世界中どこへ行っても中国レストランがあるし、中華街もある。
中国人は世界中のどこにでもいるし、世界のどこにいようが、中国人はよく働く。
彼らのバイタリティを、私はひそかに尊敬している。
南アフリカに住んでいた時のこと。
スーパーにはレタスとかトマトとか、一般的な洋野菜?は販売されている。
しかし、しばらくすると和食が恋しくなるし、和野菜が食べたくなる。
じゃあ和食を作ろうかと思っても、日本人で売っているような野菜はスーパーにない。
私が借りていた家の近くに、中国人が経営していた食料品店があった。
小さな店で、インスタントラーメンとか缶詰類を置いてあるだけだった。
冷凍食品も多少置いてあった。
インスタントラーメンを置いているスーパーは、意外にもなかなか無かったのだ。
その小さな店は、在住日本人の間で口コミで広まった。
週末になると日本人駐在員あるいはその家族たちが、インスタントラーメンを買いに押しかけていた。
もちろん私も上司に教えてもらい(これも引継ぎの一種?)、どこのメーカーの製品か分からない怪しいインスタントラーメンを、その店で買いだめしていた。
ある週末。
その店に朝早く行ってみた。
上司が、『先日、あの店で納豆を発見した。あの店の冷凍庫を発掘したらいいよ』と教えてくれたのだ。
店へ入ろうとすると、店頭に長ネギが2,3束置いてあった。
長ネギなんて、どこのスーパーへ行っても置いてないのに。
久しぶりに長ネギを見て、私はびっくりした。
(アフリカにも長ネギがあるのか…)
ある時に全部買っておかないと、次回はいつ出会えるか分からない。
日本人客がいないのを確認し、店頭の長ネギを大人買いした。(つまり全部買いました)
そして、長ネギを突っ込んだ買い物かごを持って店内へ。
ラーメンは後でも買えるので、冷凍庫へ急ぐ。
怪しい冷凍魚などの下に、ありました、ありました。
冷凍納豆が!
そして、その日はなんと冷凍のウナギもあったのだ。
もちろん、ある分だけ大人買い。
すると、その様子を見ていた中国人店主が、何やら話しかけてきた。
長ネギを指さしながら、これが好きなのか?食べるのか?と言っているらしい。
私はうんうんとうなずきながら、長ネギを食べるジェスチャーをした。
店主は満足そうにうなずいた。
そして、翌週末。
味をしめた私は、またあの食料品店へ行ってみた。
また、長ネギが置いてあった。
当然、長ネギを買う。
今日の店番は違う中国人男性だった。
英語が話せるらしく、私に話しかけてきた。
「日本人はネギを食べるのか?」
私はうなずく。
「食べますよ。」
すると、彼はニコニコしながら聞いてきた。
「ほかの野菜で、欲しい物はないか?」
私は少し考えた。
「そうだねえ。白菜とか、別の野菜があったらうれしいなあ。」
彼はうなずいた。
この時、私は適当に思い付きを口にしただけだったので、このやり取りをすぐに忘れた。
食料品店に冷凍ウナギが入荷していた、という私の話を聞いて、同僚や上司もその店へ行ったらしい。
翌日、同僚が話しかけてきた。
「私ねえ、あの中国人の店に行って、納豆5パックもゲットしたんだよ!」
おお、すごいなあ。
と思っていたら、別の同僚も言う。
「あの店に行ったら、もやしが置いてあったよ!速攻買ったよ。」
もやし?
南アフリカのスーパーに、スプラウトという名前でもやしが置いてあるが、日本のもやしとは違って固い。
「日本のもやしに近い柔らかさだったよ」
と同僚はご満悦だった。
なるほど。
もやしは見ていなかったな。
週末に、私はまたその中国人が経営する食料品店へ行った。
毎週末にその店へ行って、入荷した商品をチェックしないと気が済まない体になっている?。
店へ行くと、店頭にナスが並んでいた。
南アフリカの丸くて皮の固いナスと違い、細長いアジアのナスだ。
ん?待てよ。
私はナスを何本かつかんで買い物かごに入れながら思った。
このナス、アフリカのナスじゃないよね。
その時、ようやく思い出した。
中国人店主が、『日本人はどんな野菜が欲しいんだ?』と何週間か前に聞いていたなあ。
あれは多分、私以外の日本人客にも聞いていたんだろう。
市内のショッピングモールは南アフリカ人対象の商品しか置いておらず、しょうゆやラーメン、長ネギといったアジア人客が好む商品は、どこへ行っても入手不可能だった。
そうか。
やっと私は分かった。
中国人店主は、韓国人や日本人客がわんさか来店するので、日本人や韓国人客が好む商品を増やそうと思ったのだろう。
翌週。
今度は店頭に長ネギ、白菜、もやし、ナスと生鮮食品が数種類並んでいた。
私が野菜を吟味していると、今度は中国人女性店員がニコニコしながらそれを見ていた。
「野菜、増えたね。」
私が声をかけると、女性店員はたどたどしい英語で答えた。
「日本人の欲しい野菜、作ってるよ。畑借りてるのよ。」
なるほど。
商魂たくましいというか、ありがたいというか。
欲しい野菜が無かったら、栽培すればいい、か。
畑を借りてまで野菜を栽培し、販売してもうけようという気持ちが日本人には欠けている。
結局、中国人の方が働き者で商売上手だ。
その食料品店は、2階建ての建物の1階部分を借りて店舗にしていたのだが、2階部分は空き家だった。
空きスペースがもったいないなあ…と思っていたら、なんと2階に韓国料理店がオープンした。
中国人食料品店へ来たついでに、2階もチェックしよう。
そう思って私は2階部分へ行ってみた。
韓国料理店は、軽食とテイクアウトの店だった。
がらんとした店内には、大きな冷蔵庫、テーブル、いすが設置されているだけだった。
なんだ、まだオープンしてないのか。
と思ったら、韓国人店主が奥から出てきた。
「〇月×日に本格オープンするので、また来てほしい」
と彼は言う。
(オープン、って書いてありましたけど…)
壁に貼ってあるメニューを見ながら、あ、そうですか…と私は帰ろうとした。
すると、「これなら販売中だよ」と言って見せてくれたのが、冷蔵庫に入ったキムチ。
豚肉のスライスもある。
「その豚肉スライスは売り物じゃないの?」
と聞くと、売り物だという。
豚肉のスライスは、案外どの国にも売っていない。
スライスが欲しかったら、お肉屋さんで薄くスライスしてほしいと頼むしかない。
アメリカ、ドイツ、スペイン、インドネシア、コートジボアール、どの国でも塊か、厚切りだ。
韓国人はスライスの豚肉を料理に使うからなのか、韓国人の経営する店では豚肉の薄切りを入手することが出来る。
私は、南アフリカのスーパーでは決して見ることのない、豚肉の薄切りを購入した。
もちろん、キムチも買った。
中国人と韓国人のおかげで、だんだん食卓が豊かになってきたぞ。
中国人の食料品店に置いてある野菜の品ぞろえが充実してきた。
店頭に出しても出しても、じゃんじゃん売れる。
アジア野菜は売れ筋だ、と店主も分かったのだろう。
ある週末、私は車で大きなモールへ行った。
ちょうど、例の中国食料品店の裏を通るのだ。
車を運転していて、私はふと目についたものがあった。
ん?もしやあれは…。
食料品店のちょうど裏あたりに、小さな畑が出来ていた。
そこには、南アの強烈な太陽光に照らされて、長ネギが植わっていた。
そう来たか。
私は思わず笑ってしまった。
裏で作って前で売るわけか…。
中国食料品店は野菜の品ぞろえを増やし、乾物やラーメン以外の食品も少しずつ扱うようになっていった。
やはりビジネスの成功の鍵は、『お客さんが欲しい物を売る』なんだろうなあ。
中国人店主は日本人が欲しい野菜をすぐに作り始め、チャンスを逃さなかったわけだ。
日本に帰国して、しばらくのこと。
大阪在住の友人が、笑いながら話していた。
「大阪にURとか団地が結構あるんだけど、URって敷地が広いでしょ?
そうすると、敷地内で中国人住民が勝手に野菜を作っちゃうんだって。
さすが中国人はたくましいね!」
私はこの話を聞いた時、南アフリカの中国人食料品店の長ネギを思い出した。
URで栽培するのはいかがなものかと思うが、アフリカでアジア野菜が入手できず困っている日本人在住者は、中国人のおかげで食生活がだいぶ助かったんですよ。
ロンドンとかニューヨークとか、日本人在住者がわんさかいる町はそうでもないかもしれない。
でも、アフリカ在住者なら多少なりと中国人か韓国人の店にお世話になっているはず。
というわけで、私は中国には足を向けて寝られない。
ジャカルタにも中華街があったのだが、夜遅くまで働いている中国人たちを見ると、本当に働き者なんだなと感心する。
ああいうバイタリティは、戦後の日本にはあったんでしょうけど(その時代まだ生まれていなかったのですが…)、いつの間にか日本人は失ってしまったのかもしれない。