先日の京都の記事を書いていて、思い出した人がいる。
それは劉さんだ。
彼は日本へ1年間研修に来た、天津出身の中国人だった。
忖度なしにはっきり物を言うところは中国人らしかったが、日本文化が好きで勉強家だった。
彼が3月末に来日してすぐに、連休があった。
同僚たちもみんな思い思いに連休を過ごしたのだが、劉さんは花見に行ったという。
「どこでお花見をしたの?」
と尋ねると、上野公園まで行ったという。
そこまで行かなくても、その辺の公園とか並木道とかでも桜は見られるんだが…。
と思ったが、劉さんに言わせると、上野公園の桜は中国で有名なので、一度は見て見たかったという。
「どうだった?きれいだった?」
と聞くと、劉さんは首を振った。
「中国人だらけだったよ~日本に来てまで中国人が一杯で、うんざりした」
劉さんによれば、桜自体はきれいだったが、どこを歩いても聞こえるのは中国語。
これじゃあ中国にいるのと変わらない、と思ったという。
中国人でさえ、そう思うのか…。
中国で放送されているNHKの日本文化紹介番組を見て感動し、人生の進路を変えた劉さん。
和を乱したくない日本人の国民性を良く承知していて、日本人といるときは穏やかで落ち着いていた。
しかし、怠けている同国人には厳しかった。
いい加減な中国人に対し、劉さんが中国語で厳しく叱咤しているのを見かけることがあった。
やはり中国人同士だとはっきり物を言う文化なんだなあ~、と私は思っていた。
劉さんは日本での1年間の研修を終え、天津へ帰った。
その後、しばらくして彼から「日本に遊びに来た」と連絡があった。
喜ぶ同僚たちと一緒に、私たちは劉さんの歓迎会を開いた。
(真面目できちんとしている劉さんは、日本人に大人気だったのだ)。
ある同僚の発案で、なぜかインド料理の店に行くことになった。
その同僚が以前から行きたかった店だという。
そのインド料理店は、シェフもウェイターも全員インド人だった。
インド人店員が注文を取りに来た。
「みんな、何を飲みますかー?」
同僚がメニューを見ながら皆に尋ねる。
劉さんにメニューを見せると、劉さんは日本らしい飲み物がいい、と言いはじめ、「梅サワー」を希望した。
「じゃあ私も梅サワーにしようかな?」
同じものを頼めば早く来ると思い、私も梅サワーにした。
注文を取りに来たインド人店員に、劉さんの分と私の分と2つ頼んだ。
「梅サワー2つね」
しかし、インド人店員はメモを取りながら、
「は?レモンサワーか?」と何度も尋ねる。
だから、梅サワーだって。
「梅サワー。梅。分かった?」
そう言っても、インド人店員は繰り返す。
「レモンか?レモンか?」
梅、梅だよ!う・め!!
全然違うだろう、発音が。
何度言っても、インド人店員がレモンレモンと繰り返す。
しまいには、いつもは温厚な劉さんもややキレ気味に、私と一緒に繰り返し始めた。
「梅!梅!梅サワー!梅!!」
日本人と中国人に繰り返し言われて、ようやくインド人店員が答えた。
「梅サワー?」
そうそう。
やっと分かったらしく、インド人店員が引っ込む。
やれやれ。
そのあと、劉さんを囲んで和やかに歓談が始まった。
劉さんの家族は元気かとか、仕事はどうだとか、色々な話に花が咲いた。
話が盛り上がっていると、インド人店員が飲み物を持ってきた。
「お待たせしました。レモンサワーです。」
「レモンサワー?」
全員、キレ気味に声を張り上げた。
インド人店員は、何食わぬ顔でレモンサワーを卓上に並べ始めた。
「梅サワーを頼んだんだけど…」
と私が言うと、劉さんも(さっきからこのインド人店員に腹が立っていた様子で)、
「梅サワーって言った!!」
劉さんの日本語はカタコトなのでちょっと高圧的に聞こえる。
それにも負けず、インド人店員はしれっとして、こちらもカタコトの日本語で答える。
「これはレモンサワーです。」
それは分かってるよ!!
私はあきらめた。
「もういいよ、私はレモンサワーで」
そう言って、レモンサワーを自分の前に引き寄せた。
私があきらめたので、劉さんもあきらめてレモンサワーを手に取った。
この時の劉さんの表情を思い出すと、本当に申し訳なくなる。
せっかく日本に来たからには、梅サワーが飲みたかったのだろう。
私はこれ以上インド人店員に「梅サワー」を注文しても、無駄だと思ったのだ。
それにしても、梅サワーが無いなら無いと、最初から言え。
耳が遠いふりをしたのか、日本語が分からないふりをしたのか、レモンサワーを我々に押し付けたインド人店員、おそるべし。
しかし、あそこで私が「レモンサワーでいいよ」と言わなければ、劉さんも忖度なしの?中国文化が大爆発し、インド人とケンカになっていただろう。
インドVS中国。恐ろしいですね。
次回、劉さんが来日した際は、日本の居酒屋に連れて行った方がいいかもしれない。