オレンジの花と水

ブログ初心者の日記風よみもの

ルカ君のこと

 

初めてアメリカへ行ったとき、当然ながら多くのカルチャーショックがあった。

大学生の時に親しかった、ルカ君のことを書いてみたい。

 

アメリカの大学の新学期は秋から始まる。

英語に自信のなかった私は少し早めに渡米して、コロラド州の小さな大学でサマークラスを履修した。

アメリカの大学は編入や転学、単位のトランスファーが大変容易だ。

私が行った大学にも、全米から多くの学生がサマークラスを履修するために集まっていた。

 

ルカ君とどういうきっかけで知り合ったのか、今となっては覚えていない。

同じクラスだった記憶もない。

いつの間にか顔見知りになり、仲良くなった。

 

ルカ君は高校を卒業し、今秋からカンザス州の大学へ入学する予定だった。

高校卒業して大学へ入るとなると19歳かと思いきや、彼は当時17歳くらいだった記憶がある。

大学に入学後に18歳を迎えるとか、そんな感じだった。

つまり、同級生だが私より年下だった。

 

彼はいわゆる気のいいヤツだった。

英語が得意でない日本人留学生(私だ)の英語も辛抱強く聞いてくれて、間違いを笑ったりすることもなかった。

とても人懐こく、あっという間に日本人留学生やアメリカ人学生たちと仲良くなった。

私はアメリカで、初めて友達らしい友達を得た気がした。

 

最初は楽しい話をいつもしていたが、だんだん親しくなると、彼はまじめな話もするようになった。

カンザス州の大学へ進学するのに、どうしてコロラド州の大学でサマークラスを取ってるの?」

とルカに聞いたことがある。

彼は少し恥ずかしそうな表情をしたが、思い切った様子で私にこう言った。

「実は、お母さんの再婚先がこの町なんだ。」

 

「どういうこと?」

と尋ねると、ルカのご両親は離婚しているという。

お母さんが再婚し、この町に暮らしていると風の便りに聞いた。

この町にいればお母さんに会えるかも、と思い、サマークラスだけこの町の大学で取ることにしたのだという。

 

ルカにはお父さんが2人、お母さんが3人いた。

つまり、両親が離婚と再婚を繰り返した結果、そうなったのだ。

現在、カンザス州で一緒に暮らしているお父さんとお母さんは、どちらも自分と血のつながりがない。

両親が離婚と再婚を繰り返した結果、あっちの親に引き取られ、今度はこっちに引き取られ、気づくとどちらも生みの親ではない、という「両親」達と一緒に暮らしていた。

 

私はうなった。

17歳にして、お母さん3人か。

するってえと、6、7年に一度は親が離婚するわけだ。

アメリカでは2人に1人が離婚するっていうけど、ホントなんだ…。

今まで自分の周囲に「親が離婚した」という友人がいなかったので、アメリカの現実に頭をハンマーで殴られたようなカルチャーショックを受けた。

 

この時、ようやくルカの人懐こさの正体が分かったように感じた。

こうやって誰とも仲良くやっていかないと、自分の居場所がなくなってしまうのだろう。

 

ルカは留学生が好きだった。

東洋人と見ると気おくれして、遠巻きに見るような白人学生が多い中、ルカは積極的にアジアからの留学生に話しかけていた。

 

ルカは、「アジアの留学生は優しいから好きだ」と常に言っていた。

「そんなことないよ。アメリカ人だって優しいじゃないの?」

と言うと、彼は首を振った。

アメリカ人は自分中心でわがままだ。アジアの人たちは穏やかで相手への配慮がある。僕はアジアの文化を尊敬しているんだ」

と言う。

 

サマークラスが終わり、ルカはカンザス州へ帰っていった。

別れ際に、「お母さんと会えた?」

と尋ねると、急に表情を曇らせた。

「どうしても会いたくて訪ねて行ったけど、『もう二度と来ないで』と言われた。だから、僕はこの町に来ることはもうないと思う。」

 

それからしばらく彼と連絡を取り合っていたが、「アジア好き」を公言していた通り、ルカはブルネイ人の女子留学生と学生結婚した。

奥様はやっぱり?大家族出身らしい。

ルカが今も幸せに暮らしていることを願っている。

 

もう一人、大学4年の時に親しかったショーン君という子がいる。

彼は、カリフォルニア州出身だった。

おとなしくて引っ込み思案な性格だったが、彼もなぜかアジア人留学生が好きだった。

 

彼は不思議な子だった。

さすがに私も大学4年ともなれば、英語でのコミュニケーションに支障があることはないのだが、文化的に相いれないものをアメリカ人に感じることはよくあった。

しかし、ルカやショーンはアメリカ人でありながら、考え方や人への接し方がなんとなくアジア人ぽかった。

 

私が一人で学食でご飯を食べていると、ショーン君がトレイを持ってきて私の隣や前に座る。

二人でおしゃべりしながら食べていると、周りにどんどんアメリカ人学生や留学生が座る、といった具合だった。

留学生が好きなアメリカ人は、留学生の英語がさほど上手でなくても辛抱強く聞いてくれる。

そういうアメリカ人学生がいると、留学生は心底ホッとできるのだ。

 

ショーン君がどうやって私と親しくなったか、それも実は覚えていない。

彼と私は、一度も同じクラスを履修したことがなかった。

(つまり、専攻が全然異なっていたわけです)

彼はいつの間にか私やほかの留学生、韓国、ネパール、フランス、ガーナなどから来た学生たちと親しくなっていた。

 

ショーンはカリフォルニア州出身なので、多国籍の移民に慣れているのだろうと私は勝手に想像していた。

しかし、ショーンが留学生を好きな理由は、すぐに分かった。

彼は、高校時代の大親友が台湾人だったのだ。

 

「パロアルト(ショーンの出身地)を、よく二人で歩き回ったんだ。二人で冗談を飛ばしながら、その辺で買ったお菓子を食べながらさ。」

ある日、ショーンはどうして自分はアジアからの留学生が好きなのかを説明してくれた。

その台湾人の大親友が本当にいいやつだったおかげで、ショーンの孤独にずっと付き合ってくれたおかげで、彼は両親が離婚した寂しさを紛らわすことができた。

 

そういえば、ルカも両親が離婚しただけでなく、新しいお父さんに暴力を振るわれて大変だった、という話をよくしていた。

お父さんの暴力から逃げておばあちゃんちへ行ったり、お父さんの暴力の怖さを紛らわすため、コカイン等様々なドラッグへ逃げ込んだりしたという。

そういう寂しさの中で、アジアからの留学生は(ルカ曰く)「伝統的な家族の良さや、愛情深く両親に育てられたが故の優しさ」を持っているように感じたのだという。

 

アメリカで暮らしていると、「自分が生まれたときの両親がいまだに一緒に暮らしている」という人には、めったに会うことがない。

それくらい、離婚が一般的だということなんだろう。

 

「両親は結婚以来、一度も離婚していない」とか、

「自分の今の両親は、どちらも自分の生物学的親(つまり離婚していないから)」

というアメリカ人に会うと、あまりに珍しすぎて、(このご両親、何か問題があるのだろうか)と逆に変な心配をしてしまう。

でも、ルカやショーンの例を見ても分かるように、たとえ一度の離婚であっても子どもにとっては苦痛以外の何物でもない。

 

昨今、アメリカではアジア人に対する憎悪犯罪が増加しているようだが、自分と違う外見、自分と違う文化の人と親しくなるのは、確かに結構ハードルが高い。

若いころに親しくなった相手のことは好感を持って記憶するようになる、としたら、若いころにいろいろな国籍の人と仲良くなることが、どれほどその人の人生に影響を及ぼすか、容易に想像がつく。

 

最近は「アジア人を攻撃するな」と反人種差別デモに参加する若いアメリカ人も増えている。

それを聞くと悪いことばかりでもないと思うし、ショーンやルカのように、自分たちと異なる文化を持つ人に敬意を持ったり、親しみを感じたりアメリカ人は、着実に増えているんだろうと思う。