東京パラリンピック・オリンピック開催まで、あと1か月ほどとなった。
私は元アスリートではないし、ましてや体育会系ではないので、スポーツに対する思い入れは皆無だった。
しかしインドネシアに在勤中、スポーツの持つ突破力や可能性について考えるきっかけに恵まれた。
自分自身もジョギングのグループに参加して様々な国籍の人たちと走ったり、インドネシア人アスリートと知り合ったりして、スポーツの在り方に思いを巡らせる機会を得ることができた。
とはいえ、スポーツの持つ保健的、または社会・経済的影響について、ここで論じるつもりはない。
今日はシンプルに、「スポーツの良さ」について記事を書いてみようと思う。
インドネシアは、少しずつ『発展途上国』から脱皮し始めている。
首都ジャカルタの目覚ましい発展ぶりを見ると、
「うわ、東京より進んでいるじゃん!」
と思うこともよくある。
スポーツも同様だ。
アフリカにいたときに思ったが、スポーツを楽しむことのできる国は、当然ながら国民の衣食住が足りているわけだ。
インドネシアでスポーツ人口が増えているのは、経済発展が背景にあるのです。
そういうわけで、インドネシアは首都ジャカルタだけでなく、地方大都市でも様々なスポーツに親しむ若者が増えてきている。
アーチェリー、フェンシング、ソフトボール、少林寺拳法、空手、バスケットボール、剣道、カヌー、飛び込み、ボクシング、ラグビー等、「インドネシアでそんなスポーツをやってるのか」と思うような意外な種目も人気がある。
スポーツをする若者にとって、まず目標となるのは世界の著名なアスリートだろう。
2018年、インドネシアではアジア大会(アジア競技大会)が開催された。
二都市開催ということで、ジャカルタとパレンバン(スマトラ島)で開催されたのだ。
アジア大会開催が迫るにつれ、「早くスポーツ施設の工事を完成させねば」という論調が新聞で目立つようになり、のんびりインドネシア人も、ようやく尻に火がついてきた。
そんなインドネシアを、私は「ふーん」てな感じで傍観していた。
ジャカルタでは、突貫工事でスポーツ施設を完成させ、突貫工事で道路や歩道を完成させ、突貫工事で何とか開会式にこぎつけた。
開会式当日も、あちこち道路工事をしていた記憶がある。
でも、やっちゃったわけです。アジア大会を。
色々な不備が連日のように報道されていたが、終わりよければすべて良し。(←インドネシア的)
「インドネシアでも、国際大会をホストできたぞ!」
「やれば出来るんだ、俺たち!」
と、インドネシア人は大いに自信を得たらしい。(前向きな国民、好きです…。)
アジア大会が終わって、インドネシア全体が熱気から覚め、落ち着いてきたころ。
私はインドネシア人の競泳関係者と話をする機会があった。
前述のように、私はさほどスポーツに興味がない(すみません)。
そもそも、まったく泳げない。
大学時代、スイミングのクラスを履修したが、なぜか泳げるようにならなかった。
競泳の話を聞いても、さっぱり分からないんである。
その競泳関係者(ジャスティン氏としておく)は、アジア大会の話をしてくれた。
中国競泳界のスター、〇〇選手がアジア大会に参加した。
日本競泳チームの有名選手たちも、続々とジャカルタにやってきた。
自分はアジア大会のインドネシア側関係者として、外国人競泳選手を間近に見ることが出来たのだ。
そんな話から始まった。
ふうん、そりゃ大興奮だろうなあ。
私にはよく分からない世界だが、新聞やネットで知っている、あの記録を出した、あの大選手がここに来たら、そりゃあ、ねえ。
泳げない私だって、「うわー、〇〇選手だ!」と思うだろうなあ。
ジャスティン氏は、楽しそうにその話を続けた。
「実はうちの息子も、スイミングをやってるんだよ。だから、中国の競泳選手と、日本の競泳選手に憧れていてねえ。サインをもらえないかなあとずっと楽しみにしていたんだ。」
それは納得だ。
インドネシア競泳界も、スター選手はもちろんいる。
しかし国際試合で記録を出している、名だたるアジアの競泳選手と言えば、中国とか日本とかが多いだろう。
ジャスティン氏は、なんとかして息子の夢をかなえてあげたいと思い、海外の有名選手を一目見られるよう、アジア大会会場のプールサイドに息子を連れてきたのだという。
サインをもらうか、それが出来なくても一目、有名選手を見たい。
しかし国際試合の雰囲気にのまれ、ジャスティン氏の息子はペンと色紙を持ったまま、緊張でガチガチだった。
ジャスティン氏は笑った。
「プールサイドに中国競泳界のスター、〇〇選手(超有名な選手です)がいたんだよ。息子がサインをもらおうとしたら、〇〇選手の中国人の取り巻きがたくさんいてね。『インドネシアの子どもはあっちへ行きなさい』と言われて、追い払われてしまったんだよ。」
どうやら、〇〇選手の付き添いの方々(コーチとかね)がたくさんいて、ジャスティン氏の息子はサインをもらうどころか、〇〇選手に話しかける前に追っ払われたらしい。
ま、仕方ないでしょ。
その選手も結果を出さなければいけないわけだし、周りの人だって同様だ。
選手だって緊張していたのかもしれないし、対応する暇がなかったのかもしれないし。
私がコメントせずに笑顔でそれを聞いていると、ジャスティン氏は続けた。
「そのあと、日本のスター選手たち、××選手や△△選手、☆☆選手、それから◇◇選手(読者の皆さんもご存じの日本人競泳選手たち、誰でも知っている有名なあの人やこの人です)が来たんだ。
息子は今度もダメもとで、『サインください』って駆け寄ったんだ。
そしたら、彼らはとても気さくな人たちだったんだ!ビックリしたよ!」
日本人競泳選手たち(男女とも)は、見知らぬインドネシアの子どものリクエストに応じてサインをしてくれただけでなく、「一緒に写真を撮ろうよ!」と言ってジャスティン氏の息子と写真を撮影してくれたり、握手をしてくれたりしたのだという。
「息子はすっかり舞い上がってしまって、緊張してうまくしゃべれなかったんだ。
でも、世界のスター選手にどうしても聞きたかったことがあって。
『どうやったら泳ぐのが早くなれますか?』って聞いたら、日本人選手から『そりゃ練習することだよ(笑)』と言われて、ああ、お父さんの言ったことは本当なんだって。」
アジア大会の後も、ジャスティン氏の息子は日本人競泳選手たちのサインと、一緒に撮った写真を眺めているという。
そして、アジアのスター選手のように早く泳げるようになるべく、スイミングを頑張っているそうだ。
私はその話を聞き、ジャスティン氏の良識にも感心した。
彼は、中国が良いとか日本が良いとか、主観を持ってその話を私にしたのではない。
単なる事実を私に語っただけだ。
こういうことがあったが、「だから中国は〇〇だ」「日本は〇〇だ」とは、まったく言っていないのだ。
中国の選手だって、本当はインドネシアの子どもに対応してあげたかったのかもしれない。
その時はたまたま、彼の周囲がジャスティン氏の子どもを追い払っただけなのかもしれない。
日本選手団はたまたま気さくな人が多く、インドネシアの子どもにも気持ちよく対応してくれたのかもしれない。
国によって試合中の精神的メンテのやり方や、考え方は異なるだろう。
どの国が悪いとか、いいとか、ということではないと私も思う。
そういう意味で、ジャスティン氏が判断めいたコメントを口にしなかったのは、素晴らしいと思った。
それを踏まえたうえで思うのだが、子どものあこがれに、サインや握手で応えてくれる選手がいると、子どもは励まされるし、ますますその選手のファンになるんだろうなあ。
スポーツ選手とは、記録や結果を出すことも大事だが、ファンに応えるのも仕事なんだとつくづく思う。
来月、もしパラリンピック・オリンピックを東京で開催するなら、子どもに夢を与えるパフォーマンスを選手たちには期待したいですね。
全くスポーツに興味がなかった私だが、ジャスティン氏の話を聞いてから、日本の競泳選手たちには何となく好感を持つようになってきた。
(もちろん、ほかの種目の選手たちも人間的に素晴らしい方々とは思いますが)
そして、いつか、日本人選手の活躍に刺激を受けたインドネシアの子どもたちが奮起し、インドネシアから国際大会で金メダルを取るオリンピアンが出ることを楽しみにしている。
ホント、そんな日が来るといいなあ。