オレンジの花と水

ブログ初心者の日記風よみもの

風を探して

 

日本に住んだことのある友人、ルルちゃんが言っていた。

都内の自宅からどこかへ行こうと家を出ると、道でばったり日本人の知り合いに出くわすことがある。

そういう時、決まって聞かれるのだという。

 

「あら!どこへお出かけ?」

 

努力家の彼女は頑張って日本語を勉強し、相当上手に日本語を話す。

しかし、「どこって聞かれても返答に困る。」のだという。

外出の目的は買い物とか、散歩とか。

無目的に?東京をぶらぶらするために外出することだってある。

 

「だから、『どこまで行くの?』って聞かれても、どうやって日本語で答えればいいのか分からなかった」

という。

 

それは多分どの国でも同じですよね。

外出時に近所の方とその辺で出会い、「お出かけ?」と聞かれることはどの国でも一般的だ。

そういう場合は「ええ、ちょっと」とか適当に答えておけばいいんだが。

 

アメリカにいた時、同じようなことがたびたびあった。

英語でも「ええ、ちょっとそこまで」と言えばいいんだと思う。(違っていたらスミマセン)

 

相手だって、私の行き先をスパイよろしく細かく把握しようと思って質問しているわけじゃない。

しかし、渡米当初は私もどう返答すればいいのか分からなかった。

 

根が真面目?な私。

『どこへ行くの』と聞かれ、自分の今日の計画を頭の中で整理した。

 

「今から○○へ行って、そのあとに××へ行って▽▽を買って、それから…」

 

と、たどたどしい英語で必死に説明すると、相手のアメリカ人はたいてい面食らった顔をしていた。

そりゃそうですよね、そこまで聞いてないのに。

 

日本で外国人に日本語を教えたときも、多くの学生から似たような質問を受けた。

 

「外出時に会った近所のおばさんが『あら、今日はどちらまで?』って聞くんだけど、答え方が分からない」

 

うん、わかるわかる。

語学の問題もあるが、むしろ文化的な問題。

みんな、日本人から聞かれたら返答に窮しているんだろうなあ。

 

「どちらまで?」

って質問は、単なる挨拶に過ぎない。

どこへ行くのと聞かれたら「ちょっとそこまで」とか適当に答えればいいんだよ。

と説明した。

 

しかし、日本語初心者の学生がたどたどしく「ええ。ちょっと。そこまで。」と呪文のように唱えるのを聞くと、何だか違和感もなくもない。

やはり自然な会話には「呼吸」ってものも必要なんだな。

 

インドネシアには「ええ、ちょっとそこまで」にあたる言葉がある。

チャリ・アンギン(Cari angin)というのだそうだ。

 

チャリは「探す」、アンギンは「風」。

つまり直訳すると「風を探す」という意味なのだ。

「どこへ行くの?」の回答が、なぜ「風を探しに」なんでしょうかね?

 

私のインドネシア語力はかなり低い。

アンギン(angin)に似た言葉でアンジン(anjin)という言葉がある。

アンジンは「犬」という意味だ。

 

インドネシア滞在中、私はアンギンとアンジンを常に混同する癖があった。

紛らわしくてどうにもこうにも覚えられないのだ。

 

外出しようとしたら、アパートを清掃している掃除夫の男性に「マダム、どこまで?」と聞かれたことがある。

単なる社交辞令なのだが、私は頑張ってインドネシア語で返事をしようとした。

かっこよく「風を探しに」と言った(つもりだった)。

 

しかし、どうやら「犬を探しに」と言ってしまったらしく、「どんな犬だ」と根掘り葉掘り聞かれたことがある。

相手が「俺も探してやる」と言うに至り、ようやく自分の間違いに気づいた。

行方不明になった犬を探しに外出。

まあ、ありえないことではないが。(犬は飼ってません)

 

こんなこともあった。

ジョグジャカルタへ出張に行った時のこと。

私はひどい風邪を引いてしまった。

仕事先のインドネシア人の方々に迎えに来てもらったのだが、鼻水も咳も止まらない。

 

「うわ、ひどい咳だね。風邪(angin)引いたんだね」

インドネシア人に言われた。

 

なるほど、風邪(=cold)はanginと言うのか。

日本語だと風邪と風が同音異義語だが、そんな感じ。

 

移動中、コンビニで「風邪の時になめるアメ」を買うことになった(インドネシア人のおススメ)。

インドネシアで働くようになった当初、そんなものがあるとは知らなかった。

「トラック・アンギン」(tolak angin)というのが商品名だが、アメやシロップ等様々な商品がある。

 

鼻水をすすりながら、コンビニ店員に尋ねた。

「すいません、風邪引いたんですが、トラックなんとかってありますか?」

 

隣で聞いていた仕事先のインドネシア人(心配してコンビニまで付いてきてくれた)が、私の脇をつついた。

コンビニ店員は笑っている。

 

「犬をひいたんじゃなくて、風邪を引いたんでしょ?」

 

(…またやっちゃったよ。)

こんな感じで、どうにもこうにも「風邪」「風」と「犬」の区別が最後まで付かなかった。

 

結局風邪が悪化し、ジャカルタに戻って病院へ行った。

その際も「風邪なんですけど」と看護師さんに説明した(少なくても、説明を試みた)。

 

絶対に犬と間違えないぞ!犬じゃない方だ!

と毎度毎度思うのだが、看護師さんは苦笑している。

その笑顔を見ると、(あーあ、また犬と間違えたよ)と分かる。

間違えるたびにインドネシア人から、「犬」と「風」(または「風邪」)の違いをご教授いただく。

 

「犬と間違えないように」と思い過ぎて、毎回間違える。

どうしようもない。

 

話が脱線した。

というわけで、私のインドネシア語は相当ひどいものだ。

 

最近は覚えるより忘れるスピードの方が速い。

インドネシア人は優しいので、「外国人だから仕方ないな」と温かい目で見てくれる。

間違えながら覚える、とか言うが、私は間違えてもまた次回同じ間違いをしてしまう。(←終わっている)

 

外国語を勉強すると、「なぜこういう言い方をするんだろう?」と思う言葉がたくさんある。

多分、何らかの文化的背景があるんだと思うんだが、それを知らない外国人としてはそのまま覚えるしかない。

「風を探して」もその一つだ。

 

タンココ保護区の浜辺を、無目的にぶらぶら歩いていた時に思った。

この「無目的に歩く感」が風を探す感じなんだろうか?

まあ、犬を探すよりは涼しくていいや。