か~なり前のこと。
私は、その日の午後イチから始まる会議に出席する部長のお供で、外勤することになった。
(この上司は、東北弁の上司よりもっとご年配でした)
昼食を恵比寿駅周辺でとって、そのあと電車で会議場所へ向かうことになった。
現在、恵比寿駅はだいぶおしゃれに変わってしまったようですね。
当時は、恵比寿ガーデンプレイス側に多少の店舗(ほとんど飲み屋さん)があった。
恵比寿様の銅像がある西口側は、座って飲食が出来るような店が少なかった。
適当なランチ場所がなく、困った。
とはいえ、ハンバーガー等の軽食ならあった。
部長、あそこで軽くサンドイッチでもいいですかね?と思った瞬間。
「ワシは和食がいいんだが」
と、その年配部長が言う。
く~。
私一人ならカフェなんかで適当に済ませるんだが、年配者が一緒だとそうも行かない。
駅から少し歩けばラーメン店とかがあった気がした。
しかし、あまり遠くへ行くと午後からの会議に間に合わないかも。
どうしよう。
駅周辺をざっと探したが、座れる和食の店など見当たらない。
面倒だな。
「部長、やっぱりサンドイッチにしませんか」
と言おうと思ったら、部長が何やら見つけた。
地下街の入り口に、『ランチやってます』の看板が出ていた。
見ると、そこは鉄板焼きの店らしく、焼きそばとかお好み焼きといった焼き物メニューや、豚肉生姜焼き定食といった文字が並んでいた。
「ここに行ってみよう。」
部長は先に立って地下へ降り始めた。
私もついて行く。
地下へ降りてみると、夜は飲み屋街らしき小さな地下街の一角に、お好み焼き屋さんがあった。
営業中の看板が出ていた。
昼間は細々とランチをやっているのだろう。
迷っている時間がないので、とりあえず部長と入る。
店内には大きな鉄板が据え付けてあった。
カウンターには、大きな茶碗からご飯をかっ込んでいる男性客が座っていた。
「ここでいいんじゃない?」
部長が言うので、私もうなずく。
どうしても和食が食べたい部長、執念で見つけてきたわけだ…。
メニューはいろいろあったのだが、鉄板焼きの店なので焼き物がおいしそうだ。
私は『野菜の三種はさみ焼き定食』にした。
おばちゃんが出てきて、部長の頼んだ定食(何だったか忘れた)と、私の野菜の三種はさみ焼きを調理し始めた。
三種はさみ焼きとは、ひき肉をそれぞれピーマン、レンコン、ナスではさんだものだった。
何だかおいしそうだ。
小鉢のサラダが先に出てきた。
裏から出てきたおばちゃんが、鉄板でメインのおかずを焼き始めた。
早速良い香りが漂ってきた。
三種の野菜はさみ焼きが出来上がるころ、ごはんと味噌汁、香の物も出てきた。
店構えからあまり期待していなかったが、この三種はさみ焼きが、思いのほか美味しかったのだ。
特にレンコンのシャキシャキ感がよかった。
鉄板の強い火力で焼いているので、ナスやピーマンはしんなりしてしまうのだが、レンコンは歯ごたえ抜群。
おばちゃんがそれぞれに醤油をかけて出してくれる。
少し大ぶりの茶碗のごはんを見て、ご飯が多すぎるなあと思ったが、いつの間にか完食。
私は大満足して店を後にした。
その後、何度かこの年配部長とこの時間に外勤する機会があった。
この部長と外勤する日は、いつも恵比寿駅のこの店で昼食をとるのが定番になった。
恵比寿駅に出ると、この部長が必ず「あの店へ行こう」という。
私にも異存はない。
新しい店を探すのも面倒だし、駅から離れたくない。
恵比寿駅脇のこの店で昼食を済ませて電車で移動すると、ちょうどいい時間に先方へ到着する。
それで部長は味を占めたらしい。
レンコンのひき肉はさみ焼きというと、いつもこの店を思い出す。
残念ながら、今はこの店はなくなってしまった。
店のあったあたりも、すっかりおしゃれな店が立ち並ぶようになった。
今は、私は自宅でレンコンのひき肉はさみ焼きを作っている。
この話を母にした。
私にとっては懐かしい店で、懐かしい味の記憶だ。
すると、母はうなずいて言った。
「恵比寿もすっかり変ったわよね。
昔は、恵比寿駅のホームの前には田んぼが広がっていたんだけど」
母曰く、恵比寿駅のホームに立つと、目の前には延々と田んぼが広がっていたのだという。
ふ、古すぎる…。
それはいったい全体、いつ頃の話?
東京は街並みが急速に変わるので、昔懐かしい店がどんどん消えていく。
おいしい店は残っていてほしい、と思うが、最近はチェーン店ばかり。
個人の店が減っていることを残念に思っている。