日本人の友人が、イギリスはロンドンに住んでいた。
私はたまたまフランスへ旅行する計画があったので、ついでにロンドンの彼女に会おうと思い立った。
冬のパリはとっても寒かった。
クリスマス時期だったので、パリの街はもみの木とリボン、クリスマスライトで飾り付けられ、まばゆい光を放っていた。
フランスも田舎へ行けば優しい人がたくさんいるのかもしれないが、パリはやはり都会。
毎回来るたびに、「フランス人って本当に冷たいな」と思いを新たにする。
こちらがフランス語を話すと機嫌よく対応してもらえるが、うっかり「Thank you!」などと口走ろうものなら、とたんに冷たい態度になるフランス人もいた。
同じ大都会でもニューヨークは違う。
英語の話せない移民が大量にいるが、何とかなるようだ。
アメリカは適当だが、温かさを感じる。
いつかフランスの田舎へ行ってみたい!
そしたらフランスを好きになれるかもしれない、と思っている。
その時は、パリからカレーへ電車で移動し、そこからドーバー海峡を船で渡った。
ドーバー海峡が、あれほど波が荒いとは知らなかった。
私は最初から船酔いしてしまった。
それも結構ひどく…。
フランスからイギリスに到着するまで、船のトイレに缶詰めになっていた。
「もうすぐイギリスに到着します」
という船内アナウンスが流れ、私はトイレを這い出し、甲板に出た。
外の空気を吸えば、少しは気分が良くなるかなと思ったのだ。
イギリスがすでに波の彼方に見えていた。
昔、イギリスは「白い国」と呼ばれていたらしいが、その名の通り、フランス側から見ると切り立った白い崖が見えた。
やった~!イギリス上陸だ~!
早く船から降りたいぞ!(←吐き気でふらふら)
ドーバーから列車に乗る。
列車は大好きなので、ようやく私も元気を取り戻した。
列車は緑濃い郊外の自然の中をひた走る。
緑=アイルランド、とイギリスに来る前は思っていたけど、イギリスも結構自然豊かなんですね。
大都会ロンドン到着。
そのころまでには私は駅員のイギリス訛りの英語にノックアウトされ、少々自信を失っていた。
しかも、冬のロンドン。
重く厚い雲が垂れ込め、寒くて暗いクリスマス…。
日本人の友人は元気そうだった。
当たり前だが、すっかりロンドンに詳しくなっていた。
ロンドン名物と言えば、Fish & chipsだ。
「おいしくないけれど、一応これを食べたらイギリス気分を味わえるから」
と彼女が言うので、食べに行った。
揚げた魚と揚げたイモ。
それがフィッシュ・アンド・チップスだ。
私は「チップス」というからには、ポテトチップスみたいな薄いものかと想像していたが、違った。
ジャガイモを厚めに切って揚げたものだ。
友人曰く、イギリス人は酢をつけて食べるというので、酢を付けて食べた。
うん。
申し訳ないが、彼女の言う通り、おいしくない。
アメリカも美味しいものがないんだが、イギリスも同様らしい。
アングロサクソンの国って、どうしてこう、おいしいものがないんですかね?
アメリカで私がおすすめの食べ物は、なくはない。
ピザとかブルーチーズドレッシングとか、おいしいものはある。
クレソンとクルミ、ブルーチーズであえたサラダは、私は大好きだ。
しかし、単品だ。一つの献立でおいしいものはない…ように思える。
アメリカ人の友人に、「伝統的アメリカ料理って何?」と聞くと挙がるのは、
「ハンバーガーでしょ。ホットドッグでしょ。そんな感じかなあ?」
アメリカで「おいしい!」と思った料理は、中国系アメリカ人の友人宅で食べた中国料理だ。
しかし、これはアメリカ料理だろうか…。
スペインやコートジボアール、インドネシアは、お勧め料理がいくつもあるんだが。
友人によれば、
「イギリス人は伝統的に『食べ物に手間暇をかけるなんて、下賤の者のやることだ』という意識があって、それで食事に手をかけないんじゃないかな。おいしいもの、全然ないもん。」
という。
いやいや。
食べ物=人生の楽しみの一部でしょ!
食べ物に時間をかけないなんて、人生を否定しているようなもんだ、と私は思ってしまう。
この時、3年ほど日本へ帰っていなかった私は、おいしいものに飢えていた。
イギリスで最初に食べた料理がフィッシュ・アンド・チップスだから、おいしいものを食べた満足感はない。
友人曰く、ロンドンは日本料理店がたくさんある!というので、日本料理店に連れて行ってもらうことになった。
彼女も日本料理店があるからこそ、食事のおいしくない?イギリスで生活できているんだろうな~。
友人と、彼女の友人を交え、とんかつ店へ行った。
3年も和食を食べていないので、私は正直、和食であれば何でもよかった。
白木で出来たカウンター席もあったが、私たちはテーブル席に陣取った。
店内は当然ながら、日本人客ばかりだった。
私たちはリラックスして日本語でしゃべりながら、ゆったりとした気分になった。
ふと、私は店内の片隅にいる男性客に気づいた。
その若い男性は、明るい茶色の髪をした若いイギリス人男性だった。
スーツを着ているから会社員かもしれない。
一人でひっそりとテーブル席に座っていた。
私が彼を見ているので、友人も振り返ってそのイギリス人客を見た。
「あの人、一人で来ているみたいだね。珍しいね。」
と彼女は言う。
友人曰く、日本料理店にいるイギリス人客は日本人の友人に連れてこられた人が多い。
自分一人で和食料理店に来るイギリス人は、よっぽど和食好きなんだろう、と彼女は言う。
確かにそうかもしれない。
例えば私は中目黒にあるエチオピア料理店に何度か行ったが、エチオピア在住経験のある友人に連れられて行っただけだ。
自分一人でその店に行くかというと疑問だ。
よほどその店の料理が好きでない限りは、一人でエスニック料理店には行かないだろうな。
こちらの席から、そのイギリス人のお兄さんが見えるので、私はちょいちょい彼を見ていた。
すると、彼の前にとんかつ定食が運ばれてきた。
彼はとんかつとキャベツにソースをかけ、おいしそうに白いご飯をほおばり、味噌汁をすすった。
あっぱれな食べっぷり。
新宿のとんかつ店でも、ジャカルタのとんかつ店でも、私は中国人客を見かけたことがある。
彼らはとんかつだけを食べ、キャベツは丸残し。
千切りキャベツを一緒に食べると、揚げ物の消化に良い、ということが分からないんだろうなあ。
そうしているうちに、私たちの前にもとんかつ定食が運ばれてきた。
久しぶりのとんかつ。
異国で食べるとんかつ。
おいしくないわけがない。
ぱくぱく食べる私の斜め前で、イギリス人客がまた小気味の良いとんかつの食べっぷり。
友人は(やらなきゃいいのに)、そ知らぬふりをしてまた振り返る。
そして、よく食べるなあと言いながら、
「あの人、絶対日本へ行ったことあるんじゃない?味噌汁お代わりしてたよ。」
と逐一イギリス人客の様子を報告する。
私たちが食べ終わり、店を後にするときも、そのお兄さんは食後の緑茶をのんびりとすすっていた。
クリスマスのロンドンは、華やかなクリスマスマーケットが出ていて、私は友人と街歩きをしながら楽しい時間を過ごした。
蚤の市で買った壁掛けは、今も大事にとってある。
イギリス人は、特に若い男性は少しシャイな人が多く、陽気なアメリカ人に慣れた私はちょっと戸惑った。
しかし、アメリカ英語を話しても相手が理解してくれることが分かったので、最終的にはロンドン滞在が楽しくなった。
しかし、やはりロンドンというと思い出すのは、とんかつをぱくぱく食べ、味噌汁をすすっていたイギリス人お兄さんだ。
一人でとんかつ店に来るほど、とんかつがお好きなんでしょうねえ。
異国でちょっとした日本ファンを見ると、なんだかうれしい気持ちがするものですね。