オレンジの花と水

ブログ初心者の日記風よみもの

子どもの居場所

 

どうでもいい話で恐縮です。

 

最近、我が家の近くにスケートボードをしに来る子がいる。

中学生くらいの子たちなのだが、猛暑日でも滑っている。

 

我が家の裏は宅地だ。

かなり広い面積を宅地開発し、小さい区画に小分けにして販売した。

区画の間の道は広く取ってあり、舗装された道が袋小路のようになっている。

つまり宅地の向こうへ抜けることが出来ないため、住民以外の車が通ることはほとんどない。

 

しかも、区画はほぼ売れ残っている。

ようやく3,4軒ほど家が建ったが、それっきりだ。

どの売れ残り区画も草ぼうぼうになっている。

 

車どおりもないが、人通りもないわけだ。

なので、格好のスケボー練習場所になったらしい。

 

都内某区なんぞはスケボーが出来るように、階段やら手すりやらスロープやらがある。

そこまで恵まれた練習場所は、我が家の近所にはなかなかない。

 

我が家の裏でスケボーをしている子どもたちも、そんなすごい技を練習しているわけではない。

ビギナーなら、平坦な道でも十分楽しく滑れるようだ。

 

それに、子どもたちが集まると言っても最大で数人ってとこだ。

自転車で集まり、一緒にスケボーをし、疲れたら草むらに座って休んでいる。

もちろん、一人で練習している子も毎日見かける。

 

私はおととし日本に帰ってきて驚いた。

どこもかしこも高齢者が多いからである。

 

「日本ってえらく高齢化社会になったもんだな…」

と思っていた。

まあ、私の住居周辺だけなのかもしれないが。

 

なので、我が家の裏の広大な空き地が開発され、案の定?売れ残り、夏になって草ぼうぼうになったのを見た時、まずは治安の悪化を懸念した。

 

だから中学生くらいの子どもが集まっているのを見て、

「やれやれ、まだ子どもがいて安心した」

なんてホッとしている。

 

しかしだ。

この中学生たちが、である。

朝から夕方まで(ずっとじゃないけどね)、スケボーをしに来るのである。

 

我が家の裏なので、スケボーで滑っている音がよく聞こえる。

うちは暑いので窓を開けているしね。

 

夏休みだし、朝から暇なんだろう。

そんな感じに私は思っていた。

 

我が家には高齢の親がいる。

どうやら高齢者は、我々とはまた違う考え方だということを最近知った。

 

「若い人がたむろっているのを見ると感じが悪い」

というのである。

つまり、若い子がたむろっていると犯罪に結びつくかも…と、高齢者はそんな想像をするらしい。

 

ってねえ。

若い人って言っても中学生か、せいぜい小学校高学年だよ。

私に言わせたら、我が家の近隣におばあさん数名が集まり、嫁の悪口を大声で言っている方がよほど怖いよ…。

 

近所に大きな公園があるが、さすがにそこは保育園児や幼稚園児の来る場所のようだ。

ってことは、小学校高学年から中学生くらいの子どもたちはどこで遊んでいるんだろう?

 

自分の子ども時代を振り返ると、校庭や近所の川なんかで遊んだりすることが多かった。

今の子どもはそんな感じの遊びはしないようですね。

やることなすこと全て「危険だ」と大人に禁じられているしね。

 

で、スケボーである。

前述の通り、私なんぞ「日本はどこ見ても年寄りがあふれている」と危機感を持っているので、若者を見るとホッとする。

しかし、肝心のお年寄り世代はそうでもないらしい。

 

そんな折、家人が妙なことを言い出した。

 

「あのスケボーやってる子たちって、もしかして家に居場所が無いとかそういう子じゃないよね?」

 

むむむ。

そういうパターンもあったか。

 

昨今、日本は本当に欧米化したと思うのが子どもの虐待である。

自分がアメリカに留学して何に一番驚いたかというとこれだ。

アメリカの親は本当に自己中なんだな…。

この点、まだ日本の子どもは親に目をかけられているからまだマシだ。

 

と思っていたら、すぐに日本もアメリカのようになった。

毎日のように虐待やネグレクトの記事が新聞に掲載される。

児童相談所もパンクしているらしく、子どもの悲劇が終わることはないように見える。

 

そんなことを常々思っている矢先、気になることを家人が言い出すので私も気になった。

だって、猛暑なのに炎天下でスケボーですよ?

やっぱり家に居場所がないから、朝っぱらからスケボーをしに来るのかな。

 

いや、「外は暑いから何もしたくない」と思う私がすでに年寄りなのかも?

若者は夏休みだから、暑くたって関係ない。

スケボーの練習をしたいんだよね?

 

家族の間でそんなことが話題になっている折、近所のWさんの奥様が言っていた。

Wさんはすでに幼稚園児の孫がいる高齢のご夫婦である。

 

ある日、Wさん(夫の方)は道で可愛らしい小学生の一群に出会った。

(うちの孫もそのうちこんな感じに成長するのかも)とか何とか、微笑ましく思ったのだそうだ。

 

そして、よせばいいのにその小学生たちに話しかけた。

すると、警察に通報されたのだという。

Wさんいわく。

 

「別におかしな言動をしていないんだけどね。

『君たち、気を付けて帰りなさいね』みたいな感じで話しかけたんだけどねえ。」

 

いやいや、今の時代は昔と違うんですよ。

知らない人から話しかけられたら警戒されるんですから。

 

私だって、知らないおっさんが話しかけてきたら怖い。

最近は妙な人が多いから、おばさんだって気を付けているのだ。

 

Wさんは何もしていないことが分かり、何事もなく釈放された。

笑い話で済んだからいいのだが、そんなこともある。

 

私も、春に桜が美しかったときに写真を撮影していたら、見知らぬおじいさんにしつこく話しかけられたことがある。

桜を写真に収めようとカメラのファインダーをのぞいていると、不意に斜め後ろで声がした。

 

「私はソメイヨシノは撮影しませんけどねえ。」

 

はい?

驚いて振り返ると、知らないおじいさんだった。

しかも、かなりの至近距離にいたのだ、そのじいさんが。

私が写真を撮影しようとカメラを構えているときに、後ろに忍び寄っていたらしい。(怖いですね)

 

私が狼狽していると、そのおじいさんは何事もないように続けた。

 

「昔はソメイヨシノの写真も撮影していましたけどねえ。」

 

…って、どちら様?

(心臓バクバク)

 

夢中になって写真を撮影している時にふと振り返ったら、どえらい至近距離に知らないじいさんがいた。

誰だって驚くでしょう。

 

まあ、おじいさんの言いたいことは分かる。

私だって派手なソメイヨシノだけでなく、山桜の控えめな美しさが理解できる年齢だ!

 

でも、他人がファインダーをのぞいている時、後ろに忍び寄るなんて気持ち悪い。

アンタは私の友達でも家族でもないだろうが。

話しかけるなら、まずは遠くから「こんにちは」とか「桜、きれいですねえ」だろ?

こっちにも心の準備ってものがあるんだよ。

 

…と、色々言いたいことがあったが、知らない人を怒鳴りつけるわけにも行かない。

そんなことをしたら私の方が警察を呼ばれてしまう。

とにかく、怖すぎるので足早にそこを立ち去るしかなかった。

 

今年の春に、そんなことがあった。

なので、Wさんが警察に連行された件は笑えなかった。

話しかける方は悪気が無いのだろうが、話しかけ方に問題があるんだよ。

 

そこで、今回のスケボーの若者。

高齢者は「若者がたむろっていて怖い」という。

家人は「虐待されていて家に居場所が無い子どもだったらどうする?」という。

 

みんな妄想し過ぎじゃないの?

って思わなくもないが、ある程度の想像力は社会に必要だ。

例えば子どもが泣き叫んでいる声を聞いた時、「もしや、親に叩かれている?」という想像力は大事なんじゃないかと思う。

 

でも、難しいですよね。

朝からスケボーをしに来る中学生が、必ずしも家に居場所が無い、ってわけでもないだろうし。

 

うーむ。

今日は迷った末、散歩に行くふりをしてジャージを履き、そ知らぬ顔をしてスケボー中学生を観察することにした。

 

今日は、中学生は2人いた。

私は道を歩きながら彼らを観察した。

自転車で来ているらしい。

 

通り過ぎる風を装いながら、スケボーをしている中学生を観察した。

じろじろと見たせいか(すみません、目が悪いもんで)、彼らもスケボーをやめた。

 

この暑いのに、元気だなあ…。

まあ、2人いるから大丈夫かな。

1人だったら、もしかして本当に親に虐待されて家にいたくない子どもかもしれないし…。

 

やっぱり話しかけた方がいいだろうか?

いや、親に愛されている子どもなら別にほっておいても大丈夫だろう。

 

煩悶しながらその場を通り過ぎ、ぐるりと遠回りをしてまた元の道に戻ってきた。

すると、2人の中学生の姿はもう無かった。

なーんだ、今日はもう帰っちゃったのか。

 

もしかして、一番考えすぎなのは私なのかもしれない。

と思うと、ちょっと笑えてくる。

 

いやしかし、子どもが安全なのか気にする大人がいるってのは、いいことなのかもしれない。

と思うことで自分を慰めることにした。

中学生たちに警察に通報されないよう、遠くから温かい目で?見守ることにする。