オレンジの花と水

ブログ初心者の日記風よみもの

猫好き

 

最近うれしいことがあった。

可愛がっていた猫(野良だが)が、一年ぶりに帰ってきたのである。

 

状況を説明しますと。

我が家のお隣さん、Nさんは3匹の猫を飼っている。

Nさんのお向かいさんであるKさんも、猫好きである。

道端で会うと、NさんとKさんはいつも猫の話で盛り上がっている。

 

ある日。

不届き者が隣のお宅へ子猫を2匹捨てて行った。

Nさんが猫好きであることを知っての犯行だろう。

 

Nさんもすでに3匹飼っている。

どの猫も去勢・不妊手術済みだ。(ペットは本当にお金がかかる)

「さすがにこれ以上は飼えないですねえ…」とNさんも言っていた。

 

捨てられた2匹の子猫のうち、1匹はカラスに連れて行かれたのか姿が見えなくなった。

もう1匹は生き残った。

彼は、猫好きNさん、Kさんの同情を買い?エサにありついて生き延びたのである。

チビ(仮名)としておく。

 

チビは愛嬌をふりまいてNさん宅で食事にありついた。

やはり生き残れる個体は、体が大きいとか毛並みがいいとかは関係ないらしい。

 

我が家周辺を闊歩するKさん、Nさん宅の猫たちやチビを観察した結果、私も納得した。

ダーウィンの言う通り?環境に適応した個体が生き延びるようだ。

チビの場合、庭の植木鉢の後ろに隠れ、大人の猫に混じってキャットフードを食べる。

なるほど…。

 

「チビ」といえど、猫の成長は早い。

チビもあっという間に若いオス猫となった。

 

若い猫たちの本能なのか分からないが、猫同士のケンカとなるとチビも血が騒ぐらしい。

我が家の縁側で昼寝をしていても、Kさん宅の裏で猫同士のケンカが始まるとすぐに走っていく。

 

「ケンカか?ケンカか?」

「どこどこ?」

 

なんて感じで、寝てても飛び起きてケンカを見に行くのだから始末が悪い。

「火事と喧嘩は江戸の華」

てな感じだ。

頼むから、ケンカには巻き込まれるなよ…。

 

だんだん、年長のボス猫がチビに目をつけるようになった。(若いオスだからね)

チビはけがをして、我が家に帰ってくることが多くなった(←といっても、まだ飼っていない。我が家は彼の単なる昼寝場所である)。

 

チビが後ろ足をかまれて、血を流しながら歩いていることもあった。

気の毒に思った家人が手当てをして、チビは元気になった。

 

我が家では、「チビを飼おうか」という話が出るようになった。

やはり野良猫の寿命は短い。

野良だと雨風をしのぐ寝床の確保も難しいし、エサにありつくのも大変だ。

家猫になれば、幸せな人生を送らせてあげることが出来る。

 

しかし、そうはいかなかった。

昨年のある春の晩。

Kさん宅裏(猫の集会所になっている)から、すさまじい猫の絶叫が聞こえた。

その日から、チビは姿を消した。

 

Kさん談。

「風呂に入っていたら、猫のすごい悲鳴が聞こえたよ。

あれは多分チビ。以前から何度もボス猫(メスです)に叩かれたりかみつかれたりしてたからさ。

やっぱり若いオスは追い出されるんだよ。」

 

く~。

Kさん、お風呂から出てボス猫を追い払ってくれればよかったのに(←私の勝手な願望)。

そしてそれ以後、チビはふっつりと消息を絶ったのである。

 

夏の暑い日も、台風の日も、秋の霜が降りた日も。

雨の日も雪の日も。

「いつになったらチビは帰ってくるんだろう?」

私と家族はそんな話をしながらずっとこの一年間、チビの帰りを待っていた。

 

そして今春。

Kさんが「チビを見た」と言うのだ。

それを聞いていたNさんも、「僕も見ましたよ。チビが帰ってきましたね」という。

 

そんなわけはない。

私は思った。

確かに我が家の庭にも、先日えらくうす汚れた野良猫が歩いていた。

チビはあんなに汚れていなかった。

 

しかし、そのうす汚れた?茶トラの野良猫は再びやってきた。

ある日私が自室にいると、猫の大きな声が庭から聞こえた。

 

「にゃおんにゃおん」

「うるさいっ!」(注:私です)

 

ガラッと戸を開けると、縁側に例の薄汚れた茶トラがいた。

あのチビ「もどき」だ。

毛皮の模様がよく似ているが、まあ、汚いこと。

私はまだ疑っていた。

 

「チビ?」

猫はじっと私の顔を見ている。

 

「チビか?」

「にゃおにゃお」

 

ふーむ。

私はその、どえらく汚れた猫を見た。

ただの野良猫なら私に怒られた瞬間、いや私が戸を開けた瞬間に逃げていく。

しかし、この茶トラは、以前も我が家に来たことがあるかのように縁側にいる…。

 

「チビだな?」

「にゃおにゃお」(何と言っているか分からんが…)。

 

私はスマホに格納してあったチビの写真を出して確認した。

背中の模様、尻尾の形状。

 

これはチビだ。

世界広しと言えど、チビしかいないでしょ。

私は再び、目の前の野良猫に目を移した。

 

いや、それにしてもまたえらく汚くなったものだな…。

顔は砂まみれ、目ヤニもついている。

胴体もどこに入ってきたのか、砂まみれだ。

子猫だった時の極上の毛皮はどこへ行ったのか…。

 

その日、チビは思うところがあったのか、すぐに去って行った。

 

しかし。

また別の日のこと。

庭でにゃおにゃお言うヤツがいる。

誰だよ…Nさん宅のシロか?クロか?(←Nさんのネーミングセンスです)

 

私は庭を見た。

すると、あの汚い茶トラがまた庭に座っていた。

 

今度は、私は心から納得した。

姿はだいぶおっさんになり、どこで苦労して生活してきたのか、ものすごく汚れている。

しかし、彼は確かにチビだ。

子ども時代を過ごした家を覚えていたのだ。

 

「チビか?」

 

私が網戸を開け、縁側に立つとチビは逃げた。

たぶん、人間にひどい目に遭わされてきたんだろうなあ。

仕方ない。

 

そもそも、チビを捨てたのは人間。

チビを嫌って水をひっかけるのも人間。

チビをつかまえて殺処分するのも人間。

野良猫に罪はなく、捨てる人間に責任があるのだ。

 

しかし、我が家(そして私)を覚えていて、帰ってきてくれたのはうれしい。

あのボス猫がこの半年ほど姿を見せなくなったので、チャンスとばかりに戻ってきたのだろうか。

我が家のことを覚えているようだが、以前と違って警戒心を持っている。

 

家族と相談し、時間をかけてチビを手なずけることにした。

チビが「この人間は安心できるぞ」と思うようになったらしめたもの。

風呂に入れるぞ。(←猫の最大の恐怖)

 

ところで、この記事のタイトル「猫好き」。

これは、私のことではない。

 

今まで私は「猫好き」を公言していたが、どうも自信がなくなってきた。

なぜなら、変わり果てたチビを見たときにすぐにチビだと気づかなかったからだ。

 

その点、KさんやNさんは一目で「チビですよね」と気づいた。

さすがの猫好きである。

私なんかより、はるかにプロである(何の?)。

 

というわけで。

「猫好き」を公言していたものの、自分には猫を見分ける修業が足りないと思った次第である。

せっかくチビが一年ぶりに我が家を尋ねてきてくれた?のに、「あれはチビじゃない」と思っていた。

チビに申し訳ない。

 

ダーウィンじゃないが、とにかく科学は観察だ(頑張ろう)。

そして、屈託のなかった子猫の頃のように、チビが人間を再び信頼してくれるようになってほしいものだ。

 

これからは、ペットショップで猫を購入するのではなく、野良猫を飼う人が増えてほしい。

犬も猫も幸せな人生を人間と共に過ごしてほしい、というのが私の子どものころからの願いだ。