オレンジの花と水

ブログ初心者の日記風よみもの

アフリカの人はカンもいい

少し前に「アフリカの人は目がいい」という記事を書いた。

その記事では、コートジボアール人の視力の良さについてふれた。

そこに少し書き足したかったのは、「アフリカの人はカンもいい」ということ。

 

ある日本人の友人Aの話。

コートジのある市場で、野菜売りのおじさんと親しくなった。

八百屋さんは沢山あるが、いつもそのおじさんの店から買うようにしていた。

 

ある日、Aは日本人の友人Bと一緒にその店へ野菜を買いに行った。

おじさんの店の野菜は新鮮で安いし、おじさんが気が向けば、たまにおまけをしてくれる。

 

その日、なぜかおじさんは市場に不在だった。

AとBは日本語で話した。

「おかしいなあ、いつもこの時間におじさんがいるんだけど。」

 

すると、八百屋の近くにある履物屋のおばちゃんが2人の会話を聞き、フランス語で口をはさんだ。

「そうなのよ。あんたたち、今日はせっかく来てくれたのに悪いわねえ。」

 

現地人のおばちゃんに会話に割り込まれ、ギョッとするAとB。

しかし、コートジボアールのその辺のおばちゃんに日本語が分かるはずもない。

彼女のセリフは、たまたまうまい具合に日本語の会話にはまっただけだろう。

おばちゃんを無視し、気を取り直して日本語で会話を続ける。

 

「どうしたんだろうね。おじさん、今日は病気なのかな。」

「その行きつけの八百屋のおじさん、会ってみたかったなあ。」

 

すると再び、履物屋のおばちゃんがうんうんとうなずきながら、二人の会話に割り込む。

「そうそう、あのおじさん、今日は具合が悪いんだってさ。」

 

AとBはおばちゃんの顔を見る。

おばちゃんは二人の会話の続きを引き取り、フランス語で続けた。

「だからあのおじさんは休みなのよ。残念ねえ。野菜はほかで買ったら?あんたたちが来た、って言っとくわよ。」

 

この後も、おばちゃんに聞かれないよう日本語で会話を続けたが、なぜかおばちゃんは話の内容が理解できるようで、日本人同士の会話にフランス語で割り込み続けたという。

もちろん、おばちゃんが日本語堪能なわけではない。

日本人が話している内容をほぼ正確に推察できているとしか思えなかった、と友人Aは不思議がっていた。

 

こういう事例は、コートジではかなり普通だった。

私もいつも現地人の言語能力の高さに舌を巻いていたが、彼らのカンの良さもあるのだと思う。

 

60以上の言語が国内に存在し、自分の部族の言葉が通じない相手も大勢いる。

そうすると、「相手はこんなことを言っているのではないか?」と推測する能力が高くなるんじゃないの?と私は想像している。

 

この記事はまたもや長くなってしまったので、後半部分は少し整理して明日にアップします。

自分の文章をまとめる能力の低さに毎回泣かされますが、私の記事を読んだ人が、「アフリカ(または海外)って面白そう!次回は〇〇国へ行ってみたいな」と思ってくれることを願いながら、頑張って書きます。