どうでもいい話を一つさせてください。
修士課程を修了して、結構な年月が過ぎた。
しかし、日々の生活で時折「やっぱ博士号取っておけばよかったなあ~」と思うことがある。
博士課程はお金も時間もかかる。
じゃあ、働きながら大学院へ通学できるのが一番いいですよね。
金銭面を考えると、授業料の高い私立大学は不可能だ。
授業料が安く、自宅から通学できる関東圏の大学院…。
と調べた結果、放送大学と某国立T大が安いことが分かった。
教授の専門分野を比較するに、どうやらT大の方が自分の勉強したいことに近そうだ。
でも、ここで問題。
恥ずかしながら、私はどうやって日本の大学に入るのか全く知らない(笑)。
最初にここから調べにゃいかんのだ。
詳細は割愛するが、ものすごく乱暴に総括するとこんな感じ。
大学院受験の前に、まずは入学を希望する大学の教授に連絡を取り、自分を引き取ってもらえるか打診するのだそうだ。
でも、どうやって日本の大学へとっかかりを作るか分からない。
T大大学院のHPに掲載されていたA教授に、「博士課程に入りたいんですが」とメールを送った。
すると、「君の関心分野ならB教授のご専門がより近いのでは」とB教授を紹介していただいた。
B教授に連絡すると、「大学を見学に来てはどうか?」と言っていただいた。
これはありがたい。
自宅からの通学時間も知りたいし、T大の雰囲気も知りたい。
早速、教授のお言葉に甘えて訪問させていただくことにする。
仕事を終えてからお邪魔したので、夜になった。
さすが日本最古の大学だけあって、キャンパスの雰囲気は良かった(暗くてよく見えなかったが…)。
B教授のオフィスにお邪魔し、自分の研究したい分野などを話す。
よもやま話をしているうちに、「どこで修士課程を修了したのか?」という話になった。
自分の出身大学を言わずに済ませたかったのだが、やはりそうは問屋が卸さない。
米国某大学某大学院ですが…と小さな声で言った。
するとB教授の顔がぱっと明るくなった。
「じゃあX教授を知ってますか?」
おおっ。
まさかここで彼女の名前が出てくるとは思わなんだ。
X教授は私の恩師の一人であった。
B教授は、私の大学院で教鞭をとっていたX教授やY教授をご存じだった。
(世界は狭いですね)
それが分かると、私も一気に緊張がほぐれた
話が盛り上がり、B教授はにこやかに言った。
「大学院受験はしていただく必要がありますが、良かったらT大を受験しませんか?」
うわっ、ありがたい!!!
トンネルの先に、少し光明が見えた。
アメリカの大学院なら私でも入学できると思うが、こと日本となると急にハードルが上がる。
今だって、真っ暗闇を手探りで進んでいるようなものですから。
しかし、B教授の次の一言で私は凍り付いた。
「授業は平日の昼間ですから、会社は休んできてくださいね。」
へっ?
平日の昼間?
私の顔色が変わったのに気づいたのか気づかないのか、B教授は説明を続けた。
「うちに来ているドクターの学生さんたちも、週2くらいで会社を休んできていますよ。
会社の理解が無いと、博士課程は難しいですよね。」
私は動揺を隠せなかった。
へ、平日の昼間に、しかも週2日も仕事を休む?
そんなことしたら速攻クビでしょ?
それが可能な院生さんたちって、いったいどんな会社にお勤めなのでしょうか?
教授によれば、社会人の院生はコンサルタント会社に所属する会社員が多いのだという。
会社にとっては自社社員が博士号を取得してくれれば、業務上何らかのメリットがある。
なので大学院通学を容認しているとか、そんなことらしい。
私は目の前が真っ暗になった。
それは、かなり恵まれた立場の会社員だよな…。
普通の人はどうすりゃいいんだ。
意識が遠のく(←大げさではなく、マジで)。
教授の話を遠くで聞きながら、やっと私にも理解できてきた。
ここは自分が通学できるような場所ではない。
アメリカの感覚でいた自分が悪かったのだ。
B教授のオフィスを辞した。
月のない夜、真っ暗なキャンパスの中を歩いて駅へ向かう。
暗い大学を出ると、店が連なる通りが明るくにぎやかに見えた。
歩きながら、自分が院生時代に大学で見た、ある光景を思い出していた。
過去のブログ記事に何度か書いた。
私が卒業したアメリカの大学院は、授業が夜間に行われていた。
アメリカでは、大学院とは社会人がキャリアアップのために通学する場所だ。
社会人が一日の仕事を終えた後に、大学へ来て勉強する。
そういう想定で、大学院の授業は夜に行われていたのだ。
私の出身大学院では、大半の授業が午後6時とか7時とかから始まる。
私が履修していた授業で一番遅く終わる授業は、確か夜9時半に終了していた。
同級生たちは圧倒的に社会人が多かった。
会社員、学校教師、幼稚園教諭、様々な人がいた。
大学から(社会に出ることなしに)ストレートで院に進学した学生は珍しかった。
ある日。
私はいつものように政治学の授業を受けるべく、夕方6時前に教室へ向かった。
すると、廊下をてけてけと走る金髪の女児がいた。
幼稚園児くらいの年齢だ。
ん?
大学院でこの年齢の子どもを見る、ってことは?
学生の連れてきた子どもか、または教育学の授業でここへ来た子どもなのかな?
そう思っていると、女児の後ろからメガネをかけた男性がやってきた。
「○○ちゃん、そっちへ行っちゃだめだよ。」
どうやら女児の父親らしい。
父親は女児を抱き上げた。
すると、その後ろから政治学のZ教授がやってきた。
教室へ入ろうとするZ教授に、男性と女児は手を振った。
「ほら、ママがこれからお仕事だよ!
僕たちは家に帰ってご飯食べようね!」
そして、メガネの男性は、教室へ入るZ教授に声をかけた。
「じゃ、授業を楽しんでね!」
Z教授は苦笑しながら夫らしき男性と娘に手を振って、教室へ入った。
なーるーほーど。
私にもようやく分かった。
彼らはZ教授の夫と娘なわけだ。
教授は今から仕事(つまり授業)だ。
夫は娘を家に連れ帰り、夕食の支度をして娘をお風呂に入れるのだ。
それまで、私はこのZ教授があまり好きではなかった。
常に多忙そうで笑顔も少なく、余裕が無い雰囲気を醸し出しているからだった。
しかし。
勉強を希望する社会人大学院生に夜間の授業を提供するため、アメリカの大学院は夜に開講する。
それを支える教授たち。
その教授や大学スタッフを支えているのは、自宅で夕食を作ってくれる夫や妻であり、家族である。
Z教授の娘だって、家に帰って楽しい夕食の時、母親がいなくて寂しく思うこともあるかもしれない。
夫も、一日の仕事を終え疲れているけれど、子どもの世話や食事の支度をしなくてはならない。
そういう家族の支えがあって、夜間の大学院は開講できているわけだ。
アメリカの方が勉強できる環境が整っている、とは言わない。
でも、日本の社会で「リスキリング」「学び直し」と言われるのを聞くと、こんなことを思い出してしまうのだ。
日本が「学び直し」云々というはるか前から、アメリカでは社会人ターゲットの夜間大学院をやっていた。
となると、日本は社会人の学び直しに対する環境整備が遅い、という批判はあるだろう。
(日本でも1~2年程度の修士課程なら、仕事をやめずに履修できる大学院はあると思いますけど)
日本とアメリカ、どっちがいいのかいまだに分からない。
日本は教授が夜間に授業をしなくていい分、家で夕食を取りながら一家団欒の時間も持てるかもしれん。
アメリカは社会人学生が仕事を休む必要なく、夜間に大学院で勉強が出来る。
それはいいことなんだが、それを可能にするためには教員や大学スタッフを支える家族がいるわけで。
「リスキリング」とか「学び直し」は、日本でもぜひ推進すべきと思う。
アメリカだって、たぶんいろいろな社会的試行錯誤を経て、夜間の大学院開講にたどり着いたのだろう。
大学院は今も行きたいが、平日休みを毎週とるのは難しい。
が、夜間の大学院を開講したら、私みたいな学生が多分いるはず。
大学の収入アップにもつながりそうだが、どうなんだろう。
Z教授の娘さんも、大人になったら自分の母親が良い仕事をしていたと理解できるだろう。
日本社会も少しずつ変わっていくと思うので、また5年後くらいに改めて博士課程入学を検討しようと思っています。
また、結論のないブログ記事になってしまいました。