オレンジの花と水

ブログ初心者の日記風よみもの

座敷わらし

 

個人的な話で恐縮ですが、私の母の実家には座敷わらしがいたそうです。

座敷わらしとは、子どもの姿をした妖怪。

何か悪さをするわけではない。

子どもの姿で、家の中に時折出没するのだ。

 

家族で夕食を食べていると、親が聞くのだそうです。

「今日、誰かの友達が遊びに来てたの?」

「友達を家に連れてきたの?」

母を含め、兄弟全員、首を横に振る。

「今日は誰も友達を連れてきてないよ。」

 

そんなはずはない。

両親や祖父母など大人たちは、家の中で見知らぬ子どもを見かけている。

見知らぬ子どもが廊下を歩き去る姿とか、別の部屋へ入る姿などをちらりと目撃しているのだ。

てっきり自分のうちの子どもが、今日は誰か友達をうちに連れてきたのかと思っていたのに。

 

今日は誰も遊びに来ていないと分かると、祖父母や曾祖母は心得たもので、

「ああ、じゃあそれは座敷わらしだね。また来たんだ」

と気にしない様子だったそうです。

 

母の家は農家でした。

農家は、今でもそうかもしれないが、昼間は玄関も縁側も開いていて鍵がかかっていない。

誰でも家に入れてしまう不用心さがあった。

 

おまけに、当時はどの家も子どもはたくさんいた。

見知らぬ子どもを自宅で見かけても、「子どもが友達を連れてきたのかな」くらいにしか大人たちは認識していなかったようだ。

 

残念ながら、母が成長するころには、座敷わらしはあまり出没しなくなった(都会化も進んだし)。

当時健在だった曾祖母が、「最近は座敷わらしを見かけなくなったね」と寂しそうに言っていたそうです。

 

話は変わって最近のことだ。

朝、私が出勤すると、時折職場の近くで若い白人男性を見かける。

「おはようございます!」

私を見ると、彼は日本語で元気に挨拶してくれる。

 

つられてこちらも、ついつい元気に挨拶を返してしまう。

「おはようございまーす!」

そして、そのあとで考える。

(あの子は誰だったっけ?)

 

仕事柄、外国人留学生や研修員と接することが多いので、彼は研修員なのかな?と思っていた。

留学生は日本に長期滞在するので、さすがに私も担当の留学生の名前と顔を知っている。

しかし、研修員は短期滞在の人もいる。

 

日本に1週間しか滞在しないアゼルバイジャン人40名とか、3日間だけのモンゴル人研修員30名とか、短期滞在かつ集団だと、全員の名前と顔を覚えるなんて至難の業だ。

ひどい時には、先週来たアメリカ人30名が帰国したと思いきや、また今週も同じメンツが来日…。

「やあ、元気?また来たよ」

と言われて、あなたの名前を知らないんだが…と思うこともある。

そんなこともあるので、よく見かける彼は短期研修員なのかな、と勝手に思っていた。

 

このA君(としておく)は、非常にフレンドリーな子だった。

出勤時に強風で傘が飛ばされた時は、どこからか走って来て私の傘を拾ってくれたこともあった。

「すごい風ですねえ。大丈夫ですか?」

などと、日本語も流暢だ。

名前は知らないが、親切な研修員だなあ。

 

ある日、気になった私は職場でA君の話をしてみた。

私は知らないが、他のスタッフはA君のことを知っているかもしれない、と思ったのだ。

さすがに、A君の名前も知らないというのは失礼だ。

しかし、ここまで顔見知りになっておきながら、いまさら名前を本人に尋ねるのも気が引ける。

 

私がA君の人相風体を説明すると、当時の上司の高橋さんはA君のことを知っていた。

「ああ、あの子だよね。日本語がものすごく上手な子」

そして別の同僚、菊池さんもA君のことを知っていた。

「あの子、よく話しかけてくれるんだよね。日本人が困ってると助けてくれるし、いい子だよね~」

しかし、高橋さんも菊池さんも、A君の名前を知らなかった。

 

「え?あなたは知らないの?あの子は研修員?留学生?」

とお互いに確認し合った結果、誰一人としてA君の素性を知らないことが判明した。

(お互いに、誰かがA君のことを把握している担当者だと思い込んでいたのだ)

 

「一体、あの子はどこから来たんだ?留学しているのか研修員なのか?」

と謎が深まった。

誰も知らないとなると、一体何者なのだ?

 

たまたま、オフィスにカナダ人の留学生、ケリー君が来たので、A君について聞いてみた。

さすがにケリー君はA君のことを知っていた。

「ああ、あの子?オーストラリア人なんだって。」

 

おお!

A君の正体を知っているのか!

留学生?それとも研修員?

 

と思いきや、ケリー君も詳しくは知らなかった。

「どういう資格で日本に滞在しているのかまでは、聞いてないなあ。」

なんだよ…。

ますますA君が何者か、分からなくなってきた。

 

そんなある日。

私はやせるために歩くようにしているのだが、時折万歩計をポケットに入れている。

その日はお弁当を忘れたので、同僚たちと外へ食べに行った。

そして歩いて帰って来たのだが、職場に入る前に万歩計を出してみた。

 

「おお!結構歩いてるよ、今日は!」

私は万歩計を取り出して、高橋さんと菊池さんに見せた。

「1万歩以上行くことなんて、私はないなあ~」

と高橋さんや菊池さんがわいわい騒いでいると、タイミングよくA君が現れた。

 

「みなさん、何をしてるんですか?」

A君はニコニコしながら私たちに近づいてきた。

私は万歩計を見せた。

「ほら、結構歩いてるでしょ?」

 

A君はそれをのぞきこんだ。

「すごいですねえ!」

「でしょ?もっと歩かないとやせないけどね!!」

 

するとA君は笑いながら言った。

「これは、英語ではpedometerって言うんですけどね!」

私も笑いながら言い返した。

「日本語では『万歩計』って言うんだよ!」

 

わっはっは…。

我々4人は笑いあった。

ひとしきり笑いがおさまると、私たち3人はA君に向き直った。

「っていうか、あんた、誰?」

 

A君はジェイソンと名乗った。

彼はオーストラリアの大学生だった。

中学、高校、大学と日本語を学び、柔道部に入っているという。

 

インターネットで知り合った日本人学生が柔道をやっていると聞き、夏休みを利用して日本へ来た。

そして、その学生の借りているアパートに居候しながら、3か月間柔道場に通っているのだという。

ビザなしで日本に滞在できる期間が、3か月だからだ。

 

ジェイソン君が通っている柔道場は、私の職場の近くだった。

彼が朝練に出て帰宅する時が、私たちの出勤時間だったのだ。

だからよく職場の近くでジェイソン君を見かけていたわけだ。

毎日ジェイソン君に会うので、すっかり顔見知りになっていた我々。

 

それにしても、夏休みの3か月間、日本で居候しながら柔道の練習か~。

ある意味、日本にどっぷり浸かることのできる夏休みの過ごし方ですね。

 

やっとA君の正体が分かった。

留学生でもなければ、研修員でもなかった。

私たちの仕事に全く関係のない、個人で日本に滞在している子だったのだ。

 

私は座敷わらしというと、このジェイソン君を思い出してしまう。

いつの間にかいて、しれっとみんなの中に溶け込んでいる。

いつからいたのか思い出せないし、誰だったのかも分からない。

しかし誰にも害を与えないので、誰もあまり気にしていなかったのだ。

 

ケリー君に、A君の正体がジェイソン君というオーストラリア人学生だったことを告げた。

「そうそう、彼は毎日柔道場で見かけるよ。」

なんだ、知ってたのか。

 

「まあ、柔道やってるやつに悪い奴はいないからね。俺みたいにさ!」

ケリー君はウインクして見せた。

ジェイソン君の名前を知らなかったくせに、えらそうだな。

 

その後、ジェイソン君は夏休みが終わったらしく、オーストラリアに帰国した。

ケリー君によれば、「また日本へ来たい」と言っていたそうだ。

またお金が貯まったら、柔道の練習をしに来るのだろう。

 

ジェイソン君の正体が分かったので、もう座敷わらしではない。

しかし、また3か月限定で出没するんじゃないかと私は思っている。