オレンジの花と水

ブログ初心者の日記風よみもの

南アフリカの中華弁当

ちょっと違うことを書きたくなった。閑話休題

 

南アフリカプレトリアに住んでいた時は、毎日かなり残業をしていた。

だいたい朝4時くらいまで残業をし、それから帰宅してシャワーを浴びて寝る。

そして8時ごろになって起き出し、簡単に朝食を済ませるとまた出社する。

職場は車で2分くらいのところにあったので、こんなことができたわけです。

 

平日はがっつり仕事をしていたのだが、土日は休み。

というか、出社しないようにとのお達しが出ていた。

オフィスに入る武装強盗も多く、安全上の配慮である。

 

私は自炊派だが、こんな仕事中心の生活をしていたので、お昼の弁当どころか夕食もまともに食べていなかった。

週末に料理を作り、おかずを冷蔵庫や冷凍庫に作り置きしたりしてしのいだ。

 

でも一週間頑張って疲れてしまい、週末も何か用事があったりして十分休めないまま、翌週が始まることもよくありますよね?

そんなときは、やっぱり職場の近くで弁当やらなにやら買うしかないわけです。

 

しかし、日本と違ってコンビニとか便利なものはなかなか海外には無いし。

レストランで毎日食べていると高くつくし。

困ったもんだ…と毎日ランチ時間に悩んでいました。

 

ある日、職場の近くのモールの中を、お昼休憩中にぶらぶら歩いていた。

モール内にスーパーがあるので、そこでサンドイッチやお惣菜を買うとか、モールの中のレストランで食べる、またはファーストフード店で何かを買うのが定番でした。

 

モールの地下階のレストランを「おいしそうだけど高いな」などと物色しながら歩いていると、地下階の片隅に中国料理店があった。

隅っこにあるので、この店を利用している同僚は少なかった。

私も地下階の、しかもこんな奥の奥まで買い物に来ることがほとんどないので、その日はたまたま通りかかったという感じだった。

 

私はその中国料理店の前でふと、足を止めた。

あまり南アでは見かけないが、店頭に弁当が売られていた。

店の入り口に小さい机を置き、そこに2、3種類の弁当が販売されていた。

中国料理店の弁当なので、さすがに中華弁当である。

しかも、意外に値段が安かった。

 

私は、店員がそこにいないことを確認して、弁当が置いてあるテーブルに近づいた。

弁当のプラスチック容器の中には、白いご飯とおかず(きくらげと卵の炒め物とか)が入っていた。

うん。おいしそう。

これでランチは十分お腹いっぱいになるはずだ。

 

「や、いらっしゃい。」

突然、奥から白髪の中国人のおじいさんが出てきた。

私は誰も見ていないと思ったので、心臓が飛び出るかと思うほど驚いた。

値段をチェックして、弁当のおかずの種類をチェックして、あの弁当を見て、この弁当を見て…とあれこれ悩んだ姿を見られていたらしい。

恥ずかしい…。

 

そんな私をよそに、おじいさんはニコニコしながらそこに立っている。

「これ、美味しいよ」

でも何でもない。

無理におススメすることもないようだ。ただ、笑顔で立っているだけ。

 

食欲に負けて、私はピーマンと鶏肉の炒め物が入っている弁当を買った。

白いビニール袋に弁当と割り箸を入れてもらい、それを職場に持ち帰って食べた。

 

二、三日が過ぎ、また私はランチ難民となって、同じモールをぶらついていた。

同僚にランチに誘われたが、急にやらなければならない仕事が入ってしまい、彼らに合流できなかったのだ。

あ~また今日もどうしよう?何を食べよう?

 

悩みながら歩いていると、またモールの地下階に来てしまった。

ついつい、あの中国料理店へ足が向かってしまった。

やった、今日もあの弁当が売っている!

 

山積みになった弁当の後ろには、小さな椅子に腰かけたおじいさんがいた。

私は、今度は違うおかずの弁当を買って職場に戻った。

 

こんな感じで、私は気が向くと、その中国料理店のテイクアウト弁当を買うようになった。

おじいさんは英語が話せたので、だんだん私はおじいさんと世間話をするようになった。

(客と世間話が出来るくらい、その店の弁当は売れていなかったのだ 笑)。

 

おじいさんの話によれば、長いこと店で働いてきたが年を取って体が弱り、厨房に立てなくなったという。

今は、子どもたちがこの店の厨房に立って料理を作り、店を経営している。

自分は隠居の身なので、家にいてのんびりしてていいよ、と子どもに言われたが、家にいると暇で仕方がない。

なので、こうやって短い時間だが店に出て、弁当販売を手伝っている。

 

店内では、息子だか娘むこだかが、厨房で腕を振るっている。

娘はレジをやったりウェイトレスをやったりしている。

一家で経営してる店なんだよね。

ということだった。

 

アフリカで見るアジア人だからなのか、私はたまにその中国人のおじいさんに会うのが楽しみになった。

おじいさんも、弁当を買いに来る私と当たり障りのない世間話をするのが楽しいらしかった。

たまに、おじいさんに日本のことを聞かれたりした。

私の家族のことや、両親が元気でいるのかとか、そういったことだ。

仕事で毎日疲れていたせいか、見知らぬおじいさんとそういう他愛もない話をするのが、今思えば私の息抜きだったんだろうな。

 

おじいさんは品がよく、余計なことを聞かないし、言わない人だった。

だからこそ、私も安心して、

「今週は仕事が忙しくて疲れちゃったよ」とか、

「先週はウガンダへ出張していたから、弁当を買いに来られなかったんだ」とか、

弁当を買うついでに一言二言、おじいさんと会話を楽しめたんだと思う。

 

しかし、当時、私は本当に忙しかった。

激務だったので、毎日くたくたに疲れていた。

その上、海外出張や休暇などが重なり、しばらくその中国料理店から遠ざかったことがあった。

 

2か月ほど、その中国料理店へ行くチャンスがなかっただろうか。

だんだんと仕事が落ち着き、私はようやく職場でお昼を食べられるようになった。

ある日、ふと私はあの中国料理店のことを思い出した。

そう言えば、しばらくあそこの弁当を買っていない。

たまには買いに行ってみよう。

 

その日のお昼休憩に、あのモールの地下の中国料理店へ行ってみた。

すると、お弁当を店頭に並べていなかった。

どうしたのだろう?今日は売り切れちゃったのかな。

私はそこを立ち去り、別の場所でお昼ご飯を買った。

 

翌日、改めてその中国料理店へ行ってみた。

少し早めに職場を出てみたのだが、今日もやはり弁当を販売していなかった。

ということは、弁当販売をやめたのかな。

あれだけ売れていなかったからな(笑)。

買っているのは私だけだったみたいだし。

 

翌々日も、中国料理店へ行ってみた。

やはり、今日も弁当を販売していない。

私は思い切って、店内をのぞいてみた。

薄暗い店内には、誰もいない。

あのおじいさんもいなかった。

 

おかしいな。弁当販売をやめてしまったんだろうか。

すると、突然奥から中年の中国人女性が顔を出した。

「いらっしゃいませ。」

 

私は、こっそり店に入った泥棒のようにドキッとした。

「あ、あの…今日はお弁当はないんですか?」

勇気を出して、聞いてみた。

すると中年女性は笑った。

「ごめんなさいねえ。今は売っていないのよ。」

 

やっぱりそうか。売れなかったのか。

カシューナッツと鶏肉の炒め物とか、ブロッコリーとエビの炒め物弁当とか、おいしかったんだけどな。

 

私はもう一つ聞きたいことがあったので、また勇気を出して聞いてみた。

「あのおじいさんは、どうしましたか。」

 

中年女性は笑顔を絶やさず、しかし静かな声で言った。

「うちの父は、先週亡くなったの。」

亡くなった?先週?

 

私は、女性が何か言う声が耳に入らなかった。

先週って?

じゃあ、先々週弁当を買いに来ていれば、あのおじいさんに会えたかもしれない。

目の前の女性がもう一度なにか言ったが、何も聞こえなかった。

 

私の頭の中は真っ白になっていたらしい。

気づくと、もう一人高齢の中国人女性が私の脇を支えていてくれていた。

中年女性と二人で何やら私に話しかけている。

我に返って気づいたが、私が涙をぽろぽろ流し始めたので、娘さんらしき中年女性が驚いたらしい。

奥からおじいさんの奥様を呼び、二人して私を慰めてくれていた。

 

それに気づいて、ようやく私も恥ずかしいという気持ちがわき上がってきた。

いや、知らない人の前で泣いてしまい、恥ずかしいどころか、めっちゃ恥ずかしい!

しかも、おじいさんの娘さんと奥様に介抱?されるという醜態まで演じてしもうた。

恥に恥をうわ塗ってしまった!

 

奥様と娘さんは、

「うちの父と仲良くしてくれて、ありがとうね!」

「あなたが主人の話していた日本人の方?」

などと言うのだが、私はもう、おじいさんに会えないまま今生の別れとなってしまった衝撃で、物をまともに考えることが出来なかった。

 

私が弁当を買いに来たことが分かり、娘さんは厨房の夫?に頼んで、弁当を一個だけ作ってくれた。

私は、今思い出すと恥ずかしい限りだが、涙を流し、鼻水をすすりながら代金を支払い、弁当を持ってよろよろしながら職場に帰り、誰もいない会議室に閉じこもって泣きながら弁当を食べた。

 

それ以来、恥ずかしくてその中国料理店へは行けなくなった。

中国料理店から足が遠ざかり、そして南アフリカでの業務が終わり、日本へ帰国した。

 

いまだに、スーパーなどで「中華風弁当」を見ると涙腺がゆるんでしまう。

あんな元気そうだったおじいさんが、わずか1,2か月会わないうちに亡くなるなんて、大ショックだったのだ。

 

それにしても、あの中国人一家も、突然店に現れた日本人が大泣きしてびっくりしただろうな。

ホント、あの節はすみませんでした。

意外にも涙腺が弱い自分を発見したのでした。