ずいぶんと長いタイトルの本。
内容の想像がついたのだが、気になって読んでしまった。
お二人の対談形式の本(ディスカバートェンティワン、2020年)である。
内容にふれる前に、こんなデータを見てほしい。
日本の家族構成の変化である。
A. 単身者世帯(離婚、死別も含む)
B. 子なし、夫婦のみ世帯
C. 夫婦+子ども世帯
何十年か前は、Cが「日本の標準世帯」ということになっていた。
2023年現在、これらの世帯構成が人口に占める割合は、A:4割、B:3割、C:3割だ。
この割合は2040年には、A:4割、B:4割、C:2割になるそうだ。
つまり、C:夫婦+子どもという、CMに出てくるような家族は日本人のわずか20%!!
人口比では、最も少数派となる。
これからは、15歳以上の半数が「単身世帯」になるんだとか。
欧米も日本も、いわゆる先進国では人口が減少しているのは知っている。
離婚、別居を含む「単身世帯」が多いのも知っていたけど、15歳以上人口の「半分」?!
想像以上のスピードで進む「単身世帯」の数だなあ…。
まあ、想像に難くない。
寿命が短かった時代は、子どもが成人したタイミングで親の大半は亡くなっていた。
医療の進歩で人生が長くなった分、一人で生活する時間も長くなるんだろうなあ。
めでたいのかめでたくないのか…。
ここで私の意識を軌道修正したい。
「一人で過ごす」というと、ネガティブに聞こえるかもしれない。
しかし人間は一人で過ごすことが必要だし、一人時間を求める人も増えている。(←ここが本書)
人口減社会かつ、一人で生活する人の増加。
ここで「出産費用を支援するより、結婚する人を増やした方がいい」とか、違うテーマにそれるのはやめよう。
確かに、人口が減ると社会機能を維持できなくなる。
が、そもそも「社会はいつも経済発展すべし」という前提が果たして正しいのか?
という疑問もある。
経済中心に社会を回す時代は終わった、ってことなんだろう。
本書に戻ろう。
まずは、「一人でいること」のとらえ方である。
日本と欧米は、「一人」のとらえ方が違うらしい。
何年か前は日本でも「ぼっち飯」の人はかわいそうだとか、そういう雰囲気があった。
しかし、コロナで人との接触感染が問題となり、「ぼっち」は日常の風景になった。
うちの職場でも、「お昼休憩は感染対策のため、孤食にしてください」と言われている。
変われば変わるものだ。
著者・荒川氏はBBCで、ラーメン店「一蘭」や一人カラオケなどの話をしたそうだ。
英国では「孤独は悪」というイメージがあり、「食事は皆で」という風潮がある。
放送を見た英国人の反響が気になるところだ。
すると放送後、英国人視聴者から「うらやましい」「自分も一人で食べたい」という反響があったとか。
イギリスでも、「一人になりたい」と思う人は一定数いるわけだ。
これに対して中野氏は、「皆で食べるのはストレスですからね」。
うーん、確かに…一人だと気が楽、ってのはあるかもなあ。
つまり、「一人でいること」は脳科学的には悪ではなく、むしろ良いことだ。
「一人でいること」には、「選択的孤独」と「排除による孤独」の2種類がある。
いじめである後者はアカンのだが、自ら選んで一人になる自由は必要ですよね。
ストレスを癒すためにたまに一人になる時間まで「悪」とみなしてはいかん。
これに類似しているが、「同調圧力はアメリカの方が高い」って。
言われると、そうかも…。
欧米だと、パーティーは夫婦で行かなきゃならんとか、暗黙のルールがある。
そういう社会に住んでいると、なかなか「一人飯」なんて出来ないよね。
案外、日本の「お一人様」市場拡大って良いことなのかもしれん。
今、結婚しているとしても、自分が相手と同じ日に死ぬわけじゃないからね。
誰だっていつかは「お一人様」になるのだ。
それに、一人になることを選んでいるのは単身者だけではない。
既婚者でも、「一人で映画へ行きたい」「一人でライブへ行きたい」という人が多い。
私も、「美術館はゆっくり一人で見たいなあ」と思うタイプだ。
本書の共著者・中野氏は、夫が家にいると気を遣うので?、たまには一人が良いとおっしゃっていた。
激しく同意。
誰かと一緒の時間も大事だが、一人時間も大切だよ、くらいでいいんではないかね。
単身者+既婚者だが一人時間が欲しい方向けの「ソロ活市場」が発達している日本。
私の個人的経験のみで書いて申し訳ないが、海外では見たことが無い。
「お一人様」ターゲットに、あの手この手で消費意欲をかき立てる商品(旅行、イベント、食事等)が花盛り。
たぶん、そのうち欧米や中韓も日本に追随するようになるだろうなあ。
なんか、脱線ばかりですみません。
何でもそうなんだろうけど、他人の目を気にしなければ、人生は数倍楽しくなる。
うちの親世代は「一人でレストランへ入れない」という。
私は全然平気だ。
いくら好きな人でも24時間一緒にいたら飽きるし、ストレスになる(すいません)。
一人でご飯を食べるとぼーっと出来るし、自分のペースで食べられるしね。
なので、私のおススメは「(たまに)一人で生きる」だ。
ずっと一人で生きるのも疲れるし、何もかも一人で背負う必要もない(キャパの問題もあるし、精神的にも)。
コロナの良い側面は、「ぼっち」が悪いことではない、と社会に知らしめたことなんじゃないかな。
私も一人時間が必要なタイプなんで、「一人でいること」を容認する社会になってきたのはうれしいぞ。
人間の悩みは、9割が人間関係の悩み、とか聞く。
適当に周囲の人と距離を取り、ほどほどに仲良くするくらいでいいんじゃないですかね。
それを考える時、アメリカの工場でバイトした時の同僚男性をいつも思い出す。
若いのに山奥に一人ぼっちで生活している、世捨て人みたいな人だった。
一年に一、二度、ハローワークの紹介で工場に働きに来る、と言っていた。
(それもいやいやハロワにやらされている感ありあり 笑)
話すとすぐに分かるのだが、ものすごーく繊細な方だった。
社会で人から傷つけられるよりも、一人で生活する方を選ぶ、という感じだった。
アメリカは意外に、人間関係に傷つきやすい繊細な人が多い。
(前述の通り、「同調圧力が強い」「カップル行動」を強要されるからだと推察)
日本みたいに一蘭とかに行ける社会だったら、ああいう繊細な人は山奥一人暮らしを選択しなかっただろう。
「選択肢の多さ」が、社会のガス抜きとか逃げ場として重要なんでしょうね。
というわけで、本書を読んだ感想+自分の考えは。
「ぼっち」容認社会は、多くの繊細な方を救うんではないかと思っている。
お一人様市場とか多様な選択肢のある日本では、一人でいたい人や繊細な人が居心地よく感じるかもですね。
一人だろうが所帯持ちだろうが、人目を気にせず自分らしく楽しく生活できる社会。
を日本は目指してほしいですよね。