オレンジの花と水

ブログ初心者の日記風よみもの

ルワンダ中央銀行総裁日記

 

かなり前にこの本を買い、読み始めた。

服部正也著、中公新書

 

残り9分の1くらいになり、読み終えないまま本棚に眠っていた。

このたび、この本のレビューを書くにあたり、読了しましたよ。

途上国の経済や途上国で働くことに興味のある方にお勧めしたい。

 

この本を要約すると、こんな感じだ。

 

1965年。著者・服部正也氏は、職場である日本銀行からルワンダへ出向する羽目になる。服部氏はルワンダ中央銀行総裁として、超赤字だったルワンダ経済を立て直し、国民の窮乏生活を向上させた。

 

出向する「羽目になる」とは穏やかではないが、氏の当時の気持ちを推量したつもり。

聞いたこともない場所へ社命で出向するなんて、誰だって躊躇しますよね。

それがアフリカだった日にゃあ…。

 

そもそも出向の話が非公式にあった時は、服部氏も気にしなかったそうだ。

ルワンダ?どこ?と調べるが、1960年代当時は東アフリカの情報が全くない。

すると、仕事で出会ったルワンダ人が粗末な服を着ていた。

そこで、もしや「大変貧乏な国」へ行かされるのでは?と遅まきながら気づいた。

 

こんな顛末から話が始まる。

 

空港へ見送りに来た家族も不安そうだ(だって、著者自身だって不安なんですからね)。

9歳の息子も袖を引っ張って「アフリカなんか行かないでよ」と言う。

俺だって行きたくないんだよ!(と思ったかどうかは分かりませんが…)。

と、最初は単身赴任でルワンダへ乗り込むのである。

 

着任時、家は出来ておらず、仮の宿舎は床にセメントを塗っただけ、椅子は枠に網を張っただけ。

自分(一応、中央銀行総裁だい!)付の運転手は、裸足で服はボロボロ。

赴任日の朝食は前任者の残飯…もう、笑ってしまうしかない。

 

途中から奥様と息子さんが、キガリルワンダ首都)の服部氏宅に合流した。

奥様はキガリの服部氏宅に到着したとたん、へなへなと地べたに座り込んだそう(理由は説明不要)。

しかし、ルワンダ唯一の日本人家族。

一致団結して生活が始まったのである。

 

まあ、今と状況が違いますよね。

私なんか、ルワンダに出向出来る!と分かったら小躍りして、さっさとスーツケースに服を詰めるぞ。

しかし、60年代はアフリカ諸国も独立したばかりだし、まだ不安定であった。

しかも、内戦前のルワンダはベルギーの植民地だったので、公用語がフランス語だった。

 

この本の内容の多くは、いかにしてあれをやり、これを開始し、あれをやめ、これを立て直したか、という話にページが割かれている。

 

途上国の経済が発展しない理由はルワンダも同じ。

自分の利益を追求してばかりいるルワンダ人官僚、特権をふりかざして甘い汁を吸う外国人商人たち、経済のイロハも分かっていない銀行員。

大統領は全面的に自分を信頼してくれ、心強い味方であり、著者の良き相談相手である。

 

そして経済の現状。

ルワンダ農民は地道に堅実に農業をしているのだが、驚くほど貧しい。

特産品のコーヒーを輸出したいが、内陸国であるがゆえに流通が難しい。

海(つまり港)があれば、一発でルワンダ産コーヒーを海外へ輸出できるんだが…。

 

味方や悪人?、濡れ手で粟狙いのヤツなど濃いキャラが入り混じる。

何とかしてルワンダ経済を立て直し、貧しい人たちの生活を向上させたい。

氏の奮闘ぶりに、ついついこちらも感情移入してしまう。

 

そんな本である。

仕事は日銀マン冥利に尽きるが、経済ってつまるところお金。

人間(特に悪徳商人)とは切っても切れない。

 

以前、ルワンダ勤務の人に話を聞いたところ、「英語で仕事をしている」ということだった。

ベルギーの植民地だったルワンダは、もともと公用語がフランス語だった。

しかし1994年に、人類史上最悪と称されるルワンダ大虐殺が発生。

 

難民キャンプへ避難した人たちは、国連や各国NGOから英語を学んだ。

そして、内戦終結後には公用語を英語に変えたのである。

新生・ルワンダの誕生である。

 

以前、ルワンダのポール・カガメ大統領(当時)のスピーチを聞いたことがある。

当時はまだ本書を読んでいなかったので、服部氏の奮闘ぶりを知らなかった。

 

カガメ大統領の話はこんな内容だった。

 

ルワンダは資源が無い。

しかし、ルワンダ同様に資源が無いのに発展した日本を心からリスペクトしている。

なぜ日本は発展したのか?

それは、日本人がよく勉強し、よく働いたからである。

ルワンダも日本を見習いたい。

 

そして、カガメ大統領は勉学を奨励し、同時に(なぜか)毎朝家の周りを掃除することをルワンダ国民に呼びかけたのである。

 

ルワンダ勤務の日本人たちは、「ルワンダ人は朝によく掃除をしてますよ」と感心していた。

やはり人心が荒廃すると町も汚れる、ということなんだろうか。

大統領自身が率先して掃除をしているのだから、頭が下がる。

それほどルワンダ人は真面目なのである。

 

話を本に戻そう。

この本を貫いているのは、著者のルワンダに対する深い愛情である。

 

ルワンダ在住外国人たちの、「ルワンダ人は怠け者」「どうせルワンダは貧しいまま」という批判を一蹴。

著者は農村をめぐり、ルワンダの抱える様々な問題を目の当たりにする。

そしてルワンダの強みをどう生かせば経済力が付くのか、を考える。

 

世界銀行は「アフリカは農業を主軸とした経済政策」にすべし、と言う。

しかしながらアジアの経済発展は輸出指向経済によるものだ、としてアフリカにも同じように工業主導経済を勧奨した。

 

著者は、アフリカはアジアと異なり、国内市場が未成熟、インフラも不十分と知っていた。

そのため、まずはルワンダ人商人の育成、交通や輸送網の整備、倉庫建設などから始めた。

この、「ルワンダならではの経済政策」の布石を打つことから始めたのが、のちの経済発展につながったのだろう。

 

最後になるが、服部氏がこの本を執筆しようと思った理由はこんなことだったという。

 

アフリカ諸国に対する日本人の関心は、もっぱら資源とか市場とか、利益に関することばかり。

アフリカに住む人々のことは関心が無い。

しかし貿易も平和も、究極には人と人との問題だ。

この、人との関係を無視して進められる国際関係とは脆弱なものである。

 

ホント、そう思う。

お金お金お金…というが、お金を使ったりそこから利益を得たりするのは「人」ですよね。

そこに住む人々(と彼らの生活)を考えずに、市場開拓とか利益追求とかは出来ない。

ルワンダに限らず日本でもどこでも、だ。

 

つまり、発展途上国の発展を阻むものは甘い汁を吸って利益を獲得したがる「人」であるが、同時に発展の最大要素も「人」なのである。

というのが著者の主張だ。

まあ、そうなるとカースト制度とか貧富の差なんかも、経済発展を阻害する要因ってことになるな…。

 

服部氏が一番我慢できなかったこと。

それは、欧米人や国際機関による、途上国に対する偏見と蔑視だったのだそう。

 

アフリカに住む外国人は、理解できなくなるとすぐに「これがアフリカだから」と片付けたがる。

アフリカ=自分たちと違う、と言い続けていたら、永遠に何も解決しないのだ、と氏は言う。

端的な一般化は理性的な対話の可能性を否定し、問題解決には何ら資するところはない。

 

うーむ。

この点も私は激しく同意する。

 

ところで、その後のルワンダ

 

なんと、なんと、2000年以降、毎年7%を超える経済成長率だそうだ(日本は2%くらい。2021年)。

掃除のせいか?「アフリカのシンガポール」と異名を取るほど清潔な街並みとなった。

コーヒーと紅茶を輸出し、ITと観光に力を入れている。

四国くらいの大きさのルワンダだが、今や「アフリカの奇跡」とも呼ばれているそうだ。

 

服部氏ご自身は1999年に世を去った。

今のルワンダの発展ぶりを見たら、ご自分の仕事に誇りを持つに違いない。

 

貧困や戦争を乗り越え、資源の無さも内陸国のハンデも勤勉で克服してきたルワンダの人々。

私もルワンダへ行ったら(いつ行けるか分かりませんが…)、おいしいルワンダ産コーヒーを飲みながら、服部氏やルワンダの人々が築いた「アフリカの奇跡」を見てみたいと思っている。