オレンジの花と水

ブログ初心者の日記風よみもの

そっとしておこう

 

日本は、誰かのプライベートについてはそっとしておく傾向が強いように思う。

誰だって、ふれられたくないことはある。

特に、それがその人の恥ずかしいことであればなおさらだ。

 

アメリカに住んで最初のうちは色々と戸惑うこともあったが、しばらくするとだんだん慣れてくる。

海外に住んで時間が経つと、その文化に徐々になじんで適応していくものだ。

しかし、大学4年生の時、思いがけなくアメリカに「異文化」を感じたことがあった。

 

大学4年ともなると英語での生活にかなり慣れてくる。

英語で授業を履修するのも、友人たちと会話するのも、大きな問題はない。

気の置けない友人たちも増え、日本以上に快適な生活になってくる。

 

そんなある日のことだった。

学生寮に住んでいた私は、同じ階に住んでいる学生たちとも仲良くしていた。

同じフロアに住んでいれば、洗面所やシャワー、廊下などで同じ学生に会う。

同じフロアでイベントをやったり部屋を訪問し合ったりして、親交を深めることもあった。

 

寮では、定期的に各階でフロアミーティングがもうけられていた。

ミーティングの時間は、学生たちは共用廊下に座る。

そこでRA(Resident Assistant)から寮の注意事項などを聞いたり、懇親目的のイベントをやったりする。

その日もフロアミーティングがあることが事前に通達されていたので、私は参加した。

 

この時、私の住んでいる階のRAは、私の1年生の時からの友人ケリーだった。

(注:RAは学生のアルバイトだ。寮監の補佐といった位置づけで、各階に1人ずつ住んでいる)。

学生は三々五々集まり、廊下に座った。

 

ケリーは、フロアに集まった学生を見渡して言った。

「じゃ、フロアミーティングを始めるわね。今日は皆さんに報告があるの。」

そして言葉を切った。

「大変残念なんだけど、アリッサが退寮することになったの。」

 

私たちは、ミーティングに参加している学生の中に、アリッサの姿を目で探した。

へえ、退寮するんだ。大学を辞めて、仕事をすることになったのかな。

そんなことをぼんやりと私は考えていた。

そういう学生は多い。お金が続かなくなったら大学をいったんやめて、社会人になる。

そしてお金を貯めたらまた大学生になるのだ。

 

ケリーは学生の中にアリッサの姿を認め、アリッサに促した。

「どうしてアリッサが退寮しなくてはならなくなったか。本人から説明させるわね。」

 

ん?

私は耳を疑った。

自分から退寮の理由を説明する?

そんな必要があるのか?

何が起きたんだろう?

 

太っているアリッサは、入り口付近に座っていた。

私はアリッサと2回ほど、映画を一緒に見に行ったことがあった。

他の友人たちと車で行ったのだが、アリッサがあまりに肥満なので、行きも帰りも車内がぎゅうぎゅうだった。

アリッサの部屋に行くと、いつもお菓子がたくさんあった。

あんなにスナックを食べるから太るんだよ…。

 

アリッサはしょんぼりした表情を変えずに、のろのろと立ち上がった。

座っている学生の視線がアリッサに集中する。

彼女は黙ってうつむいていたが、ケリーに再度促されると、しゃべり始めた。

 

「私が退寮する理由は、寮の規則を破ったからです。…」

 

私は再度、自分の耳を疑った。

寮の規則を破ったから、寮を出ていくのか。

それは構わんが、そんなプライベートなことをみんなの前で言わせるの?

だって、アリッサにとっては恥ずかしいことでしょ。

そっと退寮させればいいんじゃないの?

 

私は困惑して、周りのアメリカ人学生をきょろきょろと見回した。

誰か、「そんなプライベートなことを、みんなの前で言わせなくてもいいんじゃない?」

って止めないのか?

規則を破ったとはいえ、みんなの前で恥をさらすことになり、かわいそうじゃないか。

 

しかし、周りのアメリカ人学生たちは、平然とアリッサの告白を聞いている。

ケリーは厳しい顔でアリッサを見つめていた。

あの、ジョークが好きで普段は面白いケリーまで、そんな顔して。

 

私は大きな衝撃を受けつつも、正面を向くしかなかった。

プライベートなことなんだから、そっと退寮させればいいんじゃないの?と思うのは、どうやら私だけのようだった。

4年目にして、久々に大きなカルチャーショックを味わった。

アメリカ人、思いのほか冷たいなあ…。

 

アリッサの告白は続いた。

彼氏を探すため、「彼氏募集中」の新聞広告を出したこと。

見知らぬ男を学生寮の自室に連れ込んでみたこと。

 

聞いている方がちょっとうんざりするくらい、男性がらみのトラブルを起こしている様子だった。

私は自分がそれほどアリッサと親しくなかったことがよく分かった。

そんなに男性を探しまくっていたようには見えなかった。

 

「…というわけで、どうしても彼氏が欲しくて、トラブルを起こしてしまいました。

皆さんに迷惑をかけ、寮の規則を破り、すみませんでした。」

 

アリッサの長い告白は終わった。

話し終えて、彼女は表情をゆがめ、うなだれた

私は困惑が隠せなかった。

アリッサのやったことは確かに悪いが、それをみんなの前で告白させるのか…。

 

ケリーが前に進み出た。

「アリッサは今週、退寮します。皆さん、お別れを言ってあげてね。」

うーむ。

規則を破ってはいけないという見せしめなのか、それともこれがアメリカの普通の感覚なのか。

ケリーが何かを言って、フロアミーティングは解散した。

学生たちは床から立ち上がり、それぞれ自室へ戻っていった。

 

私は衝撃で?すぐに立ち上がる気になれず、皆が立ってもしばらく廊下に座っていた。

すると、立ち上がるアメリカ人学生たちをかきわけ、私に寄ってきた影があった。

 

「ねえねえ、ちょっとビックリしたね!」

 

小声で話しかけてきた人物を見ると、フランス人留学生のエレーヌだった。

彼女は、4年時の私の最も親しい友人の一人だった。

私が魂を抜かれたような状態になっていたので、エレーヌは素早く私の隣に座り込んだ。

 

「え?何が?」

エレーヌが何を言おうとしているか分からず、私は座ったまま彼女の顔を見た。

エレーヌはアメリカ人学生に聞かれないよう、低音の小声を強めた。

 

「今のよ!聞いたでしょ。いや、びっくり。アメリカってすごい国だね!」

 

エレーヌがそういうので、私はまたまた驚いた。

「へ?あなたもそう思った?」

私がそう言うと、彼女は茶色い大きな目をくりくりさせてうなずいた。

「思うよ。フランスだったらそっとしておくよ、こういう場合。」

なるほど。フランスもか。

 

アメリカ人学生が去った廊下に、カトリーヌと私は2人して座り込みながら話し合った。

私も、自分の周囲の友人との人間関係を思い出しながら言った。

「日本もたぶんプライベートなこと、しかも本人の恥になることは、そっとしておくなあ。」

アリッサ退寮後、RAから『彼女は退寮した』と聞けばいいだけだと思うんだが。

 

エレーヌはうんうんとうなずいた。

「いやあ、『良く知っている』と思っていたはずのアメリカだったけど、こんなところでカルチャーショックがあるとはねえ。」

 

ホント、彼女の言う通りだ。

長く住んでいるから良く知っている、というのは錯覚なのかも。

何年住もうと、外国は外国なのかもしれない。

 

しかし、違和感を持つのは私だけじゃなかったので、何だか安心した。

フランスでも、本人の恥になるようなことはそっとしておく文化なわけか。

いやいや。フランスは日本以上に個人主義だからじゃないのかな?

 

こんな感じで、アメリカはたま~に「冷たいなあ」と感じることがあった。

冷たいというか、ドライというか、ビジネスライクというか。

日本がウェットすぎるんでしょうか?

長く住んで『良く知っている国』と思うのは錯覚かもしれない、ということを肝に銘じておいた方がいいかもしれない、と思った一件だった。