔を向けた。
「おお、おはよう!」
彼女は内心、
『うわ、ヤバいところ見られたな。何かくれ、とか、たかられないといいんだが』
と思ったという。
日本から小包が来たら、どんな素晴らしい物が入っているんだろう?と日本人だってワクワクする。
現地人にとっては宝の箱だろう。
彼は、彼女が受け取っている小包を目ざとく発見。
「あ、日本からお菓子を送ってきたのか?そうか、チョコレートとクッキーか!俺にもくれ!」
と大声でのたまった。
郵便局内にいた全員が、彼女の受け取った小包を見た。
彼女は恥ずかしいと同時に、驚いたという。
「え?どうして中身がチョコレートって分かるの?」
と尋ねると、彼は小包の側面を指さした。
「そこに書いてあるじゃないか。」
見ると小包の側面に、母親が書いたらしい国際小包の伝票が貼付されてあった。
母親は多分、苦労してフランス語辞書を引きながら、小包の中身を全部フランス語で書いてくれていた。
その『中身』のところに、お菓子(チョコレート、クッキー)と記載があった。
確かに伝票に書いてあるが、これ、かなり小さい文字ですよ?
しかも、隣の隣の隣の窓口から、これが見えるの?
結構距離があるんだが…。
彼女は現地人の視力がいかに良いか痛感した。
そして、食べ物だと「俺にもくれ」と言われることが分かり、一計を案じた。
「次回から何を送ってきても『服』って書いてね」
と家族に頼んだという。
それ以来、日本から送ってきた貴重なお菓子を現地人にたかられることはなくなった。
【エピソード2】
ある日、私が残業を終え、職場を出ると夜の9時半ごろ。
小雨もしとしと降っていて、街灯もついておらず、まったく闇の中。
一緒に職場を出た現地人たちと闇の中を歩いていると、一人が言った。
「あ、あっちから男性が来る。まだ働いている人、いたんだね。」
ん?
私は必死に闇に目を凝らすが、誰も来ない。
彼は何を見てそう言ったんだろう?よく分からない。
5分後。
私が彼の「あっちから男性が来る」発言を忘れたころ、向こうから傘を差した男性が一人歩いてきた。
こんな遅い時間、この闇の中を歩いている人がいて、私は驚いてしまった。
しかも急にニュッと現れる。
「こんばんは。」
こちらが声をかけると、向こうも傘を傾け、ニヤッと暗闇で白い歯を見せて笑った。
(申し訳ないが、暗くなってしまうと黒人は姿が見えなくなってしまう。笑ってくれれば、白い歯だけでも見えるんだが)
「こんばんは。君たちも遅いね。」
男性はそう言うと、足早に帰路を急いでいった。
後で私は気づいた。
そういえば、誰かが結構前に「あっちから男性が来る」って言ってたな。
あの人のことか。
しかし、私には最初から全く何も見えなかった。
暗闇の中でも、黒人同士だと見慣れているから見えるんだろうか?
雨の降る闇の中を、はるか遠くから歩いてくる人の姿を、私はコートジボアール滞在中、一度も見つけることが出来なかった。
いくら目を凝らしても、街灯がなければただの闇だ。
しかし、現地人はいつも目ざとく発見する。
夜遅く道を歩いていると、周りの現地人が、
「あ、向こうから2人来るね。」
とか、
「この時間、まだ歩いている人がいるんだな。」
などと言う。
私がその人たちの姿に気づくのは、かなり自分の近くに来てからだ。
こんなことは日常茶飯事だった。
いかに日本人の視力が弱いか、情けなくなる。
というより、アフリカの人の視力が良すぎるんだろう(←負け惜しみ)
いや、日本人だって、子どものころから勉強したり本を読んだりさえしなければ、アフリカ並みの視力を保てるんじゃないか?
と、私はいつも彼らの視力の良さをうらやましく思っていた。
【エピソード3】
これは視力の良さと本当にかかわりがあるか疑問なエピソードだけど、書いておく。
ある日、私は仕事の別件があり、アビジャン市内の高層ビルにある、ある場所へ向かった。
エレベーターに乗り込んで、階層のボタンを押す。
すると、向こうから眼鏡をかけた中年男性がスーツの裾をひるがえしながら、慌ててエレベーターの方へ突進してきた。
あ、あの人、エレベーターに乗るんだな。
私はそう気づき、「開」のボタンを押して、そのおじさんが来るのを待っていた。
おじさんは息を切らせながら、エレベーターに到着。乗り込んだ。
私はボタンから指を離し、おじさんに何階へ行くのか尋ねた。
おじさんは私の目的地と違う階を告げた。
「それより、マダム。そのカバン、いいカバンだね。」
エレベーターが動き出し、二人きりになると、そのおじさんは眼鏡をずり上げながら言った。
ちょうどその時、私は日本の友人たちからプレゼントされたカバンを持っていた。
このカバンは、コートジボアールへ来る前のお餞別だった。
仕事の書類が入るくらいの大きさで、肩にもかけられるし、手でも持てるよう取っ手がついていて、とても使いやすいカバンだ。
おじさんは続けた。
「さっき、遠くから見てて、良いカバンだな~とずっと思ってたんだ。どこで買ったの?」
なるほど。
私はようやく理解した。
おじさんは、別にこのビルに用事があったわけではないらしい。
遠くから、私が持っているこのカバンを見て、カバンに興味を持ったようだ。
しかも、この辺で売っているカバンでないとすぐに分かったという。(よく見とるなあ)
「日本です。日本で友達が私に買ってくれました。」
私がそういうと、おじさんは目を見開いて驚いた。
「おお!日本か~!だからこんないいカバンがあるんだなあ。いいなあ!」
そして、おじさんは夢見るように言った。
「いいな~このカバン。コートジボアールでは、こういう機能的なカバンはなかなか売っていないからなあ。日本で買ったのか。いいなあ…」
あまりにほめられ、私はなんだか恥ずかしくなってきてしまった。
おじさんは私の持つカバンをしげしげと眺め、うらやましそうにため息をついて、こう言った。
「よかったら、そのカバン、さわらせてもらえないかな?」
「…」
私は返答に詰まってしまった。
おじさんは熱いまなざしで私のカバンを見ている。大丈夫だよね、このおじさん?
「い、いいですけど…」
私の許可を得て、中年おじさんは私のカバンをさわり始めた。
「あ~いいなあ。これが日本のカバンかあ~。いい手触りだなあ。日本にはこんな素敵なカバンがあるのか。いいカバンだなあ」
その間、私は無言。
だって、どう反応すればいいんだい?
しばらく私のカバンをうっとりした表情でさわっていたおじさん。
目的地の階(多分、用事はない)に到着すると、名残惜しそうにカバンに振り向き、私に礼を言ってエレベーターから降りた。
私はそのスーツの後姿を見送った。
ちょっとホッとした。
あんなパリッとしたスーツを着てるんだから、日本で売っているようなカバンくらい買えるだろうに。
いや、お金があっても好みのカバンが売ってない、ってことなのだろう。
しかし、遠くから私のカバンに目を付け、さわらせてもらいたいがゆえに走ってきてエレベーターに飛び乗るって、ねえ。
あの人たち、他人の持ち物もよ~く見てるってことですね。
(これは視力の良さとあまり関係ない?私は他人の素敵なカバンなんて、近くに来ないと気づかないんだが)
彼らが抜群に視力がいいことが分かると、腕時計やネックレスを強奪する犯罪が多い理由も分かった。
(あのおじさんは、そういう犯罪者ではなかったが)
私に見えていないものが、彼らにはちゃんと見えているわけで。
視力の弱い人が眼鏡を変えて周りがよく見えるようになると、世界が変わったように明るく見えますよね。
アフリカの人と比較すると、視力の悪い日本人は、世界の美しさの半分も見えていないことになるんだろうなあ。