以前の記事にも書きましたが、コートジボアールに行ったばかりの時、アビジャンから離れた村にホームステイしました。
その滞在時のことをもう一つ書きます。
電気もない、水道もない、電話線も引いてない、病院も学校もない、食べるものも十分にない。
という村に、私はホームステイした。
電気が無くてもどうにかなるが、水は人間に必須。
そんなことを毎朝夜明け前に、ホストファミリーのお母さんや娘たちとジャングルの奥まで水くみに行きながら、考えた日々。
ホストファミリーのお父さんが、ある日、私に
「仕事を手伝ってほしい」と言うので、村の集会所へついて行った。
彼は、以前アビジャンの港でフランス人と一緒に働いていたので、多少フランス語が出来る。
ほとんどの村民が学校教育も受けず、フランス語も話せない中、「都会経験がある」「外国人と働いた経験がある」ということで、この村ではちょっとした仕事を任されているようだった。
私のホストファミリーとして抜擢された?理由も、彼の語学力だった。
多分、村で唯一?フランス語が話せるのが私のホストファザーだった。
集会所に到着。
集会所の外には、コーヒー豆を干す網や竹で編んだかごなどが置かれていた。
集会所の中には誰もいなかった。
簡素な机といすがある。
お父さんは私を椅子に座らせ、業務を説明し始めた。
この村では、村民がそれぞれ換金作物としてコーヒー豆を栽培している。
お父さんは会計係で、各自が生産したコーヒー豆の重さや販売価格をメモ帳に記録している。
コーヒー豆をN社が買い付けに来るが、今日はあらかじめ各自の生産量をまとめておくのだ。
ちなみに、N社とのやり取りはお父さんが担当。
なぜなら、村民はフランス語が話せないからだ。
で、私は何をやるのかというと。
お父さんは電卓を机の引き出しから取り出した。
おおっ。こんな田舎で?まさか電卓があるとは。
私は少し驚いた。
しかし、よく考えると学校へ行っていない人が多い地域では、みんなやたらと電卓を持っていた。
加減乗除を習っていないので、ノートの端切れで鉛筆で簡単に計算するということが出来ないのだ。
電卓を持っていれば、自分も難しい計算ができるような気分になるわけです。
「じゃ、まず俺がお手本を示すよ。まずは全員の生産高を足すんだ。」
お父さんは粗末なノートを開き、そこに記載された各村民のコーヒー豆生産量を足し算し始めた。
お父さんが計算している間、私は暇になったので、集会所の中をぐるっと見渡した。
収穫したコーヒー豆はここに持ち寄り、キロ単位いくらで販売され、引き取られていくのだろう。
そうして、ここで生産者が作ったコーヒーは大企業に買われ、焙煎や精製などを経て、欧米や日本のコーヒーショップで一杯いくらで売られるのだろう。
「あれ、おかしいな。計算が合わないぞ。」
お父さんは独り言を言い始めた。
私はお父さんの計算を覗き込んだ。
さっきから何度足し算しても、毎回合計が変わるのだという。
そんなはずはないでしょう。
お父さんはついに投げ出した。
「電卓の使い方がよく分からないんだ。やってくれる?」
そうだろうと思った。
申し訳ないが、途上国の人に計算が強い人を見たことがない。
電卓の押し方がおかしいのか、誰かの生産高を飛ばしているか、何らかの問題があるんだろう。
コーヒー生産者は20名ほどしかいなかったので、私は簡単に合計を出し、検算もした。
「じゃ、ここに合計を書いておくね。」
私がそういうと、お父さんは満足げにうなずいた。
私は引き出しにあった安物のボールペンで、合計生産量を記入した。
「じゃ、その次に、一人一人の今年の販売額だが」
お父さんは次の手順に移った。
昼間の太陽が昇ってきていた。
屋根のない集会所の上は開いていて、日光がノートや机の上に落ちていた。
いつの間にか、作業の主体は私になっていた。
お父さんがこんな感じじゃ、私が事務処理をやった方が正確だろうなあ…。
お父さんの言った通り、キロ単価と各自の生産量を掛け算した。
む?
私は目を疑った。
むむ?
どれくらいのコーヒー豆から、最終的にコーヒーがどれくらいとれるのか、私には皆目見当もつかない。
豆を炒って挽くとだいぶ量が少なくなるだろうということは想像がつく。
しかし、コーヒー豆生産者の収入って、こんなもんなのか?
計算してみると、お父さんの今年の収入は日本円にして約350円。
少なくないか?
一年間コーヒー豆を作って、350円?
見ると、年収が200円の村民もいる。
ということは、お父さんの生産高は悪くないらしい…。
私は念のため、再度計算しなおした。
やはり、お父さんの今年のコーヒー豆の収入は350円。
なるほど…確かに年収350円では、子ども4人を学校へ入れるなんてこりゃ無理だわ。
内心、色々思うところがあったが、私は黙って作業を進めた。
お父さんは、私が各自の今年の生産高に見合った予想収入(つまり、この金額をN社から受け取れる)を記載し終わったので満足した。
「よし。これで出来たな。あとは、買い付けに来るN社が来る前に、豆をまとめておくんだ。」
お父さんは、私に説明しているのか、それとも自分の作業を確認しているのか、誰にともなく語り始めた。
お父さんは電卓とボールペン、予定価格を記載した手帳を机の引き出しにしまった。
その後、集会所の外で干しているコーヒー豆を見せてくれたり、自分が生産した分のコーヒー豆をさわらせてくれたりした。
集会所からの帰宅途中、野生の花が咲く村の中の道を歩きながら、私はお父さんに聞いた。
「お父さん、コーヒーって普段飲むの?」
前を歩くお父さんは首を振った。
「飲むわけないだろう。でも、アビジャンで働いていた時、何度か飲んだことはあるよ。」
そうだね。
確かに、スーパーマーケットもカフェもない村だし、コーヒーなんて飲めるわけないよね。
白い蝶がひらひらと村の道を飛んでいた。
今年は私がきちんと計算したから、コーヒー豆を買い取ってもらうときトラブルが無いようにと願う。
それにしても、村の販売責任者のお父さんですら電卓をまともに使えないんじゃ、先が思いやられるわい。