オレンジの花と水

ブログ初心者の日記風よみもの

立命館大学

 

南アフリカにいたときに、中華料理店によくお世話になっていた。

和食の店が無かったからだ。

 

当時、プレトリアには黒人シェフが握る怪しい?寿司の店があった。

(まあ、それはそれで別物として美味しかったが…)。

しかし日本人を満足させる和食レストランは無かった。

 

プレトリア市内にはいくつか中華料理店があった。

しかし私の家の近くにある店が、一番安かったと思う。

値段が安いからなのか、その店は市内在住の日本人の憩いの場になっていた。

 

店舗が無駄に広いので、客が連れてきた赤ちゃんが泣いても他の客は気にしないで食事を続けていた。

もちろん、中国人店員たちも全然気にしていない(大らかですよね)。

なので、小さい子どものいる同僚たちも頻繁にその店を利用していた。

 

それに、値段が安いだけでなく、中華以外のメニュー(例:鮭ハラス焼きレモン添え)なんかもあった。

食べたいものを頼むと、メニューに無くても作ってくれる。

同僚の一人は、「あの店でよくコーンポタージュを作ってもらう」と言っていた。

中華店でコーンポタージュねえ…。

 

ま、そんな感じの適当な店だったので、何時間も赤ちゃん連れでダラダラ座っていても、誰も文句を言わない。

リラックスし過ぎなのか、横になってくつろぐツワモノの同僚もいた。

その人は、「だってまるで自分の家みたいな感じだからさあ」なんて言い訳をしていた。

どんな雰囲気の店だったか、分かっていただけると思う。

会社の歓送迎会もちょいちょいその店で行っていた。

 

で、南アフリカ滞在中はその店にお世話になったが、私の赴任期間が終って日本へ帰ることになった。

ある晴れた日曜日、私はその店の前の道を歩いて家へ向かっていた。

南アフリカは晴天が年間300日以上もある。

いつも晴れている国なのだ。

 

すると、どこからか声が聞こえた。

「おーい!」

 

ん?

誰か私を呼んだ?

きょろきょろすると、再び声が聞こえた。

 

「おーい!ハロー!」

 

再びあたりを見渡すと、その中華料理店の塀の上(!)から、誰かがニコニコしながら手を振っていた。

つられて思わず手を振り返す。

誰だったっけ?

 

よく見ると、若い東洋系の男の子がニコニコしながら塀の上に乗っていた。

ペンキ塗りでもしているみたいだが、良く分からない。

あの人誰だっけ?

会ったことあったっけ?

 

記憶にないが、私に向かって手を振るってことは、あの若者は私を知っているんだろう。

彼は私に聞こえるよう、塀の上から大声を出した。

 

「もう日本へ帰るのー?」

 

唐突な質問だなあ。

 

なぜ私が日本人と知っているのだろう?

いや、中国語が出来ないんだから日本人に決まってるよね。

ってことは、彼はこの店の店員で、私が食事に来ているのを見かけたのかな。

 

「うん、そろそろ帰国なんだ。」

 

彼の質問に答えるべきなのかよく分からなかったが、成り行き上、私は正直に答えた。

彼はニコニコしながら言った。

 

「そうなんだ!でも、僕も日本へ行くんだよ!」

 

え?

まさか私についてくる、わけないよね?(←動揺して妙なことを考える)

私の心を読んだのか、塀の上の中国人少年(いや台湾人かも)は笑った。

 

「僕は日本の大学に入学することになったんだ!だから日本へ行くの!」

 

へえ。

私は彼の若い顔を二度見した。

南アフリカから日本へ留学するのか。

 

「どこの大学へ入るの?」

と聞くと、彼は大声で答えた。

 

立命館大学!」

 

そうなのか。

まさか、南アフリカ在住の中国系南アフリカ人の若者が、日本の大学を目指していたとはね。

彼はこの中華料理店で働いていたのだろうが、日本人客を見て「自分もいつか日本へ行くんだ」と思っていたのかもなあ。

 

もっと早く知っていれば、日本のことを色々教えてあげたんだが。

そう思いながら、私は塀の上の彼に向って声を張り上げた。

 

「いつ入学するの?」

 

彼は塀の上に乗ったまま答えた。

 

「今年!」

 

そりゃまた急な。

(いや、もしかすると留学準備に結構な期間を費やしていたのかもしれないが)。

ってことは3月末まで南ア勤務の私と違い、彼は4月1日の大学入学に合わせて一足先に日本へ行くわけだ。

 

彼は笑顔で続けた。

「ねえ、立命館大学っていい大学?」

 

私は大声で返した。

「いい大学だよ!」

 

彼はますます笑顔になった。

そしてまた、私へ手を振りながら言った。

「よかった!」

 

その店の前を去ってから、私は(立命館大学って、確か九州にあったような?)と思った。

「いい大学だよ」なんて言い切ってしまったが、実は良く知らない。

南アフリカ人が入学できるってことは、英語しか分からない学生でも入学できる大学ってことですよね。

 

そして、それからしばらく経ち、インドネシアに赴任した。

ジャカルタには多くの日本人が住んでいる。

インドネシア人と結婚して現地に住む日本人女性も多い。

 

ある日、同僚の一人が、「息子が日本の大学へ進学することになった」と言ってきた。

彼女の旦那さんはインドネシア人だ。

 

「へえ、息子さん、どこの大学へ行くの?」

と聞くと、立命館アジア太平洋大学だという。

どうやら、大分県にあるらしい。

 

それを聞いて、あの塀の上に乗り出していた若い男の子を思い出した。

なるほど。

色々な国籍の学生が入学できる大学なのかな。

楽しそうだな。

 

それにしても、あの時の彼の笑顔は輝いていた。

そりゃあ、これから違う国で学生生活を送ることが決まっていたら、誰だってウキウキするだろう。

道を歩いている日本人に、「自分も日本へ行くんだよ!」って伝えたくなる気持ちも、分からんではない。

私もアメリカ人に「アメリカへ留学してましたよ」というと、たいていのアメリカ人は非常に喜んでくれる。

そんなものかな。

 

また春が巡ってくる。

世界のどこかで、「日本へ留学したい」とか「アメリカで勉強したい」と願う若者が今もたくさんいるんだろうなあ。

頑張ってほしいし、そういう若者が世界を良くしてくれることを祈っているぞ!

9月入学が最近はやりだが、春に新しい生活を始めるのも案外悪くない感じがする。