私の周りの同僚たちは、お弁当を持参する人が多い。
節約のためとはいえ、毎日弁当を作成するのは大変だ。
みんながどんな時短弁当を作っているのか、気になる。
私はたいてい、前日の夕食の残り物をお弁当箱に詰めてくる。
夕食のおかずを少し残して置いて、それを翌朝、お弁当箱に詰めてくるのだ。
ある日曜日。
自宅で、大量に餃子を作った。
翌日の月曜日。
残った餃子をお弁当箱に詰め、職場に持参した。
その日は昼食休憩に、同僚たちから「お昼一緒に行こうよ」と誘われた。
しかし、餃子弁当を持参していたので笑顔で断った。
誰もいなくなった職場。
私は弁当箱を開け、自分の机で弁当を食べていた。
すると突然。
「ぐえっ」
という声が背後で聞こえた。
(厳密に言うと、「うわっ」というような声だった気もする。
いずれにせよ、カエルがつぶれたようなうなり声だった。)
振り返ると、私の背後に、顔をひきつらせた女性同僚Aさんが立っていた。
彼女は午前中、仕事が立て込んでいたらしい。
昼食時間をだいぶ過ぎてから、仕事のきりがついたらしかった。
がらんとした職場に、私が一人でいるのを発見した。
そして、外での昼食を取るべく私を誘おうとし、背後からそっと忍び寄ったのだ。
椅子に座ったまま振り向いた私が何か言おうとすると、Aさんは目を見開いて指をさした。
「って…お弁当箱、餃子でいっぱい…」
そうなのだ。
ご飯も入れず、漬物なぞも入れず。
ただひたすら、餃子だけをぎっしり弁当箱に詰めてきた。
壮観な弁当を見られてしまった。
(だって、餃子は中国では主食でしょ)
何か言われたら、笑いながらそう言い返そうとしたが、Aさんの表情はかなり引き気味。
まあ、弁当箱が餃子でぎっしりだったら、ちょっと驚くか…。
また別の日。
お弁当を考えるのに疲れた私。
世界の国々の主食は、コメ、小麦(パンとか麺、パスタとかね)だけではない。
ジャガイモやトウモロコシを主食にする国だってある。
ってことは、ジャガイモをメインとしたお弁当でもいいわけだ。
と思いつき、ふかしたジャガイモにスライス玉ねぎとオイル漬けサーディンを混ぜ、塩コショウと粒マスタードであえた。
それだけを弁当箱に詰め、会社に持参した。
自分の机で、カパッと弁当箱を開ける。
その怪しげな弁当もどき?を食べていたら、部長がやってきた。
「うわっ!何、そのお弁当?」
(どうしてみんな私の弁当を見て驚くのだろう…)
何か恐ろしいものでも発見したかのような表情で、部長は私の弁当をのぞき見た。
私は新作の弁当をディフェンスすべく、自分の考えをとくとくと述べた。
「部長、ご存じですよね?
世界の国々で、ジャガイモを主食としている国もありますよね?
だったら、ジャガイモを主食とした弁当も成り立つのではないかと思い、創作しました。」
私の説明を聞きながら、部長はその恐ろし気な弁当をしげしげと観察した。
ヤツの表情から推察するに、「おいしそうだな」と思っていないことがはっきり見て取れた。
私の説明も、どうやら耳に入っていないらしい。
長々と私の創作弁当を吟味していた部長は、顔を上げて一言言った。
「そうか。海外生活が長くなると、そうなっちゃうのかもね。」
はあ?
『そうなっちゃう』?
とは、どういうことだ?
昼食を取るべく職場を出ていく部長の後姿を見送りながら、私はのどもとまで声が出かかった。
お前(←あっ)、私の創作弁当をけなしてんじゃないだろうな?
大体、お前が私を海外へ出向させるから、おかしな弁当をこしらえるようになるんだろうが!
(まあ、日本で通勤ラッシュや残業に耐えているより、海外で生活する方が好きですけどね…)
にしても腹立たしい。
人の弁当を見て何だ、その態度は。
これは、私のクリエイティビティの結晶だよ!
…と、声にはしないが思った。
この一件以来、珍妙な創作弁当は職場に持参しないように気を付けている。
前日に作ったカレーを職場に持参したこともあった。
この日は、タッパー1つに白ご飯を入れ、もう1つのタッパーに残り物のカレーを詰めた。
職場の電子レンジでカレーをチン。
自分の机に持ってくると、同僚の上野さんがニコニコしながら私の机に近寄ってきた。
「お昼、カレーですか?
やっぱカレー最強ですよね!」
うん、そう思う。
確かに彼女の言う通り、カレーの香りをかぐと頭がカレーで一杯になる。
カレーが食べられない人も見たことないしね。
が、上野さんには悪いが、私が見た限りで「最強」のお弁当がある。
それは、総務課の同僚Bさんのお弁当だ。
私は、お昼休憩直前に総務課へ行ってそれを目撃した。
総務課の課長と立ち話をしていたら、昼食休憩時間になった。
すると、課長の机の近くに座っているBさんが、カバンからタッパーに入った白ご飯を取り出した。
カパッとふたを開けると、白いご飯だけが入っていた。
課長と話をしながらも、私はBさんの弁当が気になって仕方ない。
白いご飯だけって、おかずはどうしたんだろう?
私が不思議に思っていると、彼女は再びカバンから白い物を取り出した。
それは、納豆のパックだった。
ごろん、と1パックだけ。
パカッとふたを開けると、納豆を箸で混ぜ、添付の辛子とたれを投入。
それを、先ほどのタッパーに入った白ご飯と食べるだけ。
私が総務課の課長と立ち話をしている間に、Bさんは昼食を食べ終えた。
早い…。
早く食べ終えたので、残る昼食時間は有意義に?使える。
しかも、Bさん方式だと朝はタッパーに白ご飯を詰めてくるだけ。
それと納豆1パックをカバンに放り込むだけ。
これは最強。
誰だって朝は忙しい。
こんな楽な方法があったのか、と目からうろこが落ちた。
課長と話し終わった私は、Bさんのお弁当をほめた。
すると、シングルマザーのBさんは笑った。
「だってさ、子どもにお金かかるからさ。
お昼なんてこの程度でいいのよ。」
そうだそうだ。
よく、インスタなんかで凝りまくったお弁当を披露している人がいるが、あれを毎日やるのは至難の業。
Bさんの最強弁当を見てから、私は自分の弁当に(間違った?)自信を持つようになった。
スリランカにいた私の友人から聞いた話。
スリランカでも、職場にお弁当を持参する人は多いそうだ。
彼らの弁当は、当然ながらスリランカカレー。
包みの真ん中にご飯を置き、その周りに数種類のカレーをよそって職場に持参するんだとか。
(日本のカレーと異なり、インドやスリランカのカレーはそれほど水分が無いので汁が垂れないようです)
ってことは、自宅で数種類のカレーを作ってるんですね。
おかずを数種類作るようなものですね。
そして、職場で同僚たちと昼食を食べるとき、自分が作ったカレーを同僚におすそ分けするのだとか。
この方法だと自分が作ったカレーに加え、何種類もの他家のカレーを食べることが出来るんだそうだ。
おふくろの味を毎日何種類も楽しめるんだ、と友人は言っていた。
こんな話を聞いたら、スリランカに赴任するのもいいなあ~なんて思えてきた。
誰か私の餃子弁当、いやジャガイモ弁当をシェアしたいですかね?
インドへ行った時、アルミだかアルマイトで出来た、3段、4段、5段重ね弁当箱を運搬している人を見かけた。
あれもお弁当らしい。
どんなおかずが入っているのか、ワクワクしますね。
職場で食べるお弁当ほど、心をウキウキさせるものはない。
フランスの駅で、日本の駅弁を売るキオスクが最近出来たと聞いた。
毎日販売しているわけではないらしいし、価格も日本のお弁当とは比較にならないくらい高価だ。
それでも、買う人は多いようだ。
やはり、駅弁はおかずが数種類も入っているし、手が込んでいるからだろうな。
先日、新幹線で地方へ行ってきた親が言っていた。
大きな駅弁を買って食べているのは、高齢者が多い。
若者はジュースとサンドイッチで質素に済ませているのだ、と。
まあ、そうですよね。
弁当だけが唯一の楽しみ、って私の年代かそれ以上の人たちだよね。
弁当作成に力を入れている自分が、ちょっと恥ずかしくなる。
でも、許してほしい。
だって職場での楽しみなんて、お昼休憩くらいしかないんですよ。
イケメンの若い男性社員なんて、さほど興味が無くなってきたしね。
というわけで、またせっせと時短弁当作成に余念がないのである。
主食にならなさそうな食材、例えばサツマイモをメインにしたお弁当なんぞを作りたい!
と思うけど、サツマイモを主食にしている国なんか見たことない。
ラオスは主食がもち米、と聞いたので、もっかラオスの弁当の情報を収集中である。
また部長に誤解されないよう、常識的範囲内で弁当を作る予定ではあるが。