オレンジの花と水

ブログ初心者の日記風よみもの

漢字百話

 

またまた読書感想文で申し訳ありません。

夏休みの宿題のごとく、年中書いてます、感想文。

今回は、漢字についての本。

 

この「漢字百話」は、漢字の大家・白川静博士の著書である。(中央公論社)。

白川先生によれば、「漢字とは『呪(しゅ)』である」。

 

呪い?怖っ。

と誤解されないよう、説明してみたい。

 

もともと漢字は、人間社会の儀礼や神話の書記法から成立した。

んだそうだ。

 

古代中国の人々は自然を畏れ、神を敬い、龍やら何やらの霊を使って邪気を払い、悪い物が来ないように祈りながら生活していた。

超自然的力に働きかけるための行為、それが祈りや呪術、儀礼だった。

 

(ここでいう呪(しゅ)とは、相手を呪い殺すことじゃないです。

予測不可能な自然現象から身を守り、自分や村の安全や平和を願う行為って感じ?)

 

例えば、人々は自然現象や自分たちの理解に及ばないものごとを、神とあがめていた。

それを絵に描く。

自分たちに不幸が訪れないよう、祈ったり祓ったり神の言葉を伝え聞いたりする必要がある。

その行為を絵に描く。

 

それらの絵は意味が与えられ、行為や物事を表す文字となっていった。

形も、最初に描かれたような図や絵ではなく、そこから形がだんだん整えられ、書きやすくなった。

 

つまり。

「漢字とは単なる絵画や模写ではない」by白川先生。

 

よく、日本の小学校では漢字の成り立ちを教えるときに絵を使う。

「男」という字は、田んぼで力を使って働く人だ、とか、ああいうヤツである。(私もそうやって覚えたが)。

しかしこれは間違い。

 

実物を模写して漢字を作ったら、実物のある物体しか文字に出来ないので、すぐに行き詰ってしまう。

社会の中の抽象的な行為に文字を創作することは出来ないですよね。

 

人類は、想像上の現象や神事などの行為にも絵を描き、意味を与えた。

それらを図や形で表していたものが、今の漢字の基礎になった。

 

ということらしいです。

 

「呪術」(または呪(しゅ))という行為が当時の社会に無ければ。

朝起きてご飯を食べて夜寝る、だけの生活であれば。

祈りもなく、願いもなく、人知を上回る自然と相対する必要もなく、異民族との戦いもなければ。

漢字というものは永遠に地球上に現れなかっただろう。

 

こういう背景が分かると、漢字には当時の人々の願いや祈りが込められていることが分かる。

単なる自然の模写ではないのだ。

 

ところで、スペイン語やフランス語、イタリア語を勉強した方なら一度は思ったことがあるのではないだろうか。

「(それらの言語のもとである)ラテン語を勉強してみたいなあ」と。

「漢字百話」を読んでいると、スペイン語学習者がラテン語を探索しているような、そんな感覚に襲われる。

日本語のもとを知りたい、という欲を満たしてくれる本である。

 

この本を通して白川教授が言いたかったこと。

(と勝手に私が意訳?想像?させていただく)

 

漢字とは「男という字は、田んぼで働く力」という説明に代表されるような、単純模写的な成立方法ではない、という点がまず挙げられる。

(こういう教え方は、「成績不振児に教えるために」教師が覚えやすい方法を編み出したみたいですね)

 

漢字の成立した背景には、当時の人々の祈りや畏れ、邪気を払い幸せになりたいという思いがある。

そういったものをひっくるめて、漢字の背景は「呪(しゅ)」と言うわけだ。

白川先生いわく、漢字とは「神聖文字」であり、「古代文字」なのだ。

 

2点目は、漢字の置かれた現況。

白川教授の皮肉というか、嘆き節がちょっと聞こえてくる。

例えば中国。

 

科挙(公務員試験)が隋・唐の時代に導入され、試験科目に漢字が出題されるようになった。

だんだん漢字は形を整えられ、社会の変化に伴って新しい漢字が生まれていった。

革命後の中国では文字を簡単に書くための簡体字が作られたが、これはただの記号。

簡略化しすぎて、漢字がもともと持っていた意味が逆に分からなくなってしまった。

もったいない。

 

(ところで、台湾は繁体字を使っている。

中国は「台湾はうんぬんかんぬん」と批判するが、案外台湾の方が正統的中国文化の継承者かもしれない?)

 

例えば韓国。

漢字を廃止したが、韓語の多くは漢語から出来た。

ハングルは音しか持たない記号だ。

意味と文字が切り離された例で、これも残念。(←やっぱり漢字ラブ💛の研究者ですね)

 

例えば日本。

日本でも多くの漢字が発明され、当用漢字表なんて代物が出来、形も意味も失った記号が量産された。

漢字の「形の統一」を図る理由は私にもわからんが、勉強が楽になるようにとか、そんなことですかね。

 

「勉強のできない子でも分かるように」

「難しい漢字は教えず、簡単に」

 

と、学校で教える内容がどんどん平易になって行き過ぎた感じがする。

漢字のもともとの意味を知らない教育者が多くなった。

 

そういう人たちが勝手に?漢字の形を変え、「整理し」、これだけ勉強すればいいんじゃい、と当用漢字表を作った。

漢字成立時の古代人の生活や息吹は消え、意味が薄れた記号が教科書に掲載されるようになった。

というのが、白川先生の嘆きだ。

 

論語とか普通に勉強していた明治生まれの白川教授が嘆く気持ちも分からんではない。

現代人がいかにアホ化したことか。

私なんか手で字を書くことが少なくなり、パソコンやスマホに頼ってばかりいる。

ふだん漢字を書かないので、「あ~あの漢字、どうやって書くんだっけ?」という状態に陥っている。

スミマセン…。

 

ところで。

個人的に私が面白いと思ったのは、漢字の成り立ちだけではない。

昔の日本人が、どのように漢字を日本文化へ「輸入」していったのか、という点も面白い。

 

漢委奴国王に金印が与えられた時代には、日本人は大陸に「文字」というものがある、ということを知っていたようだ。

4世紀後半の書法を見ると、漢字が間違っていたり左向きだったり。

古代日本人にとって慣れない漢字で日本語を表記するのは、今の小学生のごとく難しかったわけですね…。

 

しかし、この時代に生きてみたかったぞ。

漢字を輸入して日本文化に取り入れる、ってことを私も体験してみたかった!

もっと言うと、古代中国に生まれて漢字を作ってみたかったなあ~。

 

なんとか日本人は頑張って、隣国・中国が発明した文字を習得した。

万葉集の時代には、漢文和読がかなり上達していた。

中国語と文法が違うのに、よくも漢字を日本文化に取り入れたものだと感心する。

漢字の意味だけでなく、音(おん)も輸入したのだから大したものだ。

 

柿本人麻呂作の歌。

「東野炎(ひむかしののにかぎろひの)立所見而(たつみえて)反見為者(かえりみすれば)月西渡(つきかたぶきぬ)」

 

「つきかたぶきぬ(月傾きぬ)」なんて、「月が西に渡る」と書いてそう読ませているんですね。

意訳というか、あっぱれ工夫したものだ。

この辺まで来ると、あとは漢字を覚えた日本人が自分の表現したいことを自由に表現するようになっていく。

 

白川先生の絶賛は「山上憶良」だ。

彼の作品は「貧窮問答歌」が有名だ。

 

「かまどには火もなく、コメを炊くこともなく…鳥ではないので飛んで逃げることも出来ない」

という自分の極貧生活を詠んだ歌だ。

 

憶良作品は当時としては型破りな形式、ありがちな枕詞や慣用句の拒否、自分で作った用語などが満載。

いわゆる正統派文学作品ではないし、傑作ではない。

でも、他国から輸入した文字を駆使し、ありきたりの文学的手法を使わずに表現したいことを表現した、という点で評価できる、という。

 

しかし…こういう文学的チャレンジをした表現者ほど、評価されないのか~。

山上憶良と友達になりたかったな。

 

文字が日本に輸入されたからこそ、自分の意見や気持ちを誰かに文章で伝える楽しみも生まれたわけだ。

それを読む楽しみもね。

ブログやツイッター、メールや手紙、小説や新聞、教科書、ありとあらゆるメディアは文字あってこそ存在する。

漢字を発明した人々に感謝。

 

「漢字百話」はちょっと古い本なので、書店には置いてないと思う。

なので、さほど文字に興味のない人はわざわざこの本を探して読むことはないだろう。

漢字の成り立ちは「田んぼで働く力が男…」みたいな実物模写でないことだけ、読者の皆さんに知っていただければ嬉しい。

また、この本は「漢字研究の入り口」的本なので、興味のある方は白川教授の別の本を読まれることをお勧めしたい。

 

最後に、漢字は「呪」(しゅ)である、の一例を挙げる。

 

「沈」という字がある。

左のさんずいは水を表すが、右の作りは「牛」だった。

渡河する際に、無事渡れますようにとの祈りを込めて、神へのいけにえとして牛を投じたのだとか。

今後は私も、川を見るたびにかわいそうな牛を思い出すかもしれない。

 

人間の営みの上に生まれた漢字。

古代日本人が苦労して漢字を学び、明治時代の日本人が苦労して外国語を日本語へ翻訳した。

そういう過去の人たちの努力があって、今の私たちの日本文明がある。

そう考えると、すごく貴重な文化遺産を毎日使っているんだな、と思う。