オレンジの花と水

ブログ初心者の日記風よみもの

インドネシアのお祓い

 

スピリチュアルを信じる方はいるだろうか。

日本ではお祓いとか祈祷とかいろいろあるが、他の国でも案外こういうのはある。

アメリカではあったかなあ?と思い出しているのだが、今日はインドネシアのお話。

 

ジャカルタに着任して間もないころ。

週末の早朝。突然同僚から電話がかかってきた。

 

「ううう…おはよう…うう…」

 

電話から聞こえる、かすかなうめき声。

同僚の井上さん(仮名)からの着信だったが、声が弱々しい。

私は耳を澄ませたが、彼女の声が小さく、理解するのに手間取った。

どうやら、具合が悪いらしかった。

 

「大丈夫ですか?」

尋ねると、どうも大丈夫じゃないらしいので病院に連れて行ってほしいという。

同じアパートなので、すぐに支度をして彼女の部屋に向かう。

 

部屋から出てきた彼女を連れ、タクシーを呼び、病院へ向かった。

この時、私はインドネシアに来たばかりで、まだインドネシア語がしゃべれなかった。

井上さんはすでに2、3年ジャカルタに在勤していたので、彼女のインドネシア語が頼りだ。

タクシーに乗ると、井上さんは『〇〇病院へ』とタクシー運転手に指示した。

 

病院で医者に診てもらうと、井上さんは元気を取り戻した。

やれやれ、安心したぞ。

まさかインドネシアに来て、すぐに病院へ行くことになろうとは(ただの付き添いだが…)。

 

行った病院のお医者さんは英語が出来たので、意思の疎通が出来て助かった。

井上さんは疲労がたまっていて、体調を崩したらしかった。

病気ではないので良かった良かった。

私はこの一件で、『早くインドネシア語を勉強せねば』という危機感を持つことができた。

一件落着。

 

と私は思っていた。

井上さんが体調を崩したのが土曜日。

早朝に私と病院へ行き、診察後にまっすぐ自宅へ戻り、その日は外出せずに終日休んでもらった。

翌日の日曜日も、自宅でゆっくりするよう医師に言われていた。

具合が悪いと食事の支度が面倒だろうと思い、私は料理を作って井上さん宅に差し入れをした。

 

で、月曜日。

井上さんは週末休んでだいぶ体調が回復したようで、出勤してきた。

「大丈夫ですか?」

と尋ねると、

「休んだからだいぶ体が楽になったわ。ありがとうね。」

ということだったが、まだ100%元気になったという感じではなかった。

 

疲労がたまっていたのだろうし、しばらくは残業せずに早めに帰宅したほうがいいのかもね。

なんて私は思っていた。

すると事態は意外な方向へ展開した。

 

「週末に具合が悪くなった話を田中さんにしたんだよね。

そしたらさ、ほかに問題があるって話になったのよ。」

 

月曜日の午後に、井上さんがそんなことを私に言い始めた。

ほかに問題がある?

どういうこと?

 

田中さんとは、私たちの同僚だ。

インドネシア人の配偶者がいる。(つまりイスラム教に改宗している)

 

井上さんは、週末に体調を崩して病院へ行った話を田中さんに話した。

その話を聞いた田中さんは、

「ほらね。部屋に問題があるのよ。」

と言い始めたという。

 

「部屋にって?どういう問題があるんですか?」

私は焦って井上さんに聞いた。

 

だって、私も同じアパートに住んでるんですよ。

アパートにどういう問題があって、体調を崩すのか。

アスベストとか、建築がゆがんでいて精神に問題をきたすとか?

そんなの欠陥住宅でしょ。

 

井上さんは、したり顔で首を振った。

 

「違うのよ。

アパートって、建設中にケガをしたり、もしかして足場から落ちて亡くなった人もいたりしたかもしれないでしょ?

そういう人の祟りなんだって。」

 

私は目が点になった。

た、祟り?

 

井上さんは、どうやら田中さんからの受け売りらしい、あれやこれやを語り始めた。

こういうことが発生すると、インドネシア的には祟りの仕業とみなされるという。

自分の体調不良は、アパートの建設作業員の呪いに違いない。

部屋の窓を開けていると、さまよう魂が入ってくるんだって。

今まで自分は健康だったが、田中さんの話は本当だと思う。

 

井上さんは話を続けるが、私はぽかんとしていた。

井上さんが何を言っとるのか理解不能だった。

 

祟りをどうやってお祓いするのか。

井上さんの体調不良が建設作業員の祟りと信じる田中さんは、さっそくインドネシア人お祓い師を手配してくれたのだという。

 

お祓い師?そんなもん、いるのか?

私の頭の中は、はてなマークでいっぱいになった。

インドネシアってイスラム教じゃないの?

イスラム教って科学的宗教じゃないの?

っていうか、医者が言ったじゃないの、過労だって。

 

すでに話の飛躍についていけなくなった私をしり目に、井上さんは神妙な顔で言った。

「明日、田中さんがお祓い師を私の部屋に呼んでくれるのよ。お祓いしなくちゃね。」

明日、さっそくお祓いですか。

田中さんも祈祷師の手配が出来るなんて、さすが長年この国に住んでいるだけある。

多分、インドネシア社会では、祈祷師を呼ぶなんて普通のことなんだろう。

 

もはや井上さんは、「体調不良は祟りのせい」という方向に猛スピードで向かっている。

これ以上、私はコメントのしようがなかった

日本にもそういう祈祷師さんはいるが、インドネシア、お前もか。

 

お祓いの翌日。

井上さんは、前日のお祓いがどういう感じで執り行われたかを説明してくれた。

 

「玄関に塩をまいてお清めしたのよ。

やっぱりインドネシアでも塩をまくのね。日本と同じだわ。」

 

塩で玄関や居間、寝室など自宅のお清めをした後、居間で祈祷師さんがお祓いをしてくれたのだという。

そのあと、『体調が悪くなりませんように』などと祈祷もしてくれた、とか、そんな話だった。

 

私は、「いやそれってどうなのよ」とか、「マジ信じてるんですか」とか、言いたいことが山のようにあった。

しかし、井上さんはこう言って話を締めくくった。

「いや~やってよかったわ。これで安心して眠れる。」

 

そうですか。

そっちだったんですか。

過労じゃなかったんですか。

 

ま、本人が満足しているならそれでいいのかも。

しかし、まさかイスラム教の国でお祓いなんてものがあるとは、想像していなかったぞ。

インドネシアでもバリ州はヒンドゥー教なので、バリアンという沖縄の『おばあ』みたいな呪術師がいる。

しかし、イスラム教徒が多数を占めるジャカルタにも、そういう職業の方がいるわけですね。

 

その後、井上さんは元気に日本へ帰国した。

私も帰国まで何年か、井上さんと同じアパートに住み続けたが、体調を崩すことはとりあえずなかった。