オレンジの花と水

ブログ初心者の日記風よみもの

レインコート

 

マリという西アフリカの国がある。

雨がほとんど降らず、内陸国なので海もない。

乾燥した赤茶けた土漠が広がる国だ。

 

反対にコートジボアールは高温多湿、ジャングルが広がる降雨量の多い国だ。

多分今もそうだと思うが、当時アビジャン在住の日本人は、ボーイさんやボンヌさん(家政婦さんのこと)を雇用していた。

ボーイさんやボンヌさんのほとんどは、近隣の貧しい国からの出稼ぎ者だった。

多くの場合は、ブルキナファソからの出稼ぎだ。

 

ところが、珍しいことにマリ人のボーイさんを雇用している日本人在住者がいたのだ。

マリもフランスの植民地だったので、フランス語が公用語(一応)となっている。

アビジャン在住者ならフランス語が分かるので、マリ人のボーイさんとの言葉の問題は特段ないのだ。

 

その人、Wさんは、アビジャンで庭付き一戸建てを借りていた。

一戸建ては維持に手間暇がかかる。

マリ人のボーイさんは庭の手入れをしたり、ちょっとした家の修理をしたり、料理を作ったり、洗濯をしたりと、毎日忙しく働いていた。

 

ある週末、外は小雨が降っていた。

Wさんは自宅でくつろいでいたのだが、マリ人のボーイさんは陰ひなたなくよく働いていた。

雨が降っているというのに、庭の草むしりを頑張っていた。

そのあと、自転車にまたがって買い物へ行った。

 

Wさんは、ほどなくして休暇で日本へ帰国した。

日本にはいろいろ便利な商品がある。

アフリカに買って帰らねば…と、Wさんは日本のお土産を買い込んだ。

 

Wさんは日本での休暇を終え、アビジャンへ帰ってきた。

自宅へ帰るとマリ人のボーイさんを呼んで、日本で買ってきたお土産を与えた。

それは、レインコートだった。

 

雨の中、庭の草むしりをしたり、自転車で買い物へ行ったりする姿を見て、びしょ濡れになって働くボーイさんがかわいそうになったのだ。

これで、雨の中の買い物も問題ないだろう。

 

ボーイさんは日本のお土産を大変喜んだ。

Wさんは満足した。

 

そして数日経った。

Wさんは仕事へ行き、奥様が自宅にいた。

昼食を食べ終えた奥様が食器を台所へ下げようとすると。

ん?

彼女は何かおかしいことに気づいた。

 

台所へ入ってみると、ボーイさんが台所で鍋や調理道具を洗っていた。

何だか妙だ。

奥様はボーイさんを二度見した。

やはりおかしい。

 

「ねえねえ、それ、どうしたの?」

奥様はボーイさんに声をかけた。

鍋を洗っていたボーイさんは、笑顔で振り返った。

「何がですか?」

奥様は、彼が着ている物を指さした。

 

ボーイさんは笑顔で答えた。

「雨が降ったら着るように、とムッシュに言われたんです。」

ボーイさんはレインコートを着用していた。

窓の外を見ると、確かに雨が降っていた。

なるほど…確かに雨は降っている。

しかし、レインコートは家の中で皿を洗いながら着用する服ではない。

 

マリは降雨が非常に少ない国だ。

おまけに、ボーイさんはレインコートという優れものを今までに見たことがなかったらしい。

 

この話を聞いて、私は「レインコートを着る国はめったにないからなあ」と思った。 

『雨が降ったら着なさい』と言われても、理由が分からなかっただろうなあ。

マリのように雨がめったに降らない国であれば、レインコートなぞ持っている人はいないだろう。

 

マリは特殊な例だが、ほかの国も似たり寄ったりだ。

アメリカ人も、小雨くらいでは傘なんか差さない。

大雨でなければ、気にせず濡れていく。

スペインも、折りたたみ傘なんて気の利いたものを持ち歩いている人をついぞ見かけなかった。

 

ところが、インドネシアにはなんとレインコートが売っているのである!

多分中国製か、あるいはインドネシアの安い製品なのだと思うが、とにかく売っている。

 

インドネシア人と話した際、アウトドア用にレインコートが欲しいんだけどなあ、と言ったところ、その人が翌日買ってきてくれた。

日本の100均で売っているような小さく折りたたまれたレインコートだったが、十分用は果たす。

さすがよく雨の降る国だなあ、と感心した。

 

私は中国製の安い折り畳み傘を、ジャカルタの職場の机の引き出しに常備していた。

急な雨の時に備えてだ。

 

しかし、傘を持っていなくても大丈夫。

雨が急に降りだすと、どこからともなく出てくるんである。

何が?って、傘を貸す子どもたちが、である。

 

ジャカルタは、過去の記事でも再三書いている通り、ガソリンに補助金が出ているのでタクシーが安い。

雨が降り出すと、多くの人がタクシー乗り場に並ぶ。

そのお客さんたちを狙い、タクシー乗り場周辺に傘を持った子どもたちが出てくるのだ。

 

見ていると、彼らは裸足で雨の中を走り回っている。

大きな傘を持ち、『傘だよ!傘だよ!』と大人たちに声をかけている。

しかし子どもたちは各自、傘を1本しか持っていない。

 

どういう商売なんだろう?

子どもたちは1人1本の傘しか持っていないので、お客さんに傘を売ったら自分は濡れて帰るわけだ。

不思議な商売だな…と思いながら、雨の中を走り回る子どもたちを見ていた。

彼らの商売がどういうものか知りたく、誰か子どもたちに声をかけないかな?とずっと思っていた。

 

ある日、帰宅しようとしたら激しいゲリラ豪雨だった。

私は折り畳み傘を持って職場を後にした。

タクシー乗り場周辺には、傘を持った裸足の子どもたちがうろうろしていた。

 

私は傘をたたみ、タクシー乗り場の列の最後尾に並んだ。

すると、私の前にいて携帯をいじっていた会社員風の女性が、子どもの1人に声をかけた。

私は、じっとその様子を見ていた。

 

すると、子どもは傘を差し、女性会社員に傘をさしかけながら歩き始めた。

彼らは大きな道路まで歩いていった。

子どもは小さいのに、女性は大人なので背が高い。

子どもは必死に手を上げて、女性に傘をさしかける。

何だか妙な大小のコンビだった。

 

2人が道端で待っていると、その女性の家族なのか、自家用車が近づいてきた。

女性は子どもにお金を支払い、車に乗った。

そうか。

彼女が携帯で呼んでいたのは家族の車か、あるいはゴジェックなどの配車サービスだ。

タクシーがなかなか来ないので、配車サービスを呼んだ方が早いと思ったのだろう。

 

ようやく私も分かった。

傘を売るのではなく、近距離まで傘をさしかけてあげるという商売らしい。

確かに、車に乗ってしまえば傘は要らない。

しかし、建物から道に出るまでは傘は必要だ。

こういうやり方なら、子どもたちは1本の傘で商売ができるわけだ。

 

ジャカルタは大都会で高層ビルが立ち並んでいるのだが、ひとたび裏通りに入るとバラックみたいな家が立ち並び、洗濯物がひるがえる。

雨になると、そういう長屋みたいなところから、子どもたちがそれっとばかりに小遣い稼ぎに出てくるのだろう。

雨になって初めて、きらびやかな都会の陰にそういう貧しい人たちが住んでいることに気づかされる。

ま、たまに雨が降るのもいいですね。