オランダへ行った時のこと。
日本へ帰るためのトランジット(しかも数日の)で立ち寄った。
首都アムステルダムといえば運河と自転車。そしてチューリップ市場が可愛らしい町だ。
アムステルダムのいいところ。
それは自転車通勤の人がめっちゃ多いこと!
自転車専用レーンを、競輪選手ばりにすっ飛ばしていく会社員たち。
オランダ人は男女とも大柄な人が多いからなのか、自転車のスピードが半端ない。
私の推察ですが、小さな国は政府が「環境に良い社会を作ろう!」と音頭を取ると、国民もそっち方面を目指してくれて、政策の効果が出やすいのかもですね。
しかし…オランダ人は、自転車で通勤できる範囲の会社に就職するんだろうか?
日本など、通勤が片道2時間半なんてのも普通だ。
さすがに往復5時間なら自転車通勤しないよね?
オランダ人と友達になったら、この辺掘り下げて聞いてみたい。
で、アムス滞在何日か目。
朝から雨が降っていた。
折りたたみ傘を持っていたので、それをさして小雨そぼ降る町へ。
ホテルから道を歩いていくと、石畳の道の前方に、何やら露店らしきものが。
その日は週末だった(確か土曜日だったと思う)。
日本でも週末になると〇〇市なんてのが出て、野菜や魚を安く買ったりできる。
それかと思っていた。
レインコートを着て、頭からフードをかぶった人が何人か、露店で作業中だった。
道端に机を並べ、商品に雨よけのビニールをかぶせていた。
あれ?野菜販売じゃないのかな?
そこを通り過ぎようとした私は、何を売っているのか見ようと足を止めた。
ん?
私は二度見した。
んん?
どこかで見たことのある切手だな…。
私はついに立ち止まり、ビニールの下の商品をよく見た。
あれ?これは日本の切手じゃないか!
そこで販売されていたのは、なんと日本の使用済み切手。
スクラップブックのような大きなアルバムに、透明のビニールシートが何枚も挟まっていて、そこに我らが日本の切手が鎮座ましましていた。
全て使用済み切手。
私は思わずアルバムを手に取り、ページをめくった。
どのページも、びっしりと日本の美しい切手が並べてはさんであった。
「おはよう。どう?きれいでしょ?」
声をかけられて、私は顔をあげた。
オランダ人のおじさんが、雨で水滴の付いたフードの中から柔和な笑顔を向けていた。
この人の店らしい。
私は指さした。
「これ、日本の切手?」
おじさんはうなずいた。
「全部日本の切手だよ。使用済み切手。コレクターがいるからね。ここは古切手のマーケットなんだ。」
おじさんは、机の上に並べた数々のアルバムを私に見せてくれた。
「使用済みなのがいいんだよ。新品はつまらないじゃん?消印が押してあると、この切手はどういうときに使われたのかな~って、思いをはせることが出来るだろ?」
へえ。
知らなかった。
オランダに日本の古切手のコレクターがいるんですかい。
使用済み切手をNGOに寄付すると、それが販売されて換金され、貧しい国の子どもにワクチンを送ることが出来るだの、途上国の人々に食料を支援できるだの、と聞く。
捨てられるはずの使用済みの切手が、誰かの役に立つなら私も集めたい。
しかし、どうやって現金に換えられるのか。買う人が本当にいるのか?
それが分からなかった。
だが、今日初めてその現場?を目にしたのだ。
隣の露店も同じで、古切手を販売する露店だった。
隣の店のおじさんも、似たようなアルバムをたくさん机の上に並べていた。
小さなビニール袋に入った古切手もたくさんあった。
販売者のおじさん同士で、今度はこんな珍しい切手が手に入った、とか見せ合っている。
私は買う気もないまま(だって日本へ帰ったらいくらでも手に入りますよ?)、商品を眺めた。
懐かしい日本のテレホンカード類を販売している露店もあった。
穴が開いて使用済みのカードも売っているし、未使用のきれいなテレホンカードもあった。
私はふと気づいた。
「おじさん、ここには日本の切手以外は無いの?」
先ほどのおじさんが、商品を段ボールから取り出しながら答える。
「多少は、ほかの国の切手もあるけどね。日本の切手が一番人気があって売れるんだよ。美しいからね。」
なるほど。
そのあたりには、10くらいの店が並んだだろうか。
ほとんどが日本の古切手、使用済みテレホンカード(あるいはクオカードとか、プリペイドカード類だ)を扱っている。
まだ商品を出し終わっていない店もあるが、さっそくマニアたち?が数人やってきた。
雨でしかも早朝、しかも週末なのに、それをものともしない。さすがコレクターだ。
見ていると、あっという間にコレクターのおじさんたち(女性もいるが、圧倒的におじさんが多い)は露店に群がり、日本の古切手を品定めし始めた。
私が最初に立ち止まった店も、熱心なコレクターがさっそくやってきた。
最初は私と英語で話してくれていた露店のおじさんも、客とオランダ語で話し始めた。
見ていると、客のおじさんは新商品?や、記念切手など、目についたものをバンバンお買い上げ。
趣味のためならいくらでもつぎ込む…のは、日本もオランダも変わらないわけですね。
私が見る限り、最新の記念切手(今現在、日本の郵便局で販売されているようなもの)は置いておらず、少し前に発売された切手が出回っている感じ。
タイムラグが生じるのは仕方ない。
彼らは「使用済み」に、ロマンを感じているわけだから。
新品の切手に用事はない。
誰かがその切手を使って手紙を出し、消印が押されたものにストーリーを感じているのだ。
見ていると、やはりテレホンカード類はそれほどコレクターが多くないらしい。
圧倒的に「古切手」が人気だ。
札を出してバンバン買っていた客のおじさん、私が見ているのに気づき、ニヤニヤする。
「今日はいい切手が手に入ったんだ!ほら、きれいだろ?」
そういって本日の獲物をいくつも見せてくれる。
ああ、そういう切手を買ったのか。(ちょっと古いね)
今、日本へ行けば、もっときれいな切手も売ってるよ…。
私が日本人と知ると、客のおじさんたちが「おおっ!」とどよめいた。
「へえ~君、日本人なの?日本から僕だけに、きれいな切手を送ってくれないかな?」
「使用済み切手でいいから、要らない切手があったらほしいんだけど。」
連絡先をくれ、とか言われたら面倒だ。
私は笑ってごまかして、その場を立ち去った。
何歩か歩いて離れ、もう一度振り返って古切手マーケットを見た。
小雨の朝、たくさんのお客さんが露店に群がり、情報収集したり切手を品定めしたりしている。
傘を差し、レインコートを羽織り、熱心に切手のアルバムをめくり、わいわいとにぎやかだ。
確かスペインにいたときも、弁護士の方から「日本の切手は美しいから収集してるんだ」と聞いたことがある。
日本の切手は、国際的に人気が高いんですね。
日本の切手をデザインしている方が知ったら嬉しいだろうな。
海外で、日本の古切手のコレクターが実際に売買しているのを見たのはこれが初めて。
日本帰国後は、手紙をもらった時には消印のついた切手を切り取って集めておくようになった。
まとまったら、古切手を受け付けているNGOへ郵送しています。
最近は手紙をもらうことも少なく、メール主流になりましたよね。
古切手コレクターも、「最近、商品が少ないなあ」と思っているでしょうね。
それでも、使用済み切手をはさみで切り取るとき、あの熱心なオランダ人コレクターたちをいつも思い出す。
私にできることは、使用済み切手を収集するくらいですが。
彼らが古切手を高額で買ってくれれば、途上国にお金が回るわけで。
自転車通勤もそうだが、アナログだが環境や社会に良い趣味や生活スタイルを持つオランダの人たちは、やっぱり半歩日本の前を歩いているように感じる。
使用済み切手を見て、消印を見て、この切手の来歴を想像し悦に入っているなんて、本当にアナログだけど想像力豊かだ。ロマンチックな趣味ですね。
彼らは、日本の古切手を販売した対価で、途上国の子どもに医薬品や食料が援助されているのを知っているのだろうか。
ま、多分知らなくてもいいのかも。
道義的意味とかあまり難しいことをこねくり回すより、コレクターたちにとっては宝石のように美しい切手が手に入れば、それで幸せなんだろうな。