オレンジの花と水

ブログ初心者の日記風よみもの

菜食主義

 

以前の同僚の話。

自営業の夫が、平日の昼間に海へ遊びに行ったらしい。

彼は磯場でカキを発見した。

彼女がその日の仕事を終えて帰宅すると、夫が嬉しそうに庭でバーベキューをやっていたのだという。

 

「そのカキどうしたの?」

と彼女が聞くと、夫は満面の笑みで、今日の昼間に海で発見した、と彼女に伝えた。

 

「へえ、カキですか。」

その話を聞いて、私は思った。

 

最近は昔と違って厳しくなり、漁業権を持っていないと勝手にエビやら魚やら取ってはいけないことになっている。

それについて彼女が夫に不満を持ったのかと想像したのだ。

しかし、彼女の怒りはそこではなかった。

 

「カキがかわいそうでしょ!

人間に見つからないようにひっそりと岩場に隠れていたのに!」

 

そして、彼女の夫に対する愚痴は延々と続いた。

「スーパーで食べ物が十分買えるのに、野生のカキを岩場から勝手に引きはがして!」

「一人でのんびり生活していたカキが、あんな夫に食べられるなんて!」

 

ちょっと怒り過ぎではないか?と私は内心びっくりした。

彼女はベジタリアンだったので、肉や魚など生き物を食べることについて否定的だというのもある。

カキの身になってみれば、快適な磯場で生活していたのに、人間に見つかって岩場から引きはがされ、挙句の果てにバーベキューにされる…というのは災難だ。

 

しかし、そこまで怒らなくても。

彼女の夫も、天然のカキを発見して小躍りしたんだろうし。

 

それにカキがかわいそうだ、と言われると、ちょっと抵抗感があるなあ。

かわいそうではあるが、食べてはいけないのだろうか?

 

昨日のネットニュースを見て、ふーんと思ったことがある。

何でもイカやタコは知能が高く、「生きたままゆでられる」なんて災難には激しい恐怖を覚えるのだとか。

なので、動物の福祉に配慮して、イカやタコを生きたまま料理するのはやめよう、とかそんな記事だった。

 

「かわいそう」も、ここまで来たか。

確かに、イカやタコの身になってみれば、人間にとらえられ、見知らぬところへ連れて行かれ、生きたまま冷凍されるなんてのは恐怖でしかないだろう。

しかし、「かわいそう」と言ったら、何も食べられなくなるんではないだろうか?

牛肉だって豚肉だって鶏肉だって、生き物の命を奪う行為は全て「かわいそう」なはずだ。

 

うーん。

この、イカやタコの記事を読んで思った。

記事を書いている人はベジタリアンなのかな。

 

私はあまり積極的に動物系たんぱく質を食べようと思わなくなった。

もちろん、たまにはがっつりトンカツ!焼き肉!と思うこともある。

しかし、コロナで自宅にいる時間が多くなり運動量が減ったという環境変化もあって、肉や魚をあまり欲しなくなった。

 

しかも、最近は大豆で出来たひき肉風の加工品なども充実している。

ベジタリアンになろうとは思っていないが、肉や魚をたくさん食べなくても生活できそうだ。

 

と、そんなことを考えていると、周囲の人たちが追い打ちをかけるようにこんなことを言う。

「豚も、屠殺場へ連れて行かれるときは薄々分かるみたいで、聞くに堪えない悲鳴をあげるらしいですよ!」

 

そりゃそうだろう。

豚の身になってみれば、そんなの恐怖でしかない。

今から殺されるんだから。

 

色々想像すると(私はかなり想像力が豊かだ)、牛や豚の悲劇は私にとっても怖すぎる。

こうなったら、やはりベジタリアンになるしかないんだろうか?

いや、でもたまにはトンカツが食べたいので、準ベジタリアン

 

だんだんこういう時代になってきているのかな。

昔の人間は食物にありつくこと自体が大変だったので、貝でも魚でも、入手出来たら食べていたはず。

その時代は「かわいそう」なんて言っていられなかったんだろう。

しかし、人間社会が豊かになって24時間食事が出来るようになると、「殺される動物がかわいそう」という感覚も出てくるのかな。

 

でもねえ。

植物にも感情があるらしいですよ。

ほめて育てると元気になるらしいし、毎日ののしって世話をすると枯れるらしい。

それを考えると、植物を食べることも残酷な気がする。

 

って、そんなことを言ったら、何も食べられなくなってしまう。

どうしたらいいんだろう?

 

くだらないことかもしれないが、最近そんなことをよく考えるようになった。

(こんなこと考えてるのは私だけ?)

人間の「豊かな生活」は自然資源を収奪したり、生き物の生命を奪ったりして成り立っている、ということが苦しく思えるわけで。

 

イタリアで2016年だかに議会へ提出された法案で、「親が菜食主義者だった場合、子どもにそれを強制してはいけない」というものがある。

そんな法案、日本では聞いたことが無いなあ。

 

しかし、そんな法案が出てくるってことは、イタリアの親御さんたちの中には、子どもに野菜しか食べないよう強要している人がいるってことですよね。

ううむ…それも極端だなあ。

アメリカでは子どもの肥満が問題になっているつーのに。

 

新聞を読んでいたら、昨今の地球温暖化で、南の海域にいた魚たちが北上し、東北や北海道で以前は獲れなかった魚介類が獲れるようになったとか。

そうなると、伝統的な食文化が大幅に変わる。

名物の〇〇を使った料理、なんてのが作れなくなり、代わって××という魚がその地方の名物になるんでしょうね。

 

大学の先生によれば、

地球温暖化によって、その土地で収穫できる食べ物が変わる。食文化もそれに応じて変わっていくべき」。

さいですか…。

 

人間が環境を破壊した結果、人間の食べる物が変わる…ってのも、よく考えたらすごいことだ。

(自業自得ともいえるが)。

もう、海山から食べ物を取るのをやめて、工場で作った大豆ミートを食べることにしたらどうでしょう?

 

私はカキフライやサンマの塩焼きが好きなので、全面的に魚介類をあきらめるのは残念な気もする。

なので、菜食主義が必ず正しい、とは言わない。

でも、肉でも魚でも24時間好きな時に温かい食事、冷たい食事が好きなだけ食べられる、という豊か過ぎる生活自体が、環境に負荷を与えているのかもしれないとは思う。

 

イタリアの例を引くまでもなく、食べる物って非常に個人的なこと。

他人が食べている物をあれこれ批判するのはどうかと思う。

 

でも、どこかで一度、現在の豊か過ぎる生活レベルを継続していいのだろうか?という見直しは必要なのかも。

たぶん、それに気づいた人は少しずつやってるんだろうな。

 

私も遅まきながら、何か個人的に変えていこうかな、と思っている。

まずは、まだ食べたことのない大豆ミートにチャレンジしてみたい。

豆乳が大豆臭いという人もいるが、私は気にならないタイプ。

大豆ミートを食べてみたら、また感想を記事にしたいと思います。