ベイクドビーンズが好きだ。
すごくおいしい料理ではない。
高級な食品でもない。
ベイクドビーンズとは、アメリカでよく食べられている豆の(トマト?)煮込みのことだ。
大豆をトマト味で煮込んだもので、メーカーによってはソーセージかハムか何か、肉のきれっぱしが入っていることもある。
ただ、それだけの料理だ。
ベイクドビーンズは、たいてい缶詰で販売されている。
缶詰を開けて、温めて食べる。
味付けなどは不要。
私は食いしん坊ではあるのだが、ベイクドビーンズとかマカロニ&チーズとか、TVディナー的なジャンクっぽい料理も好き。
ベイクドビーンズはスーパーの棚の一番下にある、最も安価な缶詰と言っても過言ではないだろう。
どのアメリカ人家庭のキッチンにもころがっている。
料理とは呼べない代物だが、多くのアメリカ人に愛されていると思う。
この料理を知ったきっかけは、もちろんアメリカに住んだからだ。
安いビュッフェとか大学の学食とかで、よく提供されている。
しかし、やはり缶詰が一般的だ。
大学の近くに、家族に虐待された少女や女性たちが避難し、生活できるシェルターがあった。
ある日、大学で「施設で生活する女性たちのためにチャリティを」という活動があった。
何をするのかというと、食料品集めである。
アメリカ人は、こういう活動を年中やっている。
私は初めてだったので、アメリカ人の友人たちに誘われて手伝うことになった。
まずは食料品を集めることになった。
こういう場合に、多くのアメリカ人から寄せられるのがベイクドビーンズの缶詰である。
寄付された大量のベイクドビーンズの缶詰を見て、なるほど…と私は思った。
この料理、確かに学食でも見たことがあるな。
私も実は好きで、結構食べている。
アメリカ人も好きなわけだ。
私もそれが分かってからは、スーパーへ食料品を買い出しに行くとたいてい買っていた。
小腹が空いたら缶詰めを皿に開け、レンジで温めて食べればいいだけ。
お手軽な軽食なのである。
チャリティといえば、別のものもあった。
それは、「学食に支払うお金をチャリティに寄付しよう!」というもの。
これは、食事代金を寄付する、というだけのもの。
たいていの学生は、昼食あるいは夕食を学食で食べる。
その際に、名簿に自分の名前を書いて食事は食べず、代金だけを寄付するのだ。
名簿を見れば、何名が代金だけ支払って料理を食べなかったかが分かる。
名簿に書かれた人数分の料理を施設へ寄付する、というのがこのチャリティだ。
これも、熱心に推進しているアメリカ人の友人たちがいたので、彼らに付き合って私も参加した。
チャリティの日は学食の前に机を出して、チャリティ担当の学生が参加者をつのっている。
参加希望者は名簿に自分の名前を書き、料理代金を支払う。
そのあとは、何もする必要はない。
自分のお金で誰かが今日の一食を食べられている、と思いをはせることになる。
チャリティ当日、私も名前を名簿に書いた。
名簿に名前を書いたはいいが、チャリティへ参加するということは当然ランチが食べられない。
お腹を空かせたまま学生寮へ帰宅する。
寮の部屋で空腹を抱えながら勉強するのだが、あまりに空腹過ぎて勉強に身が入らない。
まあ、一度くらい食事を抜くのは大したことはないのだが。
あ~私がこれだけ空腹の分、誰かがおいしい料理を楽しんでくれているといいのだが…といつも思っていた。
で、こんな時に活躍するのが、買っておいたベイクドビーンズだ。
料理代金を寄付するのはいいが、やはりお腹は空く。
缶詰で空腹を満たすわけです。
ポークビーンズという似たような料理もあった。
豆の煮込みで、これも給食とか学食でよく提供される安価な料理だ。
なぜ2つの料理が存在するのかは、謎だ。
このベイクドビーンズにまつわる思い出は、私の大学時代のことだ。
当時のアメリカは虐待された子ども、DV被害に遭った妻など、マッチョな男性の被害者が数多く存在していて、社会的支援の対象となっていた。
アメリカ社会は、昔も今もぶっ壊れている(部分がある)。
しかしアメリカに比して、当時の日本はまずまず良い社会だった(と記憶している)。
日本経済はまあまあ良かったし、家族や人間関係もまだまだ温かく、日本社会はまずまず安定していた。
なので、チャリティで食料品を寄付する対象者がいるのは、社会問題の多いアメリカだけだと当時の私は思っていた。
しかし最近の日本でも、同じように食料品の寄付が流行っているのを見てちょっと衝撃。
日本社会は盤石で、アメリカみたいに壊れた家族は少なかったはず。
食事のとれない子どもの話なんて、私が大学生の頃の日本では、ほとんど聞かれなかったんですけどね。
いつの間にか、日本の家族や社会は壊れちゃったみたいですね。
貧すれば鈍するということなんでしょうか。
というわけで、ベイクドビーンズは私の好きな料理ではあるのだが、アメリカと日本社会についても考えさせられる料理でもあるわけなのです。
他人に暴力をふるう、相手から奪う社会って、アメリカの短所そのものだったのに、日本よ、お前もか。
日本にはアメリカの欠点を真似してほしくなかったけど、こうなっちゃったんですね。
ちょっと苦い思い出の味、ベイクドビーンズ。
チャリティの不要な社会に戻れるといいのですが。
余談です。
ベイクドビーンズについて調べてみました。
どうして焼いてないのにベイクドなんだろうと長年疑問に思っていました。
やっぱりBakedという名称と関係なく、煮込んで作られる料理だとか。
ポークという名称がついているが、「豚肉が入っていないことがアメリカ社会に知られるのに時間がかかった」、料理なんだそうです(どういうことなんだろう?)。
ベイクドビーンズもポークビーンズも、名称と実際が違うじゃないか!
でも、たまに食べたくなる味。