またまたアメリカの話で申し訳ない。
クリスマスについて、一つの思い出を書く。
大学生の頃、学生寮に住んでいたことは前述した。
ある12月の寒い週末、私は学生寮で期末試験のため勉強をしていた。
部屋にいると、コンコン、と誰かが私の部屋のドアをノックする音が聞こえた。
私は机に向かったまま、「Come in!」と声をかけた。
しかし、誰も入ってこない。
あれ?気のせいかな。
確かにノックの音が聞こえたんだけど。
気を取り直してまた机に向かった。
すると、コンコンコン、とまた小さなノックの音が聞こえた。
「Come on in!」
私は椅子に座ったまま、後ろをクルリと振り返ってドアに声をかけた。
しかし、誰も入ってこない。
一体誰だろう?
たいていの学生なら、「どうぞ!」と言われたらすぐにドアを開けて入ってくるものだ。
私は椅子から立ち上がり、歩いて行ってドアを開けた。
ドアを開けると、そこには小さな少年が立っていた。
みると、彼の隣にはさらに小さな妹が立っていた。
学生寮にこんな小さな子どもがいるのか?
多分、年の離れた大学生のお姉ちゃんの部屋を訪ねてきて、部屋を間違ってしまったんだろう。
私は優しい気持ちになって、しゃがんで少年の顔を見た。
「どうしたの?誰かの部屋を探してるの?」
私が尋ねると、少年は首を振った。
そして、左手に持ったブリキのバケツを見せた。
「クリスマスのお菓子を売ってるの。」
見ると、彼の左手に持ったバケツ型のブリキ缶の中から、トナカイの顔のお菓子がたくさん顔を出していた。
彼は左手にブリキのバケツを持ち、右手に妹の手を引いていた。
「このお菓子、どうしたの?」
不思議に思って、私は尋ねた。
よく、アメリカではちょっとしたイベントやチャリティ、あるいは高校生のアルバイトで、クッキーやピンクレモネード(ピンク色に着色したレモネード)を販売することがある。
そういう場面を見かけると、私は(お金がないながらも)快くお金を出すようにしていた。
値段はさほど大きくはないし(たいていが25セントとか50セント、高くても1ドルとかだ)、高校生が働いて金銭を稼ぐ大変さを学ぶ意味もある。
チャリティなら、なおさらお金を出すようにしていた。
少年は、お母さんがそのトナカイ顔のお菓子を作ってくれたのだと説明した。
私は、ブリキのバケツからトナカイを一本、抜き出してみた。
アメリカのクリスマスアイテムの一つに、ステッキ型のアメがある。(Candy caneと呼ばれているアレです)
そのアメの上の曲がった部分にモールを結び付け、角のように上に曲げ、前から見るとトナカイの顔に見えるよう、手芸用の目玉が二つ、横にくっついていた。
なかなか良く出来ていて、ユニークな顔をしたトナカイたちがたくさんバケツに入っていた。
一つ25セントだという。
「うわ、かわいいね!トナカイじゃん!」
キャンディを見た私が喜ぶと、少年も顔をほころばせた。
妹もがっちりお兄ちゃんの手を握っている。
それにしても、高校生のアルバイトにしては若すぎるよね…。
私は改めて、この小さな訪問者たちを見た。
年齢を聞くと、少年は4歳、妹は2歳だという。
子どものネグレクトに大変厳しいアメリカで、まさか彼らだけでここまで行商に来るわけがない。
私は彼らの年齢を聞いて少々不安になり、お母さんとはぐれたなら私が探してあげた方がいいのでは?と思った。
「お母さんはどこ?」
と尋ねると、下の駐車場で待っているのだという。
ますます不思議に思い、
「どうして今日、この学生寮に来たの?」
と聞いてみた。
すると、少年はこんな話をしはじめた。
クリスマスが間近になり、僕はお母さんに何かプレゼントを買ってあげようと思い立った。
お母さんはいつも僕たちのために、一生懸命働いているからだ。
(彼のお母さんは、シングルマザーなのかもしれないですね)
僕はお母さんにプレゼントを買うために、お母さんにお願いした。
「お母さん、1ドルちょうだい。」
すると、お母さんは何のためにお金が必要なのか、と僕に聞いた。
僕は「お母さんに、クリスマスプレゼントを買うためだよ」と答えた。
お母さんは僕にこう言った。
「お金を稼ぐことは、本当に大変なことなのよ。誰かに『お金ちょうだい』と言えば、もらえるものではないのよ。」
そして、お母さんはこう僕に提案した。
「お母さんが、クリスマスのお菓子を作ってあげる。それを自分で売ってみなさい。売り上げがあれば、あなたはプレゼントを買えるでしょ?売れなければ、あなたの稼ぎはないわけだから、プレゼントは買えないのよ。」
お母さんはステッキ型のキャンディを買い、手芸品店でトナカイの角や目玉になるアイテムをそろえた。
そして、お母さんはキャンディで丹念に一つずつ、トナカイの顔を手作りした。
今日は、お母さんが車で大学まで僕たちを送ってくれた。
「ここは大学の女子寮だから、学生のお姉さんたちが買ってくれるかもしれない。自分の力で頑張って売ってみなさい。」
と言われ、送り出された。
今、お母さんは僕たちを下の駐車場で待っている。
僕と妹はお姉さんたちの部屋を回って、トナカイのお菓子を売っているところなんだ。
今日は週末で、お姉さんたちは部屋にいないみたいなんだけど。
なるほど。
少年の話を聞き終わって、私はようやく彼らがなぜここにいるか理解した。
お母さんとしては、お金を稼ぐ大変さを自分の息子に教えるため、キャンディや手芸用品を買ったり、トナカイの顔を作ったり、息子を車でここまで送ったり、こんなに時間も手間もかかることをやったわけだ。
『お金ちょうだい』と言われ、面倒くさいな~と1ドル札をぺらっと渡してしまうのと訳が違う。
『お金を稼ぐ大変さ』を息子に教えるのは、なかなか大変なことなのだ。
なるほど(状況が分かると、さらに感慨深い)。
私は目の前の少年と、彼の妹を改めて見た。
時間をかけて息子と娘に大事なことを教えてくれる、いいお母さんじゃないの。
しかし、4歳でしょ。
…って、年齢は関係ないのかな。
私も日々アルバイトで疲労困憊しているので、お金の大切さは身に染みているつもりだが、しかしそれでもアメリカ人は徹底しているなあ…。
周りのアメリカ人の学生が、徹底して『親からお金をもらわない』学生生活をしているのを普段目にしているが、そのルーツはこの年齢までさかのぼるわけだ。
私は少年の話を聞き終え、トナカイのお菓子を買った。
そして、
「今日は土曜日だから、ほかのお姉さんたちもいるかもしれないよ?頑張って部屋を回ってごらん。」
と言って、彼ら二人を部屋から送り出した。
学生寮の内部といえど、彼らは4歳と2歳。
隣の部屋をノックするも、不在。
次の部屋も不在。
私は心配になり、小さな子ども二人の姿をしばらく廊下で見守った。
すると、少年がノックした次の次の次の部屋から、大きな声が聞こえた。
「Come in!」
ずっと見ていると、やはり私と同じように女子学生が部屋から出てきた。
少年と妹を見て、そしてやはり同じように事情を聞き、トナカイのお菓子を手に取った。
「わー、かわいい!!トナカイじゃん!!」
やっぱり、女子はかわいいものが好きなんですね。
ちょっとホッとしました。
その女子学生が、通りがかった他の学生を呼び止め、数人の女子学生が少年と妹を取り囲んだ。
突然現れたかわいい訪問者に、女子学生たちは質問を浴びせかけ、トナカイのお菓子を手に取った。
「一つ25セント?買う買う!」
「お姉さんが爆買いしてあげるよ!」
「いいお母さんだから大事にしなさい!」
「お母さんによろしくね!」
その様子を見て、私はなんだか自分の息子のように安心し、自分の部屋に戻った。
群がっている学生たちも、同じようにお金を稼ぐ厳しさを幼少時から親にたたき込まれているのだが、それを今味わっている少年をサポートしてあげたい、という気持ちが半分くらい混じっているのが私にも分かる。
アメリカ人のお金に対するシビアさはこうやって醸成されるのかなと思うと同時に、働いてお金を得ることを子どもに教えようとするお母さんに拍手を送りたい。
現実的な話をすると、キャンディや手芸用品を買った金額の方が、少年の売り上げより高いだろう。
でも、自分の力でお金を稼いだということが彼の自信につながるし、たとえ売り上げが1ドルしかなかったとしても、息子が働いて得たお金で買ってくれたプレゼントなら、お母さんはさぞかし嬉しいでしょうね。