アメリカに住む前は、アメリカ人のことをこんな風に考えていた。
「アメリカ人は陽気で明るい。自分からガンガン積極的に来る」
アメリカ人はあの子と友達になりたい!と思ったら、臆せずどんどん自分から話しかけてくるんだろうな。
アメリカ人はジョーク好きでポジティブ。
そんな風に、私はずっと思い込んでいた。
これは完全に自分の偏見だったのだと、今になって気づく。
アメリカ人だって、シャイな人も当然いたのです。
やはり、住んで体験してみないと分からないものです。
アメリカの大学へ通っていた、大学2年生の時。
友人のアメリカ人女子学生と、私はキャンパスを歩いていた。
すると、向こうから1人の男子学生がやってきた。
その学生と私の友人はどうやら知り合いだったらしく、お互いに相手に気づいて道の真ん中で立ち止まった。
2人はお互いにハーイと声をかけ、会話が始まった。
「ふうん、彼らは知り合いなんだな」
と、一緒にいた私は思った。
そこで気を利かした友人が、男子学生に私を紹介した。
「彼女、日本からの留学生なのよ。よろしくね。」
そして私を振り返り、「彼の名前は〇〇君だ」と言った。
私は笑顔を作り、「初めまして」と自己紹介をした。
よくある大学内での出来事だ。
すると、その男子学生は私に言った。
「僕、君が入学した時から知ってるよ。日本から来たんでしょう?」
私は戸惑った。
はい?
どういうこと?
話を聞くと、彼は私が昨年、1年生として入学した時から私をキャンパスで見かけ、
「ああ、ああいう新入生の留学生が日本から来たんだなあ」
と認識していたのだという。
友人の女子学生は笑った。
「へえ、じゃあどうして話しかけなかったの?去年から知ってるなら?」
男子学生は、恥ずかし気に少し口ごもった。
「だってさ、話しかけていいのか迷ってしまって…。」
彼によれば、
「あの子は日本から来た留学生だ、ちょっと話しかけたい」
と思ったらしいのだが、どうにも声をかける勇気が持てなかったらしい。
そうして、私がほかのアメリカ人学生たちと仲良くなっていくのをずっと遠巻きに見ていたのだという。
私は驚いた。
こんなアメリカ人がいるのか!!(衝撃)
友達になりたいと思ったら、話しかけてくれればいいのに。
留学生に話しかけるのをためらうアメリカ人がいるなんて、想像もしていなかったぞ。
この時まで、私は「アメリカ人は誰しも積極的」という偏見をまだ持っていたように思う。
住んでみると分かるが、本当に、まったくそんなことはない。
アメリカ人の中にも恥ずかしがり屋だったり、相手に気を使ったりする人がいるのだ(当然だが)。
アメリカ人は全員ずうずうしいとか、明るくて頭が空っぽだとか、そんなのは完全なる誤解だ。
NYの大学院でのこと。
アメリカの大学院は社会人をターゲットにしているため、社会人が履修しやすいよう授業時間を工夫している。特に私の通学した大学院では、授業がすべて夕方や夜間に実施されていた。
会社が終わってから通学できるように、という配慮である。
ある日のこと。
その日一日、私は自宅で授業の予習をし、夕方になって大学院へ向かおうとした。
しかし、その日はなぜか髪型が決まらなかった。
いくら髪をとかしても、整髪料でなでつけても、全体的にぼさぼさになってしまっていた。
大学に行くまでの間、ずっと洗面所で寝ぐせと格闘していたのだ。
髪型が落ち着かず、鏡の中のみじめな自分を何度も眺めた。
家を出る時間が迫ってきた。
もう、時間を無駄にしていられない。
仕方なく、マンガに出てくるオバサンよろしく、乱れた髪のあちこちをピンで止めまくった。
見ると、赤塚不二夫のマンガに出てくる小池さん(あれはおじさんだが)みたくなってしまった。
笑えるが、どうしようもない。まるで美容院から出てきたオバサンだ。
どうせ夜の授業だし、誰も私の髪型を気にする人はいないだろう。
私も心臓が強くなったものだ!
そして、すさまじいオバサン髪型のまま、慌てて大学院へ向かった。
何とか授業に間に合い、私は恥ずかしげもなく前の方の席に座った。
ニューヨークは妙な髪型や妙な服装の人がたくさんいるし、私はそんなに目立たないだろう。
なんて、思っていたのだ(恥ずかしいですね、ホントに)。
授業が終わった。
私は教科書やノートをまとめ、カバンに入れて席を立ちあがった。
このオバサン髪型を見られないよう、さっさと帰らねば。
知っている友達に会ったら、かなり恥ずかしいぞ。
夜も遅いので、私は足早に大学院を後にした。
大学院を出て、バスに乗ろうかと時計を見たが、バスがすぐに来るような時間ではなかった。
じゃあ、歩くか。
私は大学院の前の長い道を歩き、ブロードウェー(大通り)へ向かった。
教室からずっと歩いていて、私は気づいた。
どうやら、さっきから誰かが私の後をつけてきているような気がする…。
気のせいかもしれないが、道を変えてみる。
違う道に入っても、後ろから足音が聞こえる。
間違いなく、私はつけられている…ような気がする。気のせい?
誰なのか分からないが、私は歩く速度を速めようとした。
すると、その時。
「すみません。ちょっと」
突然、背後から呼び止められて、私は心臓が止まりそうになるくらい驚いた。
道は街灯がついていて明るいが、夜も遅いので誰も歩いていない。
私は恐怖に固まりながら、ゆっくりと後ろを振り返った。
振り返るとそこには、ドレッドヘアの、背の高い若い黒人男性が立っていた。
全く知らない人だ。
彼は、私がおびえているのを見て、少し表情をやわらげた。
「君、さっきのクラスに出てた人でしょ?」
へ…?
そう言われ、私は彼の顔をまじまじと見た。
こんな学生、あのクラスにいたっけ?
記憶にない。
というか、私は授業に出ている他の学生の顔を全く見ていない。
今日は、自分の髪型で頭がいっぱいだったのだ。
彼は、笑顔になった。
「さっき、僕は君と同じクラスに出てたんだよ。」
そんなことを言われても、知りません。
というか、アンタ誰?
なんで私の後をつけてくるんだよ。
彼はレスリー(仮名)と名乗った。
よく見るとなかなかのイケメンだが、それよりか私は自分のオバサン髪型が気になっていた。
この髪型をどう思われるのか恥ずかしい。
しかし、レスリーは私の髪型など眼中にない様子で話し始めた。
「教室で君を見かけて、もしや日本人かな?と思って、話しかけたくなってついてきたんだよ。僕、日本へ行ったことがあるんだ。」
へえ、そうですか。
しかし、無言で後を付けられてもねえ。
教室で話しかけてくれればいいのに。
そういうと、レスリーは笑った。
「話しかけようと思ったら、君はすごい勢いで教室を出ていくからさあ。慌てて追ってきたんだよ。」
あ、そう。
早くこの会話を切り上げたい私は、レスリー君を見上げた。
「で、日本のどこへ行ったの?」
レスリーは自信満々に答えた。
「宇部。」
ウベ?どこだそりゃ?
(山口県の皆様、申し訳ございません…この時、宇部市という町を知りませんでした!この場を借りて深くお詫び申し上げます!)
私は首を振った。
「ごめん、そんな町、私は聞いたことないなあ。」
レスリーは顔を曇らせた。
「ええっ?でも、日本なんだよ。本当に、僕は日本へ行ったんだよ!」
私は、じゃあ、ウベは何県なのか言ってごらん?と聞いた。
レスリーは考え込んだ。
「県?」
何県なんだろ…。
答えられなくなったレスリーを見て、私はふふんと鼻を鳴らした。
ほーら、ウベは日本じゃないじゃん!(勝ち誇った気分)
それでもなお、レスリーは気を取り直して私に説明をした。
教員の研修でウベへ行ったこと、自分はニューヨークで高校教員をやっていること。
それを聞いて、私はびっくりした。
こんな(人を外見で判断してはいけない)、ドレッドヘアの黒人兄ちゃん(失礼)が、ニューヨーク市の高校の化学の教師ですって?
うーむ…アメリカは奥が深い。
どうしても日本人と友達になりたいレスリーと、オバサン髪型が気になって早く帰宅したい私と、どうにも話がかみ合わなかったが、とりあえず、我々は友達になることにした。
彼と連絡先を交換し、私はそそくさと帰宅した。
この髪型でなければもう少し話をしてもよかったが、どうしても小池さん状態が嫌だったのだ。
仲良くなってみると、実はレスリーはとってもいいヤツだった。
NYヤンキースのファンで、私の友人が日本から来たときは野球の試合のチケットの取り方を教えてくれた。
とても友達甲斐のある、ナイスガイだったのだ。
やはり、人は外見で判断してはいけない。
今思えば、レスリーが「日本人と友達になりたい」と思い、慌てて追ってきてくれたので友達になれたわけです。
それは彼の積極性に感謝だ。
やはり、アメリカ人にも積極的な人はいる。
こうして振り返ると、「〇〇人はこうだ」というステレオタイプは、その国に住んでみると、当てはまらないことも多いように思う。
海外に住んでみると自分の偏った見方に気づかされるのかもしれない。