オレンジの花と水

ブログ初心者の日記風よみもの

君は治ったか

 

語学の習得は紆余曲折、間違いをしながら進んでいくものだ。

 

コートジボアールに行く前にフランス語を勉強した。

と言っても、本当に基本的な文法、つまり現在形、過去形、現在完了形、過去完了形、未来形を勉強しただけ。

語彙もそれに付随した、基本中の基本のみ。

 

もともと、私はスペイン語を勉強していたのだ。

スペイン語とフランス語は同じラテン語系なので、語源や語彙等、結構似ている。

最初のうちはちょっと混乱していた。

これがまったく違うシンハラ語とかだったら、完全に吹っ切れただろうけど。

 

そんなわけで、フランス語学習に本腰が入らないまま、日本を出発。

現地ではフランス語しか通用しないので、いやおうなくフランス語生活に放り込まれる。

生活しながら、そして恥をかきながら、勉強したことがだんだん実際の生活でも使えるようになっていったのです。

 

アビジャンに到着してすぐ。

たいていの建物の入り口には、門番というか、警備員のような人がいる。

誰しも最初にフランス語を話す相手は、この門番の人だろう。

到着したらまず門番に挨拶をし、『〇〇さんに会いたい』とか『今日は××の用事がある』と言って、門(あるいはドア)を開けてもらい、中に入るからだ。

 

当たり前だが、門番は日本語が分からない。(英語もだ)。

なので、頑張ってフランス語で話しかけるしかない。

日本人にとっては、最初のハードルなわけです。

 

で、ある施設へ日参することになった。

当然ながら、ここには門番がいた。

 

朝、私がそこへ行くと、門番のお兄さんが立っている。

「ボンジュール」

と声をかけると、お兄さんもボンジュールと返してくれる。

そして、次には、

「Ça va?」(お元気ですか?How are you?のことです)

と言ってくれるのだ。

 

もちろん、サバ?と聞かれたらÇa va bienとか答える。

こちらもお兄さんのご機嫌を伺うのを忘れない。

「Et vous?」

とか何とか聞く。

するとお兄さんはにっこり笑って、Bienとか言いながら、門を開けてくれるのだ。

 

こんな感じで、決まりきった定型の挨拶、「お元気ですか?」「はい、元気です。あなたは?」という会話をして、毎朝、門番のお兄さんに門を開けてもらっていた。

ここまでは大丈夫。

定型の挨拶くらいなら、さすがにフランス語初心者の自分でも出来た。

 

ある朝。

起床したら腹痛が始まっていた。

やっぱりなあ…。

前日の夜に、見るからに不潔そうな食べ物を食べてしまったのだ。

お皿も汚れていて、なんとなくヤバそうと思っていたが。

あーあ。

早速、アフリカにやられてしまった。

 

痛むお腹を抱え、とりあえず出勤だ。

行くと、いつものように門番のお兄さんがニコニコ笑顔で出迎えてくれた。

「Ça va?」

 

サバなわけないじゃん…。

私は、日本でのフランス語授業で習った言い回しを思い出した。

「お腹が痛いです」

 

すると、門番のお兄さんは気の毒そうな顔をして私を見た。

「そうか。ああ、そりゃよくないねえ。」

でしょ?

情けないが、不潔な食べ物にさっそくやられてしまったのだ。

 

翌日も、下痢は収まらなかった。

ピーピー腹を抱え、今日も出勤。

門番のお兄さんが待ち構えていた。

私から聞く。

「Ça va?」

 

お兄さんは、「まあまあだね」などと言いながら、私に聞く。

「Et vous?」

それが、調子は全然良くなってないんだよ。

私は暗い表情で首を振る。

「Ça ne va pas」

また、お兄さんが気の毒そうに私を見る。

ホント、私も早く治りたいよ…。

 

また翌日。

下痢止めを服用しているにも関わらず、腹痛は収まらず。

しつこい腹痛だなあ…と思いながら、出勤する。

 

いつものように、建物の前に門番のお兄さんが待っている。

お兄さんは私を見ると、心配そうに聞いた。

Bonjour! Tu as guéri?」

 

はっ?何ですって?

テュ?

私が目を白黒させたので、お兄さんはもう一度言ってくれた。

「Tu as guéri?」

 

テュアゲリ?

こうやって、定型にない文章を突然言われるとドギマギする。

心の準備が出来ていないのだ(フランス語初心者なんだからさあ)。

私は慌てて、頭を働かせ始めた。

 

Tuテュって、Youのことだよなあ。

Asアは、英語で言うところのhaveだ。

てことは、テュ・アってYou have…。

おお!私にもコートジボアール人の話すフランス語が分かるぞ!

 

ようやく、お兄さんの言った意味が分かった私は、うんうんとうなずいた。

そっか、じゃあI have〇〇とフランス語で言えばいいわけだ。

「Oui! ウイ~J’ai guéri~」

 

すると、それを聞いた門番のお兄さんはニコニコして言った。

「Très bien!!」

えっ?

私は戸惑った。

どうしてトレビアンなの?

 

もしかして、私の言ったフランス語が聞こえなかったのかな。

私はもう一度、お兄さんに言ってみた。

「J’ai guéri」

すると、お兄さんはますます満面の笑顔を見せて言った。

「Bien!!」

 

私はお腹をさすりながら哀れっぽく、二三度同じ文章を繰り返した。

しかし、お兄さんの誤解は解けなかった。

うーむ。

お腹をさすったくらいでは、お兄さんの同情を引けないらしい。

 

さらに翌日。

腹下しは頑固で、多少の薬では何ともならないようだった。

さすがアフリカ。

先進国で育った軟弱な私の胃を鍛えてくれているのだろうか。

これがアフリカの洗礼ってやつだろうか。

 

下痢腹を抱えながら、よろよろと出勤。

また、例の門番のお兄さんが太陽のような笑顔で私を出迎えてくれる。

Bonjour!」

くそお~こっちは下痢しとるんだよ。

私は同情を引こうと、腹をさすりながら悲し気に、演技力全開で言ってみる。

「J’ai guéri…」

 

するとお兄さんは、また満面の笑みになった。

「C’est bien!」

ビア~ンじゃないだろう。

下痢なんだよ、こっちは。(怒)

 

そのあと何度かお兄さんに「下痢なんだよ」と言ってみたのだが、お兄さんの反応は変わらず。

「Très bien!」とか、「C’est bien ça」とか言われる。

下痢の一体どこがトレビアンなんだ…。

 

お兄さんと全く話がかみ合わないので、不思議に思っていた。

ある晩。

私は帰宅後、自宅でたまたま手に取ったノートをパラパラめくっていた。

日本でフランス語を勉強したときのノートだ。

 

おお。結構忘れている単語があるぞ。

こんな単語、勉強したんだなあ。

見ているうちに、私は一つの単語に目が釘付けになった。

 

動詞、guérir。

意味は「病気が治る」。

 

…。

こんな単語、勉強していた、のか…。

 

ここでようやく、私は理解した。

門番のお兄さんが聞いてきたのは「Tu as guéri?」。

つまり、Have you recovered?だ。

対して私が彼に言ったのは、J’ai guéri.

つまりI have recoveredだ。

 

なーるーほーど。

私は顔から火が出るほど恥ずかしくなった。

そうか。

今、やっと分かった。

テュアゲリ?のゲリとは、下痢という意味ではなくて、フランス語動詞guérirの分詞形、guériだ。

Tu as guéri?とは、「君は治ったか?」と聞いていたのだ。

 

こちらはTu=You、as=have、 guéri=下痢と理解していた。

「下痢しとるのか?」と聞かれているものと早合点していたのだ。

(よくよく考えれば、フランス語と日本語が合体している時点でおかしいのだが)

 

自分が腹痛だったもんで、『お兄さん気が利くなあ~。まあ、お腹痛いって言ったしねえ』と勝手に思い込んでいた。

それで、「そうなのよ、下痢してんのよ」と言っているつもりで、J’ai guériと言い続けていたのだ。

 

これで状況が分かったぞ。

私がJ’ai guéri(治った)と答えたから、お兄さんはトレビアン、良かったねえと言ってくれたわけか。

お兄さんは全く悪くない。

勝手に日本語で解釈していた自分がおかしいのだ。

ああ、もっと早く気づいていれば!

 

今振り返ると、どえらい恥ずかしい。

お兄さんがトレビアンというもんだから、私のフランス語が通じていないと思った。

腹をさすったり、「うう~」と腹痛で苦しむ様子を見せたりと、何とかして自分の足りない?フランス語を補おうと全力で演技していたのだが、意味がまるっきり違うじゃねえか!!

お兄さん、私の渾身の演技を見て、「この日本人は一体何をやっているんだ」と思っただろうなあ…。

 

私はノートを何度も見返した。

単語が頭に入っていないから、こういうことになるわけだ。

反省。

 

今も、そんなにフランス語は上手ではない。

仏検受験前に少し頑張る程度だ。

しかし、またいつかアフリカで働きたいので、(スペイン語と並行して)地道に勉強をしている。

もう、こんな恥ずかしい間違いは二度としないつもりだ。