ある日、お昼ごろに銀行へ行った。
その時間、ATMコーナーはかなり空いており、私が行ったときには2人ほどの客しかいなかった。
そのうち1人は用事が終わったらしく、銀行を去るところだった。
私がATMで通帳記入をしていると、慌てて銀行に駆け込んできたおじさんがいた。
走ってきたらしく、息を切らせてきょろきょろとしている。
何事か独り言をつぶやいているのを銀行員が見かけて、声をかけた。
「何かご用でしょうか?」
やってきた中年のベテラン男性銀行員は、笑顔で声をかけた。
すると、その男性客はよほど焦っていたのか、何の前置きもなしに口を開いた。
「鈴木(仮名)がさあ。やっちゃったわけよ。」
「は?」
戸惑う銀行員。
聞いていた私もびっくり。
鈴木がさあ、と突然言われてもねえ。
誰ですか、鈴木って?
銀行員が目をぱちくりさせているので、おじさんは言い直した。
「鈴木がさ。夜逃げしちゃったわけよ、今朝。」
「…」(絶句する銀行員)
銀行の入り口にあるATMエリアは、お昼休憩時間だからか、しんと静まり返っている。
夜逃げ、と聞いて私もちょっとビックリしたが、銀行員はもっと戸惑っていたようだ。
しかし一番うろたえているのは、そのおじさんだった。
(当然だが)話が呑み込めない銀行員は、おじさんにいくつか確認の質問をする。
そりゃそうですよね。
私だって背後の会話を聞きながら、
「(夜逃げは気の毒だが)一体このおじさんは何をしに来たんだろう」と思ってますよ。
銀行員の質問に答えながら、客のおじさんはだんだん気持ちが落ち着いてきたようだった。
どうやら、夜逃げしたお友達が自分にお金を振り込んでくれたらしく、それを確認したいということだった。
慌てる客を冷静に落ち着かせるおっちゃん銀行員も、なかなかの手腕ですなあ。
「そ、それならこちらへどうぞ」
事情がようやく理解できた銀行員が、ホッとした声を出した。
聞いていた私もホッとしたぞ。
おじさんは動転していたので、友達の夜逃げを早く誰かに伝えて、精神的な荷を下ろしたかったのかもしれない。
しかし、「鈴木がさあ」と切り出されても、事情を知らない人は困るでしょうねえ。
私も自分が切羽詰まっている時には、こんな感じに唐突に話を始めてしまうことがある。
人に説明するときは、口を開く前に頭の中で話す順序を整理しなければいかんな、と思った一日でした。
あの銀行員のおじさんも唐突に込み入った話が始まって、さぞドギマギしたことだろう。
昨今は夜逃げだけでなくオレオレ詐欺なんかもあるし。
銀行員は、ポーカーフェイスでないと務まらない仕事ですね。
お客さんの話を冷静に聞き、話を整理する手腕にも感心いたしました。