オレンジの花と水

ブログ初心者の日記風よみもの

税関申告書

 

タンザニア人の友人、シェリルのことを思い出した。

彼女と私は、南アフリカプレトリアで知り合った。

知り合ったきっかけはすでに忘れてしまったが、当時はお互いの家を行き来して仲良くしていた。

 

ある日、シェリルと私は会う約束をしていた。

しかし、彼女は約束の時間に現れなかった。

約束を忘れてるのかな?と思って彼女に電話してみたが、なぜか電話が通じなかった。

ま、アフリカだから?こんなこともあるさ…と、その日は家に帰った。

 

その後、しばらくしてシェリルの旦那さんのデイビッドから電話があった。

なぜ彼女ではなく、旦那から電話なんだ?と不思議に思った。

シェリルは体調でも悪いのか?

 

「おととい、妻が君との待ち合わせの場所へ行けなかった理由を説明したい」

とデイビッドが言う。

 

シェリルは忙しかったんでしょ?私は全然怒ってないからいいよ」

と返事したが、デイビッドは固い口調で、

「いや、君に会って事情を説明したい」と言いはじめた。

何を説明するんだ?怒っていないって言ってるのに。


シェリルが私との約束を忘れたことは、大したことじゃない。

私は、約束をすっぽかされたくらいで怒るタイプではないし、日本と違って途上国ではものごとがスムーズに行かないのが日常茶飯事であることくらいは、理解しているつもりだ。

 

シェリルがどうかしたのか?病気か?どうして彼女が電話してこないんだ?という私の質問にも、デイビッドは答えない。

ますます怪しい。

結局私の質問には答えないまま、彼は口ごもり、

「詳細は会った時に」

と言って電話を切った。

 

一体、なんなんだ?

電話口で説明できないくらい、複雑なことでもあったのか?

消化不良のまま、私はデイビッドと会う日を待つことになった。

 

ある平日のお昼時間、仕事を抜け出したデイビッドが、私の職場まで来てくれた。

昼食を軽く取り、約束の時間に職場付近の駐車場で待っていると、デイビッドが現れた。

深刻な顔をしている。

ど、どうしたんだ…。

 

デイビッドと私は、駐車場の生垣を囲ってあるレンガ造りの囲いの上に座った。

いつもは明るいデイビッドが、暗い顔をしている。

こんな顔をされると、さすがに私も心配になってくる。

デイビッドは「簡単に話すね」と言って、何が起きたかを説明し始めた。

 

こんな記事を書くと「南アフリカは治安が悪いんだなあ」と思われるかもしれない。

今は、治安がだいぶ改善されていることと思う。

 

先週末、シェリルのお母さんが、タンザニアから南アフリカに遊びに来ることになったという。

アフリカ大陸の中では、南アフリカは先進国だ。

特に医療技術は、他のアフリカ諸国とは比べ物にならないくらい進んでいる。

シェリルのお母さんは、南アフリカにいる娘夫婦や孫たちに会うだけでなく、滞在中に南アの先進医療を受けようと、まとまったお金を持参してやってきた。

 

これが問題だった。

 

入国時には機内もしくは空港で税関申告書を記入し、それを到着国の税関へ提出しますよね。

シェリルのお母さんも、税関申告書に持参した米ドル現金の金額(相当高額だったらしい)、滞在する予定の娘夫婦の住所などを申告書に記載し、ヨハネスブルグ空港の税関へ提出した。

 

デイビッドとシェリルは、娘2人と家政婦をプレトリアの自宅へ残し、ヨハネスブルク空港まで自家用車でお母さんを迎えに行った。

 

ヨハネスブルグからプレトリアまで、車で45分~1時間弱かかる。

空港から車に乗ると、後ろからギャングが追跡してくるから気を付けろ、と私もよく言われていた。

プレトリアに到着するまでに高速道路でギャングに襲撃され、現金を強奪される、というのが一般的なパターンだ。

 

それを避けるために、ヨハネスブルク空港から車を出発させたデイビッドは、途中で何度も後ろを振り返った。

怪しい車らしきものは、何度振り返っても後ろにつけてきている様子がなかった。

もし怪しい車が自分たちを追跡していたら、別のルートを使ったり、関係のない店などに立ち寄ったりして、追跡者をうまく振り切るしかない。

 

シェリル、デイビッド、シェリルのお母さんの3人を乗せた車は、無事にプレトリア市域に入ってきた。

どうやら不審な車も見当たらず、無事に自宅へ到着できそうだった。

 

自宅へ到着した。

すると物陰から、バラバラと8人の男たちが出てきて、デイビッドの車を取り囲んだ。

銃を突きつけられて、デイビッドたちは息をのんだ。

武装強盗達は先回りして、デイビッドの自宅で待ち構えていたのだ。

 

デイビッドとシェリル、そしてお母さんは、強盗達の要求するままに携帯電話、腕時計、貴金属など金目の物、そしてお母さんの持参した米ドル現金を差し出す羽目になった。

それが発生したのが土曜日。

日曜日に私がシェリルに電話しても、誰も出ない理由がようやく分かった。

 

シェリルはものすごくショックを受けて、寝込んでしまったんだ。

携帯電話も強奪されてしまった。

だから君との待ち合わせに行けずに、本当に申し訳なかった。」

デイビッドは長い話を終わらせて、私に謝罪した。

 

そんなことがあったのか…。

小さい娘たち2人は自宅の外で何が起きているか知らず、家政婦と3人で留守番をしていたという。

娘たちに何もなくてよかったし、シェリル夫婦にもお母さんにも危害が及ばず良かったが。

 

この話のポイントは、「武装強盗達が、どうしてシェリル夫婦宅の住所を知っていたか」だ。

この話を軍人あがりの南アフリカ人にしたところ、彼は肩をすくめて言った。

 

「ほらね、分かるだろう?空港係官は絶対に信用しちゃいけないんだよ。」

 

彼曰く、シェリルのお母さんが記入した税関申告書の内容を、空港関係者の誰かが強盗に教えたんだろう、とのこと。

「でもさ、誰だって税関申告書は正直に書くでしょ?」

と私が抵抗すると、彼はため息をついた。

 

「だからさ。手持ちの現金の金額は、正直に書かないとダメだよね。

もしウソをついて少なく書いて、空港を出るときに調べられたら困るじゃん?

『申告額と違う』と言われて罰金とか、トラブルになるでしょ。」

 

彼は私に分かるように説明を続けた。

 

「ポイントは、宿泊予定地だよ。

自宅に泊まる場合でも、適当に〇〇ホテル、って書いとけばいいんだよ。

後で何か言われたら、『泊まる予定を変えた』って言えばいいんだからさ。

住所を正直に書いたから、先回りして待ち伏せてたんでしょ」

 

なるほど。

コツは理解したぞ。

 

しかし、税関職員が信用できないとは思わなかった。

税関職員と強盗がツーカーとなると、安心できたものではない。

 

ヨハネスブルク空港は一時、世界で一番スーツケースの紛失が多い空港という悪名が高かった。

こんな体験談を聞くと、もしかして空港で発生していたのはスーツケース紛失ではなく、スーツケース泥棒だったんじゃないのかと思っている。

 

身を守るためには、高額の現金を持ち歩かないことだ。

とはいえ、途上国ではそもそも銀行が信用できない。

南アはまだしも、アフリカのもっと貧しい地域だと現金しか使えないところもあるので、現金を持たずに旅行するわけにはいかない。

やはり、南ア人の言うように「誰も信用しない、できない」と思って行動するしかないんですかね…。