カレーと言えばインドというイメージだ。
でも、ネパール人が経営しているカレー店も多い。
都内に住んでいた時、自宅の近くにネパール人の営むカレー店があった。
残業して帰宅が遅くなり、食事を作るのが面倒くさい時。
そのカレー店で夕食を食べてから帰宅していた。
その店が客でにぎわっていたのを見たことが無い。
一人、二人くらいのお客さんなら見かけたことがあるが、行くといつも私一人。
まあ、残業後に食事に行くわけだから、常に夕食時間が過ぎていた、というのもある。
店舗の可愛らしい外観と裏腹に、行くといつも眉毛の太いネパール人店員がいた。
あまり日本語が上手じゃない彼は、全然愛想が無い。
「ナンですかご飯ですか」
くらいの、必要最低限の会話しかしない。
異常にフレンドリーな店員が苦手なので、無口なくらいが私にはちょうどいい。
と思っていると、突然「今日のカレー」などを勧めてくるので油断はできない。
ある夜、また残業が立て込んですっかり遅くなった。
忙しくて昼もろくに食べていなかったので、ものすごく空腹だった。
脂っぽい物はどうかと思うが、お腹が空いて我慢できない。
カレーでいいや。
青いドアを開けると、若い男性店員が出てきた。
「いらっしゃいませ」
あれ?見慣れない顔だなあ。
新人か…そう思いながら私は席についた。
メニューを見て、適当にカレーセットを頼む。
そのネパール新人店員は、ニコニコと愛想がよかった。
しかしこちらの言った日本語が良く分からないのか、頭はぼんやりしている印象。
まあいいや。
今日は本当に疲れたので、ご飯を食べて早く帰りたい。
食事を終え、伝票を持って立ち上がった。
先ほどの新人君は、営業終了時間が間近らしく、早く帰りたそうな顔をしていた。
私がレジに行くと、もうレジの中でスタンバイしていた。
はいはい、帰りますよ。
財布の中を見ると千円札がなかった。
仕方なく五千円札を出して、おつりをもらうことにする。
「ありがとございましたあ」
新人店員がおつりを私の手に無造作に渡してきた。
「ごちそうさまでした」
と言いかけて、ん?
私はおつりを二度見した。
五千円札で支払ったのだが、渡されたおつりが6,000円と何百円か。
え??
私はもう一度、カレーセットの金額を確かめた。
そして、トレイの上にまだ載っている自分の五千円札を再度確認した。
「ちょっと、このおつり間違ってるんじゃない?」
私は声を上げた。
新人店員がぎょっとして私を見た。
「だってさ。5,000円支払って、どうしておつりが6,000円なの?」
ネパール人店員はおびえたような顔をした。
私が急に口を開いたので、怒っているように思われたのかもしれない。
慌てて私は言い直した。
「カレーセットは850円でしょ。私が支払ったのは5,000円だよ?どうしておつりが6,000円になるわけ?」
新人君、こんな早口で日本語を話されても分からないらしい。
レジの前で凍り付いている。
あ~、どうすればいいんだ?
4,150円くれ、と言っても、ぽかんとしている。
私は紙に書いて説明しようと思ったが、手近に紙が無かった。
困ったな、こっちも疲れてるし、早く帰りたいんだが…。
私は一計を案じて、新人君の立っているレジへ回り込んだ。
レジに正しい金額を打ち込んで、正しいおつりをもらおうと思ったのだ。
レジに入ってびっくり。
新人君の前にあるレジは、昔のレジスターというヤツだった。
(キーがたくさんついていて、手入力のやつです)
私が子どもの頃は、スーパーなんかでもこういうレジスターを使っていた。
しかしねえ。
いまどき、レジスターを使えと言われてもなあ。
さすがに私もこれを使う自信がない。
しかし、レジに金額を打ち込まないと、レジの下の引き出し(お金が入っている部分ね)が開かないのだ。
仕方なく、口で説明しながらレジスターを打ち込んでみることにした。
隣で突っ立っているネパール人兄ちゃんに説明しながら。
「渡したのは5,000円でしょ?で、カレーセットが850円だよね?いい?」
私は、ネパール人店員の目の前で五千円札をひらひらふってみせた。
「5,000円ひく850円。わかる?」
そう言っていると、視界の片隅に、眉毛の太いネパール人店員が心配そうに奥から出てきたのが見えた。
(お前、いるじゃないか!)
若い店員が雇われたので、眉毛の方はどうやら昇進したらしい。
店の奥で作業をやっていたが、私の声が聞こえたのでトラブルかと思い、出てきたようだった。
ここまできたら、最後までやるぞ。
私はレジスターに金額を打ち込んでみせた。
チーン、と小気味よい音がして、「4,150」という数字が表示された。
おつりの入った引き出しが開いた。
「ほら、これがおつりだよ。」
そう言いながら、私は開いた引き出しの中から千円札を4枚、小銭を150円出した。
そしてトレイの上に乗せ、若いネパール人店員に見せる。
「いい?カレーセット850円で5,000円もらったでしょ?だから、4,150円のおつり」
ここで勝手にお金を奪っていくと、妙な誤解をされかねない。
ネパール新人店員が理解したのを見てから、私はおつりを自分の手に取った。
後ろで見守っていた眉毛の太い店員も状況が分かり、納得した様子だった。
その後、(どういう心情なのか分からないが)眉毛は感心した目つきで私を眺めた。
やれやれ。
私は4,150円を財布にしまって店を後にした。
あとでネパール人同士がどんな話をしたのかは分からない。
疲れてて早く帰りたいのに、レジの使い方をこんな夜遅くにネパール人に指導するはめになった。
この区から転居するまで、私は何度かこの店を利用した。
その後は、その店員がおつりを間違えることはなかった。
(あんなずさんな会計をやっていたら、つじつまがあわないだろうなあ~)
今は、私は別の自治体に住んでいる。
近くに、やはりネパール人がやっているカレー店がある。
ナンが食べたいので、ついついその店に足を向けてしまう。
ネパール人は意外にもアジア人ぽくないと思う。
アジア人といえばシャイで丁寧、可愛らしいイメージがあるが、ネパールはアジアのアメリカ人みたいな印象だ。
ニコニコしているけど雑な感じとか、アメリカ人によく似ている。
私も今は反省している。
深夜、営業時間終了間際に入ってきた日本人客。
日本語がよく分からないのに怒られて、おまけにレジに入られたら、強盗か?と思いますよね。
あの店員は恐怖でしかなかっただろう。
もうしません。(反省)