ニューヨークの話をもう一つ。
これは私の反省です。
当時は大学院生だったので、当然書籍を買う。
ある日、授業で使う本を買うために大学近くの書店へ行った。
その店は、狭い店内にたくさんの本を並べていた。
ま、NYは地価が高いので必然的にそうなりますよね。
私は1階から階段を使って上階へ行った。
お目当ての本は、どうやら2階にあるらしかったからだ。
2階も1階同様に、本が山のように積まれている。
私が本を探していると、本棚と本棚の狭いスペースから急に人が現れたりした。
そんな感じの狭小の店舗なので、店員がどこにいるかも分からない。
ようやく私はお目当ての本を見つけた。
これを買えばいいのだ。
その本を持って、きょろきょろとレジを探した。
見ると、店舗のちょっと奥にレジがあった。
「すいません、レジお願いします!」
誰もレジにいなかったので、奥へ向かって私は声をかけた。
奥の方に、イケメン風の若い男性がちらっと見えたからだ。
「はーい!今行きます」
男性の声が聞こえた。
レジで待っていると、誰かが出てきた。
しかし、出てきたのはちらっと見えた店員ではなかった。
私は度肝を抜かれてしまった。
メガネをかけ、ぼさぼさ頭の男性がレジに入ったからだ。
「ハロー!」
レジに入った男性は、つぶれた声で接客を開始した。
この人、誰?
強烈な外見に私は思わず動転し、心臓がバクバクした。
頭が最初は混乱したが、落ち着け落ち着け。
この人は店員だ。
かろうじて私も返事をする。
「は、ハロー」
言いながら、私は思わず彼の胸元に目線が行ってしまった。
なぜかと言うと、彼は女性用のシュミーズ(っていうのか?タンクトップみたいな感じのヤツです)だけを素肌に着用しており、その胸元からもじゃもじゃとすごい胸毛が見えていたからだ。
すごい胸毛だな…。
見てはいけないと思うと、ついつい胸毛を見てしまう。
シュミーズには小さいフリルとリボンが付いていた。
しかしリボンの可愛さとは対照的に、はみ出た胸毛が主張していた。
店員氏は私が置いた本を取り上げた。
「●●ドルです。」
つぶれた声で店員氏が言った。
「は、はい。」(緊張する自分)
私はこの店員さんが男性なのか女性なのか考えようとしたが、やめた。
慌てて財布を取り出す。
私が札を出すと、店員氏は釣銭を出し始めた。
私はその指や腕もまじまじと見た。
指にも腕にもむじゃむじゃと毛が生えている。
ってことは、やっぱり男性?
しかし私は瞬時に考えた。
この人を、男性と決めつけていいのか?(女性かもしれないし、単に女装趣味なのかもしれんし)
世の中は男性と女性の2択というわけでもない。
人を見て、「あの人は男性」などと特定しなければいけないものだろうか?
むしろ相手の性別なんて考えずに、さらっと受け流せばいいのだろうか…(悩む)。
フリル付き女性用タンクトップから胸毛をわんさか出した男性に、レジをやってもらう図。
なかなかシュールだ…。
「××ドル△セントのおつりです。」
店員氏がつぶれた声で言った。
急に妄想を破られて、自分がどうやって反応したのか覚えていない。
胸毛をガン見していたのがバレた?
私はもがもがと何かを口の中でつぶやきながら、釣銭に手を伸ばした。
「●△×…(あわわ)」
釣銭をもらって財布に入れるのももどかしく、あたふたと帰ろうとすると、違う声が聞こえた。
「本にカバーをかけますか?」
え?
私は顔を上げた。
店員氏の後ろに、奥から出てきたイケメン店員が立っていた。(よく見るとさらにイケメンだ)
へえ、アメリカでも買った本にカバーってかけてもらえるのか。
そんなサービスが出来るのは日本だけだと思っていたぞ。
アメリカではじめて聞いたので、やってもらいたいなあ。
私がうなずくと、イケメンはレジに入っている店員氏に何事か指示した。
どうやら店員氏は新人らしい。
イケメンが店員氏に指導している最中のようだ。
店員氏はレジの下から紙を取り出して、私の本にカバーを付け始めた。
私は興味津々でそれを見守った。
これ、私はちょっとうるさいよ。
なんてったって、学生時代に書店でバイトしていたんだから。
だから本にカバーをつけるくらいは、私でも出来るんだぞ!(←急に態度が大きくなる)
見ていると、やっぱりアメリカ人?なのか、店員氏はかなり不器用だった。
てこずっているのが分かる。
可哀そうだからやっぱりカバーをつけなくてもいいかな…。
私がそう思い始めたとき。
店員氏は悲しそうな叫び声をあげた。
「ああ!うまくできないよ!」
後ろに控えたイケメン店員は、「そうじゃない、こうやって」などと小さな声で店員氏に指導をしている。
ここまで来ると、私も店員氏をゆっくり観察する余裕が出てくる。
改めてよく見ると、彼はひげも濃いらしい。
鼻から下、耳の方までひげの剃り跡が残っている。
もともと毛が多いタイプなんだな。
なるほど…。
オカマさん誰もが、IKKOさんとかマツコ・デラックスみたいにつけまつげを付け、きれいに化粧をしているわけではないこともよく分かった。(あの方たちはテレビ用でしょうけど)
合点がいくと、ついついまた店員氏の胸元に目が行ってしまう。(だって胸元がざっくり開いてるから)
胸毛はすごいが、豊胸手術をしているわけではない。
って、オカマさんと決まったわけでもないんだけど。
ようやく、私の買った本にカバーが付いた。
そのままでも良かったのだが、店員氏は丁寧にビニール袋に入れてくれた。
「サンキュー」
つぶれた声で店員氏は私を送り出してくれた。
ここまで彼がカバーかけを頑張ってくれたので、私もホッとした。
本を受け取ってレジから立ち去る。
店を出て、深呼吸をした。
どうやら、私は緊張していたようだった。
で、家に向かって歩きながら気づいた。
強烈なルックスの店員を見てドギマギするということは、私の中にオカマさん(または女装愛好者)に対する偏見があるのかも。
でも、心の準備が出来てなかったんだよ…。
時々こうやって、私を試すみたいに色々な人が登場する。
そのたびに、自分の中にある不寛容性に気づかされる感じがする。
ニューヨークを楽しめる人は、どんな人を見ても動じないんだろうなあ。
自分はまだ人生修業が足りないんだな、と思った一日でした。