オレンジの花と水

ブログ初心者の日記風よみもの

ハッシュ

 

私がコートジボアールに住んでいた時。

当時、アビジャンでは毎週土曜日にHashという名称のマラソンが行われていた。

 

なぜハッシュと呼ばれているのかは知らない。

私は毎週、このマラソンに参加していた。

 

ハッシュでは、アビジャン在住の外国人が各国持ち回りでマラソンコースを設定することになっていた。

そして走った後に、ハッシュを企画したメンバーが自分の国の料理をふるまうのだ。

 

どういうことかというと。

例えば、アビジャン在住のマダガスカル人たちが、今週土曜日にマダガスカルハッシュを企画するとする。

事前にマダガスカル人たちは走る場所を設定し、コースを下見する。

 

「今週土曜日は〇〇集合だよ。マダガスカルハッシュだよ!」

という連絡が、マダガスカル人たちからハッシュ参加者に伝えられる。

 

ハッシュ当日は参加者がコースを間違えないように、要所要所にマダガスカル人が立っている。

参加するランナーは、設定された場所へ指定された時間に(たいてい午後だ)向かう。

そして、マダガスカル人たちが設定したコースを走る。

 

最終ゴールは誰かの自宅(の庭)だったり、広い野外のスペースだったりする。

そこで、マダガスカル料理が夕食としてふるまわれるのだ。

ハッシュ参加者は、その国の料理を食べて帰宅する。(嫌なら食べずに帰宅してもOK)

 

つまりハッシュに参加すれば、どこかの国の料理がマラソン後に食べられる仕組みだ。

しかも参加費は無料だ。

私が行かないわけがない。

(って、忙しい時はサボっていましたが…)。

 

ハッシュでは、お国柄も垣間見ることが出来る。

スイスハッシュでは山奥、しかも山あり谷ありを20キロくらい走らされた。

石切り場?なのか、やたらとだだっ広いスペースがゴールだった。

ゴールするころには日がとっぷりと暮れた。

 

ゴールには大きな焚火がたかれ、見ると焚火の上には巨大なチーズが串刺しになってゆっくり回っている。

そのとろけたチーズをスイスパンにつけて食べるのだ。(お代わり自由)

スイスのチーズ、うまし。

 

ドイツハッシュはとんでもなかった。

コースは2種類あった。

なぜか3キロコース、5キロコースと、どちらもすぐに終わってしまう短さ。

 

問題はコース上にあった。

なんと、どのコースも珍しく給水ブース?が出ていた。

しかもドイツ人たちが笑顔でランナーへ提供するのは水ではなく、各種ドイツビールだった…。

 

つまり、ドイツビールを瓶でラッパ飲みしながら走り、ふらふらになってゴールするという、アホらしいハッシュだった。

でも、おいしいドイツビールが飲めたので、のんべえには好評だった。

 

スウェーデンハッシュは、ゴールがスウェーデン大使宅だった。

スウェーデン料理って何だろう?と思いながら走り(だって、それがこのマラソンの楽しみですから)、ゴール。

 

大使のお宅は豪邸で庭も広く、多くのランナーがゴール後に庭で三々五々集っていた。

料理は、大使宅内に置かれたテーブルに山盛りになっていた。

ジャガイモ料理やミートボールなど、おいしそうな料理が湯気を立てていた。

アビジャンで参加したハッシュのベスト5に入るくらい、素晴らしい料理だった。

 

ハッシュが日本でもあれば、ぜひ参加したい。

と思っているのだが、日本では聞いたことが無い。

 

で、アビジャンでの日本ハッシュだが。

各種ハッシュに参加して走ったり歩いたりしていると、多くのランナーから声をかけられる。

「君はどこから来たの?」

から始まり、日本人と分かると、必ず聞かれる。

「ジャパンハッシュはいつ開催されるんだ?」

 

だよね。

だって、アビジャンには日本料理店がない。

なので、アビジャン在住の外国人が日本料理を食べるなら、ジャパンハッシュを日本人が開催するしかないわけだよ。(あれ?ハッシュの目的はマラソンだが…)

 

でも、当時のアビジャンでハッシュに参加する日本人は、私ともう一人しかいなかった。

2人でマラソンコースを設定し、下見をし、料理も作るってねえ。

無理ですよ…。

 

という話を周囲の日本人に話したら、なんと料理を手伝ってくれる人たちが現れた。

料理担当を数人ゲット!

じゃあ、ジャパンハッシュを開催できるかな?

 

しかし、ゴールする場所(そしてそこで食事を提供する場所)が無い。

と思っていたら、別の記事に登場したアメリカ人のサイモンとミシェル夫妻が、自宅(庭付き)を貸してくれることになった。

 

場所と人はそろった。

じゃあ、ジャパンハッシュをやらねば!!

我々日本人もお返しをしないとね。

 

学生時代に寿司屋でバイトしていた人がいた。

その人が酢飯を握れるということで、握り寿司を出すことになった。

芸は身を助くとはよく言ったもので、その方もまさかアフリカで寿司を握るとは思っていなかっただろう。

こんな感じで、着々とジャパンハッシュの準備が進んだ。

 

問題は料理の提供のタイミングだ。

ランナーたちがゴールしてから料理を提供しないと、常夏の国なので寿司がいたんでしまう。

 

なので、握り寿司の下の部分だけ大量に握って準備しておく。

その上に卵焼きやネタを乗せるだけの状態にして、ランナーたちがゴールしたら次々にネタを乗せて出すことにする。

寿司のほかにも、数種類の料理を準備することになった。

 

そして当日。

ジャパンハッシュを開催することが正式決定した数週間前から、私がハッシュで走っていると声をかけてくれる人が増えた。

「ジャパンハッシュ、楽しみだね!」

「俺は絶対行くよ!」

 

サイモン夫妻もハッシュ参加者なのだが、多くの人がジャパンハッシュを楽しみにしていることが分かり、期待感にわくわくしているらしかった。

「ジャパンハッシュ、みんなが楽しみにしてるんだねえ」

いやいや、自宅を貸してくれてありがとうね!

 

当日。

私ともう一人は料理を友人たちに頼み、マラソンコースに出た。

む?

走っているのは、最近ハッシュで見かけなかった顔。あの人もこの人も。

 

今日は参加人数がいつもより多い。

まずい気がする。

まずい気しかしない。

 

サイモン宅は一般人の家(つまり大使公邸等ではない)だ。

なので安全上、門を施錠しておく。

しかし、ゴールした参加者たちがサイモン宅の門前にふくれあがった。

 

庭にテーブルを出し、そこに大量に握り寿司(の下の部分)を並べている友人たち。

私は素早く門を開けて中に入った。

「そろそろ寿司のネタを乗せ始めよう。間に合わなくなっちゃう」

 

我々は慌てて酢飯の上にネタを乗せ始めた。

門の外に集まったハッシュ参加者たちが、空腹に耐え兼ねて騒ぎ始めた。

「腹減った!腹減った!」

「寿司食べたい!寿司食べたい!」

 

中には、門が開くかと思ってガチャガチャ揺らす不届き者も現れた。

ヤバい。

参加者たちは、寿司が食べたくて殺気だっている。

 

アメリカハッシュの時なんて、山積みになったホットドッグを食べる人がおらず、私なんて2つ3つ持って帰ったくらいだ。

(それくらい、アメリカハッシュのホットドッグは不人気だった)

 

しかし。

アフリカで日本料理、しかも日本人が料理した本場の?寿司が食べられるなんて、そりゃ誰だって食べたいよね。

しかしねえ。

あんたたち、ガラ悪すぎ…。

(と、サルのように門を揺らすランナーたちを見て思う)

 

「もう門を開けよう。このままじゃ群衆が暴発してしまう」

と友人の一人が言い出した。

思い切って門を開けると、ゴールした空腹の参加者がドドドとサイモン宅へなだれ込んで来た。

 

友人たちが紙皿に2つずつ寿司を乗せて参加者に配布するが、あっという間にあたりは阿鼻叫喚に包まれた。

寿司に群がる黒山のような人だかり。

すさまじい形相で料理を奪い合う参加者たち。

宙に舞う唐揚げ。

 

ふと見ると少し離れた場所で、ミシェルとサイモンが、寿司を奪い合う参加者たちの様子を不安げに見守っていた。

分かるよ。

分かるよ、その気持ち。

 

うっかりジャパンハッシュに自宅を提供させてしまってごめんなさい。

サイモン宅の庭は、料理をイナゴのように食い尽くすランナーたちで大混乱を呈していた。

 

そして。

ハッシュ参加者たちはたらふく食べ、満足してサイモン宅を引き上げた。

全員が帰宅したのを確認し、我々日本人はサイモン宅のキッチンへ入った。

 

私はひそかに皆の顔を見渡した。

終わった達成感と疲労とで、誰もがやれやれという表情になっていた。

我々は、サイモンが自宅を提供してくれたことに謝意を述べた。

 

「いや、いいんだよ。ジャパンハッシュが盛況で良かったよ」

人の好いサイモン夫妻は、笑顔で喜んでくれた。

 

いや、本当に盛況で良かった。

料理も何一つ残らなかった(私は残り物を期待していたが…)。

好評だったのはいいが、私はちょっと恐怖を感じたぞ。

 

その後、数々のハッシュに参加したが、ジャパンハッシュほどの料理の奪い合いは見ることは無かった。

私たちも、ジャパンハッシュをやったのはその1度きり。

これにこりて、もう2度とジャパンハッシュを開催することはなかった。