オレンジの花と水

ブログ初心者の日記風よみもの

ウリの漬物

 

以前、何かで読んだことがある。

ある男性が書いていた記事だ。

料理がおいしかったとき、感謝の気持ちをレストランの方に伝えたい。

しかし、恥ずかしくて厨房の方に「おいしかったです」となかなか言えない、というもの。

 

その人は常日頃から、食事が終わった後に店の方に感謝を伝えたいと思っていたのだとか。

しかし、「ごちそうさまでした」が言えたらまだいい。

支払いを済ませた後、口の中でもごもご言いながら店をそそくさと出るのだという。

勇気を出して「おいしかったです」と言うのは、やっぱり気恥ずかしいのだとか。

 

その記事によれば、その男性はこんな体験をした。

 

ある日、ふらりと立ち寄った店でお昼を食べた。

厨房で料理を作っているのは、白髪のご老人。

定食を運んできたのは、店主の奥様とおぼしき高齢女性。

老夫婦二人で店を営んでいるらしい。

 

定食はボリュームがあっておいしかった。

会計を済ませ、店を出るときに思い切って言ってみた。

「おいしかったです。ごちそうさまでした。」

 

店の引き戸を閉めて外に出る。

すると、店内で奥様が厨房の夫へ言っているのが聞こえた。

「おいしかったんだって!良かったね。」

 

自分もそれを聞いてうれしくなった。

「おいしかったです」の一言であの老夫婦が喜んでくれたのなら、良かった。

 

というもの。

 

私はレストランで食事をすると、だいたい「ごちそうさまでした」とか「おいしかったです」と言って店を出る。

自分も料理好きだが、やっぱり他人が作ってくれる料理はおいしく感じる。

それに、キリスト教徒の食前のお祈りではないが、今日食事にありつけるだけでもありがたい、と思ってしまうからだ。

 

しかし、その記事を読んで思った。

なるほど。

「おいしかったです」の一言で誰かが喜んでくれるなら、私もじゃんじゃん使ってみよう。

 

ある日、車の運転免許の書き換えに行った。

免許センターから帰る途中に、町中華の店があった。

なかなか行かない町なので、その店にちょっと入ってみようと思った。

 

そのとき何を頼んだか忘れたが、定食はおいしかった。

厨房を見ると、料理を作っているのは白髪の高齢男性。

料理を運んでくるのは妻らしき高齢女性だった。

どうやら老夫婦二人でやっている店らしかった。

私は免許を書き換えて気がゆるんだのか、ついでにビールも頼んだ。

 

すると、ビールのつまみとして漬物が出てきた。

奈良漬風なのだが、味付けは違う。

ウリを漬けたものだが、スーパーなどで販売している工場製品と違い、複雑な味わいだった。

つまり、おいしかったのだ。

 

会計を済ませて店を出るとき、私は言ってみた。

「おいしかったです。ごちそうさまでした。ウリの漬物、とてもおいしかったです。」

そして店の外に出て、引き戸を閉めた。

 

店主は高齢男性。レジは高齢女性。

まるっきり、あの記事と同じ状況だ。

唯一違うのは、あの記事の男性は和食、私は中華だが。

 

すると、後ろ手に閉めたドアの向こうから、高齢女性の声が聞こえた。

「ウリの漬物がおいしかったんだって!」

おっ!

私は耳を澄ませた。

 

どうやらレジの女性は、厨房で料理を作っている夫に話しかけたらしい。

よしよし。

今日の私の一言で、この老夫婦は一日幸せな?気分になるかもしれないのだ。

うっしっし。

 

私がワクワクしていると、ドア越しに高齢男性の声が聞こえた。

「ウリの漬物がおいしかっただって?

そりゃそうだよ!だって俺が漬けたんだもん!!」

へっ?

 

なんか話が違うぞ。

私は閉めたドアの前で固まった。

 

高齢男性の声が続いた。

あの漬物はああしてこうして。

こうやって苦労して手間暇かけて。

ぬか床の手入れだって毎日大変な思いをして。

 

なんだなんだ?

どうやら料理人の夫の苦労話(漬物のうんちく?)が始まったらしかった。

 

話が違うじゃないか。

(いや、私があの記事と同じハートウォーミングなハッピーエンドを期待しすぎなんだが…)

 

私は早々にその中華料理店の前から退散した。

どうも、夫としては妻に「俺は漬物だって頑張って漬けているんだぞ」とアピールしたかったようだ。

私の余計な一言が呼び水となってしまったのかもしれん。

反省。

 

やっぱり現実は、必ずしもハッピーエンドではないわけですね。

でも、本当においしかったんですよ、漬物。

まあ、愚痴を言える相手がいる(糟糠の妻がいる)ってことは、それだけで幸せなことなのかもしれない。