大学生の頃、スタンピードロデオ大会が地元で開催された。
ロデオとは、いつまで暴れ馬に乗っていられるかを競うスポーツだ。
もちろん、そんな大会が地元で開催されるなんて知らなかった。
しかし。
なぜか大学の先輩に誘われて、ロデオ大会の会場でナチョスの屋台をやるはめになった。
その先輩、ルーシーは、ボランティアクラブである「サークルK(コンビニではありません)」の会長。
サークルKの大人バージョンであるキワニスというクラブのご老人たちから、屋台運営を依頼されたのだという。
つまり、屋台をやるのだが、100%ボランティアだ。
バイト代が出るわけではない。ま、半日だけだし。
仕事は簡単。
ナチョスのオーダーが入ったら、ナチョスにとろけるチーズをかけて販売すること。
それから、飲み物(コカ・コーラとか)のオーダーが入ったら、紙コップに入れて販売すること。
その二つだけだった。
会場に設営された屋台の中には、すでにキワニスのおじ様たちが炭酸飲料の出る機械(よくファミレスとかにあるようなヤツです)を設置済みだった。
ルーシーと私は、紙皿等の備品やナチョス、チーズをルーシーの車で会場へ持参した。
紙皿やコップを出したりおつりのお金を用意したり、2人で手分けして準備しているうちにロデオ大会は始まった。
どうせヒマだろう…と高をくくっていたが、そうではなかった。
どういうわけか、我々の屋台は大忙しだった。
後でぐるっと会場を巡って気づいたが、ナチョスの屋台はうちだけだった。
後はレモネードやアイスキャンデー、綿あめといったお菓子の屋台が多かった。
小腹が空いた人が私たちの屋台に殺到していたのだ。
でも、夏の露店が出るイベントは、アメリカも風情があっていいものです。
ロデオも垣間見しましたが、男性だけでなく女性もカウボーイハットをかぶって熱狂していた。
すごいなあ。
しかし、アメリカ人のおじさんおばさんは熱狂するのだが、子どもはすぐに飽きてしまうのだ。
そして小腹をすかせたアメリカ人たちが、わいわいがやがやと食べ物の屋台に群がる…。
ナチョスを買いに来た小学生2人組が、私の顔を見てびっくりしたように凝視していた。
そして、お互いをつついてささやく。
「日本人がいるよ!あの人、たぶん日本人だよ!」(小声)
聞こえてるんだっつーの。
白人が多い(というか、ほぼ白人しかいない)ロデオ大会で、まさか日本人がナチョス販売しているとは思わなかったんだろう(私も想像だにしませんでしたが)。
彼らにナチョスを販売した後、しばらくはルーシーも私も大量の客をさばくのに苦戦していた。
彼ら小学生2人は、10分ほどしてまた私たちの屋台に戻ってきた。
ニコニコしながら、また大きな声で注文する。
「今度はセブンアップをください!」
はいはい、分かりましたよ。
私がオーダーを受けると、黒髪の方の少年が聞いてきた。
「ねえねえ、お姉さんって日本人?それとも中国人?」
どっちでもいいでしょ。
ニヤニヤしながらそのやり取りを見ていた、ルーシーちゃん。
子どもたちがいなくなると、私をつついて言った。
「あの子たち、両親にほったらかしにされて暇なんだよ。」
そのようですな。
確かに、ちょっと子どもたちがかわいそうだ。
よくアメリカ人の友人たちとこういう話になるのだが、親が自分のことで頭がいっぱいで、子どもを放置しているケースがある。
そうすると、構ってもらえない子どもはドラッグや非行へ走ってしまうことが多い。
つきっきりでいる必要はないけれど、子どもが変な方へ行かないよう、大人(親じゃなくてもいいが)が見守ってあげることは必要だ。
ルーシーが見抜いたように、どうやら黒髪の少年と金髪の少年は、どちらも両親がロデオに夢中になっていて、退屈しているらしかった。
彼らはまた屋台にやってきた。
もう3度目じゃないか。
小学生2人を案じたルーシーの発案で、彼らに仕事をさせることにした。
彼らも行くところが無くて会場内をふらふらするより、大人と一緒にいられる方がいいのではないか。
と思ったからだ。
幸い、紙コップにジュースを入れるとか、紙皿にナチョスを入れてチーズをかけるなんて小学生でも出来る。
やってきた2人を手招きして、ルーシーが言い含めた。
「いい?あんたたち、暇ならうちの屋台で働くのよ。」
ルーシーがそう言うと、小学生2人はわーいと喜んで屋台内へ入ってきた。
この点、アメリカの子どもは教会の行事でレモネードやクッキーを販売する経験があるので、屋台で働くくらい、抵抗ないようだ。
それにしてもルーシー先輩、私をリクルートしただけでなく小学生もか。
人使いが荒いなあ。
黒髪の少年はショーン、金髪の少年はランスと名乗った。
ルーシーが仕事のやり方を説明しているうちに、お客さんがまたやってきた。
小学生2人はすぐに仕事にとりかかった。
ショーン君とランス君は働き者だった。
とルーシーが振り向いて言うと、はいよ!とすぐに作って出してくれる。
お客さんが立て込んでも、4人で対応すると早かった。
案外、ルーシーの人を見る目?は確かなのかもしれない。
その後、キワニスのご老人たちが、屋台の様子を見にかわるがわるやってきた。
屋台の中にいる小さなボランティア2名を見て、お年寄りたちは驚いた様子だった。
ルーシーが、「この子たちはよく働くんですよ」と老人たちの前でほめた。
老人たちが「へえ、すごいねえ~大したもんだ」と言うので、2人はますます張り切ってくれた。
こういうのを見ると、大人にほめられて子どもががぜん張り切るのは、日本と変わりないんだなあと思う。
私も異国の地?でナチョスづくり(大した仕事ではないが)、頑張りましたよ。
お客さんが途切れると、早速ショーンとランスは目を輝かせながら聞いてきた。
「ねえねえ、お姉さん日本人なの?中国人なの?」
「中国?中国?」
(中国じゃねえっちゅうの)
「ねえねえ、僕のブレスレット、あげるよ!」
ねえねえ、ねえねえ、聞いて聞いて!と話しかけてくるのがかわいくて、この子たちを日本へ連れて帰ろうか?と思ったくらいだ。(誘拐犯になってしまうが…)
ランス君の言うブレスレットとは、入場者が腕につけるものだった。
私は来場者ではなくブース出展者の立場なので、ブレスレットではなく業者のIDカードが渡されていた。
だから、私が来場者用のブレスレットをつけるのもおかしいんだが…。
ランス君はどうしても私に何かをプレゼントしたいらしかった。
お言葉に甘えて、(本来はランスがつけなければならない)入場者のブレスレットをもらうことにした。
「いいの?じゃあ、そのブレスレットをちょうだい。」
「ホント?じゃあ、ブレスレットは僕がつけてあげる!」
はいはい。頼むよ。
ランス君はぎこちないながらも、頑張って私の右腕にブレスレットを付けてくれた。
プラスチックのそれを付けると、端が長すぎてびよーんと余ってしまった。
それを見たランス君は、
「これじゃかっこ悪いから、切ってあげる!」
と言って、屋台の中ではさみを探し(ルーシーが持っていた)、ちょうどいい長さに切ってくれた。
つまり、口実はどうでもいいのだが、小学生2人は私にまとわりつきたいだけだったのだ。
多分彼らにとっては、私は見たことのないパンダか何かのようなものだったのだろう。
日本へ行けば、私みたいな日本人がたくさんいるんですけどね…。
ロデオの終了時間が迫ってきた。
屋台に来る客もまばらになり、日も暮れてきた。
「手伝ってくれてありがとうね。助かったわ。
あんたたちもお父さんお母さんの所へ帰りなさい」
とルーシーが言うと、ショーンとランスは「またね~」と言いながら、楽しそうに帰って行った。
彼らの後姿を見送って、ちょっとホッとした。
そのあとの撤収作業の方が、準備作業よりはるかに大変だった。
暗くなるまでルーシーと私は片づけに追われた。
売れ残ったナチョスや紙皿、紙コップなどをルーシーのボロ車に詰め込み、ようやくロデオ会場を後にした。
「あの子たち、もう家に帰ってますかねえ」
ルーシーのポンコツ車の助手席で私がつぶやくと、ルーシーはメガネをずり上げながら言った。
「そうだねえ。でも、ああやって大人と一緒にいさせないと、誘拐されちゃったりすることもあるからね。
アメリカは犯罪者も多いし」
ぎくっ。
(「日本へ連れて帰りたい」とちょっとでも妄想したことを見透かされてるのかしら)
ルーシーは続けた。
「あの子たち、一日中ほったらかしにされてたみたいだしね。親は探しに来なかったでしょ」
そうだなあ。
たまたま子どもを預かった?のが、大学生2人だったから良かったようなものの(我々はベビーシッターか)。
お祭りの日に自分がロデオに夢中になって子どもを何時間も放置するのはどうかと思うが、実際に放置されている子どもがいるのだから仕方がない。
ショーンとランスが「ねえ聞いて聞いて!僕ね、〇〇なんだよ!」と話すのは、とてもかわいかった。
でも、親になると「うるさいなあ」と思うものなんだろうか。
私なら、ロデオやパチンコよりも「僕ね、走るのが小学校で2番目に早いんだよ!」みたいな、たわいもない息子のおしゃべりを聞いている方が楽しい。
彼らといたのはわずかの時間だったが、あの子たち2人が楽しい時間を過ごせたなら良かったと思う。
っていうか、ショーン君とランス君も、もう親になってる年頃だよね(笑)。